第十八話 妖精騎士アイギスさんと許す者、許されざる者(4)
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ヴェルスタム王国の王都ベルセリア。
私、暗黒騎士ジール・ジェラルダインは、魔大公アスタロッテを伴ってシルヴェスター伯爵邸に訪れていた。
用件はもちろん件の姫君に会いに。
他の敵対勢力が狙って来るか様子見もしてたのだが、アリーシャに真っ先に知られてしまって、お見合い、直ぐに。と忙っつかれるので若干面倒になって回収に来た。
それに、そろそろ王国側にこちらの動きがバレそうな頃合いだ。厄介ごとになる前に姫君をこちらで確保しても良いだろう。
そして、今、私は姫君本人と面会してる最中なのだが……
ヴィリア姫は、髪の色と素肌はアルビノかと思うほど白皙の容姿端麗のエルフの少女。
歳は28と聞くがその半分くらいにしか思えんな。
アスタロッテは更に年下の容姿だが気が合ったのか、楽しげに応接間で談笑してる際中だった。
「あら、それは楽しみです。アスタロッテさま、アイギスさまの事をそこまでご存知なのですか」
「ええ、ベイグラム帝国でご活躍していた頃からですよ。最初の頃は子供を助けて奔走したりしてましたね。人攫いから助けたものの故郷が何処かで探し回ったり」
「それは聞いたことはありませんわ。ぜひお聞かせください」
ただ、ひたすらに面白そうに女子二人がアイギスの過去話で盛り上がっている。彼これ二時間以上の時の流れがアイギスの過去話で潰えた。
ここまで話が合うと逆に本人かと疑念を持つくらいなのだが……
自分でその可能性を真っ先に考慮して密偵を送り込んでるので事実と思うしかないのがある種の皮肉だな。
私は神祖の妖精王がアイギスと確認が取れた時点で、伯爵家の調査を行い森陽王対策でこの姫君に見張りを付けていた。理由は何らかの謀略にこの姫君が使われる可能性を鑑みて。
おかげで今、目の前に居るヴィリア姫が正真正銘本人と認識せざる得ん。
というより密偵の報告でもアイギスファンだと報告を受けている。我が不肖の娘アスタロッテと張り合えるとなると事実と考えるしかない。
が、それはもう十二分に理解したからそろそろ本題に移りたい。来るとは伝えたが本人には訪問の真の理由までは伝えてない。
伯爵家を伯爵が不在の間取り仕切る家宰には伝えて、後は本人の了解を得るだけなのだが。
このままだとアイギスのプライベートまで話のネタにされそうだ。
それは一向に構わないのだが……
「――さて、御二方。アイギス殿下の事で華を咲かせるのもよろしいが、そろそろ用件の話をさせて貰いたいのだが?」
と、やっとアイギスが老夫婦宅に居候になった話が一区切りついたので割り込む。丁度良いタイミングだ。その後の話しは悲劇だぞ。
「あら、ここからが面白い話ですのに……ジェラルダインさまも野暮ですね」
「何、用件が済めば私のような邪魔者を気にせず、アイギス談義に耽って頂ければと……皮肉という意味ではなく。時間が惜しいので」
はっきり気づけと言いたいくらいだが、流石に暗黒騎士として入り込んでる手前、姫に無礼な口を効く訳にもいかないからな。
場の雰囲気は弁えるとも。
我が不肖の娘がこういう事をして来るのも想定済み。私の忍耐は幼女に依って鍛えられている。多少の不愉快さにはビクともせん。私ほど謙虚な悪魔の女王は居ないぞ。
「これは申し訳ありません、ジール卿。わざわざお越し頂いたのに私ったら、つい」
「なに、アスタロッテ嬢とご交友頂いて何より……では、時間も惜しいので本題に入らせて貰ってもよろしいかな」
「わたくしをお連れ為さるのですね? 今すぐにですか?」
おや、気付いてるとは。
ヴィリア姫はまさに深窓の姫というイメージが私にはあったが……
なにせ、隔世遺伝で妖精族として生まれた身の上。
王国から無用なトラブルを避ける為に貴族社会からの出禁を通達されたらしいからな。
つい世情には疎いものだと先入観を持っていた。
「失礼ですが、そのことは他の誰かから? ご本人が存じ上げているとはこちらも知らず」
「いえ。わたくしの勝手な予想です。ですが、ジール卿のような方が直接おいでになる理由はそれくらいかと……聖魔帝国の勅使の方なのですよね?」
「ええ、その通り。……然し、我々が姫を直接お連れするとは考えられない筈。伯爵家からの申し出が事実かどうかの確認の為の使者の可能性も有るのでは?」
「アリーシャさまが既に訪れていますし……何より動き出すなら王国がそろそろ私の身柄を抑えに来るのではないかと」
「……ご聡明であられる。実際にそのような動きが。然し良くお解かりで」
「入り込んでる密偵というのは逆に言えば貴重な情報源にもなりますから。……あまり優秀でない人を泳がせるのがコツですよね?」
私はアスタロッテに視線を移す。
笑みを浮かべて楽しそうな表情を浮かべていた。お前が好みそうなタイプだな。
実際、ヴィリア姫の言う通りでコチラが掴んだ情報はこの伯爵家中のスパイ経由だ。伯爵家が泳がせていた事も知っていたが、なるほどそれなりに心得は有るようだ。
「……姫君のご見識に感服せざるを得ません。では、申し訳有りませんが手早くご支度頂ければ。衣装などは後程運び……」
「と、言う訳にも行かなくなったようで」
アスタロッテが席を立ち、窓に近寄り外を見る。
見なくても空間ごと認識、感知できる能力があるから解るさ。
「時間を掛けすぎたな。……〈次元封鎖〉だと?」
「いえ、術者が単独で、ではなくこの発動速度だと儀式魔法ですね」
召喚魔法や転移魔法封じに使われるレベル9魔法の〈次元封鎖〉を儀式魔法とはいえ扱ってくるのは少々驚きだな。
ヴェルスタム王国の魔法技術は後進国ではトップ近いとも聞くがそれでも近世といった時代の技術力。
扱える術者が居てもそれは個人の技量だから驚かないが、儀式魔法となると逆に魔法陣の形成などの技術力が必要になるからな。
「当然、相手は噂に聞く近衛騎士団だな?」
「のようですよ。青基調の装束で揃いも揃って一個小隊ほど」
「正装着て大っぴらにか、私に対抗できる程の手練れは居るのか?」
「見た所、居ませんね。ジェラルダインさまなら軽く蹴散らせる程度ですよ」
「なら、この状況下で動かす理由が読めんな……」
普通に考えれば私達が来たから、なのだが私達が聖魔帝国の手の者くらい連中は知っている。
当然、こちらがそれなりの手練れだとも理解している……までは向こうの諜報に掴ませてるからな。
奴らでも真龍の相手は出来まい。
ちなみに私が真龍殺しまでの情報は伝えてある筈。
50名程度の戦力など物の脅威でもない。ちなみに真龍の強さは核兵器でもなければ対抗できん程に強い。稀に人間で倒せる奴が出てくるが、そいつらは例外中の例外の超人だ。
なら、戦闘に自信があっても王都が焼け野原になる市街戦になる可能性を奴らが考慮に入れて無いとは考えづらいが……真龍と戦うと普通はそうなる。
「あまり時間はありませんよ。門扉が破られそうですから」
「逃げ出すなら今の内だが、さて――」
私はヴィリア姫に視線を転じて彼女の様子を見る。
ヴィリア姫は状況の変転にやや不安な面持ち。
さすがに聡明でも荒事に対する胆力は無いか。
「――姫。このままお連れしてもよろしいが余興にお付き合い頂けるなら幸いです。 如何致します?」
「なにか、お考えがお有りになるのですかジール卿?」
「なに、相手の狙いが解らないので一芝居打とうかと。それほど役者という訳ではないのでお見苦しいかも知れませんが」
「――ヴィ、ヴィリア姫さま!」
そして今頃、伯爵家の家宰どのが応接間に息せき切って慌てて駆け込んで来る。
「こ、近衛騎士団が! 護国卿からの命で、やって来ております」
「姫君も理解しているとも家宰どの。そのまま招待してやれ、丁重にな」
「しかし、ジール卿! 姫様が狙いなのは明らかでしょう。このまま黙って招き入れるなどと」
「いえ、アンセル。ジール卿にお任せしましょう。抵抗した所で血が流れますし……それにもしや、それが狙いなのでは? ジール卿」
「成る程、その可能性も有りえる。……と、いう事だアンセル家宰どの。姫の安全は魔女王陛下が保証しよう。私は勅命を受けた勅使。その権限と能力がある。抵抗せずに招待してシルヴェスター王家の家徳の高さを見せつけてやれ」
「し、しかし……」
と、戸惑いつつも家宰アンセルは自らの主が頷いたのを見て取った。以前の伯爵から仕えていた人物で、ヴィリア姫には頭が上がらぬようだな。
血筋としてシルヴェスター王家の貴族の出の男だ。
姫君に対する忠誠心は一潮と報告で聞いている。
「伯爵家は姫君のことで王国から口出しされ再三、
辛酸を舐めさせられたと聞くが。……これ以上、王国からヴィリア姫の名誉を傷付けるような振る舞いがあれば、魔女王陛下にも相応の用意がある。こちらに任せてもらおう。陛下からの信書はお渡しした筈だが?」
特にヴィリア姫に付いてはエルフだという事で日陰者にされた経緯は家中の者にしてみれば憤懣やる方無い。
何より伯爵家は元はシル・ヴェスター王家の流れを組む家柄だからな。だと言うのに今回、王国から伯爵家が詰め腹切らされるような事態。
王国に見切りをつけようとなってもおかしくはないな。追い詰めたのは聖魔帝国だが、それをどうにかしようとしなかったのは王国だ。
「これが王国の謀略ならまんまと手の内に乗る事になるな。既に賽の目は振られた。ここで引き返す訳にもいくまい?」
そして諦めと納得半分という体で家宰アンセルは嘆息する。
「……仕方有りませぬな。ジール卿、くれぐれもヴィリア姫さまをお頼み申しますぞ」
そして慌てて応接間から飛び出して行く家宰。
さっさと家臣に方針を告げないとやり合う可能性も有るからな。仮にも伯爵家だ、奉公人のみならず、武装した騎士も家中にはいる。財政難らしくて数は少ないが。
「ヴィリア姫の予想は当たりか、アスタロッテ」
「でしょうね。近衛の動きが早いですから。警告もそこそこに、もう侵入して来ましたよ?」
「……さて、これで流血沙汰にして来るなら姫君を連れて逃げの一手だな」
「あ、」
その可能性に思い当たらなかった姫様は口許に手を当てた。……そこまでは予想してなかったのか。
早い話、伯爵家を謀反人に仕立てて制圧してしまおうという筋書きだな。
ただ、その場合はこちらに取っては都合が良いのだが……ヴィリア姫さえ確保してしまえば伯爵領を独立させる恰好の材料になる。
「ジェラルダインさま、姫様の前で端ないですよ。――ヴィリアさま。仮にも騎士と呼ばれる方々がそこまで無法は為さらないでしょうから、ご安心を」
あのアスタロッテが他人を気遣う姿は中々に新鮮だな。普段はうちの悪魔連中をいびる姿しか見ないからな。
誰に似たのやら。他人の前では猫かぶりして来る。
……偶に本当に善意から、の時も有るので私でも性格が読めぬ時があるが。
「それは申し訳ない。常に最悪の状況を考慮せねばならぬもので。……連中にも分別くらいは有るようだな」
「やはり、気配だけで戦っているのか解るものなのですか?」
「〈生命感知〉など感知系の魔法も有りますので、常に戦士の勘頼み、と言う訳でも有りませんよ。逆に気配頼みだと騙された時が致命的にもなりかねませんので」
窓際で様子を伺ってたアスタロッテが近づきソファーに座るヴィリア姫の傍に立った。何かあった時はアスタロッテが守護役だな、私は露払いだ。
「お早いことにもう来ますよ。では、ジェラルダインさまの名演を期待致しますわ」
「期待に応えられるか解らないので大使館に連絡を入れて置いてもらおう。押し問答という無様なことになったら、さっさと撤収したい」
「あら、そこは美麗字句を並べて自信を見せる場面ですよ、ジェラルダインさま」
やれやれと私はせめて期待に応えて大仰に言い直した。ヴィリア姫を不安にさせても良い事はないからな。
「……では、姫君の方々をお守りする為、誠心誠意尽くす所存。なに、姫君をお連れするという結果だけは確約致しますのでご安心を―― 」
「まぁ」
恰好を付けて言ってみたら、ヴィリア姫が両手を口許に当て、感嘆の声を漏らした。お気に召してくれたなら何よりだ。
しかし、御婦人がたに私が騎士らしい振る舞いをするとヤケに受けが良いのだがな。
暗黒騎士で闇妖精だぞ。
普通はもっと怖がられる物だが……
一般人だとこちらの実力が解るという訳でもないのがその理由だろう。それなりの奴らだと怖がられるだけだが、……そしてそれなりの連中が雁首揃えて応接間に姿を現した。




