第十五話 妖精騎士アイギスさんと娘アイリの小鬼退治の冒険(2)
牧場の雪羊達の家畜小屋はもぬけの殻だった。
雪羊達をぎゅうぎゅうに押し込んでいたであろう羊舎に残るのは、虚しく残された餌の干し草と飲み桶……
「…………」
「…………お母さん?」
見事にやられている。
冒険者ギルドから緊急の依頼を受けたわたしはアイリを連れて転移魔法で飛んで来たんだけど。まさか、ここまで酷いとは思いもしなかったの。
そして隣には全てを失った家畜の主が。
事件が起こって3日経ってもこの世全ての悲哀を味わったかのような悲壮感が漂っていた。
「一応、聞くけど……全部?」
「……………はい。い、一匹残らず。全てです」
精魂尽き果てたかのような家畜主。
そりゃそうなる。財産だもの。それが全て失われたら生きる気力さえなくなるよね。
しかも家畜主って言ってるけど全部の家畜が自分のものじゃないんだよ。預かりの羊も居るんだから。
アイギスさん雪羊に投資してみない?
ってこの辺りで仕事した時、同じ雪羊育ててる経営者から話し聞いて詳しく知ってんだよ。
話し聞いたら雪羊ってめちゃくちゃ高値の家畜よ。
暑さに弱いからこの北国くらいしか育てられないらしくってさ。繊細だからストレス与えるような雑な育て方できないし。モンスターとかも居るから放牧も大変だよ。当然、年中護衛の人雇わないとできないし。
その金と労力が掛かりまくった成果が全滅だよ。
被害総額考えるだけでとんでも無い金額なるわ。
なにせそれだけ苦労する分この北国シルヴェスター伯爵領の特産品なの。肉も高級品なら毛皮も高級品。毛皮の織物はこの伯爵領でも貴重な輸出品なんだから。
「具体的に言うと一匹いくら?」
「金貨100枚は降りません。産まれた子羊も入れて54匹おりました」
聞いちゃうよね。そしてやっぱりヤバい金額だった。金貨1枚あれば一人で1ヶ月暮らせる金額だよ。独り身なら8年は働かずに自宅待機できるわ。
保険とか……まさかこの中世時代よりマシで近世くらいかな? って思うこの国でもないよね。
あったらこんな悲壮感出てない。てか出せない。
「お、お願い致します貴方さまだけが頼りなのです。妖精騎士さま。どうか、どうか私の羊達を取り戻して下さい。で、でないと――」
そのまま崩れ落ちる家畜主。嗚咽のように言葉を吐き出してた。多分、羊に何か会った時の保険金まで受け取ってたんだな。アイギスさん詳しく聞いたから知ってる。自分が保険元なんだよ。
そして男が天に向かって叫んだ。
「私は破滅だぁぁぁ!」
わたしはアイリと顔を見合わせる。
見せたくなかったな、娘にこの世の不幸を一身に受ける中年親父の姿を。
「お母さん……泣いてるよこの人」
アイリが情けを掛ける。中年の親父にも同情するなんて、なんて優しい子。わたしは心の中で安堵したよ。家畜主が保証しても経営破綻したら掛けた保険金も戻って来ないからね、投資は危険だよぉ。
仕方ないので、わたしは絶望に打ちひしがれた家畜主のその肩にぽんと手を置いた。そして冷静に優しく声を掛ける。
「まずは状況を調べてから、それから依頼料決めましょうか」
「た、助けてくださるのですか!」
「できる限りの事は……ただ、依頼料の支払いは?」
「そ、それは取り戻して頂けたら……」
「アイリ帰ろう。……無駄足だった」
そしてわたしはアイリの手を取る。アイリは後手に振り返ろうとするけどわたしはそのまま手を引いた。もう、見ちゃダメだよ。
嫌な予感しかしないよ。
依頼料の話しをしたら口籠るとかさ。それに冒険者ギルドからは調査の依頼って聞いてたよ。話が違うよね。
ただ、わたしの脚にしがみつく気配がしたのでサッと避ける。案の定、気配の正体は家畜主だった。
「お、お願いします。もう頼れるのは貴方さましか居られないのです!」
「おかしいと思ったよ。私を名指しでお金の話をしないんだもの。ギルマスからは雪羊の案件だから調査行ってくれないかな、って頼まれて来たけどさぁ」
「そ、それは貴方さまならきっと雪羊を取り戻して――」
「依頼料の話が先に決まってるでしょ。冒険者ギルドが何のためにあるか知らないの?」
こういうトラブルを未然に防ぐ為にあるんだよ。
仕事受けたのに依頼料払わない人とか、仕事の想定に見合わない仕事押し付けようとするとか。
成功報酬が基本だから肝心の報酬が約束されてないと話に成らないのよね。
それにこっちは暴力が売りの冒険者なんよ。
「金の工面なら致します。ですからどうぞ、なにとぞ」
「一応言っとくと謀ったらおまえの首が飛ぶからな。わたしを知ってるって事は忌み名の方も知ってるよな?」
「うっ――」
わたしがドスを効かせて剣まで鞘から抜いたので家畜主が押し黙る。人間追い込まれたら何でもやるからね。嘘でも平然と付いてくる。
そして追い込み掛けられた人の言葉を鵜呑みにしないのがこの業界の常識。冒険者業界は脛に傷持つ奴らの溜まり場だよ。
この世の酸いも甘いも知ってんだよね。
「よ〜し。少しは頭冷やしたな。まず先に行っとくぞ。ギブ・アンド・テイクだ。そして冒険者ギルドの依頼は先払いか、支払いの保証があるのが原則だ。わたしは初顔の奴から直の依頼は受けない。ここまでは良いか?」
「そ、そこをな――ひぃ」
何か言おうとしたのでわたしは剣を喉元に突きつける。
「そしておまえはこの仕事……わたしくらいしか出来る奴が居ないと思ってる……じゃあ答えは二つの内どちらかだ。盗賊がらみか妖精か……多分、妖精だな?」
「そ、そのとおりでございます」
「ゴブリンか……?」
「は、はい」
小鬼妖精……この世界でも厄介ものの代名詞みたいな連中だよ。村襲って、というのは余り聞かないけど家畜ちょろまかしたりとか、森の中に入って来た冒険者や狩人を襲ったりとかはするんよ。
「調べないと解らないけど、いや調べても解んないかも知れないけど一匹二匹の仕業じゃないよね。当然依頼料もそれなりにするよ。支払いの工面してからギルドに来てね……じゃ」
そしてわたしは剣を引き鞘に戻してから、アイリの手を引く。調査依頼って言ってもこの分だとまともに調査できるか解んないよ。
数が多い獲物の相手だと、依頼料を誤魔化す為に隠蔽工作したりする村もあるくらいなんだから。
この世界の世知辛さは並大抵じゃないんだって。
みんな必死で生きてるのは解るんだけど。
ただ、わたしがアイリの手を引いて歩こうとするとアイリが立ち止まるの。
「お母さん。あの人助けてあげないの?」
「……」
わたしはアイリが振り返ったので呆然と立ち尽くす家畜主に鋭い視線を送る。最後の希望が絶たれたって顔してた。死ぬ直前の奴でもなかなか見ない顔だよ。
「アイリ。同情してもお金にならないの。お金だけが全てじゃないけど、他の冒険者に示しってものがつかないのよ」
「示し?」
「安請け合いできないの。冒険者のお仕事だからね。正規の価格で受けないと、他の冒険者が困るの。次同じ仕事来たとき安値の価格になったり、依頼料払えないのに仕事頼もうとする人出てくるから。他の人の事も考えなきゃ迷惑になるからね」
「…………」
いつものアイリならわたしの言うこと聞いて素直に答えるんだけど、アイリは悲しそうな眼をして家畜主のことを見つめるの。
「助けれ……ないんだ」
……この子がわたしの言葉に納得いかないって顔したの初めて。ちょっと新鮮だった。
「……できない事はないよ?」
わたしの言葉に呆然と立ち尽くす男が反応する。
ただ、わたしは鋭い眼光で睨みつけて、希望を抱き掛けた男の動きを止める。
「でも、お母さん。助けてあげれないって、さっき……」
「わたしはね。でも、あの家畜主、やる事やってないんだよ。伯爵は頼りにならないの解るけど、村の同業の連中、説得できるでしょ。ゴブリンに狙われたんだよ? じゃあ他の家畜は狙われないのかってね」
そしてわたしはまた家畜主の男を改めて見る。
ただ、その顔は暗いままだ。説得できそうにない。そんな感じだね。解らなくもないけど。
「必死になるの良いんだけどさ。まずそれからだよね。やれる事やってから言ってよ。人に都合押し付けないでさ」
「で、ですが急がなければ羊が。それにとても説得できるとも思えません。みな余裕がある訳ではないんです」
村の人に余裕がないのは知ってるよ。お金の余裕がなければ心の余裕もないってね。冒険者稼業してたらそういう人達ばかり見る事になる。こっちはイヤってなるくらい知り尽くしてるわ。
「だよね。じゃあ、逆に考えよう。みんなの余裕を無くせばいいや、ってね。自分でできないなら、わたしが説得を引き受けなくもない……どうする? 但しおまえからの報酬と、正規報酬の別々にするがな」
「そ、それは一体どういうことでしょうか」
「つまり、やってみないと解らないってこと。恨みっこ無しでわたしが説得してあげても良いよ。成功するかは解んないけど。それも嫌って言うなら……ご愁傷さま」
最後通牒のようなわたしの言葉。意地が悪いように聞こえるかも知れないけど、これがわたしの精一杯の誠意だよ。
アイリに感謝してよね。この子が言い出さなければわたしもここまでお節介しようと思わないんもん。
後はままに。
家畜主は思い悩むと結局、わたしの提案に乗った。
それ以外に方策なかったらしい。
早くしないと家畜がどうなるかは解らない。
すぐに資金を工面できる当てがない。
何よりわたしじゃないとゴブリンをどうにかできないってね。
よろしい、妖精騎士の口八丁を見せてあげるよ。
アイリにも良いとこ見せたいしね。
出たとこ勝負だけどね〜。




