第十五話 妖精騎士アイギスさんと娘アイリの小鬼退治の冒険(8)
ゴブリンの村。
森の中に開かれたその村は、背丈の低いゴブリン達に丁度良い大きさの家屋が立ち並び。誰しもが思い描くような童話のゴブリンが住むような光景だった。
樹木の枝の上に家屋があったり、大木の中身をくり抜いて住まいにしたり。真冬だというのに魔法で貼られた結界が雪を遠ざけ、寒さを除けばこの場所だけ秋口のような趣きがある。
ただ、そんなゴブリンの村に来訪するフードを目深に被った人間たちの姿が。
その一団のリーダー格の男は早速、族長への面会を要求すると樹木内の頂上付近にある族長の居所へと案内されていた。
族長への面会の理由は、バルゲ一味のゴブリン達が仕出かした事への落とし前だ。
既に、伯爵には事の次第がバレてお怒り。
盗賊ギルドは事を収めるべく族長に今回の件の詫び入れ金を要求していたのだった。
だが、話しを聞きながらもゴブリンの族長は口を重く閉じ続ける。
「…………」
「おい、話を聞いてるのか。ゴブリンの村も魔法の結界があると言っても安泰じゃないんだぞ。抜け方を盗賊ギルドに知られている以上、伯爵に手勢を送り込まれてもおかしくはねぇ。お前らを守る義務はないんだぞ。こっちにはな」
「…………」
「族長。いつまでもだんまりが許されると思って――」
「族長はおまえみたいな奴とは口も聞きたくないらしいよ」
「なんだ、おま……」
わたしの方を振り向く盗賊の男。そしてそいつの目が驚愕によって見開かれた。
「その様子だとわたしの事を知ってるね? じゃあ挨拶は必要ないよね」
後ずさる盗賊の男。余りの驚きに、無意識的にわたしの忌み名を口ずさむ。
「ブ、〈鮮血妖精〉……」
盗賊の男は驚愕から立ち直ると事態を把握して視線を素早く室内に巡らした。流石、本職。
「逃げ場なんてないよ。出入り口はお前らに嵌められてお怒りのゴブリン戦士どもが待機済み。魔術師も勢ぞろい。で、わたしもここに居る」
「……待て。オレはただの使いだぜ。盗賊ギルドから依頼を受けてな。盗賊ギルドのやり方をアンタは知ってるのか?」
「聞いてるよ。冒険者ギルドとあまり変わらないね。ギルドが仕事割り振って盗賊どもが出入りの連中。ただ、形式的には繫がりがないんだっけ?」
「そうだ。いくらオレを捕まえても出るものは出ねぇ。こっちも事情を全て知ってる訳じゃないからな。やれ、と言われて来たことをやりに来ただけだ」
「そいつを知りたいね。「誰」がやれって言ったか。わたしはお前らの事情を詳しくは知らない、でも知り尽くしてる奴が背後に居る。……で、わたしのケツ待ち知ってる?」
盗賊の男が言い淀む。素知らぬ振りしても言い逃れが簡単にはできない事を悟ったようだった。
わたしの盃交わした相手はヤバ過ぎるからね。裏の連中すら言い知れぬ恐怖に度胸が縮こまる。
「ま、待ってくれ。アンタと話がしたい。オレの知ってる事は全部吐く。こんな仕事で悪魔に弄ばれるのは真っ平過ぎる。魔法でもなんでも使って吐かせてくれ」
「……悪いね。そいつはおまえ次第だよ。わたしはお前らの事情を知らない。真っ当に生きて来たから……。何を聞くべきかもノウハウって奴がないんだよ。なら……」
「ま、まさか」
「マスティマぁ。もう、出てきて」
「あれ。もういいんですか」
と盗賊の男の真横にいきなり現れる赤い外套の黒髪の女の子。あまりの突然の出現に室内と中の様子を伺ってたゴブリン全員が驚くよ。
「見ての通り。プロ中のプロの盗賊だよ。見た目は普通の女の子だけど悪魔に魂売り渡してる」
「いや、売ってはないです。仕えてるのは確かですけど。それよりもういいんですか? 聞きたい事とか」
「いや、多分ほんとうに使いっぱしりだよ。盗賊ギルド抜け目ないな。簡単に本命が尻尾出さない」
バルゲから盗賊ギルドとの取引の方法を聞きだしたんだよ。そして、羊連れて約束の場所で待ってたら見事にすっぽかされたわ。
おかげで3日も雪羊の世話したよ。盗賊ども、わたしが絡んで来たと知ってすぐに手を引きやがる。
「でも、こいつはのこのこやって来ましたねえ。おかしいですね~」
「いや、待て。本当に誰が糸引いたかは知らねぇんだ。オレは多分、嵌められたんだよ。ただ、誰が考えついたかは大体の見当はつく」
「マスティマ、取り敢えず聞いてみようか。で、誰よ」
「ガンダスって盗賊ギルドの顔役の手下だ。ここらの領の縄張りを仕切ってたのがガンダスでな。だがそいつはおまえさんに深入りし過ぎて殺られた。後釜狙って奴らの手下が今しのぎを削ってるからな」
「犯人候補多くない? 何人もいるよね」
「ここのゴブリンとの取引任せられてた連中を当たれば何処かで繫がるはずだ。何人か心当たりはある。任せてくれれば探り当ててやるよ」
わたしとマスティマは顔を見合わせる。やたら物分りの良い盗賊なんだけど?
「気が利くプロって奴ですよ。そこまでしないと魂取られるまで解ってるようで」
「後は〈制約〉の魔法でもなんでも掛けてくれ。抵抗はしねぇ。なんだったら手下になっても良い。オレを嵌めた奴に落とし前つけんと死んでも死にきれないからな。……最悪、死後の平穏だけは約束してくれ。あと、殺すなら苦しませないでくれ」
「と、言ってますがどうします?」
「任せる。裏稼業は解らないよ。まぁ、筋通すなら良いんじゃない。その筋が裏だと解んないんだよね。蛇の道は蛇だっけ?」
「まぁ、使えるか次第ですかね。こっちも魔女王さま流儀ですから。役立つなら、むしろ使いますよ。取り敢えず合格ですし」
盗賊の男が焦りの顔を一息付くように弛緩させた。安心はできないが切り抜けられたよね。一旦は。
「じゃ、改めてお話しましょうか。尋問も有りますし? ゴブリンさ〜ん。お部屋とかありますぅ?」
と、マスティマはゴブリンに顔合わせもしてないのに仕切りだす。ただ、控えてたゴブリンの戦士達もも話しを聞いてたので言われた通りに二人を連れて行ったよ。まあわたしの関係者だとは解るだろうからね。
そして後に残されたのはわたしと族長の二人になった。族長は元より皺くちゃなゴブリンの顔を振り、重々しく最後に溜息をついていた。
†
族長に案内され、場所を変えて、わたしは族長と部屋のテーブルの席に着いた。
普段わたしが族長に会いに行くといつも案内される場所だ。巨木内部の木目の壁に落ち着いた色調の織物や、花が添えられてゆったり寛げる空間になっている。
座っていると給仕の女の子のゴブリンがお茶を運んで来る。湯気から薬草茶と解る独特な匂いがしたよ。一口飲むと独特な甘さがあった。
族長と一緒にお茶を飲み。一息付くとゴブリンの族長はやっと口を開いた。
苦しげに。
ゴブリンの表情は解りにくいけど、苦悩が垣間見れる。そんな表情だったよ。
「儂は愚かであった。せっかくご忠告を頂いたのに信じきれませなんだ。深く、深くお詫びもうす」
深々と頭を下げる族長さん。祖小鬼妖精という種族で元の小鬼妖精から成り上がったゴブリンらしい。
もう、数千年生きてるってよ。ゴブリン達は知らないらしいけど。この辺りでずっとゴブリンの長老やってるんだとか。
わたしにだけ教えてくれたの。理由は良く解らないんだけど。
「まあ仕方ないよね。いきなりやって来て、おまえんとこの逸れの連中が盗賊ギルドに騙されて馬鹿やってるぞ。なんて言われてもね。半信半疑なのは当然でしょ」
それでも半分信じてくれただけ上出来だよ。バルゲの居所を人探しのコンパス渡して教えてくれたもの。もし本当だったらヤバい事になるからね。
「でも、争いになったら族長が出ていったら並みの連中なら追い払えない? 接近戦で不覚取るの?」
「儂は争いに向きませんでな。魔術の腕ならそれなりにあり申すが、もはや戦で通ずる程ではありますまい。何より死ぬのが恐ろしい臆病者。逃げてばかりおります」
「それが良いかも知れないね。そうやって生き延びて来たんだから。並大抵じゃないと思うよ」
そしてわたしはお茶を飲む。この族長と話すと大体いつもこんな感じで取り留めもない話をするよ。ゴブリンの性も老成によって抜け落ちて、本当に長老って感じの人でね。
ゴブリン達もみんな頭上がらないの。魔法品作りから魔法までなんでも知ってる賢者だもの。
「此度の騒動はすべて儂の不覚が招いたこと、お詫びのしようも有りませぬ。すべて差配はお任せ致します。なにとぞご容赦いただきたい」
「族長には世話なってるから構わないよ。毎回、お茶頂いてるしね。……ただ一つ聞いておきたいの」
「……如何なる事でも」
「バルゲに門出を許したのって……わたしの所為? あの馬鹿が馬鹿やるの解らなかったとは思うけど、あいつ、昔にわたしに見つかってこの村バレた時、相当絞られたんじゃ……」
なにせゴブリンの戦士を軽く薙ぎ倒して、魔法が一切効かないような化け物だからね、わたし。
そりゃ、怯えられるよ。
何度も出入りして今では結構打ち解けて来た感じはするけど、勝手に我が物顔で村にやって来る異邦人だからね。付き合いある戦士とか職人連中はマシだけど、他の連中には気味悪がられてるよ。未だに。
そんな奴呼び込んだ張本人がバルゲよ。しかも詫びまで入れさせられて親に迷惑掛けて。肩身の狭さが半端なくない?
「ご推察の通り。よそ者を呼び込んだバルゲを村の者は良く思わなかったのです。貴方さまが我らに害成す者であれば、村がどうなってたか解りませぬからな」
「まぁ、それはそうだね。否定はできないよ。よそ者に村への行き方バレたら、余計な災難降りかかるかもって誰でも思うよ」
ゴブリン村は盗賊ギルド以外は他の種族と付き合いないらしいからね。閉鎖的環境なんだから、よそ者に厳しいんだよ。
「……盗賊ギルドの者に付け込まれたのはそれが理由でしょう。耄碌した儂の眼では見抜けませなんだ。父親から物作りは一通り学んでおったので改心したと……思うておりました」
「真面目な振りしてたって訳か。……相当溜まってたな鬱憤が。見返してやろうと思っても無理ないか」
事が終わった後にわたしは抜け抜けと奴を始末した事を報告しに行ったよ、この族長と親父に。
族長はともかく親父は問い詰めた。悪さはもうさせねえって約束してたから。
でも逆になんで殺ったか問い詰められたよ。
信じられなかったらしいから。悪ガキとつるんでたのは確かだが親父の仕事手伝ってたらしくって。
そして、一通りの付与魔法覚えて門出。
結果はご覧の有様。
親父さん泣いてた。まさか追跡魔法封じの付与魔法覚えたのが雪羊パクる為だったなんてよ。
「奴がわたしに出来た唯一の一人前の仕事だったな。盗賊ギルドの仕業かと思ってたよ」
だが、褒めれるのはそれだけだ。人様に迷惑掛ける悪ガキが、覚悟も無いのに悪党の言いなりになればいずれ結果は見えてるよ。
しかもその過程で最大級にやらかすからな。
わたしも人様の事言えないよ、だから奴を始末した。生かしていても、信じられない。村の連中が奴らを許すなんてね。他のゴブリンに迷惑を掛けて、許される限度を越えてるんだよ。
そしてわたしは族長とお茶を愉しみつつ、いつものように世間話をしたよ。ゴブリン族の将来を思うこの族長さんは今まで隠れ住んでたけど、村のゴブリンが増えた今、大手を振るって商売がやりたいらしい。
二千年まえの魔法文明時代はゴブリン族も栄えてたけど、戦争や混乱で今や各地の森に隠れ住む有様。
わたしが神祖の妖精王の直系で国作りしてると聞いたら乗ってきたよ。まぁ、実際は本人だけど。
「では今後は陛下とお呼びすべきですかな?」
「いや、まだ早いって。正直、王さまの自覚もないよ。責めて殿下呼びで。妖精騎士のアイギスさんって気軽に呼んでくれても良いよ」
「では、殿下。今後とも我が村の事をお頼み申す。何分、我らは世間知らずの田舎者。此度もそれが由に謀られもうした。我らの命運をお預けいたします」
「そんなに重いもの預けられても困るよ。困ったら頼りにするくらいでさ。こっちも困り事があったら頼るし。妖精騎士なんだから、それくらいでやって行こうと思ってるよ」
「……心得ました。まさしく、おとぎ噺ですな。我らが妖精たちの故郷。幻想世界の王。神祖の妖精王」
「そして妖精騎士のアイギスさんってね」
これが妖精の揉め事解決人としてわたしの第1号案件になった。
今までも妖精のトラブルを解決して来たけど冒険者としての仕事だったからね。
では今後とも、妖精騎士アイギスさんをよろしくね。




