第二十話 妖精騎士アイギスさんのシル・ヴェスター独立と大慌ての建国準備(6)
そしてシルヴェスターの独立表明の日。
わたし、アイギスさんは朝から錬金術ギルドで作業用エプロン着て錬成液作りに邁進していた。
「よ〜し。言われた分作ったよ、婆ちゃん。婆ちゃんだけが頼みの綱なの。持ってきた素材でお金になりそうな秘薬とかどんな感じで作れてる?」
「まぁ、色々作っとるが……この若返りの秘薬とか売れそうではあるがの」
「聖魔帝国じゃベストセラー商品らしいよ、それ。原料の確保が難しいから需要に供給が追いついてないって。一瓶、金貨100枚で売れるって」
原価は素材持ち込みだから金貨10枚くらいかな。よ〜しなかなか幸先良いぞぉ。
その素材なら千本分くらいは生産できそうって聞いてるの、売ればだいぶお金になるよね。
何せこのシルヴェスター独立で借金だらけになるからお金がいるの。
だから、錬金術ギルドに杜妖精の子達に集めて貰った素材を持ち込んだの。婆ちゃんに一通りの高級品を作って貰ったんだよ。
「しかしのぉ。これ詐欺みたいなもんじゃぞ。肉体の老化を五、六歳戻せても魂縛には作用せんから一、二年したら元に戻るじゃろ」
「リピーターが増えるやったね。若さを保ちたければ飲み続けるしかないよ」
「元よりそういう塩梅の品じゃからなぁ。……素材がさらに幾つが要るが若返りの効果をもう少し延ばせる奴とか作れそうじゃが……」
「婆ちゃんの錬成術師としての腕を試したいってのは解るの。でも、原価考えて。高値で売れなきゃお金にならないの。素材はそのまま売る事も出来るよ」
加工した方が高値で売れるから錬金術ギルドに頼んでるんだよ。採算を確保させてよ、まずは。
国作っても借金が金貨四十万からスタートなんだよ。先に金の成る木を育てたいわ。品種改良は後じゃないかな。
「採算度外視でもうちょい研究させんか、それじゃと新商品ができんじゃろ」
「婆ちゃん……大概の品は研究はされてるから余程の商品作らないと儲けれないの。博打打つより、聖魔帝国のコピー商品で我慢しようよ。知的財産とか特許とかないんだし」
品物を鑑定の魔法に掛けて、材料分析して作れるくらいの魔法薬だと大昔にもう製品作られてて特許とか無いらしいのよ。
車輪の再発明と同じような話で。
「まぁ、古代の魔法文明時代にあったような品ばかりじゃからな。錬成術の文献にも良く載ってた品じゃから市販で流通してたんじゃろな」
「なら、売れそうだね、需要があったってことだし。よし、じゃあこれも量産しよう婆ちゃん」
「いや、ここはこの婆に腕を振るわせる時ではないんかの。これだけ霊草やらの素材持ってきておんし……この婆に既成品だけ作れとか」
「婆ちゃん……取り敢えず商品供給して実績作ってからで……品物見せたらコピれる婆ちゃんも充分凄いと思うんだけど……」
「余程の品でなけりゃ大体目星が付くからの。何より大概の材料有るんじゃ。劣化品くらいまでなら作れるの」
「まぁ、世間に流通してるような霊草、霊木、魔草の類は持って来たから。植物系素材なら大体用意できる」
花園城塞に汎ゆる草木のサンプルがあるの。あそこはこの世界の種子の保管庫も兼ねてるらしくって。
霊草の類いの育て方とかも花園城塞の杜妖精の子達が知ってるのよ。世界に何かあった時に環境を復元できるようにだって。
そんな崇高な理念の元に建造された保管庫の品を容赦なく金儲けの為に使うの。
これも妖精たちの為だもの、わたしが私腹を肥やす為じゃないから良いでしょ。元は以前の"私"が持ち込んだアイテムじゃん。全部知識に有るんだよゲーム関係の。躊躇いなく使えとわたしの私が囁くのよ。
「錬成術師なら垂涎の環境じゃが、シビアに儲けを求められるからのぉ。高級品だと……後は万能薬に魔力触媒、それに解呪薬くらいか、この辺りは常に需要が有るから生産して後は受注生産するのが得策じゃな。下手に素材流すと悪さに使われかねんぞ」
「その危険が有るから完成品を売り込みたいんだよ。……後は婆ちゃんとバルガスのおっちゃんの人脈で売り込むしかないかなぁ」
良い商品作っても売り先ないと宝の持ち腐れだもの。需要が解らないと供給量をどれくらいにすれば一番儲けが多いかも解らないしね。
商売ってなかなか難しいよね。扱うものがものだから悪事に使われかねないのが難点なんだよ。
「でも、他にアスタロッテの人脈で製薬会社とかもあるから何とかなるかな。そっちに素材を売り込めば規制されてるから安心らしい」
「そこでこの婆に任せてじゃな。新商品開発して一発デカいのを当てるというのはどうじゃ。素材の供給握ってるんじゃからその会社とやらに生産委託できるんじゃろ。結構高度な製法でも作れそうじゃしの」
「婆ちゃん。いきなり博打はないわ。取り敢えず既成品流通させて様子見るよ。サンプルに持って来たものくらいは使って良いけど……それだけで金貨1万分くらいの素材だよ」
「十歳分は若返る魔法薬作れそうじゃな」
「原価いくらよそれ」
「想定じゃが金貨千……いや、二千はいくの」
「試しに作っても良いけど売れるかなぁ……」
「まぁ、売れるじゃろ。長命種には解らんかも知れんがいくら金を出しても若さには代えがたいものが有るからの。婆の勘じゃがコレがおそらく儲かる」
「仕方ないなぁ……じゃあ、婆ちゃんそれ作って見て。売れるかどうかはやってみないと解んないしね。でも、もう製薬会社とか作ってそうだけど」
「じゃろうな。おそらく出し惜しみしてるんじゃろ。市場に流通させずに得意先への専売でな。牙城を切り崩せるのぉ。二十歳分若返るやつ目標じゃな、この婆の業を見せちゃろ」
「魅せるの良いけど、ばあちゃん開発費用も計算してよね……」
金貨1万で作って10万で売れれば良いけどね。
開発に100万分の素材が必要な可能性も有るの。
それなら余裕ができるまで素材売っても良いじゃない。まず手っ取り早く稼ぎたいんだよ。破産しない為に。
金が欲しいのは"今"なんだから。
借金の利息だけで金貨10万だよ、返済考えたら今年一年で目標20万の利益を得る目処立たせないとヤバいじゃん。
「まぁ、任せんしゃい。要は売れて、しかも悪さできんようなやつ作れば良いならの。これでも商人相手にしてきた錬金術ギルドの長じゃぞ」
「婆ちゃんこそ、わたしの救世主だよ。頼むよぉ」
「まぁ、素材の供給次第じゃな。……だがおんし、今日が独立の日じゃというのにこんなに悠長にしててもええんか。城にお偉いさん集まってるんじゃろ」
「婆ちゃんが錬成液足りないって言うから来てんじゃん……昼過ぎて午後から式典はじまるから大丈夫だよ」
「もうその昼過ぎじゃが」
「……え?」
わたしはギルドの作業場の柱に掛かった時計を見る。あれ、まだ11時だけど……
「あの時計、最近壊れての、ずっと同じ時間指しとるのに気付かんかったんか」
「教えてよ! もうはじまるじゃん!」
わたしはエプロンを脱ぎ捨てるよ。この場に居る暇ねえ!
「まぁ、主役が来なけりゃ始まらんじゃろ。そのまま行けば間に合うしの」
「行けないよ! 色々おめかしとか有るんだよ!」
捨てゼリフを置いてわたしはその場を後にした。
お家にダッシュで帰ったらスタイリストのお姉さん来てて困り顔で待ってたわ。
…………もちろん予定の式典時刻には遅刻した。
†
その日、独立するシルヴェスターの首都――公都になる予定のヴェスタの街近郊。
その上空には空飛ぶ軍艦4隻がその威容を見せつけていた。聖魔帝国、不屍帝国、極東帝国。それぞれの国の主力戦艦に、わたしが森陽王の国から鹵獲した報復戦艦を。
その戦艦の大きさは、ちょっとした街くらいある。
数千人くらいは乗せてまだ余裕があるほどの。
だけどわたしの戦艦以外は今回乗せてるのは使節団一行なの。
世界列強の戦艦たちがシルヴェスター独立式典の為に来訪。艦載の飛空艇をわざわざ都市外に着陸させ、使節団一行が出てきて城門から入場する。
使節が友好的な訪問だという意思表示だ。
だと言うのに主役の一人、神祖の妖精王アイギスさんは出迎える事なく、しかも遅刻した。
合わせて20ヵ国にもなる使節団が軍艦に相乗りして纏めて一緒のご来訪……
その各国の代表の前でぶっつけ本番での式典開始。
主役は遅れてやって来るのは当然だよぉ、って図太い顔して姿現したけどね。
内心はごめん、すまぬと平謝りよ。
アイギスさん、自分の非は潔く認めるの。体面があるから心の中だけでも。殊勝でしょ?
そして神祖の妖精王さま一時間遅刻という出来事を無かったように、調印式が城の広間の一室で始まる。
先ずは今回の主役のヴィリアさんが、各国政府の使節代表と国家承認の外交文書に調印しあう。
そして、これが実質的な独立の承認になるの。
水面下で独立合意してるとはいえ勝手に独立されるヴェルスタム王国を除いて先んじてやるとか普通なら外交問題になりそうだよね。
でも、これで文句言ってきたら調印した列強3つとわたしの面目が潰されるの。しかも、もう外交上有効な独立に応じる合意文書まで交わしてるし。
つまり、ここまでの状況を作り上げてヴェルスタム王国の議会に承認以外の道筋はないぞ、と脅し掛けてるのが今回の独立式典の目的なの。
これで承認しなかったら後が怖いぞぉ。
そして、恐喝紛いのシルヴェスター独立の為の調印式が滞りなく終了した。
最後にわたしとヴィリア姫……
シルヴェスター公ヴィリア・レアとアイギス・フェアリーテイルが、独立したシルヴェスター公国の〈妖精連盟〉への参加の表明と調印式で、式典の幕が各国使節団の拍手と共に終了したのだった。
あ、フェアリーテイルって家名は急遽わたしが付けたよ。もう家族になるんだし性がないとね。
ヴィリアさんもフェアリーテイルの家名にするんだって。新たな公爵家を興すらしいから。
もう婚約通り越して結婚してるようなものじゃない。家族になるから良いんだけど……
それを調印式の後で告げられたの。
その後オープンカーで街中を練り回る。
独立に沸き立ち歓呼の声で迎える民衆に一緒に手を振りながら笑顔で応じてたわたしの胸中を考えよ。
答え、これ結婚式の予行演習かな、と考えてた。
†
そして瞬く間に日々が過ぎて行く。
独立から2週間でやっと平穏と呼べるような日常が戻ってきたよ。忙しいのは変わらないけど。
なにせ懸念してた冒険者たちも、金になるとギルマスが噂を流したからちゃんとやって来たし。
実際、金払いは良くなってるから嘘じゃないよ。
報酬から差し引かれる税金無くなったもの。
それだけじゃなく関税やらも何もかも無くなった……これが本当のタックスヘブンだぜ! ってくらいに。
まぁ、一部の高級品には付加価値税とかいう名目で取られるんだけどね。
でも、庶民には関係ないからほぼ無税天国。
そりゃ領民も歓呼の声で応えるよね。
税金払わなくてよくなったもの。
貴族領の領民も税額に上限儲けられたから恩恵有るし……と、思ってたら一部の貴族があれやコレや理由をつけて税金取ろうとするの。
もちろん領民の不満爆発だよ。
そしてもはや理不尽に耐える時代は終わったとばかりに反乱起こされるの。早速、貴族が何家か消えて行ったよ。
わたしやヴィリア姫が手を貸す事なく勝手に潰れるくらいだもの。
無事反乱を鎮圧できた貴族もお咎めを受けて絞首台に吊るされれば、最早、貴族も勝手は許されないと諦めることになった。
そして、シルヴェスターが新たな自由な時代の幕開けを告げるかのように、満開の春が到来したのだった。




