第二話 妖精騎士アイギスさんと闇妖精の暗黒騎士(4)
黒衣の人から目深に被ったフード越しに、まず、店内を一瞥って感じの視線を感じた……
わたしはカウンターの椅子から降りて、ごく自然な感じで足元に置いてあった自分の盾を手に取った。
理由は単純、不穏な空気を感じ取ったのだ。
あの黒衣の人から受けた視線からは嫌な感じがした。殺意も無ければ悪意も無い。好奇も無ければ緊張も感じなかった。つまり感情の揺らぎみたいな物を一切感じない。強いて言うならレーダー照射を受けた感じかな。
そして、レーダー照射を受けたという事は……
場合に依っては殺る気だって事。わたし、アイギスの勝手な思い込みかも知れないけど、本能的な直感が告げてるの。この人、殺しに"慣れ過ぎ"てる、って。
わたしも慣れきってるから判るんだ。
"殺し"ってやり過ぎると人の生命の大切さとかどうでも良くなるの。
ただ、一般人を殺さないとか、不要な殺しはしないとか法律とか道徳とか色んな理由つけて、理性が枷を付ける。殺しを稼業にする人でも結構心理的に抵抗があったりする。もちろん、わたしも有るよ。当然じゃん、それなりの理由がないと幾ら何でもやらないって。
で、今こっちに歩いて来る黒衣の人だけど……
あれはそんな"枷"を付けてない。
わたしには判る。さっきの"視線"に感情はなかった。
ただ単に"殺す"かも知れない人数を確認しただけだ、と。
プロは殺しの前に視線に感情を乗せないのである。
そして、おそらくこの人は普段からその視線で人を見てる。この予想はわたしの勘だけど。
わたしの勘が黒衣の人物を危険人物だと認定。と、なると――わたしも戦闘準備だ。
場合に依ってはいきなり、赤い光刃のライトセーバー出して来るかも知れない。まぁ、腰に履いてるのは騎士剣のようだけどさ。
そして、わたしはこの黒衣の人の実力がどれくらいか推し図る。歩き方、挙動、動作に一切の隙がない。一見すれば自然体、見る人が見れば実力のある一流の戦士のそれ。前に一騎当千の"練達"級の冒険者の動き方見たこと有るけど、この人その冒険者より実力上じゃないかな?
そして、援軍の可能性として他の冒険者の様子を見る。全員大人しくこちらを見守っていた。その様子から、こいつらが助けに来る事はないなと、わたしは判断。
と、いうのも場に呑まれた顔してるからだ。想像力足りてねぇな。お前ら、ことが起こったら確実に殺されるぞ。まぁ、ことが起こったらお前ら盾代わりにすっけどよ。
わたし、アイギス。使える物は何でも使う一流の冒険者。ぼっちだから冒険者に友人とかいないし。
そして、とうとう黒衣の人がギルマスとわたしが居るカウンター前にやってきた。
わたしは盾を身構える。戦闘技"シールドバッシュ"用意。いざとなったら盾で吹っ飛ばしてやんよ。の構えである。
ただ、黒衣の人はそのわたしを見ても何も言わず、カウンターのギルマスに話しかけていた。反応なしか!
「ここが冒険者ギルドと聞いているが間違いはないか?」
「ああ、そうだ。で、お宅は?」
「わたしの名はジール・ジェラルダイン。暗黒騎士だ」
「なっ!」と冒険者の一人が驚き、急に店内がざわつきだす。
「冗談じゃねぇぞ! 暗黒騎士だと」
「や、疫病神にも程があらぁ!」
わたしは腰の剣を鞘から引き抜く。駄目だこの黒衣の――暗黒騎士、完全に喧嘩売りに来てる。
暗黒神の騎士、即ち信徒なんて碌な連中じゃないのは、わたしもこの異世界で体験済みだ。生贄だとか、殺しとか、欲するものは何でもやれ、とか言う教えなのだ。頭イかれてるからなぁ。
ギルドマスターは頬を引き攣らせてるが、それでも冷静だった。
ただ、目の前の人に呑まれてるのは一目瞭然。まぁ相手が強いのは判るだろうから当然か。ここに居る連中じゃわたし以外まず死ぬからなぁ。
「そ、それは笑えねぇ冗談だな」
「別に冗談ではないがな。お前が名乗れと言ったから名乗ったに過ぎん――ふむ、で、何が問題だ?」
そして、暗黒騎士と名乗った人物は顎に手を当て思案顔だ。黒フードで顔が解らないけど女性っぽい。もう冬なのに太もも剥き出しとかさぁ。やっぱ頭イかれてるのか?
「アンタが暗黒騎士だ。って言ったのが問題だ。暗黒神の信徒で暗黒神に忠誠を誓った騎士――この国じゃ暗黒神の教えは御法度だぞ」
「ああ、そう言う事か。私の国には信教の自由があるんでな。法に反しない限りは何信じても自由だ」
「ほぉ、そいつはまた暗黒神の信徒には天国見たいな国だな。だが、この国じゃ認められてねぇ。趣旨替えをお勧めするぞ」
ギルマス、この状況で良く言えるな。と、わたしはギルドマスターを見直し、感心する。場合に依っては最後の言葉になるよ、それ。チラっとこっち見るな、助けられるかわかんねぇぞ。
「そいつは問題がない。そもそも私は暗黒神の信徒じゃない。問題は解決したか?」
「……冗談ってか?」
「いや、冗談なのはお前らだ。暗黒騎士なのは確かだが、別に暗黒神を信仰してない。お前らの見識不足だ」
「…………?」
ギルマスが困惑顔なので、暗黒騎士(?)の人が呆れ気味に両手を軽く挙げて答える。わたしが戦闘態勢で横に居るのに余裕だな、おい。
強者感ある。
「私は悪魔や妖魔、邪神や悪霊といった存在と契約して力を得ている騎士だ。信仰の対象はまぁ雑多だな。だが、一応、暗黒騎士だろう? ……暗黒神を信仰してる騎士のみが暗黒騎士と呼ばれる訳じゃない。二神信仰の僧侶も居るしな――それで何か問題があるか?」
「…………」
いや、それ問題があるんじゃ……
と今度はわたしがギルマスをチラリと見る。悪魔とかと契約してる魔術師で妖魔術師とか居るけど、この世界だと碌な事しないって話し聴いてるけど?
「ギリOKな気がしないでもねぇ……」
おい、日和ったなギルマス! こんなの認めたら神殿連中に何言われるか分かんねぇぞ。法的問題はクリアできんだろうな!
「……だが、その暗黒騎士様がこのギルドに何の用だ? 一応、こっちは大手を振るってやってる商売だ。光の神々に顔向けできん事は手伝えないぞ」
ギリ妥協見たいなギルマスの提案。まぁ、生命掛かってるからな。この辺りが落とし所なのだろう。相手が強過ぎるから押し通されてしまう。
ただ、その様子に何か気づいたのか、黒フード被った暗黒騎士が懐から何かを取り出した。
「なら、こいつで問題はあるまい」
「……メルキール商会発行の通行手形だと? なんでアンタがこんなの持ってる」
「蛇の道は蛇だ。あそこは王家の御用商人を務めるくらいにはデカい商会だろう。当然、トラブルは付きもの。例えば暗黒神関係とかな」
「で、お前さんがそのトラブルシューターか?」
「コンサルタントみたいな物だ……メルキール商会はこの街にも支店があると聞いてる、話しも通してある。身分保障については問題ない筈……で、そろそろ本題の方に入りたいんだかな?」
話し聞いてると法的問題もクリアした感じらしい。メルキール商会はこの街で一番大きな商店があって、国一番と評判だ。そこらの貴族でも大きな顔できないくらい大きいらしい。わたしも何度か依頼を熟した事ある。金払いがめちゃくちゃ良いんだ。あそこ。
「てか、最初からそんな手形あるんなら出しなさいよ。暗黒騎士とか言うからこっちも喧嘩売られた気になるでしょうが」
と、わたしがもう解決したな。と横から口挟んだ。わたしも手形見たけど、偽造不可の魔法手形で多分信用できる奴だ。まぁ、この暗黒騎士さまが信用できるかは解らないけど。
「それは済まないな。最近、わざわざ名乗りを挙げる機会がなくてな……暗黒騎士が嫌われ物だと失念していた。で、剣を収めて貰えるとありがたいが? ……先に言っておくがこちらから騒ぎを起こす気はない。メルキールに顔向けできなくなる事はしたくない。――判るな?」
「フン」とわたしは機嫌を悪くして剣を収める。
最後のわたしに向けた「判るな?」って言葉がどうも子供に諭すような口調で癪に障ったのだ。
「では、誤解は解けたので本題に入ろう。カザスという村の近くに私の古い知り合いの樹木妖精が居たのだが……最近殺されたらしくってな。殺った奴を探している。心辺りはないか……?」
わたしはきゅと口を噤む。そして、表情を隠す為にギルドマスターを見る。
ギルドマスターも困り顔でこちらを見ていた。
おい、ヤバいぞ。解決したと思ったら再燃した!
カザス村はシルフィちゃんの賊に襲われた故郷。
そして、シルフィちゃん達が森に逃げ込んで、わざわざ庇ってくれた樹木妖精の爺さん殺ったのわたし!
いや、なんだか死にたがってたからさ。殺しちゃった。テヘっ。
こんなので言い訳通用するか!
ギルマス、ギルマスヘルプ! とわたしは目で訴え掛けていたが、暗黒騎士さまは勘が良かった。
「ほぉ……何か知ってるようだな? では話して貰おうか包み隠さずに、な」
冒険者ギルドにまた不穏な空気が流れる……
頼む、ギルドマスター上手いこと言ってね。駄目だったら、わたしは全力で逃げ出させて貰う。その用意をする。
ちょっと、これ戦えん。相手とやり合える理由がわたしに無いのと向こうはメルキール商会の身分保障付き。
ここで殺ると地の果てまで殺し屋送られたり、賞金首なるやつ。アイギスわかるもん。
後は天に祈るのみ、ギルドマスターお前だけが頼みだ。仕事の依頼だったろコレぇ。
と、目で訴えかけるがギルドマスターは観念したように暗黒騎士に事情を話し初めた。
お前それ、脚色なく事実関係述べるのやめろ!
わたし、妖精騎士アイギスの運命は! 次回に続く。




