第十六話 妖精騎士アイギスさんとヴェスタの街の金貸し元締め(3)
そしてわたし、アイギスは傷心を持て余しながら冒険者ギルドに辿りついた。
連れて来たのは娘アイリと森祭司のシャルさん。
普段なら子供なんて冒険者ギルドに連れて来たら顰蹙買うのがお決まりの場所だよ。
のこのこガキが入って来ようものなら、ガキの来る所じゃねぇ。ってまず怒鳴られる。わたしが昔は怒鳴られたんだよ。
ただ、つれて来た二人は只者じゃないからまず大丈夫だけど。
シャルさんの見た目は12歳くらいの女の子の外見。けど、普段は白ローブ着てに白フードを目深に被ってるから、背が低い以外は解らない。
ただ、シャルさんは本職が森祭司っていう、森の神聖さを体現したエルフの人だから常に纏う魔力が神殿の雰囲気そのままよ。
このシャルさんに怒鳴れる冒険者居たら見てみたいくらいだね。神殿の司祭長より数段格上の聖人を。
冒険者の等級が上がるほど近寄り難さを感じるタイプだよ。おそらく悪党ほどシャルさんに手を出しにくいんじゃないかな。
そしてわたしの娘アイリ。
もう見た目は10歳くらいで猫耳に角生えて尻尾まで付けた、可愛い亜人の子なんだけど……
この野性的な存在感は常にフィールドワークで野山を渡る冒険者にしてみれば森の深奥に眠る、魔物の主のような嫌な予感を本能に齎すの。
なにせこの街の冒険者を皆殺しに出来るくらい強いのよ。危険に敏感な冒険者なら外見と存在感の違いに脳がバグるね。実際、手の震えの理由を理解出来ない冒険者が居たわ。
つまり、この二人は雰囲気が対冒険者特攻の持ち主。まず、舐められないんだよね。この二人を舐める奴は冒険者見習いのヒヨッコくらいだよ。
そしてわたしはいつものように気合入れて冒険者ギルドのドアを開け二人を中に招き入れた。
中には昼まで2時間は前だというのに既に酒入れてる冒険者どもがテーブルのあちこちに居座る。
この午前中から酒入れれるのはこの街の冒険者でも一握りだ。当然、金がなければ酒とか飲めない。
全員が熟練の冒険者で、金にがめつい生粋の冒険者ども。四十代くらいのそろそろ引退間近の連中ばかりだが、経験って奴が違う奴らばかりよ。
ただ、その連中が揃って唖然とするんだわ。
アイリは知ってるから、それほどショックは受けないだろうけど、シャルさんは存在感が異質だから。
この肥溜めのような冒険者ギルドに一抹の清涼な風が吹くような感じだろう。空気清浄機だよ。酒の匂いが気持ち的に吹き飛ぶよ。
まぁ実際には気の所為なんだけどね。
そして場違い感溢れる人連れてわたしは目的の人物。冒険者ギルドのマスターの元へ。
四十には行ってない、精悍な顔つきの男だ。
三十代後半かな。実は正確にはギルマスの年齢知らないんだよね。ギルドマスターにしては若いよ。
そしてカウンターでわたし達の訪れを待っていた、ギルマスは表情をぎこちなくさせながら、白フード被ったシャルに顔を向けた。
「アイギス……またとんでもない人連れて来たな」
「森祭司のシャルさんだ。わたしの家族だ。冒険にも連れ出すから面通しだよ」
「ハイドルイド……エルフ。しかもドゥルイデス族の?」
「良く知ってるね、ギルマス」
「そりゃ、魔王討伐の一行に森祭司のドゥルイデス族が居たのは誰しもが知る伝説だからな」
「ああ、シャルさんのお父さんの事ね。その子供さんだよシャルさん。見りゃ解るでしょ」
「……マジか。伝説連れて来るのかよお前は……驚いたな」
と、本気でギルマスが戸惑う。
この反応は初めてだよ。大概、驚かせて来たけど感心とも感動とも付かない表情してる。
「なに、その反応。そんなに驚くことなの?」
「いや、ハイデリアンのシャーレの姫君と言えば各地の伝説に残る人だぞ。お父上も有名だが」
「そうなの、シャルさん」
「伝説かどうかは解りませんが……ハイデリアンは先祖より代々、聖地の森として守護していた森の名です。ただ……」
「千年前に魔王が焼いて呪いまで浴びせてな。今では誰も近づけない。シャル森祭司どのが封印したのは有名なんだがな」
「その話は初耳なんだけど……」
「なんで連れて来たお前が知らないんだ……」
「いえ、我が一族の恥とも言える話でしたので……聖樹神さまより託された護法地、その森を汚されたのですから。……申し訳ありませんアイギスさま。一族の末として謝罪いたします」
シャルさんが白フードを取り人目も憚らず本当に申し訳なさそうに頭を下げるの。
「魔王にやられたんじゃ仕方ないでしょ。……そうか、シャルさんのお母さんが亡くなって、お父さんが魔王に挑んだのはそれが理由?」
「はい、母は魔王の軍勢によって。ただ、父が魔王に挑んだのは……理由は聞かせては貰えませんでした。おそらくは許せなかったのではないでしょうか……本来なら森が焼かれてもまた新たに森が栄えるよう尽力するのが務めの筈なのに……」
エルフのドゥルイデス族の役割は杜妖精たちを助け、森を育てる手伝いをすること。
エルフの中でもこの一族は最も杜妖精達に近く、初代から聖樹神アルガトラスに仕えてたらしいからね。
「戦いは本来の役割では無いのに魔王と戦ったのなら、そうなのかも知れないね……ハイデリアンか」
「ハイデリアンは王国から更に南だな。封印されてるから近づけないらしいが」
「機会が有れば行ってもいいね。森を復興させれば一族の無念も晴れるでしょ……呪いをどうにかしないと駄目そうだけど」
手がない訳じゃないんだよね。やった事がないから通用するか解らないっていう。準備に時間が掛かりそうだから当分お預けだけど。
「いえ。アイギスさまのお力を借りては……何よりあの地の封印を解けば呪いが染み出します。徐々にでは有りますが大陸を蝕む呪いなのです。浄化するにも封印を解かねばなりません。危険が大き過ぎます」
「う〜ん。出たとこ勝負になるからなぁ。賭けが成功する保障ないととても出来ないか……じゃあその話は置いとくね。――で面通しはどうよ」
「面通しって、……まぁ他の連中には伝えとくよ。手出す奴も居らんだろ。解ってると思うが責任はおまえ持ちだからな」
「シャルさんが何かやらかす訳ないでしょ」
「そうとも言い切れねぇ……。シャル森司祭どの。失礼だがフードは取らない方がよろしいでしょう。良からぬ考えを浮かべる輩がでかねませんので」
なるほど、そっちか、とわたし納得。
絶世の美少女と言っても過言ではないシャルさんの容姿だ。欲に身を埋めて狙ってくる奴が居てもおかしくないね。美少女やるのも困りものなんだよ、わたしも良く狙われたわ。
「ってシャルさん男の子だけど」
「…………逆にそれはまずいぜ。アイギス。おまえには解らないかも知れないがな。オレの知る限り好事家って奴はな。大概そっちだわ」
「…………」
シャルさんがフードをサッと被る。その前に浮かべた表情は少し暗いものだった。何かあったのかも。
「その話はここだけにして置く。――だよな?」
ギルド内の他の冒険者に視線を送るギルマス。
警告だね。聞き耳立ててた、お前らの口から漏れたら地獄へ行くという宣告だよ。場合によってはギルドも一枚噛むってな。もちろんその手配をするのはわたしだよ。
わたしも脂切った冒険者どもに眼を飛ばすぜ。
世の中には聞いちゃいけない話もある。聞いちまったなお前ら、これが"面通し"だ。
冒険者の中でも世の中の据え膳まで喰らった奴らがわたしの視線と厄介話に辟易した顔を浮かべてた。
金にならない所か厄ネタで悪いなぁ親父ども。
事が起こって誰に聞いた話か辿って、お前らに行き着いたら公然とお仕置きが待ってるぜ。
満足したわたしはギルマスに改めて向き直った。
「じゃ、用件を本来の奴に戻そうか。例の雪羊の盗難の件で話あるって聞いて来たんだけど」
「ああ、依頼料の回収頼まれてた件な。ちと厄介事になってる。――こっちだ」
と、ギルマスは内緒の話をする時の為に用意された奥の部屋を指し示した。他の連中には聞かせられないとなると……
「そんな事で面倒になってんの?」
「金も無いのに引き受けるからだ。こっちも頼み込んだ手前、協力はするけどよ」
「ギルド通してるから当然じゃん。無いの解ってて行かせたの誰よ」
「だから、仕事してるだろ、ほら」
わたしと喋りながらギルマスはカウンターを出て奥の部屋へ。魔法による聞き耳対策済みの部屋に。
そしてその部屋は当然、他の連中には聞かせられなくて秘密の話をする時に使われる。
これだから金の無い仕事は受けたくないんだよね。
……受けちゃうとこういう事になるから。
金銭関係はトラブルの元だよ。そして、話を聞いたら諸にその話だった。




