第二十話 妖精騎士アイギスさんのシル・ヴェスター独立と大慌ての建国準備(2)
冒険者ギルドを指揮所にして次々と作戦の進捗報告が上がる。戦神司祭セレスティナさんを副官代わりに司令官気分のアイギスさん。
ただ、制圧作戦だもの。権力者側の伯爵家が味方だと言ってもアクシデントは起こったの。
予想以上に。
「わぁ、もう許容量以上に〈伝言〉の魔法送らないで下さいよぉ」
「またぁ? 今度はなに?」
「捕らえ損ねた貴族の師弟が揉め事起こしてるって連絡が。どうやら他の貴族家に乗り込んだみたいで」
「なんで他の貴族ん家行くんだよ……悪ガキどもめ。場所の特定させて。フリュギアの手空きの部隊で制圧」
「住人の一部が商業ギルドに集まって説明を衛兵隊に求められてるらしいのはどうしましょう?」
「伯爵家が独立するから制圧中って説明で良くない? 衛兵隊に話通ってないの?」
「衛兵隊もいきなりだから混乱してるらしくって。もう完全に秘密裏に進めましたから、わたし達が乗っ取り仕掛けてるとか疑われてるそうですよ」
「真実以外の何物でもないよ、それ。伯爵家公認なんだから命令に従えって言っといて、不服従は地獄行きともな」
「やめてあげて下さいよ。本当にやるのは」
「脅し文句だよ。それくらいしないと従わないでしょ。貴族家の師弟とか関係者も多いらしいし」
衛兵って言っても貴族とかの関係者が多いそうなんだよ。縁故採用って奴らが。
財政難だから余計にね。つまり……衛兵すら信用ならないとか伯爵家も困りものだよ。
「あ〜。遂に神殿からも連絡が……どうなってるのって聞かれちゃってますよぉ。わたしが」
「もう、真実を話そうよ。ヴィリア姫さんを立てて横暴な王国から独立中だって。神殿は政事には不介入でしょ」
「わたしが介入してるんですけどね。まぁ、戦神神殿なのでその辺りは大丈夫なんですが、私の勇者さま」
「勇者が命ずる。神殿長にはおとなしくしてろって言っとけ。王国と通じようなら引っ捕らえるともな」
「完全に喧嘩売ってるじゃないですか。荒波立てないよう言いくるめておきます……あ」
「今度は?」
もう色々起きるから司令官も楽じゃないのよ。
頭使うより現場で戦ってる方が断じて楽だよ。
騒ぎを聞きつけた貧民街の住人が借金帳消し狙って金融ギルドに押し掛けたり、食い扶持困った柄の悪い連中が商店に押し入ったり、おまえらなんでこの非常時に大人しくして無いのってわたしが困惑するくらい揉め事起こして来るんだから。
「シックスさんから〈念話〉なんですが南門の衛兵の動きがおかしいらしくって」
「貧民街の方じゃん。騒ぎ起こってるからパニッくてるの?」
「いえ……これは直接繋いだ方が」
と、セレスティナさんがわたしの手を握って〈念話〉の魔法を中継してくれる。
"今、繋いだ。シックスか? てかおまえ念話使えたんだな"
"ああ、アイギスか。それはお互いさまだろう? で、〈鉄血聖女〉には伝えたが南門のヤツら明らかに別行動してるぞ"
"具体的には?"
"どうも住人を煽ってるのはヤツらのようでな。コレは王国系の貴族を取り逃がしてないか?"
"家に居なけりゃそうなる。てか衛兵に反旗翻されてるのか伯爵"
"段取り甘いぜアイギスさんよ。王国系の貴族にすれば死活問題だ。貴族邸押さえたらそりゃ謀叛だと思われるだろうよ"
"向こうが正しいな。おまえらを追い出す気しかこっちは無いって意味でな。……でも解らない。勝てると思ってんのこの状況で?"
"近衛を押さえてるなんて知らないんだろ"
アイギス、納得。精鋭の近衛騎士団が派遣されてるなんてもう公然の秘密みたいなものだったからね。
"騒乱起こして手柄でも立てようってか上等だな、そいつら"
"で、こっちは衛兵分しか仕事もらって無いんだが? 責めて情報料、手貸すなら更に報酬、こっちは十人だ"
タダでは絶対仕事しないよ。プロだもの。
そしてわたしも冒険者のプロなのよ。こんなの冒険者の仕事なの? って素人は思うかも知れないけど実は仕事の範疇。
賊討伐で村内で戦闘とかあるし、変わった所だと傭兵代わりに反乱起こした村だとか、対立する貴族領への殴り込みとかもあるの。
冒険者=何でも屋の危険請負業よ。格好良く言ってるけど、ごろつきの延長なのよね、冒険者って。
魔物相手に鍛えた技を人間相手に振るうのも仕事なの。わたしがヤクザなお仕事って思ってるのもこういうのが有るからなんだよね。
"……仕方無い。手が足りてないな。追加で金貨10枚一人に付きな、戦闘込みだ"
"安い仕事だな。ただこっちで始末付けるには難儀だ、詰所に三十人くらいは居るからな"
"嘘付けシックス。一人でもやれるだろうが"
"やれるがオレへの報酬としては安過ぎる。どのみち騒ぎも収めなきゃならん。さらに積んでもらわんとな"
"悪いが予算に限界がある。わたしが片をつける。おまえら後詰め。仕事としては悪くないだろ"
"……まぁ、それなら悪くは無いか。面倒だが〈鮮血妖精〉の仕事ぶりを拝見させて貰えるからな"
"瞬殺するから見逃すなよ"
そしてわたしはセレスティナさんと、さっさと転移魔法で現地に飛ぶ。司令官自らが予備戦力にして、最大の機動戦力よ。
冒険者の手下連れて、ご丁寧に南門の詰所に集まっていた衛兵隊に殴りこみを掛けるのだった――
†
†
隠蔽魔法を使って姿隠して南門の周辺と詰所の見張りを掃除。
対策出来て無いんだから甘いよ。
そしてこちらは一切の甘さを見せずにきっちり生命まで取る。確認取ったけど叛乱起こされてるのは明らかで、伝令が帰って来ないって伯爵家から連絡があったもの。
市街戦になって火なんぞ付けられたら堪ったものじゃない。これが素人とプロの明確な思考の違い。
常に最悪を考える。
一兵でも取り逃がすとなにされるか解ったものじゃないと考えるよ。市民の生命より"敵兵"の生命の方が安いでしょ。
この世界でも基本、真っ当な"戦士"は民間人の犠牲を考える。
戦神バーラウの教えの賜物らしい。武器を持たぬもののを犠牲を最小化するのが不文律なの。
逆に言えば敵兵ならブっ殺しても良いってこと。
生命を粗末に扱う乱暴な考え方だよ。
……でも、残念ながらわたし含む冒険者連中にはそんな粗雑なやり方が一番性に合うの。
生きるか死ぬかしてんだから。むしろ無用な情けは死期を早めるの。
おかげで詰所の奥深く、衛兵たちが集まる食堂みたいな広間まで気付づかれる事なく死神のように忍び寄ることに成功。
出会った奴らは顔見知りでもあの世に送った。シックス率いる奴らは元裏稼業のヤツらだ、容赦がない。
親玉が声を荒げて騒いでる場所まで接近。
そしてわたしとシックスとセレスティナさん他、冒険者三人が入口沿いの壁からヤツらの悠長な会話を盗み聞きしてる最中だった。
「ええい! なぜまだ動かん衛兵長! 解っておるのか。叛乱が起こっておるのだぞ! 直ぐにでも出て行って連中を討伐してまいれ!」
「ベレグリン子爵。お気を確かに。今は時期尚早です。他の衛兵隊は伯爵家に従っています。今出て行けば同士討ちにもなりましょう」
「栄えある王国貴族の者がなにを馬鹿げた事を言っておる。我々に楯突くならそれは王国への不忠、国家反逆罪だぞ。伯爵家が押さえられてからでは遅いのだ。きさまらも反逆罪に問われる事になるぞ!」
「しかし、ここで無闇に動いては……聖魔帝国の手のものもおるのです。近衛騎士団の命を仰ぐのが宜しいでしょう……」
「馬鹿め。それでは遅いのだ。近衛が動いて事態を沈静化すれば我々に累が及ぶとなぜ考えぬ。座して待つだけでは王国への忠義が疑われるのだぞ! そんな日和見では貴様らの首が飛ぶのが時間の問題だな」
さて、もう良いかな。とわたしとセレスティナさんは隠蔽魔法を解いて堂々と出て行くよ。と同時に他の冒険者も広間に姿を現す。出入り口を塞ぐ形で。
「悪いな首が飛ぶのは今だぜ。ベレグリン子爵」
明らかに狼狽える小肥りの子爵。その場に居た他の衛兵たちもいきなりのわたし達の動揺しまくってる。
「……ブ、〈鮮血妖精〉……なぜここに」
「そりゃ伯爵が叛乱起こしたら来るでしょ。繋がってんだから」
「は、伯爵め、寄りによって貴様と組んだのか国賊めが。おのれ、王国が貴様らのような輩と取り引きすると思うてか。衛兵長! この失態は高く付くからな」
「……?」
わたしは眉根を寄せるよ。
コイツはなにを言ってるのか……わたしは衛兵長の方に視線を浴びせる。わたしの忌み名の意味を当然お前は知ってるよな。
「ま、待て。待ってくれ〈鮮血妖精〉。我々は子爵に命じられて動かなかったのだ。王国貴族に連なるものである以上、国家に反逆などできんのだ」
「じゃあ理屈は簡単じゃない。降伏とかの選択肢はないだろう。もうおまえの部下ほとんど死んでるもの。どの面下げてってやつだな」
「……ま、まさか馬鹿な」
「全員ブチ殺して来たわ。生かす理由あったら逆に教えて欲しいよ。こんな状況で不穏な動きしてたら敵以外の何者でもないだろうが。まだ突っ込んで来た方が可愛げがある」
この状況下でなに考えてるか解らない相手なんて危険過ぎる。市街戦になったら市民に死人が出かねないんだよ。しかも他国の工作員が紛れ込んでる可能性も有ると不安要素だらけ。
それに下手に生易しい態度取れないんだよね。
こいつ許したら、なら、多少馬鹿やっても許されるだろう。なんて考えるヤツがこの世界多すぎるし。
恐怖と畏怖を持って縛りあげる方が馬鹿やるヤツが少なくて済むという悲しい世界なんだ。わたしの経験上の話だよ。なら殺るしかないでしょ。
わたしは常に修羅に生きている。この妖精騎士アイギスさんは甘くないぞ。
「衛兵長、だから言ったのだ。そんな日和見では逆賊を利するだけだとな!」
「ば、馬鹿を仰るでない子爵! 子爵のお生命も危ういのですぞ。なぜ解らぬのですか」
「いや、二人とも。こっちはお前らの問答に付き合いきれないのよ。さっさと獲物を抜け。責めて名誉ある死というのをくれてやる」
「は? お、おまえは何を言ってるのだ」
素っ頓狂な声をあげる子爵。やっぱり状況を理解してないタイプの貴族だったよ。
「いや。子爵、おまえの首も取るつってんの。衛兵か私兵動かして貧民街の住人を扇動したのおまえだろ。騒乱起こしておいてタダで済む訳無いでしょ」
「有りえん。私は知らん。そも、貴様らが叛乱など起こさねばこういう事には成らなかったのだ! 私は王国の貴族だぞ。私を殺せば王国との講和など有り得なくなるぞ!」
「むしろ、おまえのおかげで講和が早まるんだよ。聖魔帝国からは逆賊役を見つけろって言われてんの。そいつが騒乱起こした事にして止むなく独立ってのが筋書きで、誰を犠牲の羊にするか悩みどころだったのにお前らの馬鹿騒ぎだもの。利用するよ」
「な、なんだとデタラメだ! そんな謀略を誰が信じるのだ」
「ヴェルスタム王国の国民が信じるんでしょ。政治宣伝ってやつでさ。でないと講和できないもの……そしてコレがペレグリン子爵、お前を生きて帰せない理由。てへ、もう喋っちゃた」
セレスティナさん以外の冒険者が嫌な話聞いたって顔してるよ。真実は時として残酷なものなんだよ。もちろん抱き込むからわざとだよ。
でも、本当に丁度良い奴らが出てきてわたしも悩みごと解決だよ。つい、デレちゃうのも仕方ないでしょ。
……まぁ、見つからなかったらソレはそれでって感じで大した策謀じゃないっぽいんだけどね。
そしてわたしはもう用済み兼不安要素の抹殺に掛かった。本気出して秒で抹殺完了だ。六人一秒でやるなんて容易いよ。死人に口無しってね。
次いでに反逆すればどうなるかの見せしめも兼ねると利用されまくりだよ。
何より王国系の貴族ってこのシルヴェスターじゃ嫌われ者。王国が支配強化の為に送り込んだ尖兵が、地元の住人に優しい訳が無いんだから。
領民に税を思いっ切り掛けてたのが連中よ。
ちなみにわたしが袖振り合う縁くらいで殺った奴らも王国系だったわ。
そりゃわたしの人気出るよね。
そして今日を境にシルヴェスターのスターダムにこの妖精騎士アイギスさんはのし上がる。
救国の英雄だよ。やったね。けど血塗れの妖精騎士名義なのだけは解せなかったの。
調子乗って、領都の公衆広場に血塗れの十字架を掲げたのがいけなかったのかな。
と、わたしは後で反省する事になった。




