第二十三話 妖精騎士アイギスさんと地下帝国遺跡とアレスタの街(6)
「すみません。お見苦しい部屋で」
とレティアと名乗った混血妖精の冒険者に案内された定宿の部屋。
勧められてわたしはベッドにアイリとシャルさんを隣にして座り、セレスティナさんとレティアさんは椅子に腰を落ち着けた。
「一人部屋なのね。結構稼いでるんだ。冒険者用の宿ってそれなりに高いでしょ」
「えぇ。でも、結構カツカツで。お肉は食べれませんね……」
「あれは体質だとかが事情じゃなかったのね……」
「いえ、元から余り好きじゃないのもあるんですが……やっぱりそのお財布が厳しいので……」
悲しき冒険者の懐事情。女の子だから宿の方にお金回してるの。その気持ち物凄く解っちゃう。
大部屋だとか相部屋だとか困るもの。まるで休めないのよね、気張っちゃって。
がさつな野郎と違うんだからさぁ。プライベートな時間も必要なんよ。女の子が冒険者するのって大変なんだよ。
「ああ、やっぱり苦労してるんだ。相談ってそっちのこと?」
「いえ、そんなまさか。そんな個人的な事でお呼び出しするとか滅相もないです。……シャーレアンの方をそんな理由で呼び出したとかバレたら里の人に殺されますよ。ホント冗談ではなく」
「という事は聖樹派の人なんだ、レティアさんって。混血は里無しの人も多いと聞くけどエルフの里の人達とは仲が良いの?」
「……? あ、そっち方面の問題じゃないんです。里の人達とは仲良くできてます。私の母は混血なんですが里で一緒に暮らしてるくらいですし」
隣に座ったシャルさんが困ったレティアさんを見兼ねてかわたしに補足説明してくれる。
「アイギスさま。ベルベディア氏族は人間種族とは友好的な一族です。ただ……」
「……森陽王の派閥とは仲が悪い。そういえば前に聞いたっけ……ちょっと思いだしたよ、何か結構複雑な奴を」
「いえ、その話でも無くてですね……その、アイギスさまが昨日、襲撃者を討伐したという件で」
「ふむ……何かわたし達と関係ある?」
「はい。多分事情をご存じだと思うのですが、冒険者ギルドから輸送隊の情報が漏れてると」
「知ってる、確かに問題だよね。裏切り者が居るって話でしょ。しかも、結構前から」
「ええ。ですが一向にギルドが対処しただとかそういう話がないんです。情報が漏れてる話も確認が取れないって態度で……」
実はその事も裏稼業の組織からもう聞いてるんだよね敢えて言わないけど。わざわざ知らせてくれたなら悪いから。
「ここの冒険者ギルドに問題があるのは理解してる。権力争いが酷いんだってね。その責で冒険者が割りを食ってるんじゃないかな」
「……これはもう冒険者ギルドも敢えてやってるとしか思えなくて。普通は襲撃者を何とかしようとか思いませんか? ですがここの冒険者ギルドに今回の騒動が始まってから動く気配がなくて」
「……それはおかしい。動きがバレるから討伐隊が編成されても逃げられるとかでなく?」
「そういう話も聞かないんです。ここ最近の冒険者ギルド内はちょっとおかしいんです。それをお知らせしたくて。……特に外部からの冒険者は警戒されるようですから」
「……具体的に言うと?」
何となく心当たりがあったので聞いてみる。
そんな、まさかとは思うよ?
でも、口淀んだレティアさんを見て最悪の予想が見当外れじゃないって解ってしまう。
「……ええ。アイギスさまのご想像通りです。遺跡に入れば人知れず、他の地上の依頼を受けても、ですね。全員がではなく怪しい人を、のようですが……」
「一番最悪な事になってるな。これじゃあ他の冒険者も嫌がる連中多いでしょ。残ってるのは儲かるから我慢してる連中くらいか……」
金の切れ目が縁の切れ目。
冒険者と言っても労働者みたいなものだからね。
仕事で儲けがあるから仕事してるだけで、リスクとリターンが割りに合わなくなれば当然仕事しなくなる。
冒険者ギルドがゴタついても自分たちに害が及ばなければ行動に移さないの。
「……ただ練達級の冒険者だと余程条件良くないと仕事を受けない筈。熟練級でも残ってるのはもうこの居所変えがたい人か、後はごろつき紛いのやつくらいじゃない?」
「ええ、そうなんです。特にここ最近はそういう人が増えましたね。差し出がましいかも知れませんが忠告をと思いまして……一応その、ベルベディア氏族の者ですから」
「なる。わたしが神祖の妖精王の系譜だからかな?」
「それも有るんですが……私もこの街を離れようかと思っていた頃合いなんです。……そんな時にアイギスさまが現れたのでこれは何かあるんじゃないかと」
「あぁ、解る。心配してくれたんだね。と言ってもわたし達も事情は昨日今日聞いたくらいだから。ギルドがどうなってるのか探り入れ始めたばかりだよ」
「そうですか……。何かあっても困るかもってお話しさせて貰っただけなんです。事情は敢えて聞きませんが、深入りするならご注意ください」
「それは、ありがとう。……わたしに接触した時点で目を付けられてる可能性は理解してる?」
「ええ。そうだと思います。後を付けられていましたね。ちょっと、予想より対応早いんで困ってるんですが」
「……その付けて来た奴に関しては始末するから問題ないよ」
ここに居ないティアエルさんに途中で連絡入れたんだよ。
わたしがセレスティナさんに向き直るとにっこり笑顔を浮かべた。首尾は上々。
「捕まえたは良いんですが、ギルドからの見張り役らしいですね。ティアエルさんから、どうします? って返事来てます」
「上等、吐かせるだけ吐かせるよ。――レティアさんはどうする? 関わりたくないなら護衛付けるなりして安全な所まで送るよ。駄賃程度だけど謝礼も払う」
冒険者にタダとかないよ。貸し借りとかはあったりするけどね。それにほらそんなに裕福そうじゃないんだし。冒険者って熟練級になるまでは金回りに苦労するものなんだよ。
ただ、レティアさんは首を左右に振って慌てるの。
「め、滅相も有りませんって。そんな、あの神祖の妖精王さまの次代の御方からお金取ろうとか。里にバレたら八つ裂きにされますって」
「ベルベディア氏族の里ってそんな過激な集団だったっけ?」
「そういう雰囲気ありますね……ただ、小遣い欲しさにお話しした訳でもないので。護衛だけ付けてくれたらお暇したいと思いますが……実は行く当てもなくてですね……」
「ああ、そうか。この国で仕事するのは避けた方が無難だからなぁ……公国のギルドくらいしか紹介できないけど、それで良い?」
「シルヴェスターですか。う〜ん結構遠いですね。冒険者やってて何言ってるんだと思われるかも知れませんが、余り家族の元から遠く離れるのは、その、気が乗らなくて」
この国アウレリア王国は北にヴェルスタム王国、更にその北にシルヴェスターって場所だから確かに遠い。最短でも徒歩なら一ヶ月以上は掛かるな。
ただ、セレスティナさんが不思議そうな顔してわたしに意見した。
「あれ、アイギスさん。ここの冒険者ギルドを絞めるんじゃなかったんですか?」
「セレスティナさん。絞めるのは確実だけどその間の事もあるでしょ。絞めた後どうなるかも解んないんだけど?」
「いえ、そこは普通に乗っとちゃうと思うんですが。利権争いに関与して利益なしでは済まさないような……聖魔帝国が」
「…………え? もしかしてそういう話になってんの、コレ」
アリーシャちゃんが動くっていうからまったく思いつかなかったの。ほら利権だとかあの子関係しなさそうじゃん。
「……でも、良く考えたらそうか。タダじゃ動かないよね。ここの遺跡の調査もあるし、どうせなら冒険者ギルドの利権争いに関与した方が効率が良いのか」
「ですです。私はそう思ってましたけど」
「上手く行かない可能性は……無いな。わたしが既に派手にやる気だし。ちょっと暴れても大丈夫でしょ?」
「何処までやるかですねぇ。……落とし所をどの辺りにするかってのが難しいですからねぇ」
「でも、それだとレティアさんはどうすれば? 冒険者ギルド絞めるまでは危険でしょ」
わたし達は改めてレティアさんを見つめる。
え? って赤毛のエルフの女の子が目を丸くした顔してから次には困惑気味な表情になった。
「そ、そのぉ。そのお話しはわたし聞いちゃっても良かったんでしょうか……」
「いや、別に口封じとかしないって。上手く行けばここの冒険者ギルド抑えるから居たけりゃ居れるかもって事だもの」
「そ、そうなんですか。いえ、まさかそんな話しになるとは思わなくて……」
「まぁ、わたしもそんな話になるとは思わなかったし」
とわたしは屈託ない笑みを浮かべる。
自然に笑みが溢れちゃうの。
悪党どもを絞めれる。これほどアイギスさんに殺り甲斐を与えてくれる冒険はないでしょ。
このわたしに"冒険"と言える程の危険性を与えてくれる相手かは知らぬがな。
セレスティナさんもにっこり笑顔。
微笑むとまだ子供のエルフの少女って顔だね。
でも戦鎚持って悪党の頭蓋を粉砕するさまを想像してるの。アイギスさん恋人だから理解してる。
(戦鎚ジャンキーなのは治ってないの)
わたしたちの表情を見てレティアさんの緊張が解れたのか、ホッと胸を撫で降ろすかの表情になった。
わたし達の表情は朗らかでも考えてることは物騒極まりないのは秘密だよ。悪党どもの脳髄を飛び散らかせ流血を強いるのが好きだとか、人に言えない趣味志向の一つでしょ。
「す、すいません。勝手に勘違いしてしまって」
「冒険者やってるんだから危険に敏感なのは悪いことじゃないでしょう? それでどうしようか?」
「……う〜ん。でしたらいっそお手伝いさせて貰えないでしょうか。未熟なので気が引けるんですか、一応ここの冒険者に顔見知りが居ますし、多少は役に立てるかも知れませんから」
「う〜ん」
と、今度はわたしが考える番になる。
ことが済むまで隠れて貰うのがベターかなって思ってたから手伝うと言われてちょっと面食らうの。
「そ、そうですよね、私みたいな未熟者が本当に何言ってるんだって思いますよね。おとなしく身を隠してま……」
「怒ってる訳じゃないよ。純粋な気持ちって大切だもの。でも、打算とか込みの方が冒険者としては長生きしそうじゃない? 場合に依っては無用な危険に巻き込まれるよ?」
「冒険者のプロの方ならそういう考え方しないとダメなんだろうとは思うんですが……でもそれだけじゃダメだと思うんです。……いえ、本当に生意気言ってすみません」
わたしが睨んでると思ってレティアさんが話の途中で自信無くして謝るけど……立派だよ。
わたしが精神感知の技能で嘘言ってないか集中してたから、勘違いさせたみたい。
「冒険者の考え方は人それぞれだから問題ないって。自己責任、自己責任。……やりたい事やれば良いんだよ。危険に注意してさ。じゃあ手伝って貰いましょうか」
「え? 良いんですか? 気に障ったこと言ったと思うんですが」
「そこらの熟練の冒険者なら怒られるかもね。でも、人の事を考えれるだけで"立派"だよ」
自分の事できて一人前なのは当たり前。
人の事をフォローできて熟練だよ。
他の稼業は知らないけど冒険者ならね。
長く単独活動のソロ専だったわたしも冒険者ギルドに貢献してフォローしてたでしょ。
つまり自分だけの事を考えてたらダメってこと。場合に依っては生命預けるんだから自己利益しか考えない奴とは簡単には組めん。
「ここの冒険者ギルドを何とかしたいと思ったんでしょ?」
「ええ、それも有りますが」
「なら、合格だよ。やる気があるなら仕事してもらうね。報酬は出さないけど経費くらいは出すよ? それでも構わない? ちなみにわたしは冒険者ギルド絞めるのに報酬とか貰ってないし貰う気もない」
「むしろ有り難いです。宿代と食事代を出して貰えば、十分ですから。アイギスさんが貰ってないのに報酬とか貰っちゃうと本当に気が引けますし」
「その分、がっつり食べさせてあげるよ。遺跡にも潜るから、その分の報酬は出すし」
現地の冒険者の情報は何物にも代えがたいから、有り難いよ、今は手探り状態だし。
そして早速わたしたちはレティアさんの身支度を手伝って宿を出た。
もちろん、今日から一緒に行動だよ。もうわたし達と関わったから一人にできないし。
頼もしい仲間ができた……あれ?
セレスティナさんのジト目は何なのか……
と、気付いてこのアイギスやっちまった事に気付いた。え、待って違うよ。別に女の子を引っ掛けたとかナンパした訳じゃないって。
「本当ですかぁ? 最近アイギスさんが節操というものをですね。何処かに忘れて来てるんじゃないかと」
「セレスティナさん。……アスタロッテとの関係何処まで進んだの……」
金髪に可愛らしい顔した白皙の肌のセレスティナさんが頬を赤らめて顔をわたしから背けるの。
答えを、答えを言ってるの同じじゃないの。
もう、わたしが想像できる限界くらいは行ってると考えた方が良いよね。
「……なのにわたしに節操って。わたしはまだ純粋でしょう?」
「う〜ん。それは確かだと思うんですけどね」
「あ、あのぉ。もしかして、私お邪魔でしたでしょうか……?」
「レティアさんは気にしなくて良いよ。ただの誤解だから」
「そ、そうですか……」
「ほら、女の子だからって誰にでも手を出す訳じゃないよわたし」
「あ、やっぱりそっちだったんですね。そうなんじゃないかな、って思ってたんです。実はわたしもそっちでして」
「……ェ゙?」
赤裸々な告白を真顔で言うレティアさんに変な声でた。今の会話でバレたの解るけど性格真面目そうなレティアさんが……?
「でも、そっち系の子って中々居ないんですよね……。まぁ私じゃ駄目なのは解るんですよね。はぁ……」
「いや、レティアさんも充分魅了的だよ。溜息つかないでよ。ほら、私が節操ないって言われるくらいなんだし。チャンスあるって」
「あ、ありがとうございます。でも……やっぱり女の子って良いですよね。」
「解る。目を奪われるよね〜。もう自覚しちゃうと駄目だよ。セレスティナさんはそこが解ってないから」
「もうアイギスさんってば」
頬を膨らませるセレスティナさん可愛いよね。
レティアさんもうっとり笑顔になった。
中々気が合いそうな娘で何より。
じゃ、新たな仲間を迎えて冒険行ってみよう。
いや、手は出さないってホントだよ。
……ウソじゃないって。




