第十八話 妖精騎士アイギスさんと許す者、許されざる者(5)
姫君と謁見していた応接間に姿を現した近衛騎士は六人ほど。
暗黒騎士たる私とアスタロッテの事は知っていたようで、家宰アンセルに案内されて来た騎士達は私の姿を認めた瞬間、動きが止まった。
初対面で"それなりに"、荒事の経験がある奴ならいつも似たような反応をされるから私は慣れたものだ。
私自身には敢えてやってるという感覚がないのだが、私の考えがまるで読めず、しかも私が一流の戦士だと立ち振る舞いと気配から解るので、本能的に危険性を感じ取ってしまうらしい。
危険。という点に付いては正しい判断だな。
私は目の前の人間を殺した所で心理的な痛痒を一切感じない。
路傍の小石を踏みつけるのと目の前の人間を殺すのは私にしてみれば似たような行為だ。
ゲーム中のNPCに同情する人間など居ないのと同様。この世界の人間含む知的生命体を殺した所でなんの罪悪感も存在しないし感じないからな。
「……挨拶も無しとは王国の近衛騎士は無礼極まるな。この私相手に一戦挑みに来た言うなら応じるが……その体たらくでは話にもならんぞ」
私の発言一つで冷や水垂らすように近衛騎士達の表情が硬くなる。射すくめられるているという体そのものだ。
精鋭、とは聞いていたが実戦経験が足りな過ぎるな。練度や装備は確かに良いのだろう。
だが、お互い生命を賭けた"殺し合い"の経験が足りなさ過ぎる。戦場で鍛えあげた一騎当千の"練達"級の武芸者ならこの私相手でも相応に心意気だけは張り合って来るものだ。
「ジェラルダインさま、少しはお気を鎮められては? これでは……劇を愉しむどころでは有りませんよ」
と、アスタロッテに揶揄される始末だ。
もちろん私に向けた発言ではない。私はいつも通りだ。実際、伯爵家の家宰アンセル含む騎士達に会った時も同じ反応だった。姫君に会わせてもらうまで大分、時間を食ったからな。
「アスタロッテ嬢。礼節も重んじぬ輩に気心を許す訳にもいくまい? ――……では、姫君の前で非礼を承知で此度の狼藉を釈明する機会くらいは与えてやろう。それで用件は?」
近衛騎士の一人が応じて、私の前に進み出てくる。
他の騎士よりもまだ若造のように思えるが。
「失礼を。ジール卿。我々は近衛騎士団第二分局所属の王都治安維持部隊です。……伯爵家、家中に不穏な動き有りと一報を受けて赴いた次第です」
「結構、具体的な内容は?」
「…………」
言うか言わまいか、と判断に迷う様子が手に取るように解るな。これでは私との実力差がここまで開いてると認識してなかったかも知れないな。
「……王国に対する騒乱容疑です。国家治安維持法に基づきシルヴェスター伯爵家に対して査察せよと。法務省――司法卿からの命令です」
「具体的に、と言った筈だぞ。……謀反の疑いがあるなら法的根拠がある筈だ。きさまらが唯々諾々と命を遂行するだけの犬でなけば、承知してる筈だな?」
「ジール卿。申し訳有りませんが、捜査上の機密を外部に洩らす訳には参りません。状況次第では国家反逆罪です。伯爵家の名誉にも関わりあること……安全保障上の保護措置とご認識頂きたい」
面倒な事を言い始めたな。
つまり、伯爵家が姫君を囲って独立を図ってるから捜査という名目で制圧しに来たと。
「内政上の問題だから口を挟むなとは良く言えるな。既に渦中の姫君は我々の保護下だ。……外務卿には通告済みの筈。ならば、貴様らがここに来ている理由はなんだ?」
「……先程も申し上げましたが、国家の安全保障に関わりがある重大事です。不服があれば外務省を通して抗議して頂きたい。……ヴィリア姫には騒乱を主導した容疑が掛かっています。我々としては事情を伺いたいのですが、ジール卿」
「それには及ぶまい。そもそも法的根拠を明示できない以上、違法捜査の疑いがある。要求できる立場にあるとは驚きだな……」
一番厄介な展開になったな。
これではおそらく揺さぶりを掛けても襤褸を出さない。杓子定規な解答しかして来ないのが何よりのその証拠。
近衛騎士団が公安のような軍警察組織と報告を受けていたが、この点についてはプロだな。
言質を取られないよう何らかの訓練を受けていてもおかしくはない。外務卿に通告したと言う虚言にも動じた様子がない。
機密だから喋れないと最初から交渉なりを拒否されるとどうにもならん。正直これをやられると私に立つ瀬がないな。
何よりこの場に居る近衛の連中さえ、どういう政治的意図で踏み込んでるのか知らされてない可能性が高い。
"知らなければ喋りようがない"
とはこの世界での諜報工作の世界における常識だからな。
こちらが強行手段に出てもどうにもならんだろう。
逆に向こうも強くは出れない事を認識しているが。
「……それで要求を拒否すればどうする気だ? 下らん事をすれば貴様らを生きて帰す保障はこちらもしかねる」
「…………聖魔帝国がヴィリア姫を保護為さっている理由をお聞かせ願いたい。我々にしても貴国に対する外交上の配慮は十全に行うよう護国卿閣下からは命を受けておりますが……捜査の都合上その点を明らかにして貰わなければ伯爵家の家宅捜査はせざるは得ません」
「つまり……その辺りが妥協案か?」
「…………」
まだ、二十代と思える近衛騎士が緊張した面持ちで頷く。
私は視線を他の近衛騎士に向ける。会話を聞いていた筈だが全員似たような表情だ。
……つまり死ぬ覚悟がない?
こちらが反撃に出て、それを理由に何かをする企みだとかを知らされて来たのでは無いのか。
……成るほど、中々苦しい立場を理解できてきたぞ。その可能性を想像できてしまうのだな。
私がこの場に居る事を知らなかった可能性すらある。いちいち聞きはしないが。
「なら、仕方あるまい。こちらも早々にお引き取り願いたいからな。長引くと伯爵家の体面にも関わる。……家宰どの、私が持って来た魔女王陛下からの信書を見せてやれ」
「は?!」
伯爵家の家宰アンセルが驚愕に眼を見開いて声まであげた。何を驚くことがある。一番手っ取り早いぞ。
「し、しかしジール卿。あ、あれは」
「構わん。見せてやれ。口頭で説明するより一目見れば明らかだ。これで伯爵家の嫌疑も晴れるというもの。魔女王陛下のご意向を知らしめる良い機会だ。何を躊躇う? 責任は私が持つ」
そしてアンセル家宰に行け、と急き立て持ってこさせる。まず、私が受け取りそれをそのまま若い近衛騎士に渡した。
その内容は、魔女王たる私がヴィリア姫を旧シルヴェスター王国の正統な後継者と認め、その領土の保全と王国の再興に協力する事を確約すると直筆で書いて署名して玉璽で判まで押したものだ。
若い近衛騎士がその内容に眼を通して理解すると顔の端を引き攣らせていた。
「これで謀反の容疑は晴れたな? 何か問題があるか?」
私に問われて近衛騎士が信書と私を交互に見やる。
「こ、これを。コレで……!」
「何を驚く……容疑は謀反、若しくは国家反逆罪なのだろう? その陛下の信書の内容の何処に貴国に対する謀議の内容が書かれている……護国卿閣下も当然、承諾されるものと疑い得ない。先走った司法卿には改めてこちらの駐在外交官から説明させよう。何か文句があるのか? 魔女王陛下の信書に」
「…………」
近衛騎士が明らかに何かを悟り、諦めたように頭を垂れた。
これが大国の大国たる所以である。
他の弱小国はこちらのやる事に文句を付けられない。軍事力、経済力、外交力はこちらの方が圧倒的に上、王国を粉砕するなど容易い事だ。
これで王国が文句を付けて来るなら艦隊をこの王都に送り込んで砲艦外交待った無しだ。魔女王たる私にも面目という者があるからな。
「何よりこの状況をあの〈鮮血妖精〉が知ればどうなるか、その点を考慮して貰おう。治安当局にすればアイギス殿下の御乱行は頭痛の種だった筈。場合に依っては魔女王陛下といえど対応はしかねる」
「…………解りました。ただ、私の一存では……責めてこの場に居る者と相談させて頂きたい」
「結構。なら、さっさと相談しろ。その信書を見せてやれ」
そして近衛騎士連中が一旦引き下がる。
まったく、誰の為にここまでやってるやら。
ヴェルスタム王国とアイギスとの問題にさっさと決着をつける為だぞ。奴らの関係が拗れると王国の方を捨てざるを得ん。
仮にアイギスが今回の騒動でキレて護国卿をやればヴェルスタムが内乱状態になりかねん。そしてその機を狙ってベイグラム帝国が本格的に出兵しかねんからな。
それでは今度は帝国の崩壊時期が早まりかねないと、この大陸北部の平和がドミノ倒しで最悪な状況になる。
世界平和を影から支える陰謀企むのが聖魔帝国だ。
……嘘ではないぞ。天使王聖下は流血はお望みではないからな。どのような国家でも大国であれば自分たちの"都合の良い世界平和"を策謀するのだから、大した話でもないが。
と、私が退出した連中の無知を嘆いているとアスタロッテとヴィリア姫が私の所に来て、そのまま通り過ぎて壁伝いに張り付いた。
「何をしておいでです? ヴィリア姫」
「いえ、隣の部屋で相談為さって居るようなので」
「本来、控え部屋だそうですね。壁が薄いそうですよ」
「敢えてアンセル家宰が案内したのか。連中も迂闊だな。……いや、若すぎるな。相談するなどと言うのもおかしな話だ」
「なら、狙いはヴィリア姫ですね」
と、アスタロッテが妖しく微笑む。子供のする表情ではないな。……確かに権力者間の不和が招いた政治劇で無ければそれ以外しか考えられないが。
念の為、私は空間収納から騎士盾を取り出す。狙って来るとすればこのタイミングからだ。
私が何もない空間から盾を取り出したのを見て、ヴィリア姫があどけない顔を曇らせた。
「危険が迫ってるのですかジール卿」
「考え違いかも知れませんが、おそらくは。アスタロッテがお守りしますので片時も離れませぬよう」
「私も御守り頂きたいのですが、ジェラルダインさま?」
「悪霊どもの指揮は任せる。大使館からの迎えはもういらん。念入りに次元潜航艦を使う、直接伯爵邸に張り付かせろ」
「あら、本格的ですね。お姫様を守るとなると本気を出して」
「なに、アイギスの婚約者だ。少しばかりは本気をな。何か合ったら目も当てられん」
言いながらアスタロッテがブレスレット型の通信端末で王都上空に潜ませている次元潜航艦に指令を出している。
「……横付けするのは後にしましょう。先に始末してからの方が良さそうですね。発見の報告が入りましたよ」
潜水艦のように普段は近接次元に潜んでいるのが次元潜航艦という軍艦だ。
潜水艦と同様に、発見を防ぐ為に普段は索敵を主体的には行わないが、敵の存在を感知する為に行ったようだな。
それくらいの判断くらいは独自にせねば困る。当然、やらねば私の説教が待っているとも。
「――ではヴィリア姫、少々騒がしくなりますが御心、安んじられますよう。連中の相談が終わってこちらに来たタイミング辺りが狙いと思われますので」
「わ、解りました。宜しくお願い致します、ジール卿。アスタロッテさま」
「ジェラルダインさま。丁度、話し合いが終わりましたよ。引き上げるようです。では、未来の恋人同士仲良くしましょうね……」
「?」
アスタロッテがヴィリア姫の傍に近寄った。
私もヴィリア姫と同じく、未来の恋人、という言葉に頭に疑問符が浮かぶ。どういう意味だ?
だが、疑問を呈す暇もなく、近衛騎士たちが応接間に戻って来た。




