第二十四話 妖精騎士アイギスさんと恋の悩みと地下遺跡への冒険(1)
その日、暗黒騎士ジェラルダインが合流したけどアレスタの冒険者ギルドに顔見せに行ったので、わたし達は宿でイチャイチャしていた。
レティアさんを仲間に迎えてから5日立ってたけどアレスタの街中で人を密告するような奴らを血祭りに挙げてたから、ゆっくりしてなかったんだよね。
今頃、ジェラルダインはその成果を目にしてるの……まぁ、気にも掛けないんだろうけど。自分に関わりない他人の生命を何とも思っちゃ居ない、暗黒道の人だもの。
「でも、結局わたし達じゃ冒険者ギルドに仕掛けてる奴らの事は解んなかったからね。アリーシャちゃんもアスタロッテも」
わたしは宿の部屋に呼んだ赤毛のエルフの冒険者――見た目はまだ駆け出しって感じの十代半ばのレティアさんと喋っていた。ちなみにベッドに腰掛けてるわたしの隣には娘のアイリが犬か猫みたいに引っ付いてるよ。
「じゃあ、ジェラルダインさんと話してた通り地下遺跡に赴くことになりそうですか」
「冒険者ギルドを絞めるのにも進捗がないからね。簡単には尻尾振らないでしょ。振られた所でわたしが許す気がないし……」
冒険者ギルドの上の連中も逆らいそうな奴らは始末して来たらしいよ。
じゃぁ始末されても当然だよぉ。
弱肉強食の論理でお互い生きてんだから権力闘争に敗北したらどうなるかは身をもって知ってるでしょ。
デモンストレーションはしておいてやったぞ。
「……どう絞めるかは準備が整い次第かな。その準備はアリーシャちゃんとアスタロッテが進めてる。けど、やっぱり時間は掛かるってさ」
「解りました。では、その間に遺跡の探検を進めようって事ですね」
「そそ。休めるのは今日くらいだからゆっくりしてよ。ほら、アイリも」
わたしはアイリが甘えたがってるようだから、ベッドに腰掛けてる自分の膝をポンポン叩いて呼ぶ。
アイリが猫みたいにその膝に顔乗せるの。
この娘の感性、動物に近いのか肌が触れ合うのが好きなの。猫耳付いた頭撫でると喜ぶんだよね。
「アイリさま本当にお母さんが好きなんですね……」
「撫でられるの好き……うぅん」
わたしもアイリが居るから母性が目覚めてきた。なんとも言い知れぬ感覚を感じちゃうんだわ。
シルフィちゃんには及ばないけど聖母の心待ちに成れる。
そして、わたしの聖母的な表情を見てレティアさんがどんな表情するのか気になった。
なぜか頬を赤らめてたわ。
「あれ? レティアさんってこういうの苦手とか恥ずかしいって思うタイプ?」
「い、いえ! 違いますよ。そういうのも有るんだなぁ。って感心してたんです!」
「う〜ん。他の家庭がどうやって子供育ててるのか解らないから確かに独特かも知れぬ」
「種族が違うとそうだって聞きますからねぇ。猫の民だとか。ちょっと羨ましいなぁ」
ってレティアさんが本当に羨望の眼差しを表情に出すんよ。悪戯心が湧かない? 悪い妖精の始祖アイギスさんは余裕で湧く。
「ほら、じゃあレティアさんも来なよ。恥ずかしがらずにさ。夢心地を見せてやんよ」
「え! いえいえいえ」
頬を染めながらレティアさんが吃驚して首まで振るの。出会って5日後くらいだけどわたしには解ってんぞぉ。
「なに言ってんのレティアさん……こういうの好きでしょ。アイリとわたしのじゃれ合いとかセレスティナさんとわたしのイチャイチャとかいつも見てんじゃん。……試してみても良いんだよ?」
「ごくり」
固唾を飲むって言葉そのままに赤毛のエルフの女の子が喉を動かしたよ。わたしはアイリに耳元で交代してあげてって言ったらアイリは素直に起き上がってくれたよ。
「……席空いたよ? 自分で言うのもなんだけど極上だよ。なんだったらお触りも許すけど……?」
「良いんですか? 本当に良いんですか? セレスティナさんだとか他の方も居るのに」
「逆に、逆に考えるの。他の子も居るから良いんだと逆に考えるんだよ。それにほら、わたし神祖の妖精王じゃん。つまり妖精族の女神でしょ。子供を甘やかすのに何も問題ないじゃん」
「た、確かに……?」
つまりそういう事よ。妖精族だったり妖精の血引いてたらわたしの子供、子孫じゃん。
じゃれても何もおかしくはない。むしろ甘やかさなきゃ、という使命感を覚えるね。
「来なよ。撫で撫でしてやんよ」
「いや、あの、その、ですが」
まだ理性が邪魔をするか。
仕方ないのでわたしは立ち上がってレティアさんの手を掴みベッドへ誘導。
理性と感性の間で動揺するレティアさんを引き倒す感じで膝枕してあげたわ。
ふむ……アイリとは感触が違うな。
赤毛を撫でてみたけど若干硬め。エルフ耳の触り心地は変わんないけど。
「あ……耳は」
「弱点なんだ。まぁ堪能しなよ。偶には肌を触れ合いたいでしょ。母性に目覚めた今のわたしなら許せる」
「……お母さんって気がしますね。そっちの気はないんですが……ああ、でもこれは本当に夢心地かも」
「冒険者やってたら気が張るでしょ。今だけでもゆっくりしなよ精神的にさ」
「……結構、限界来たら里に帰ってましたから」
「気抜ける場所ないとやってらんないよね冒険者なんて」
「そうですよね……お触りは有りなんですよね?」
「わたしの髪触ってから言ってるの遅いよ。うん、まぁ良いよ。ただ胸は辞めろ」
横向きから顔を上向きにするレティアさん。
表情が真顔なんだけど何処となくわたし達二人とも真剣な表情になって見つめあってた。
いや、女の子で冒険者って本当に苦労するの。
気を抜いたら呆然というか表情抜けるんだよね。
傍目には退廃的な雰囲気みたいに映るかも、って感じになってた。
てか、あれ? 想定と違うの。もうちょいイチャつくものと思ってたけど。
レティアさんはわたしの髪の端いじったりお腹に顔当てたりと、まぁ堪能するけどそういう雰囲気出さないんだよね。
「ああ、やっぱり良いものです。アイギスさまに惚れちゃうのも解りますね……」
「逆に照れちゃうね。……レティアさんって感情を出さないタイプなんだ。溜め込む人なんでしょ」
「あ、解ります?」
「そういう人、冒険者で居るもの。むしろ感情表現は面倒って人。でも、しなきゃ人間関係回らないからやってるみたいな。苦労してそう」
「誤魔化せませんねぇ。さすが神祖さま……」
「まぁ、これはコレでわたしも有りかな。……」
でも、甘美な雰囲気出てるからそのままイチャ付きたくなるね。
わたしが膝枕してお互いに思い思いに触れるの。
いつもと違って繊細さがある情景……思ったより良いわね。今度他の子にやってみようかな?
ただ、気付いたらアイリが隣でじっと見してた。
おっと雰囲気出しすぎたかな。
「見られてると感じると照れくさくなるね。アイリもされたい?」
「う〜ん。愛し合い方って色々あるの? お母さん」
「……中々、難しい質問。アイリもそういう年頃かぁ。ちょっと言葉で説明するの苦手かな」
わたしの言葉に膝枕されながらレティアさんがポツリと呟く。
「そうですよね。難しいですよね……恋愛って」
「何かあったの? 好きな子居るとか?」
「……いえ、終わった話しなのでお気遣いなく。余りこのままでも悪いのでもう起きますね」
わたしの膝枕からレティアさんが起き上がる。彼女の表情からは少し気が楽になった心持ちが見えた。
まだ出会って日が経ってないからわたし達相手でも気を張ってたんだよね。
解るぞぉ、その気持ち。
そしてレティアさんが何か言い淀むように言葉を紡いでた。
「あの……いえ。なんでも無いです」
「相談有るんだったら乗るよ。妖精限定でそういう仕事してんだし。守秘義務ってのは守るのがプロってモンでしょ」
「それは…………アイギスさまの恋人になる条件とか聞いちゃっても良いんですかね……?」
ちょっと冗談めかした言い方。本気じゃないよね?
「…………おっとそれは冗談だと思いたい。でも試しにわたしに惚れた理由を聞きたいね」
「わたし迫られるの弱いんですよね……。後、出会いってのが無くてですね……その、お解かりになるかと思うんですが……そっちの子って以外に少なく有りません?」
「……ごめん。本当にそっち系の子と付き合ったって経験ないから余り解んないのよね……」
女の子が好きって自覚ある子の事でしょ。
家だと元々そうだったのヴィリアさんくらいだもの。その気が"有る"のとそっち側の子って明確に違いが有るのよね。尚、アスタロッテは除く、アレは何か違う気がする。
「……でも解る。確かにそんなに居ないわね。しかも隠してるパターンもあるし」
「私もその隠してるパターンなんで何とも言えないんですけどね。……相性とかも有りますから。いえ、言っててなに言ってるんだろうと思いました。ちょっと悩み過ぎかも知れません。こう仲良くされるとワンチャンその可能性が有るかなと思ってしまって」
「解らなくもない」
「愛し合うのに仲良くなっちゃダメなの?」
アイリがきょとんとした顔して疑問符を頭の上に浮かべてた。うん、娘よ。そこが女の子同士で付き合う難しさなんだよ。
レティアさん自覚有るからその辺りの齟齬で失敗とかしたんでしょ。……難しそうだなぁ。
「アイリ……女猫妖精とか猫の民とか女の子同士が普通って種族は別にしてね。相手にその気がないとその気にさせないといけないとか難易度高いの」
「そうなんだ……」
「そうなんです。結局は相性の問題とは思うんですが……。私の春は遠そうだなぁ……」
「本当に遠い目しないでよ。……ああ、しまった、そういう事。これは悪いことしちゃたかも知れない」
このアイギス、悪気は無かったけどレティアさんの前でイチャ付きまくってたわ。そりゃ羨ましく思われる。
「いえ、それは構わないんです。そういう雰囲気って悪く無いですから……でもですね。誘われてしまうとこう……」
「ごめんって。その気になっちゃうんでしょ」
照れながら謝るよ。わたしでも楽しくなるから鬱憤溜まってるレティアさんなら相当でしょうよ。
そういう雰囲気にもなるわ。
「ですので、その辺りははっきりさせて置いて貰おうかな、っと。他の皆さんに悪いですし……」
「気遣って貰ってごめんなさい。う〜ん、レティアさんとは……」
「ダメなの、お母さん?」
「ダメって言うよりレティアさんが困るでしょ。考えてアイリ。わたしと付き合うとわたしの愛した人全員と付き合うことに、愛し合うことになるの……相性問題発生しまくりだよ」
「……覚悟が必要になるんだね」
娘から思ってもみなかった発言が飛びだして来た。
ちょっと違う気がするけど間違ってもない。
わたしと付き合うのは普通の子には難易度高いよ。
レティアさんもわたしの家庭の謎の恋愛システムを理解に及んで吃驚した表情になってたよ。
「あ、あ。だからアスタロッテさんが……! そ、そういうことなんですね。皆さん仲が良いのも、それで!」
「……わたしと付き合う条件よ。アスタロッテはわたしじゃなくて先に外堀埋めてるんだけどね……もうわたしの好きだけじゃどうにもならないのよ……」
「うわぁ。それは確かに難易度が……」
「迂闊に恋愛できないでしょ。付き合う、付き合わない以前にさ。仲良くなるくらいなら問題ないと思うけどね」
「解りました。アイギスさまとは御縁が無かったという事で……」
「そういうこと。ごめんね。まぁ、イチャつくくらいなら問題ないよ。わたしが女の子好きだってのは皆知ってるよ。遠慮はせずに甘えて来なよ」
アイギスさんは神祖の妖精王だよ。気に入った女の子限定で甘やかしてあげるよ。……この設定で浮気という非難を乗り切るの。
一線越えなきゃ大丈夫でしょ。そもそもわたしが簡単には気を許さないって。
「でも、アイギスさま。それも問題出そうじゃ……相手の子が本気になったらどうするんです?」
「わたしの恋人たちの洗礼を受ける事になる。嘘偽りなく愛し合うくらいじゃないと認められないよ」
「……生半可な覚悟じゃ恋愛できませんね」
レティアさんが表情を曇らせて悩むけど、わたしに脈有るのか改めて考えてるんだろうね。
……この娘、形から入るのかな。好きになるかはそれなりに相手との関係築いてからだと思うんだけど。
「すみません。やっぱり保留にします。よく考えたらまだお互いのこと解りませんし」
「だよね。仲良くは成れそうだけど、じゃあ恋愛になるかっていうのは別でしょ。わたしが好きになるかも解んないしね」
「アイギスさまに好かれる自信は有りませんねぇ……」
「自己評価低いって。友達としてはレティアさんはわたしは有りだと思うよ。恋愛するにしてもわたしと同じで女の子に目移りしちゃうから……わたしと付き合うのとは別の意味で難易度高いよ……」
「……うっ」
レティアさん。貴女が道すがら可愛い女の子が居たら視線を一瞬向けてるのわたし気づいてるの。
しかも好みがわたしと一緒でしょ。
「あ、良く考えたら、わたしレティアさんの好みのタイプに当たってるんだ。……ああ、それで」
「言わないでください! もう」
「眼福っしょ? まぁ、良い人見つけなよ。応援くらいはしてあげるからね……」
わたしは恥ずかしがるレティアさんをベッドの上で抱き寄せる。2人で抱き合う感じにね。
ほら、こういうの好きなんでしょう?
温もりだとか飢えてるっぽいよね。
アイギスさん悪戯心満載なのよ。
「……少しくらいはお裾分けしてあげるよ。頑張る女の子にね」
「アイギスさま、娘さんの前で良くやれますねぇ」
「何も恥ずかしくないって。ほら、女の子成分補給しなよ。アイリなんて補給しまくりだよ」
「いえ、わたしの成分も補給されてるような……後、ちょっと不味い事に……」
「わたしに惚れたの? でも障壁は高いよ?」
「……見られてます。ドア」
わたしはその言葉にゆっくり慌てず騒がず言われた通りに振り返った。
な〜に、セレスティナさんとかシャルさんとかなら言い訳余裕だって。いつも抱き着いたりしてるもの。
アスタロッテにはそもそもする必要もないよね。あの子ならもっとやれって言うよ。
ただ、アリーシャちゃんという最悪だったのが現実よ。
ドアの隙間からコッソリ眺める金髪碧眼の幼女。
その眼差しは真剣そのもの。湖面のような大きな瞳
で抱き着きつくわたしを注視してた。
その幼女がわたしの視線に気づいて笑みを浮かべた。
「続けて」
「続けるとどうなるの?」
「来年の結婚式にお嫁さんが増えることになる」
「アリーシャちゃん違うの。これは愛し合ってる訳じゃないの」
「何も問題はない。このアリーシャちゃんには解る。シルフィちゃんには話しておく」
「待って! それ一番やめてよ! 誤解受けるじゃん」
「誤解ではなく真実なのだ。……レティアちゃんは何も心配しなくて良い……アスタロッテが良い感じにする」
「い、いえ、あの、お気遣いなく」
「あら、わたくしは構いませんよ。良い感じにしましょうか」
ドアの隙間。アリーシャちゃんが覗くその頭の上にアスタロッテが出てくる。最悪だよぉ。なんでこんなタイミングで帰って来るの二人とも。
居たら当然しなかったわ。こういう事になるの解りきってるもの。
「待って! 本当に待って! わたしが悪かったよ。ちょっといつもの感覚で戯れる感じになっちゃただけなの……」
「あらあら、アイギスさまもお盛んですね」
「素晴らしい。アスタロッテ、今日はもうレティアちゃんと二人にするのだ。良い感じになる。むしろ良い感じにさせるのだ」
そしてわたしの言い訳も虚しくパタンと閉められるドア。さらに魔法で封印とか施すのなにしてんの。
それだけじゃないの。部屋ごと魔法で空間的に隔絶させてきたの。
『愛し合うまで出られない部屋。概念結界を張った』
『さすがアリーシャさま。まさか、ここであの定番のお約束を回収なされるとは』
『このアリーシャちゃん。朝になって"昨晩はお楽しみでしたね"と言うのが夢であった。アイギスちゃんには期待大』
と、言いながらドアの前から遠ざかって行く二人。
慌ててわたしが部屋のドアの前に来たけど扉がビクともしない。
「うわ。最悪。これくらいの結界なら粉砕できるけど宿も壊れるわ。……そこまで承知でやってんの……」
「あの、どうしましょう?」
「なるほど……そういう。レティアさん、早目に出たければ覚悟決めるしかないよ」
「え、え!?」
そしてわたしはレティアさんをベッドに押し倒したの。ここで引くアイギスさんじゃないの。
幸い、結界を調べたら愛し合えば良いのであって。肉体的接触は必要条件じゃなかったのよ。
ちなみに雰囲気だけで良いっぽい。
良しっ、もうシルフィちゃんにはバレるしアイギスさんヤケだよ。イチャ付くぜ!
と、わたしはレティアさんを押し倒してその気にさせたのだった。全部アリーシャちゃんが悪いよ。ここで慌てふためくほどアイギスさんは野暮じゃないの。
一応言っとくとわたしも容姿的にはレティアさん好きなタイプなの。赤毛のエルフの娘で活発そうな冒険者の女の子。実際の性格と容姿がちょっと印象違うけど、性格的にも悪い子じゃないでしょ。
頑張る女の子ってわたし好きなんだ。
つまりこのアイギスさんにしても悪い気はしない訳。そしてこうなったら破れかぶれ。
据膳食わねば何とやら。いたずらしちゃたぞ。テヘッ。
……だというのに、ジェラルダイン。途中で結界ブチ破って押し入るのはないでしょ。
浮気現場に踏み込まれた気分になったわ。




