第十五話 妖精騎士アイギスさんと娘アイリの小鬼退治の冒険(6)
洞窟内に響くゴブリンたちの絶叫。
猫耳に角まで生やしたわたしと瓜二つの娘、とても可愛いアイリに襲われたゴブリン達が悲鳴をあげて泣き叫ぶ。
腕を切り落とされ、その痛みに泣き叫び。
顔面を殴打され顔がひしゃげて地に転げ回る。
腹を蹴られて苦痛に声も上げれず悶絶する奴も。
アイリはわたしに"色々試して見て"と言われて素直にゴブリン達を狩りの練習台にしてるの。
本当に良くできた娘だよ。わたしの言わんとした事を理解してるもの。
もう少し大雑把に殺して回るかと思ったけど上出来だよ。どれくらいやったら"死ぬ"かを試してる。
……別に親バカじゃないよ。アイリは真面目に戦ってるからね。表情とか真剣そのもの。
別になぶり殺して楽しんで愉悦を感じてる素振りとかそんな様子ないもの。こんなやり方で大丈夫? って聞いてくるし。
「やっぱりアイリはわたしの娘だよ。才能あるよ」
「ありがとう、お母さん。でも、トドメを刺さなくても良いの?」
「どうでも良いよ。そこまでやったら死ぬし。安物の魔法薬だと傷の止血は出来ても、内臓は元に戻らないから。持ってないなら、放置してたら死ぬよ」
ゴブリンは魔法を使えるけど回復魔法は得意じゃないんだよ。種族特有の小鬼魔法に〈治癒〉の魔法もあるけど覚える難易度高いんだよね。
しかもそれで安物の治癒の魔法薬と同じ効果。
秘奥の魔術師系魔法って回復魔法は得意じゃないからね。
そして、痛い、痛いと泣きごとあげるゴブリン達。
馬鹿につける丁度良い薬だよぉ。今まで散々に小悪いことやって来たツケを支払う時が来たんだよね。後はあの世に行けば清算完了だよ。
帳尻が会うってものだよ。
お前らのその痛みと恐怖を持って罪の清算とする。
「……で、そこで〈周囲擬態〉の魔法で隠れてるやつ。気付いてないと思ってんの?」
わたしは洞窟の壁に張り付いて、魔法で周囲と一体化して必死に壁になろうとしてた奴に声をかけた。
アイリも困ってたよ。気付いてたけどどう料理しようかって。
ビクって明らかに動揺を隠せず、壁が不自然に動くの。わたしは倒れたゴブリンが持ってた短剣を拾いあげるとそいつに投げつけた。
慌てて短剣を避け、飛び出て来るゴブリン。
緑色の皺くちゃな顔を更に皺くちゃにして四つん這いに這いつくばり、わたし達が近づいたら体を反転させて尻餅つきながら後ろに後ずさった。
「ビビり過ぎだよ。お前らのお仲間は勇敢に戦ったのに。情けないよね、それでもゴブリンなの?」
ゴブリンと言うとこの世界では妖精で、悪戯好きで悪賢くって人を騙すことに長けてるって印象をみんな持ってるんだよね。
奸智に長けるって奴かな。
それに姿隠して活動するから臆病者ってイメージもあるのよ。でも、結構勇敢な奴らだよ。わたしがゴブリンの村に初めて踏み込んだ時は立ち向かって来たし。
だというのに目の前のゴブリンは恐怖に慄き首を左右に振ってた。多分、ガキだ。
ゴブリンの年齢なんて解らないけど村守ってた奴らは年季が入ってたよ。目つきで経験って解るんだよね。戦いに生きるやつなら。
「い、嫌だ。死にたくない。助けてくれ」
「駄目だ。お前らはやり過ぎた。そうやり過ぎちまったんだ。一匹二匹なら可愛げがあるぜ。けど、群れは言い訳ができないな」
「ち、違うんだ。オレたちは騙されたんだ。バルゲが独り立ちしないかってよう」
「大体、事情は聞いたよ族長さんに。お前ら暖簾分けする感じで別の所に住処作るらしいな。悪たれどもの門出だな。上手く村作れれば英雄だよね」
「そ、そうなんだ。だからバルゲの奴がその資金作りに」
「手を出しちゃいけないもんに手出したな。こんな事したらいくら伯爵でも本気になるよ。まぁ伯爵が本気だしても結局、冒険者頼み。でも金は出す。わたしがやらんでもいずれお前らは討伐される。遅かれ早かれなんだよね」
雪羊なんて金の卵を産む鶏だよ。この領の貴重な収入源だからね。それに手を出す馬鹿をあのケチな伯爵が許す筈ないでしょ。
冒険者ギルドのギルマスが頭下げてわたしに行ってくれって頼み込む案件だからね。尚、伯爵は相変わらず金を出したくないみたい。ケチ過ぎるよね。
「み、見逃してくれよぉ。もう悪さはしないよぉ」
「その子供の言い訳が通らないのが大人の世界だ。来世があるなら覚えておけよ。……アイリ」
アイリが進み出て空間収納から取り出した大斧を振るう。一撃で仕留めずに半身を削ぎ落とすようにゴブリンの身体を薙った。
「あがぁぁぁ! ――痛い、痛いぃぃぃ! 痛いよぉ」
顔が半分抉れて身体も縦に捌かれて中身が見えてるよ。
アイリは腕良いよ。簡単には死なないようにやってる。コツを掴んで来たみたいだね。
「アイリ。実に良い子。敢えてやったね」
「うん。反省? 必要かと思って……羊さん可哀想だったから」
「生命を粗末にしちゃいけないよね。――家畜以下なら尚更だ。じゃあ、次行こっか」
そしてわたし達は母娘水入らずでゴブリンたちを追い詰めて行く。
ゴブリン達の反応は様々、逃げ散って隠れようとする奴、魔法で落とし穴作った奴も居たね。まともに戦おうとする奴も居たけどアイリに魔法がまったく効かないから手も足も出ないのよ。
わたし譲りの魔法抵抗力の高さが魔法の効果を全て封殺するんよ。抵抗って奴。
なにせゴブリンが得意な〈魅了〉も〈睡眠〉も〈錯乱〉も、効いてしまうと致命的になる状態異常を引き起こす魔法が全部アイリに通用しないんだから。この魔法があるからゴブリンって厄介なんだよ。こっちの世界のゴブリンは強敵だよ。
でもゴブリンも一番厄介な攻撃を無効化すれば奴らはただのチビになり下がる。
ただ、頭は回るチビだ。まともにやっても戦いにならないと理解すると、即席で色々仕掛けてきたよ。
さっき見たいに〈周囲擬態〉の魔法で壁と一体になってやり過ごそうとする奴。隠蔽魔法で姿隠して襲って来るとかも当然してきた。
使役してる大蝙蝠をけしかけたり、洞窟に住んでる、洞窟長蟲を呼んだ奴も居たな。
ウォームは結構、良い線行ってたよ。呼んだ奴が食われた点を除けばよぉ。使役出来てないのにミミズの化け物見たいなの呼ぶからだね。
まあそれぐらいしないとどうにかならないと思ったんだろうけど。
アイリは頭潰してさっさとウォーム倒してたわ。
そしてアイリはゴブリン達を器用に攻め立てなぶり殺しにしていくの。まさに猫と鼠の関係だよ。
肩腕もがれたり、片脚やられたり、頭潰されたり。喉切られたり。首をへし折られたり。
手を熊手に変化させて張り倒されたりもしてたね。
勢い余って壁に潰されたヒキガエルみたいなゴブリンの貼り付けが出来たよ。
娘の冬休みの工作を見てるようで、わたしもこれには笑みを浮かべたよ。
「お母さん。ごめん、やっちゃった……」
「別に失敗してもいいよ。生かさず殺さずの練習になるから。生け捕りするときに加減が解るようになるでしょ」
「うん。段々わかって来たよ。どれくらいやったら死んじゃうか。難しいね」
「だいじょうぶ。アイリわたしより上手だって。偉いよ。わたしの自慢の娘だよ」
「えへへ」
アイリが褒められて笑顔を浮かべる。いつも不安げなこの子の笑顔を見れて母親、大満足。ゴブリンに感謝の念さえ思い浮かぶ。
ちなみに人殺しじゃないかな、とか道徳観念高めな人いるけど魔物も人も生命には変わりないよ? ただ、違いがあるとすれば知能があるから悔い改める事ができるってくらいだよね。
…………残念ながらこのゴブリン達にはその機会はもうないの。こいつらは本当にやり過ぎてしまった。
'残念ながら"賊"扱い確定。そしてこの国は賊に人権を与えるほど生易しい世界じゃない。
生かして捕らえても元居たゴブリン村に大迷惑が掛かる以上、殺らざるを得ないの。
なら、次いでにアイリに練習台になって貰うのは奴らの責めてもの罪滅ぼしだよ。……こいつらの後始末にわたしも駆り出されるんだから。
でも、おかげで本当にわたしの読み通り、冒険初心者のアイリには良い経験になってるよ。やっぱり追い込むと必死さが違うよね。
ちょっと相手のゴブリンの戦闘経験が足りないから、物足りないけど。村の戦士のゴブリンはまだこんなもんじゃなかったよ。
わたしの想定だと熟練の冒険者三パーティーは居ないと危ないと読んでたけど、これなら熟練と若手の混合二パーティーでも行けそうだった。
何より、アジトの場所が悪いよ。
安全地帯が一転逃げ場の無い殺戮地帯に早変わりだもの。いざという時に脱出できない場所にアジト作るからこういう事になる。
襲われる可能性考えてなかったのがお前らの運の尽きだよ。そしてわたしの幸運だよ。
娘のアイリの成長を見れるんだもの。
ありがとう悪たれゴブリンども。
お礼にお前らのボスはわたし直々に始末してあげるね。
どうやら全ての元凶らしいからたっぷり可愛がってあげる、絶望を味わい尽くすようにな。




