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神祖の妖精王〜妖精騎士アイギスさんの冒険の日々〜  作者: フィリクス
第3章 妖精達の冒険ストラテジスト
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第十八話 妖精騎士アイギスさんと許す者、許されざる者(7)







私、〈光暗妖聖〉ことリネーシュが、天使王聖下に呼ばれた場所はかつての地下帝国が秘密裏に設けたていたシェルターの一つだった。



呼ばれた理由の一つが、私がかつてこの大陸で魔王の軍勢の旗下の元、地下帝国との戦いに身を投じていた事は自明だな。


千年以上昔の、若かりし頃の話だ。

あの頃はまだ魔導文明の崩壊期で未だ世界は混迷から抜け出せず、誰しもが戦いに身を投じてなければ生き残れないような時代だった。


そして恥ずべき事に当時、私はかなり調子に乗っていた。


魔王軍の4将の一人、紅一点とか言われてな。

…………今、思い出しても羞恥で顔が紅くなる。

魔族に味方したことに後悔はないが、あの時代の妙な自信と優越感だけは恥じきってもしきれん。


ハイエルフの百歳台など本当に子供だな、とこのシェルターに来てから思い出していた。まさに若気の至りだ。



「さて、ここで待たされるのも良いがアリーシャ様は何処いずこに」


私を地下シェルターの一室に案内したのはベージュ色の軍服姿の天使。


天使と言うと光輝く光輝な存在――

という印象を私を含めこの世界の者は持っていた。

だが、精神体はともかく天使王聖下の軍勢の下級天使は殆ど人間と変わらぬ姿だ。


せいぜい翼人族のように翼を背に持っている程度。しかもその白い翼も精神体が実体化してるだけで消したりできるからな。

眼の前の女性型の天使は更に自動小銃アサルトライフルを装備、ベレー帽も被ると近代的な軍人姿だ。


「申し訳ありません、リネーシュさま。司令部から地下探索中に敵性の悪霊と交戦中との一報が入りまして……えっと、ここで待つ? 状況不明? え、どうすれば」


途中から戸惑いながら司令部と念話で交信してるとおぼしき天使の一般兵。

明らかに新兵だな。

天使王聖下が権能スキルにより創造クリエイトされてそう日が経ってない者だろう。


「アリーシャさまが直接現場に赴いていらっしゃるのか?」

「……は、はい。……悪霊や妖魔が物質化したと思われる存在が地下3層以下で確認されています。魔族のような変異体とは、聞かされていますが……」


「さもありなんだな。地下帝国は禁忌とされる邪法に限りなく手を出していた。人体実験などまだ序の口だ……」


このシェルターの地下施設の事は報告書に目を通して概要を掴んでいる。地下帝国の典型的な生産施設のようだったからな。


「……今、思い出しても忌々しいが、人間を元に強力な制御可能な生態兵器を作り出して対抗しようとしてたからな。奴らは」

「ですが、闇の王も魔族と言う生態兵器を作り出したのでは……?」

「魔族の方がまだマシだ。最低でも人間としての意思決定はできるからな。……地下帝国の奴らはそれさえも踏みにじる連中だった」


戦いであってもやって良いこと悪い事がある。

まだ悪の軍勢とされた闇の王側の残存軍の方が軍紀と道徳性が保たれていたなど皮肉な話だ。


私が魔王軍に身を投じたのもそれが理由だったからな。地下帝国の連中よりも断じてマシだったからだ。人が人を喰うという醜悪なものさえ奴らはその最後に行っていた。

悪魔とその眷属との戦いで奴らはそれ以下の存在に成り果てていたのだ。



「その醜悪な末路の果ての結果がこのシェルターの地下にあってもおかしくは無いな……」

「…………報告が来ました。交戦終了したようです。アリーシャさまがこちらに来られるようです。このまま待機せよ……と、え。違う? 悪霊の一部が上層へ、って司令部、司令部!」

「…………」


慌てふためく新兵の天使。なって無いな。

同じ階級の天使でも古参兵はもっと泰然とした物腰だが。信仰心が足りんな。経験の不足もそれさえあれば補える。


「こちらにやって来る。仕方ない迎撃するぞ、報告だけ入れておけ。地上に逃す訳にはいかんぞ」

「……は、はい」


と、肩から下げた自動小銃を手に持つ新兵。いや、悪霊に銃攻撃は効きにくいのだがな。本当に生まれ立ての新人かもしれんな。


そして私たちの眼の前に地下から引き寄せられるようにやって来た悪霊ども。

悪霊と一口に言ってもその出自は様々さまざま。だが、眼の前に現れたのは知的生命体の負の感情が寄り集まった霊体タイプ――イビルガストだ。


憎悪、怨念、呪詛、悪意……魂を穢さんとするあらゆる不浄の念が実体化した存在。

……地下帝国の施設では見慣れた存在だ。懐かしさすら感じるよ。


そして新兵の天使が発砲する。

……出会いがしらに悪くはないが……閉鎖空間なので跳弾の危険だとかが有るのだがな。ただ、弾頭が対霊体弾なので一応効果はあった。


"ひぎゅぁアアアあああ!"

"がん、ガン、がぁ"

"おんどれりょりやあ?"


「効果は有るが仕留めきれないか。以外にレベルが高い。しかし……この攻撃性の無さは……?」


悪意の塊である悪霊で、攻撃を受けているというのに反撃して来ない。使役されてる可能性も有るが、例えそうであっとしても攻撃性の無さには説明がつかないぞ。


「一旦、発砲止め。止め!」

「……はっ、はい!」


銃撃がやむと悪霊達が大人しくなる。

悪霊たちは狂ったような声を霊たちの世界――星幽界側で上げながら、その場から動かなかった。


「なんだ……こいつらは。使役されてる様子もない。だが悪霊には違いない。私達が居るのに攻撃もして来ない……?」


私の妖精の眼なら魂に契約が成されてるかも見極められる。なのに、この眼の前の悪霊たちには何の制約も課されていなかったのだ。


「ふむ。さすがリネーシュちゃん。気づいたようだ」


声を掛けられ視線を転ずると、床からアリーシャさまがそのご尊顔だけ覗かせていた。次の瞬間には胴体もぬっと這い出される。

実体があるのに壁をすり抜けるという私には理解不能な動きをしていた。さすが天使王聖下、人智を超えています。



「アリーシャさま。この悪霊たちは一体、……何なのです? 聖下の御業に依るものなのですか?」

「……この者達は元は人なのだ。リネーシュちゃん」

「……人間? 集合意識などではなく? そんな事が……いや、あり得るのですね……」


天使王聖下の御言葉を疑うなど愚かしい。

ここで虚言を弄して何になるというのか。そもそもあり得ない話ではない。悪魔に魂を売り渡し悪魔になるという行為も不可能では無いのだ。


「……ですが、妖魔なら聞いた事が有りますが、悪霊に直接転生できるなど不屍魔術師リッチャーや、魔術師が肉体を離れて戻れなくなった存在くらいしか聞いた事が有りませんが」

「それを人工的にやったら、多分いける」

「正答を言い当てていましたか、成る程……」


作り出して居たという訳だな地下帝国が。

どんな事でもやる連中だった不自然ではない。

しかも奴らは人間を材料にする事に執着していた異常者集団だった。人間という存在の、人工的な"進化"を模索するという狂った連中だったのだ。



「愚かしいにも程がある奴らだ。そもそも魂の脆弱な人間を核にしてその器を如何いかに取り替えた所で"進化"など出来る筈があるまい。まだ、アンデッドの吸血鬼ヴァンパイア不屍魔術師リッチャーの方が余程マシであろうが」

「やはり、それ程の者達であったか……。地下に居る者達もそうであった。……お話しできたけどDARK悪魔系であった」


DARK悪魔系とは聖魔帝国の報告書などの文脈で使われる専門用語――

気狂いのように意味の通らない言葉を発し、通常の知的生命体では意思疎通が困難な存在の事を指す。殆どの者が悪魔に類するもの。悪・混沌属性である。


「奴らとの交渉が可能でしたか……」

「うむ。地下生活をエンジョイしていた。このアリーシャちゃんが来たことで驚かせてしまったのだ」

「……ならばこの者達もですか。しかし解せません。それほどの知能があるとも思えませんが……」


するとアリーシャさまは紅い小石を取り出した。

そして素早く室内のすみに放り投げる。その紅い石に群がる悪霊たち。

納得だ。あの紅い小石にはあり得ない程の生命いのちが凝縮されている。魅せられるくらいの魔性を帯びているのだ。おそらく禁忌の品なのだろう。


「悪霊としての本性を失っている訳ではないのですか」

「うむ。リネーシュちゃんを見て驚いたのだ」


信仰の為せる業だ。私の肉体は通常の生命体でも、精神体がもはや天使の領域なので、混乱したようだな。

そしてアリーシャさまが群がる悪霊たちを掻き分け禁忌の紅い石をしまうと悪霊たちがおとなしくなる。


"w-pj-pjm-wtpa"

"どゆやなかまななな"


そしてアリーシャさまの御言葉により悪霊たちが去って行った。元いた地下奥深くへ、と。





地上に戻り私たちは、駐留天使部隊の司令部となっている天幕に戻った。


その内部の仕切りがなされた一室で、私は最新の調査報告が記載されたタブレット端末に眼を通していた。


「私が呼ばれた理由が解りました。つまり王国魔法研究所の調査……この地下施設のような人体実験施設の捜索任務ですね」


テーブルの対面に座るアリーシャさまがコクリと頷きなさった。


「うむ。さすがリネーシュちゃん、良く解っている。地獄へ落とすのは後で良い。まずは救出を優先するのだ」

「……機材の中に聖ロクス教国製と思われる魔法機械と記載されてましたが王国とも関わりが有るのでしょうか」

「繋がりは有る。ただ、何処までかはわからない。……地獄に落とすかは関わり次第」


どうやらお赦しにはなられないようだ。

例え、この地下深くに潜む悪魔達には慈悲を掛けても、悪逆非道を行った者達は赦されないのだ。


ただ、一緒にこの場まで同行していた新人の天使が口を挟んだ。



「あの、アリーシャさま。あの地下の悪魔たちは如何いかが致しましょう。司令部から指示を仰ぎたいと」

「問題ない。専門の悪魔使いを呼ぶのだ、それまでは良い感じにするが良い」

「良い感じ……?」


「自分で考えろという事だ。司令部に伝えれば……良い感じになる」

「リネーシュちゃんの言う通りに。きっと良い感じになる」

「……解りました。良い感じに、と司令部に伝えます」


そして新兵の天使が、腑に落ちない顔をしながら司令部に伝達する為に立ち去った。まだまだ精進が足りんな。



「ふむ。リネーシュちゃん……このアリーシャちゃんが、悪魔たちを許して、外道な者達を許さぬ理由が解るだろうか」

「恐れながら、罪を認識できるかでしょうか。もはやあの悪魔達に自らの罪状を理解できるとは思えませんから」

「…………」


ただ、アリーシャさまは遠い眼を成された。

いかんぞ。私も精進が足りなかったか!?

人の事を揶揄して居られんな!


「まずはこちらをご覧ください」

と、テーブルの上に置かれる人形。汚れていてしかも手足が取れている。


「これは……」

「実験の被験者の、当時お子様のものです。……お名前はアルセちゃん、8歳。そしてコレがその子が受けた外道実験のカルテ」


私が眼を通すと、そこに書かれた内容は筆舌に尽くしがたい内容だった。吐き気がするとはこの事だ。

目眩までしてくるな。


そして聖下の傍に常に付き従い、普段は姿を隠している智天使の長ザフィキエルさまが現れた。


ザフィキエルさまは眼玉を覆う皮膜に天使の翼が生える異形の姿。その眼から中空に過去の映像と思われるものが映し出される。

〈過去視〉の権能スキルに依ってザフィキエルさまが見た、実際にあった出来事だろう。



「当時のその子の心を癒やすため、ミュータントの担当の人は誠心誠意、頑張ったそうです。それは酷いものだったそうです。痛い、痛いと泣き叫ぶ彼女から痛みを取り除きました。お腹が空いた彼女の為にパンをあげたくても、彼女は実験のせいでご飯を食べることができなかったので、幻のご馳走を食べさせました。お母さんは何処と寂しがる彼女の心からお母さんの記憶を取り除きました。それでも寂しさを覚える彼女を慰めるため一緒に遊んであげたそうです。……そして最後に」


ダイジェストで中空に映し出される生々しい映像。

アリーシャさまは、ただ、あわあわと私に語りかける。


「ありがとう、もう必要ないと。その人形を渡されたそうです。ちなみにこの担当の人も当時、10歳。後でその子が初恋の女の子だと気付いたそうです。彼も後を追うように最後の日記を付けて自殺してしまいました。……その親御さんのミュータントの人が涙ながらに日記を見せて語ってくれました。もうこんな事は止めて欲しいと。ちなみにコレがその日記です…………リネーシュちゃん、涙を拭くが良い」


渡されるハンカチーフ。

歳を取ると涙脆くなっていかんな。

私が涙を流しても仕方あるまいに。

それにしても映像は、映像で見せられるのは辛い。



「……この世には許してはならぬ物がある。そうは思わないだろうか、リネーシュちゃん」

「……我が身を恥じるばかりですアリーシャさま。所詮は論理など人の感情に取っては付け焼き刃でしか有りませんね」


「あの悪魔達はもう良い。あの者達はこのアリーシャちゃんの元でよりエンジョイできる。だけど、エンジョイできぬもの達がいるのだ。……まずはこれ以上の悲劇を止めるのだ」

「はっ。必ずや」

「このアリーシャちゃんこそ、絶対の正義なのだ。知らしめるが良い、〈光暗妖聖〉よ。この天使王の務めを助けてくれるものと信じている」



私は立ち上がり頭を下げる。

この方こそ私が仕えるべき主君足り得る。人が人足り得ぬ事を許されぬ。


「聖下の御意、確かに拝命いたしました。微力ながらお力添えいたします」

「うむ。良い感じにしてくれると良い」


そして小さな背を向ける天使王聖下。

常に身に着ける、袖付きの白の上着が風になびいてた。


天使王聖下はあらゆる者を愛しておられる。

聖も邪も、善も悪も、光も闇も。この世すべてを愛するがたった一つだけ許せぬものがあると、かつて私におっしゃられた事がある。


人の度が過ぎた行為よくぼうだ。


そして、アリーシャさまはあらゆる者を愛するが故に、お怒りも激しい。その背中からは、汎ゆる者を畏怖させる神の怒りに似た怒気が静かにほとばしっていた。


「人に裁けぬ悪があると言うなら、人が自らを裁けぬというなら、この天使王が裁きを与えよう。……地獄の釜のふたは常に開けてある。罪深き仔羊たちよ、良い感じになるが良い……」


もはや……罪人たちには"死"すら生温い裁きが降る事は疑いようがなかった。



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