第二十四話 妖精騎士アイギスさんと恋の悩みと地下遺跡への冒険(6)
知ってる? 良い子の皆。
お薬ってね、お医者さんの説明聞いて用法用量守らないとダメなんだよ?
「だからね、アイリ。お薬はダメだよ。ちょっと嫌な事が有るからって薬に頼っても問題は解決しないの。この人達みたいに酷い事になるよぉ」
「うん。解ったお母さん……」
中毒な人達が歓喜するような場面だよ。ゴロツキどもにヤクというヤクを盛大にブチ込んでやったんよ。もう、あの世行き確定な白眼向いた顔してるの。
若干一名、まだ処置を施してない人居るけど。
「いや! ゆるして! おねがいよ!」
「綺麗な顔してるからって許してもらえると思ってんじゃねぇぞ、アバズレ。薬の密売なんてタダで済む訳ないでしょうが」
売り子のお姉さんが残ってんのよ。たっぷり野郎どもを白状させてから身の上聞いてどうするか決めようと思って。
「いや、嫌よ。なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ」
「そりゃ薬の売人の仲間だもの。一連託生よね……仕事やり過ぎて地下で売人やらなきゃ生命ヤバいとかどんだけ追い詰められるてるのよ……」
経歴聞いたらとんでもないお姉さんだよぉ。
詐欺った男は数知れず、薬使って男たらし込んだり、そのたらし込んだ男使って薬売ったりと情状酌量の余地がないでしょ。
「ほら、お前が今まで送ってきた仲間のとこ行け。天国見せてやんよ。アスタロッテ」
「はい、じゃあ、お注射しましょうねぇ。気持ち良くなれますよ」
「いやいやいや、いやぁ! そんな量ぶっ込んだら廃人まっしぐらじゃない! やめやめ――や、あ、あ、あ、」
椅子に縛り付けられたアバズレにアスタロッテが普段しないような天使のような微笑み浮かべてアバズレの腕に注射すんの。ノリノリじゃん。
お薬投入されたアバズレさんは薬物が身体に周り出すと呂律が回らない状態になるの。
アスタロッテの錬成術で作っためっちゃヤバい配合らしくって即この世の天国行きなんだって。
「あ、れぇ。らめぇ、きちゃうきちゃうぅぅ。ヒィィィいがい、いだい、い、イィ」
「あら、良い感じに効いてきましたわね。人に依って若干効果が違いますから……この方は肉体的なのがお好みなようで」
「アスタロッテ……コレはヤバいよ。媚薬的なヤツ入れたでしょ」
「フフフ、お気づきになりますかアイギスさまも。ええ、三日三晩はこの状態になりますから……体力の方が保てば、ですけどね」
「あがががご………――」
アバズレが白眼向いて椅子ごと小刻みに震えだしてるよ……これは娘に説明できねぇ。
……女の子が絶対しちゃイケナイ顔しだしてるし。
更には意識的には気絶してる筈なのに、精神活動が死ぬ一歩手前の走馬灯を見てるような状態になったの。
「……天国と地獄を同時に味わわせるとかアスタロッテもブレないよね……」
「まぁ、嗜み程度ですよ。苦痛だけでなく快楽も扱ってこそ一流の悪霊というもの。人々が真に望む心の中の欲望を吐き出させるのも私たち悪霊の務め。いえ、むしろ存在意義ですわ。更にそれを超えてこそ超一流! ――コレが真のオーバードーズ!」
と、急にテンション上げたアスタロッテが更にアバズレに致死量のお注射打ち込むの。
その瞬間にアバズレの肉体の色んな所から出ちゃイケナイものが噴き出す。耳とか顔とかもう表現に困るものがだよ。人間が普段出さない液体だよ。
当のアスタロッテが恍惚な表情を浮かべてるのが更に状況のヤバさを引き立ててる。
「……ああ、素晴らしいですわアイギスさま。死の間際にのみ得られる悦楽。その限界を超えて得られる快楽と痛みの極致。過負荷に耐えきれない肉体を無理矢理、治癒効果で崩壊を留め、限界のその先へと彼女は至りましたわ……」
精神世界側から見たらアバズレの状態の危険が良く解るの。肉体の状態が精神に伝わり魂がもろに影響受けてるの。
もうマトモな精神状態で無いのは当然。魂すら侵され人としての自我を保てなくなってるの。
人権の踏み躙り方のレベルが段違いでしょ。
そして、肉体のショック症状で椅子ごと倒れ込むアバズレ……痙攣を繰り返し、床に出しちゃイケナイものを垂れ流すだけの何かに成り果てていた。
「……更にココから究極を目指すのが超一流ですわ! 魂ゲットしてからが本番ですわよ!」
これが超一流の悪魔の基本フルコースよ。地獄に堕ちた方がまだマシだよね。
「さあ、アイリちゃんもレッツトライ! 魂の領域に迫る責め苦はさせるのも病みつきになりますわよ」
「家の娘を悪魔的芸術に誘うのはやめて! 薬使う方の教育は要らないよ!」
させる方も、お薬ダメ、絶対だよぉ。
悪い友達に誘われても断る勇気が必要だよ。
皆もアイギスさんとの約束だよ。
†
そして……
わたし達が怪しい薬を売ってた店で売人どもを絞め上げ懲らしめてる間、アリーシャちゃんやセレスティナさんが地下キャンプ地の娼館に殴り込み掛けていたの。
聞けば無理矢理、嬢たちが連れ込まれて更に薬まで打つと連中、外道中の外道なんよ。
だから急遽、救出部隊を編成して向かって貰ったのよね。
向こうの状況酷い事になってそうだから、わたしが行こうとしたんだけどセレスティナさんに止められたんだよね。
……余計に酷い事になりそうです。って。
……まぁ、わたしが現場見たらプッツンしちゃうからね。だから、制圧が完了したくらいで呼ばれて向かったのだった。
「最悪。掃き溜めみたいになってんな……」
「すいません、まさか……こんな事になってるなんて私……知らなくて」
地元で冒険者して、この遺跡にも潜った事があるレティアさんが蒼ざめてた。
「……知らなくて当然だよ。まともな奴らなら近寄りたくもないだろうからね」
衛生状態とか最悪な場所だったの。家畜小屋の方がまだマシに思えるような。……スラムでこんな場所見て無かったらこの時点でプッツンしてたわ。
わたしの到着に気づいて奥の部屋からセレスティナさんが神官服に返り血浴びた姿で出てきた。
「アイギスさん。治療の方は一通り終わったんですがこの状態ですからここに留まる事もマズイんですよね……どうしましょう?」
「……行き先だよね。アレスタの街の連中も噛んでるだろうから安全とは言い難いってことだよね」
証拠隠滅を図って被害者をブチ殺そうとして来るパターンも有るの。この世界の悪党どもは節度がねぇ。依って殺られるまえに殺るのが最善とアイギスさんは考えた。
「レティアさん、このキャンプ地で使えそうな場所って有るかな?」
「ええ、使ってない場所は多いと思いますよ。誰かの縄張りみたいになってる場所も有りますが、そこはキャンプ長に聞けば解ると思います」
「キャンプ長? 冒険者ギルド絡みの人?」
「えーっと。どうなんでしょう……昔からここのキャンプ地を仕切ってた方でこの遺跡に潜るなら頭が上がらない方って聞きますが……元々はこの遺跡に最初期に潜っていた古参の冒険者だとか」
「なるほどね……会って話し聞くしかないな……」
もちろん、敵に回れば即始末するぜ。
冒険者上がりでも容赦はない。もはや、アレスタの冒険者ギルドの命数は尽きたの。ここまで状況を放置して許される話しじゃないの。既にアイギスさん、プッツン秒読み前なの。
「……アイギスさん。いつもの感じになってますねぇ」
「……だよね。わたし達の冒険っていつもこんな感じだよね」
「……いつも?」
レティアさんが唖然とした顔してるの。そりゃこんなのが普通とか聞いたらそうなる。普通は。
「悪党を絞めるのが"冒険"ってこと。こんなとこまで来て良くやるよって自分でも思うけどね」
袖触り合う縁くらいで殺るからよ。悪党見つけたら叩き切らずには居られない性分なの。
ココからが妖精騎士アイギスさんの冒険よ。
魔物だろうが悪党だろうが切り捨ててしまえば同じでしょ? 似たようなお仕事だよね。
目的地まえに出てくる魔物のような気軽さで殺るわ。一切合切まとめてな。
†
†
アレスタの街の冒険者ギルド――では、ヘンドリクセンが状況の深刻さを悟っていた。
「マズイですね。キャンプ地とも連絡が取れなくなっていますか」
「魔法通信が明らかに妨害されてます。自然現象ではなく意図的なものとしか思えません」
ギルド嬢からの報告を受け、既に遅きに失したと判断せざるを得ません。何せあのお歴々が遺跡に向かったその日にですから。
念の為、様子を伺う。という判断が失策だったようで……あちらがことが起こすのが早すぎて冒険者ギルドや一味の対応がまるで付いて行けてない状況に。
私としてはまさか、と思うより流石と感嘆の念を抱かざるを得ない状態です。
「もう既に状況が整っていて後は実際に行動を起こすだけ……そう見えなくもないのですがね」
「ですが、動きが早すぎます。副ギルド補佐。この状況を突発的に起こしたとは考え辛いでしょう」
とギルド嬢にしては訳知り顔な彼女は実は私と同じ工作員でして、聖ロクス教国から送り込まれています。
私共々、例の地下遺跡に対する発掘状況の監視任務、というのが一応の目的でして。遺跡から有為な、或いは余所に漏れては都合が悪い品が出てこないか、見張り役がその任務の内容――
と、いうのは建前です。
実際にはほぼもう発掘され尽くして居て、回収せざるを得ないような品はまず出土しないだろうと判断されています。だというのに何故我々がここに居るかというと諜報組織の資金稼ぎです。
つまり実はロクス教国も麻薬密売に一枚噛んでる訳で……むしろ残っていた地下の生産設備を修復したのは我々だったりと完全に糸引いてますね。
何せ諜報工作の資金も無尽蔵という訳では有りませんから。この国に諜報の根を張るついでに資金稼ぎもしていた訳です。
依って、その利権の管理に私たちが冒険者ギルドの職員として送り込まれていました。
「フットワークの軽さは聖魔帝国の諜報工作の特長ですよ。この国での事前調査くらいは予め終えて居るでしょうから……後は実際に行動するかは現地で決断するだけ……彼女らなら、やれない事は有りませんよ」
この大陸では知らぬ者なき〈鮮血妖精〉に諜報世界では悪夢と云われる〈最凶最悪〉、更にはその悪夢を超えると云われる三大聖哲最強の〈天使王の代理人〉の幼女と揃い踏みですよ?
そして〈鮮血妖精〉の正体が実は神祖の妖精王の生まれ変わりだとか、次代という話で、物理的戦闘力という点では一個艦隊に迫るものがありますね。
本当に神々の力を待つというなら、艦隊すら手に負えないでしょう。太古の真龍すら倒せるでしょうから過剰戦力にも程が有ります。
「つまり、相手は神話級の化物揃いと考えた方が良いという事です。特に確認できてる話として、アリーシャちゃんが不味いですね。真龍レベルの天使を何体も召喚してくるそうですから。そして本人は確実にその天使より強い、とは情報共有されてる事実です」
「……俄には信じがたいですが、どのみち聖魔帝国が動いてる時点でマズイ状況ですね……王都の連絡役とも昨夜から連絡が取れませんし」
「……なら、上も状況は認識しているでしょう。さて、どうしたものやら」
まさか末端の諜報員である我々がこんな状況に置かれるとは思いも依らずです。実際できる事も大して無いのに危険が迫ってるんですから。
地下遺跡は制圧されるものと思って間違いないでしょう。今までの聖魔帝国の動き方から麻薬栽培の証拠を持って一仕事する気なのが明白ですから。
そして、まずこの冒険者ギルドを野放しにするとは思えない。幾らなんでも知らぬ存ぜぬは通りにくい。この国の権力者間で暗黙裡に通してた事で、あちらがその道理を通す義理は無いんですから。
ギルド嬢も状況の深刻さに表情を強張らせてます。失職の危険に生命まで掛かってますから。
「逃げ出すのは……マズイですよね?」
「それができれば苦労しませんよ。むしろできるなら逃げの一択です。ですが、今から転移魔法を使っても捕捉されるのが関の山でしょう。そうでなくても、個人で移動できる距離なんて高が知れてますから追跡されますよ」
魔法による追跡防止の探知妨害や迷彩装備をして辛うじて逃げ出せるかどうかですから、その両方が無いので絶望的ですよね。
私と彼女も戦闘員という訳ではないので、そもそも普通に魔物に出会うだけで危険ですし。
「じゃあ、本当にマズイ、というよりヤバいじゃないですか。身元がバレたら悪魔どもに何されるか……」
「まぁ、貴女は地元のロクス教徒の現地採用なので自分から投降すれば人権くらいは保証されますよ。あちらも近代国家を自称してますから、無碍には扱われない筈。たっぷり頭の中を覗かれるでしょうが」
「それもイヤなんですが……それに洗脳くらいされそうですよね。まともに扱ってくれるとも思えませんよ」
「末端の現地員にそこまでするかは疑問ですけどね……ですが最悪の場合は考慮した方が良いでしょう。冒険者ギルドに踏み込まれた時点が潮時です。投降することをお勧めしますよ。それこそ悪魔に何をされても構わないような殉教志望があれば話は別ですが……」
聞きしに勝る聖魔帝国の悪魔たちの外道行為の数々は示威行為だけで度を超えた事をしてきますから。
そして悪魔は魂を弄ぶ存在……
ギルド嬢の反応は即答でした。
「その時は補佐の命令でという事にしておきますね。ですがヘンドリクセン補佐はどうする気です? 投降するんですか?」
「私は立場的にそれをするとマズイんでよね……現地員なら仕方ないと見過ごされますが……」
捕虜交換だとかで生きて帰っても背信行為と本国で査問に掛けられますから。投降するにしてももっと切迫した状況でないと。物理的に銃を突きつけられるとかそんな状況でないと認められない訳ですよ。
あの聖魔帝国代表の暗黒騎士殿が、白旗揚げるのを勧めて来た時はタイミングとしては最良だったんですが工作員としてはできる筈有りません。
「……まぁ、手がない訳ではないのでご心配なく。詳しくは説明できませんが」
「投降するかも知れない相手にはそうなるでしょうね……いつも隠し玉が有るんですから。どうして貴方みたいな有能な人がこんな僻地に配属されてるのか私には解らないくらいですから」
「いえ、どちらかというと本国では落ちこぼれの類いだったんですがね。では、申し訳ありませんがもう少し働いてもらいましょう。……例の横の繋がりで王都へ」
ギルド嬢の表情が訝しげに変わる。
この状況で本国や現地の諜報工作員に連絡を取る訳でもなく部外者と連絡を取るというんですから。
「背信行為を疑われても仕方有りませんが、何せ緊急事態ですし。正直この状況をひっくり返せるとは思えませんが多少は混乱させたい。でないと逃げ出す機会も伺えませんので」
「一応は、現場の裁量の範囲ですが……後で何を言われるやら。……上が当てにならないので仕方有りませんが」
「ヴェルスタム王国の王都の方で聖魔帝国相手の工作が失敗に終わってますから、迂闊には動けないのでしょう。指示がないので現場で勝手にやるしか有りませんよ、幸い任務から逸脱してる訳でも有りませんしね」
「その任務も工作資金稼ぎの汚い仕事ですからねぇ……解りました連絡を取ります」
内容を予め暗号にして書き記していた紙をギルド嬢に渡し、早速彼女は仕事に取り掛かる。
私は執務室で独りになり少し思案しました。
ここでの仕事も彼これ3年ですか。
そろそろ新たに派遣されてくる工作員との交代時期でしたので名残り惜しくは有りませんが、最後に大仕事になりそうです。
……まぁ、それこそ今までの仕事に比べれば、程度で大した仕事ではないのですが。
「有力者相手に調整、折衝、交渉と地味な仕事でしたが経験にはなりましたね。……上手く踊ってくれると良いのですが」
本国も重要度が低いのでほぼ放任と好きにやらせて貰えましたからね。上手く行ってれば良しという訳で。期せずして、その最後の総仕上げになりそうです。
さて、何処までこの策が通用するやら。
相手のやり方と〈鮮血妖精〉の今までの凶行を最大限利用する策なのですが……
「結局、他人を掌で踊らせるというのも人任せですからね……決まれば幸い。もう運任せですよ。やれやれ」
神頼みとはまさにこのこと。
信仰心が試されますが、やってる事が悪事に加担していた事なので神が助けてくれるやら。
聖ロクスにお叱り受けても仕方ないの思うのですがね、私としては。
相手の狙いがまさにその"お叱り"のそれなので尚更に。




