第十七話 妖精騎士アイギスさんの血塗れの妖精騎士と仇なす者達(5)
場合に寄ってはヴェスタの盗賊ギルドの状況が、想像を超えるほど危険な状況に置かれている。
その認識がその場の盗賊たちに拡がったのを見て取ったのか、デロス老が口を開いた。
「この際、責任云々を追及しても始まらん。今後、どう動くか、だ。盗賊ギルドの本分を貴様ら忘れた訳ではあるまいな?」
「…………」
誰も答えようとしないな。
今のこの状況でへたに答えれば御老体が激怒するだろうからな。それだけならいざ知らず、ここで殺し合いになってもおかしくない。隣のベロアなぞいつでも動く用意してるぜ。
当然、ここに居る連中はその事まで考慮に入れてるだろうよ。ブリングスの馬鹿だけ状況がここまで最悪だとは思ってなかったかも知れないがな。
ただ、御老体をやれば仕切り屋が黙ってない。
仕切り屋の委任状はそれほど軽いものではないからな。つまり連中は老を信任した奴らを敵に回したく無ければここでデロス老を殺る訳にはいかない。
仕方ない、誰も答えなくて話が進まん。建前だけオレが答えるか。
「盗賊ギルドへの忠誠。……それ以外にあるかデロス老」
「ディック。貴様には聞いていない」
「あいにくと跡目争いには参加してないのでな。……どう動くかは本家に頼るか、聖魔帝国に降るかの二つに一つではないのか? 他に妙案があれば是非聞きたいね」
そしてオレの疑問にダンケスが応えた。
「本家を頼りつつ、〈鮮血妖精〉相手には時間を稼ぐしかないだろうな。……そして聖魔帝国と交渉してまともな条件を引き出す。オレが提案できるのはコレぐらいだ、デロス老」
「詳しく聞こうか。それなら聖魔帝国となぜ始めから交渉しない?」
「聖魔帝国と最初に交渉すれば、あいつらは確実に隷属を求めてくる。逆らう奴はもちろん反旗を翻しそうな奴も始末される。あいつらが欲しいのは奴隷であって、自分の頭で物を考える奴らじゃねえだろうからな。尻尾を振る犬しか生き残れねぇぞ」
「既に本家と聖魔帝国が交渉してる可能性が高いぞダンケス。本家もそうだが連中を手玉に取れるほど甘いとはオレには思えん。……」
デロス老が頭を振る。
オレも老と同意見だ。それならまだ本家に話を全て預けた方が生き残る道があるな。それにこれ以上、下らん事をすれば本家の方が黙ってないだろう。
もはや盗賊ギルドの大元締めも聖魔帝国相手には簡単に事を構えられないと考えた方が良い。下っ端の余計な蠢動なぞ許す筈がない。
それにこんなド田舎のオレ達が知らないだけで既に過去に奴らとやり合ってる筈だ。
おそらくメルキールのお家騒動の時が怪しいからな。奴らが食い込んだのはその時だろう。盗賊ギルドの本家が手を出さない訳は無いからな。……確信するが、痛い目見ただろうな。ドぎつい奴を。
「…………デロス老。本家に頼りきりでも奴らに売られるぞ。そうでなくても今回の事でケジメは付けられちまう……オレとブリングスだけで事が収まる。そんな甘い事は考えてねえよな?」
だが、ブリングスが不服なのか横から口出ししてきた。良く口出せるな、この馬鹿。漁夫の利狙いで浅ましいことやった癖に。
「あり得ん! 貴様の失態でどうしてオレまでケジメを付けられねばならん。全部おまえの責任ではないか。伯爵を計画に巻き込むのは元よりガンガスが仕組んだ事だぞ。オレは忠実に役目を果たしたに過ぎん」
計画を始動すればそれぞれが役目を果たすよう割り振らていてもな。肝心のガンガスが死んでる以上、そんな言い訳が通るかよ。
仕方ないのでオレも差し出口を挟む。
「そいつはな。聖魔帝国の要望でおまえの身柄を要求されてるからだ」
「なんだと……そうか。貴様!」
「今頃、気づいたとは間抜けだな。オレの言い訳を信じるほど馬鹿だからな……デロス老は気付いていたぞ」
〈鮮血妖精〉に待ち伏せされ、あのゴブリン村で手早く事情を吐かされた後……
族長が難色を示して村で話し合うからと、一旦引き下がったとギルドには報告してな。
その後、ゴブリン討伐に〈鮮血妖精〉が絡んで来た事を言い訳に仕事を蹴ったのさ。普段は許されねぇんだが、ギルドも跡目争いの最中でオレに構う余裕がなかったからな。
浅慮にも程がある。
最初からその可能性を考慮してた癖に余計に、だ。
あの時、他にお前が送りこんだ監視役も居たが、一緒に族長を脅してた訳じゃない、あの短時間でオレが裏切ったとは判断できずに見逃したな。
ガンガスならその後のオレの行動で気づかれていた。やっこさんはそれ程甘くはなかったぞ。これだけでもおまえが盗賊ギルドの顔役になぞ慣れない理由十分だろ。
おかげでオレが生き残れたが元はお前のせいだ、感謝してもしきれないから恩を仇で返してやるよ。
「おめおめと敵に寝返って来ただと裏切り者がっ! 生きて帰れると思うなよ」
「おまえもなブリングス。タネ明かしする時は最後の時だと決まっているな。……オレの最後はおまえよりは先だろうがな」
激昂するブリングス。だが、対象的にもう一人の跡目候補のダンケスは冷静だった。苦い顔はしていたが。
「そうか……もう老は聖魔帝国と渡りを着けてたんだな。本家に与しても仕切り屋どもの顔ぶれが変わるだろうからな」
「…………」
デロス老もやむを得なかったのさ。他の仕切り屋どもも指を加えて状況を静観してた訳じゃない。もうこの状況に及んではヴェスタの盗賊ギルドがどうなるか解らないからな。
どちらかというと侠賊って老人だからなデロス老は。本質的には権力者の横暴って奴が嫌いな義賊だよ。ガンガスともそれで確執があったからな。
だが、昔馴染みの仕切り屋どもに泣きつかれては動かざるを得なかったのさ。隠居してるような御老体でもな。
「老に代わって言うが、ここでお前らがまともな提案を持って来たらそれに乗っても良かったんだろうよ。わざわざオレをここに連れて来たのは、その提案を持ち帰る為だからな」
「ああ、だろうと思ってたぜ。場合に依ってはお前の生命を盗ってな、ディック。てめぇが裏切るとはな。老を口説いたのもお前だな」
「止むにやまれずだ。不義理したくなかったが、何処ぞの馬鹿のおかげでな。ただ、オレは段取りを付けただけで口説いたのはあの暗黒騎士だ」
でなければ、デロス老がもう動かんだろう。老い先短い爺さんだぞ。詳細は知らないが、あの暗黒騎士も一応はまともな条件を出した様だしな。聖魔帝国もこのギルドに、ある程度は信頼できる元締め役を欲してたようだ。
「あの狂犬を飼い慣らしてる奴か」
「飼い慣らしてるかは解らんが奴以上に危険かも知れんな。だが、奴よりは話しが通じる。盗賊ギルドは取り敢えずはデロス老に一任だ。裏切ればどうなるかは解らないが……ただ、おまえについては何も言われてない」
「クソっ。オレの生命は〈鮮血妖精〉任せか。オレの札じゃヤツ相手にしか通じないのか」
だろうな。聖魔帝国もあの〈鮮血妖精〉におまえの首を取らせて事を終わらせたいって事だろう。
明らかにダンケスが主犯だからな。でなけりゃヤツも収まりが付かないんだろう。二度目の計画の実行が余計だったな。あれさえ無ければおそらくここまでは窮地に追い込まれなかった……
「ブリングス。お前が下らん事をしなければな……オレをゴブリン村に派遣したから、奴らが〈鮮血妖精〉を頼らざるを得なくなった。聖魔帝国が出てきたのもそれが理由だぞ。しかも伯爵まで巻き込んで余計に事を大きくしやがって」
「裏切り者の貴様に言えた事か!――デロス老、おまえもだ。オレを売った代償は高くつくぞ!」
「残念ながら安く付いてるよ。ここにおまえが仕込んでた奴らは老が排除済みだ。おまえの縄張りもデロス老に賛同する連中が動いてる、ぬかりはねぇんだよ」
いざという保険くらいは掛ける。そんな魂胆、百戦錬磨のデロス老には筒抜けだ。
その昔、ガンガスと跡目を争った男だぞ。ガンガスも聖魔帝国には簡単に殺られちまったが、その昔は本家で頭角を示したやつだ。盗賊としては一流なんだよ。青二才のおまえと違ってな。
「ば、馬鹿を言うな。まさか、ハーボックの連中めっ、しくじったのか! 白々しい真似を、貴様らっ!」
おまえも似たような事言ってたろうが。
運び屋のハーボックの奴らと組んでたのか。仕込みはこの倉庫の荷物だったからな。
そして、口を閉ざしてたデロス老が最後通牒を突き付ける。
「おまえは既に脱落だ。ブリングス。会合の場に手勢を引き入れてたのだからな。護衛も死にたければ一戦やり合うか?」
「グッ……貴様ら」
ブリングスが連れて来た手練れが、無言で主から距離を置く。雇われだな。もう金にならない所か戦っても死ぬと解ればな。
……しかもあの悪魔どもに死体を引き渡される可能性さえ考えればオレでもそうする。
「き、きさまらぁ! オレを、オレを図った――」
何処からか飛んで来た吹き矢が首に刺さり、昏倒するブリングス。
そして、オレはダンケスに向き直る。お前まで仕組まれたとか言うなよ?
「……オレはそこまで馬鹿とは違うぜ」
「だろうな。だが、お前は〈鮮血妖精〉を知らな過ぎたな。お前の親父すら怖れて手出し厳禁の触れを出したのに良くあんな危ない橋を渡ったな」
「しくじっちまったのは認めるぜ。だが、まだだ。まだオレは負けちゃいねえ。――デロス老、オレまで奴らに差し出す気か?」
「…………ディックも言ってたが奴らとの取引にお前の事までは入っていない。だが、どうする気だ。この状況をどう覆す。ギルドに仇なすようなら始末をつけるぞ」
「取引は聖魔帝国とだけで〈鮮血妖精〉と、ではないんだな? 何処までだ、何処までが奴らの取り決めだ」
「……奴らに従う代わりにこの盗賊ギルドの存続と顔ぶれの安堵だ。但し、〈鮮血妖精〉との問題の解決は我々で行えとな」
「やっぱりオレはヤツの狩りの獲物なんだな。でなけりゃヤツの血の気を引かせられねぇってか。だったら老。アンタはオレに手出しできねぇ筈だ」
「オレが生命惜しんでケジメを取らせないと思っているのか? ガンガスの倅だからと言ってそこまでは目を掛けんぞ」
「掛けれられた覚えもねぇな。それに老がわざわざこんな細工をするのはオレが馬鹿やらねぇようにだろう? 抜け目がねぇからな」
これは嘘がバレているな。ネタをバラしたのにダンケスの表情に余裕がある。
聖魔帝国からは〈鮮血妖精〉との問題は解決するから、ダンケスは見逃せというのが本当の条件だ。
でなければ奴らと取引する意味がない。〈鮮血妖精〉とは盗賊ギルドは取引の材料が無さすぎる。
ただ、デロス老にしても今後のヴェスタの盗賊ギルドの運営に支障を来しかねない要求だと思ってるんだろう。
ダンケスに才覚があれば〈鮮血妖精〉や聖魔帝国に対して報復を企図するだろうからな。この盗賊ギルドにもガンガスの息子のダンケスを支持する奴は多い。このヴェスタの盗賊ギルドに余計な災厄が降りかかりかねん。
殺されるかも知れないのにダンケスがこの場に来たのはそれを理解しての事だろう。ここで息子のコイツを殺るなり差し出すなりしたら他の連中が黙っちゃ居ない。
ブリングスと違って確実に内紛になるからな。ダンケスの失態が知れ渡ればそうとも言えないだろうが現状ではそうなりかねん。
秘密裏に事を運んでるから誰しもが事情を知ってる訳じゃない。
聖魔帝国もその事を加味しての要求だな、悪魔的過ぎるぜ。ダンケスの動向を見てから、〈鮮血妖精〉に教える気だな。最終的に始末は着けるが、まだ利用価値があるか見定める気だ。
おそらくヴェスタの盗賊ギルドを完全に掌握する為に裏切りそうなヤツを炙りだす気だぞ。
デロス老もそれが解ってるからこの場を設けたんだ。ブリングスの阿呆ならいつでも仕留められる。
老は血が流れるのを避けたいんだよ。
「…………ダンケスもう諦めろ。家畜主だけでも引き渡せ。そうすればお前が逃げ出すくらいは眼を瞑ってやる。必要ならその段取りも整えよう。後はオレの生命で帳尻を合わせる」
おいおい、それだとデロス老を頭に据えた意味がねぇ。あの〈鮮血妖精〉なら確実に差し出された老の首を取る。……ケジメを付けに来る。
その男気に免じて盗賊ギルドは許されるかもしれん。
だが、聖魔帝国は盗賊ギルドの統制役が居なくなって都合が悪い。止められるに決まってるだろ。
いくらダンケスでもそれぐらいは解るぜデロス老。
「悪いな、老。もう手遅れだ。他の盗賊ギルドでも本家のやり方に不満を持つ奴らも居るんだよ。安々と聖魔帝国に尻尾を振るのを許さないような奴らがな。……家畜主はくれてやるよ」
「…………」
「じゃあな、デロス老。奴らに尻尾を振った事を後悔するなよ」
「待て、ダンケス。……」
ダンケスが背を見せこの場を去ろうとする。
隣の女盗賊ベロアが動こうとしたがデロス老は手を挙げて動きを制した。
「しかし、老。このまま行かせては」
「ここで殺る訳にはいかん……」
だが、ダンケスが倉庫の入口に向かってると、その入口から見張りの盗賊が慌ててやって来た。
「――老! 敵……」
言葉を発した瞬間に盗賊の胸から突き出る剣先。
「なに!?」
驚いて眼を瞠ったさ。クソっ二度目か。
倒れた盗賊の背に居たのは――
「ここが集会の場だってな。遅れて来てやったぞ」
赤い鎧に赤い盾。一見エルフの少女だが、殺人鬼と知られる赤帽子妖精が千人居るより尚、危険なやつ。
女盗賊ベロアが反射的に身構える。
「ぶ、〈鮮血妖精〉……何故ここに」
オレはそんな話聞いてねぇ。ただ、ベロアはオレも警戒の対象に入れる動きだ。
「いや、ベロア。オレも聞いてないぞ。老もか。どうなってる。ここで殺られると――」
不味い、完全に不意を打たれた。ここでヤツが来るのは想定外が過ぎる。
「ケジメを付けに来たぜ、ダンケス」
そして〈鮮血妖精〉は少女というには鋭い目つき――戦場を幾千も渡り歩いたような戦士の眼を向けながら半妖精に剣先を向けて宣言した。




