第二十話 妖精騎士アイギスさんのシル・ヴェスター独立と大慌ての建国準備(5)
そしてシル・ヴェスターに春が来ようとしていた。
まだ雪が残り肌ざむい季節。
でも、雪に覆われていた大地から下草が顔を覗かせ、草木が待ち侘びた春の訪れが直ぐそこまで迫っていた。
そんな時節、わたし妖精騎士のアイギスさんはあっちこっちにシルヴェスターの各所から呼び出しを喰らい駆けずり回ってる。
独立だって地元の人たちが息巻いてる時でも関係なく魔物たちはやってくるの。続々と冬眠から目覚めたモンスターたちが。
「まったくただでさえ忙しい季節だってのに、独立までするんだもん。セレスティナさん。こんなに勤労意欲に目覚めたことないよ、わたし」
村を何度か襲ってきたという暴大蛇を畑の真ん中で仕留めてからボヤくの。もう忙しいったらありゃしないもの。
「仕方ないですよ。独立しちゃいましたし……でもこれは峠の雪が早く溶けて欲しい所ですね」
「独立騒ぎしてるから来るのか怪しい所だけど……」
待ち侘びるのは冒険者たちだよ。もう若手でも熟練でも誰でも良いよ。
よその土地にいた冒険者たちが春の訪れと共に山脈に囲まれたこのシルヴェスターに出稼ぎにやって来るの、普段なら。
ただ、本当に来るのか。それが解らないから困る。来ないとこの忙しいのがずっとだもの。勘弁して欲しい。行ったことない場所でも飛空艇で移動できるのが唯一の救いだけど。
「で……アイギスさん。ま〜た〈伝言〉の魔法が……」
「何処から、次の予定3つは入ってるよ」
「バスターニュ子爵の領都からです。……取り逃がした王国貴族が兵を集めてやって来たそうなんですが……」
「……逃がした連中か。でも勝てる訳ないでしょ戦闘飛空艇付きの精鋭、あの〈黒色邪鬼兵団〉に。そんなに兵隊用意してきたの?」
人口三千人の街だけど城壁に囲まれてるんだよ。
簡単に落ちる訳ないし、上空から機銃掃射されたら中世規模の軍隊なんて呆気ないよね。
虐殺される光景しか目に浮かばないよ。
いや、それはそれで不味い……貴族どもはどうでも良いけど兵士って徴兵された村人だから。
「五百くらいの徴募兵らしいんですが……旧来貴族とその家族を捕らえて開城を迫ってるとか。しかもヴィリア姫さまの母方の御親戚です……」
「やる事汚ないな。王国貴族の誇りとか無いのか」
「許可があれば殲滅しますが、人質の身の安全が保証できません。至急、指示を請う。だ、そうですよ」
「転移魔法で飛ぼう。人質救出したら首謀者全員捕らえて地獄に送ってやる……アイリ」
そしてわたしは一緒に連れてきたアイリも連れて現場に飛んだ。
†
特段イレギュラーもなく仕事終了。
人質ごと連れて来たのが運の尽きだよ。
城門前に居た奴らに突っ込んで人質の安全を確保。
その後で連中の首魁と取り巻きを殺さないように四肢をブった切ったら、後は雑兵の群れ。
数が居ても雑魚では兵数五百くらいではどうにもならない……さすがに徴兵された村人はやらなかったけどね。指揮官連中やったら降伏してくれたよ。
後は念の為、他に残党が居ないか聞き出したら居たんだよ、バスターニュ子爵の息子ってのが。旧来の貴族の奴に匿われててさ。
隠れてりゃ良いものを家族を取り戻す為に一念発起して激を飛ばして、兵を集めて部下向かわせたらしい。
で、わたしは今その匿った旧来貴族の村を妖精連れて包囲していた……
「まったく阿呆なことしてくれたな」
直ぐさま差し出された子爵の息子。
ご丁寧に取り巻きもついでに。
一族郎党皆殺しにするぞと脅し付けたら、まぁ、こうなるよ。
「ぐっ、殺さないで。ボクは王国貴族の中でもハルシオン公爵家に連なる血筋なんだ。おじい――」
子供地味たヤツの首が最後の言葉を発する前に地に落ちた。
もちろん、わたしの瞬速の剣で。
歳聞けば十八……この大陸だと十五で大人だよ。
「首落としただけで済ましたのは責めてもの慈悲だ。――どうせ焚き付けられたんだろ?」
差し出された取り巻きどもを見やると恐怖に慄いてたよ。その内の一人が動揺しながらも口答えしてきた。信じられないって顔してね。
「な、何故だ! ハルシオン公といえば王国でも有数の名家。建国にも関わった一族だぞ。そ、それを簡単に……」
「血筋で助命されると思ったら大間違いだ。また同じ馬鹿やる奴らが出かねん……その高貴な血筋の者を守りきれなかった貴様らにはたっぷり地獄が待ってるぞ、それこそ本望だろ。贖え」
貴族の命乞いパターンの一つなんだよね。縁戚で一番位が高いやつの爵位出すのって。聞き飽きてるよ。
何より相手の権威を認めなきゃどうでも良いの。
認めるならこっちの権威も認めて貰わないと話にならないんだから。ちなみにわたしの権威は皇帝+教皇+神だ。それが神祖の妖精王だ。
公爵の孫なぞ有象無象になるよね。偉すぎて自分でも解らんくらいなのに。権威主義にはこのアイギスさん。負ける気がしないな。
そして悪妖精たちに連行されて行く取り巻きども。何か喋る前に顔面を殴打され大人しくなる。手慣れたものだよ、……どう殺るか相談するのは後にしろ。
そして、その場に居て顔を青くする馬鹿どもを匿ってた旧来貴族の男爵。
「約束通り助命はしてやろう……ただ、罪は免れん。共謀したと思われても仕方ないだろう」
「じ、慈悲を賜りたく。縁戚である以上、頼られれば否とはもうせず。せめてわたしの生命一つで爵領の存続をお許し下さい」
「ヴィリア姫殿下に釈明しろ。生殺与奪の権はあっても裁判権はわたしには無いの。村人まで巻きこんでタダで済むとは思わないことだな……」
冷たく言い放つとわたしはさっさと踵を返して飛空艇に乗り込んだ。付き合いきれないよ。あっちこっちで魔物が出現してて手足りてないのに。
男爵家の命数より村人の生命でしょ普通は。おまえらの代わりは居ても村人の代わりは居ないんだよ、貴重な労働力でしょ。
一体だれのおかげでご飯食べれると思ってるんだろうね……貴族は。奴らの考えがわたしにはまるで解らん。
†
そしてわたしは夕食後の家族団欒の時に今日の話をヴィリアさんにしたの。
「貴族どもの考えがまるでわからないの。あいつらやり方がいつも汚い癖に揃って自分が正しいと思ってるの。権力者ってどうしてああ言うヤツらばかりなの?」
「信じたいものを信じてるだけではないでしょうか? そういった価値観が根底に有るのでそれが正しいと思ってるのでは……?」
「現実見えてないんだね……わたしも人の事言えないのかなぁ?」
「でもアイギスさまは、良く見てるじゃありませんか村人の生活や庶民の方々の暮らしを。しっかり何が必要か解っていらっしゃいますよ」
「庶民派だもの。それに庶民の求める事は単純だよ。良い暮らししたい面倒ごとは避けたいってね。わたしの仕事はその面倒ごとの解決だから」
主に暴力方面のお仕事担当です。
それが清く正しい冒険者稼業だよ。
大概は魔物と賊討伐、今回も勝てば官軍で向こうが賊と思えば似たような仕事だよ。
「……でも、今日の連中もそうだけど王国系貴族は結局どうなりそう? 何人かは残留希望とか聞いたけどだいじょうぶ?」
「ええ。王国の貴族と言っても守旧派と護国派に別れてますから。……問題を起こしてるのは守旧派の方々ばかりなので……」
詳しく聞くとその守旧派でもさらに昔居た王党派って人たちがこのシルヴェスターでやらかした貴族らしいの。荘園制を導入したり、盗賊ギルドと組んで悪さしたり。
旧シルヴェスター王国は50年前にヴェルスタム王国に併合されたんだけど、丁度その頃はヴェルスタムでも内乱が終わったばかりの頃。
そして王党派と議会派に別れて貴族同士の争いに議会派が勝利。敗れたその王党派貴族の残党が追放代わりにこのシルヴェスターに送られたの。
それだけじゃ不平分子が辺境で反乱する可能性もあるので議会派からも送り込まれたらしいけどね。
あのべレグリン子爵やバスターニュ子爵はそういった連中。上役が居れば抑えになるとは考えたらしい。……馬鹿やるのを抑えきれてはないんだよ、結局そいつらも大なり小なり悪事に加担してんだから。
「やり方が古い訳だね。真面目な連中も居なけりゃ国も成り立たないだろうし、厄介者を押し付けたのか」
「はい。王国の貴族方でもシルヴェスターの状況を以前から憂いる方々が居まして、残留を希望されてるのはそういった方々です。守旧派の方々は概ね追放しますが、護国派と繋がりがある方たちなので残ってもらおうかと」
確かに貴族の中には評判が良い人も居るからね。
何も全員が悪党じゃないの。
悪党が目立ち過ぎるのと普通のヤツでも貴族面するヤツらが多すぎるってだけで。
「それが良いかもね。まともにやって来た人たちなら構わないよ」
「ありがとうございます。そう言ってくださると思ってました」
って両手合わせて微笑むヴィリアさん。
白エルフって感じのヴィリアさんの笑顔、貴重だよ。アルビノ見たいに肌白くて幻想的な感じの女の子だよ。守りたいこの笑顔。
わたし、頑張るっ子って好きなんだぁ。
†
そして着々と独立の準備が進み、忙しい日々が過ぎて行ったそんなある日のこと。
聖魔帝国の外交官、祖小人妖精族のルインがやって来たのだった。
「え、この家で外交文書に署名すんの?」
「はい。正式なものですが、独立の為の下準備のようなものですので。独立の概要のご説明も兼ねて参りました」
我が家のテーブルの居間にズラリと並べられる魔法が掛けられた高級感溢れる書類の数々……
「……ヴェルスタム王国とは概ねの交渉は済んでおります。多少の些事が残っておりますが外交上の合意文書も交わしましたので独立を承認するのは確定と成りました」
「仕事早過ぎだよね。……普通こんなの何年も掛からない?」
わたしの疑問に笑顔で答えるルイン。
「お褒め頂き恐縮です。ですが、アイギス殿下のお力を持ってすれば容易い事です。……ヴェルスタムも国家存亡の危機となれば急ぎになるでしょう」
「何をしたかは敢えて聞かぬ」
この眉目秀麗、鋭利な頭脳を持つ小人の外交官さんは絶対に底意地悪いことしてるよ。
まともな方法で外交したらこんなに早く交渉まとまる訳ないんだもの。多分、有りとあらゆる手を使ったんだよ。
「ご配慮に感謝を。……何分、急ぎの交渉でしたので少々無茶も重ねました。お聞かせにくい話も確かにございますので」
「してもらってる立場だから聞かないで置くよ。それならこの外交文書は?」
「そちらは既成事実を積み重ねてさらに王国側にダメ押ししたいと思い……聖魔帝国及び各国からの承認の手続きの為の親書となっております」
「で、それがズラリと並べられたこの外交文書」
「……主な内容は今後、アイギス殿下が立ち上げる妖精国承認の為の文書になります。……正式な調印はまた後日のものとして今回の外交文書は各国政府向けの正式な案内状です」
「つまり……国立ち上げるから認めろってわたしが送るのね各国に」
「はい、左様でございます。シルヴェスターは殿下の妖精国の傘下国という形になりますので、その旨も記載されております」
独立したシル・ヴェスターをわたしの国に組み込む計画だよ。実質、属国とか庇護国とかそんな形で。
各国が認めてるのにどうして認めないの? と圧力掛けるんだね。
「で、シルヴェスターの方はどうなるの? なんか王国にするのは貴族や民衆から嫌がられてるらしいけど」
王国とすると昔の悪い印象が有るからって忌避されてるの。最後の王様の悪政が、半世紀経った今でも根深くて恨まれてるらしいのよ。
今でも当時の生き証人が居て、その結果がシルヴェスターの無惨な状況でしょう。それは嫌がられるし不安になるよね。
「悪印象の刷新の為にもここは順当に公国という形にして落ち着かせる事になりました」
「公国だと、公爵位とか要らないの? わたしが授けるとか?」
「いえ、ヴィリア殿下には公爵位を新たに授与されるよう既に取り計らっております。これで、ヴェルスタム王国の面目も立てる事ができますので」
「やっぱりそんな感じになるのね。でも、王国から爵位貰ったら後で何か口出しされない?」
内政干渉の口実に成りそうなものだけど。まぁ、このアイギスさんが居る限り許さないよ。
でも、面倒ごとの火種の対策は必要じゃ?
「後から聖魔帝国並びに各国からも公爵位に相当する位を授与すれば問題にもならないかと……」
「……悪知恵働かせたら右に出るもの居ないな」
杞憂だった。聖魔帝国に抜かりがない。
多分、わたしに対する対策にもなってるな。
それに爵位を理由に口出しして来たら聖魔帝国や他の国にもその口実を与えちゃうんだね。
しかも、そのこと多分、ヴェルスタム王国の民衆とか無知な人は解らないんだよ。いざとなったら内政干渉の口実になるとか言って反対派を説得する気だな。
公爵位を与えて公国だから自分たちの国の方が偉いって自尊心をくすぐって。コレが大人の世界の政治だよ。冷徹な打算でしか動いてないぞぉ。
「良く考えるよね、褒めて遣わす。魔女王陛下にも感謝を」
「お褒め頂きありがとうございます。魔女王陛下も殿下のお役に立ててお喜びの事と存じます」
「うむ」
と偉そうにわたしは頷くんだけど後が怖い。リターンを要求されてないのが逆に怖いんだよね。タダより高いものはない。今回は、好意で、とか言ってるけど本当か。
「……ただ、一つお聞きしたいのですが殿下の国の国名に関しては如何致しましょう?」
「ん? わたしの国の名前?」
質問にわたしは虚を付かれた。そういえば国作るって言っておきながら全く考えてなかった。
「妖精の国じゃダメなの?」
「……森陽王の妖精国と混同する恐れが有ります。お恥ずかしながら我が国でも手違いが出てしまうほどですので、別称の方がよろしいかとご提案させて頂きたいのです」
「ふむ……そういえば森陽王の国には正式な国名ないのか……こっちも考えてなかったな。……ああ、でもピッタリのがあるや」
「お聞かせ願えるなら光栄です」
「妖精連盟……〈妖精共同体連盟〉とか……どうよ? 国ってすると軋轢生みそうだからね」
妖精たちの住処は色んな場所にあるし、他の国にも有るからね。前にアスタロッテとも話したけど"国"って名乗らない方が良いと思ってたんだよ。
連合とか連邦は微妙だから連盟くらいで良いかな、と。気軽に参加してもらいたいから共同体とか言ってさ。
「成る程……〈妖精共同体連盟〉、殿下の思慮深さが伺え良い名称です。確かに国家組織とは一見分かりづらい。この点が特に素晴らしい」
「でしょ。……国と渡り合う交渉もするから国家規模の組織になるのは変わらないけど。つまり印象操作、有る種の詐欺かも知れぬ」
領土とか主権の主張は控えて、妖精達の住処の治外法権をもぎ取る感じで行くの。しかもその代表がわたし。各地の妖精達に繋がり持たせるから実はもう"国家"と変わらない。
軍事力を担保に渡り合うから相手も無茶はできないんだよね。交渉の席に付かなきゃ世界中の妖精達に敵対されるの……反撃しようにも相手は世界中の主権国家の領土内、これだけでも最悪な連中だな。
「妖精たちを率いるアイギス殿下の、代表という政治姿勢も表明できる良いご国名かと。ではそのように手配致しましょう」
「長ったらしいから、通称は〈妖精連盟〉かな。じゃあ、よろしくね」
そしてわたしは親書の内容を確認して、特に問題なさそうなので署名。それをルインに渡して、後日滞りなく承諾の親書が各国代表から届けられた。
そして正式な承認と、外交条約締結の日がシルヴェスターの独立表明の日と一緒にする事が決まったのだった。
…………親書に署名してから独立表明日まで二週間でな。




