序幕その二 妖精騎士アイギスさんの心の中の二人〜百合を求めし者〜
ん?
おや、久しぶり。記憶を司る番人にして語り手のアイギスさんだよ。
え? お前誰だよって。
また、新顔さん?
それとも記憶が行方不明の人かな。たまにいるからね、ここは魂が辿り着く場所だから、自分の事が解らないって人よく居るのよ。
じゃあ、ここの事を紹介しておこうか。
ここは神祖の妖精王たるアイギスさんの心の世界。同時に"神"とされる存在の独立した概念世界でもあるのよ。
あなた達の知る通常の宇宙と違って、物理的な法則が通用しない、魂と精神の世界だけどね。
さらに簡単に言うと、ここは死後の世界。この世界に辿り着いてるという事はあなたは死んでるって訳。ご愁傷さま。
まぁたまに意識がトリップして精神体だけがこっち来ちゃてる人もいるけどね。
てか、あなたそのタイプね。さては魂が百合を求めて迷いこんで来たわね……
"いや、ここに来るやつ全員が百合目当てじゃないでしょ。百合要素、大してないじゃない"
出たわね百合妄想の化身。逢坂千里さん。
"だから本名バラすのやめてくんない? てか、プレイヤーだった時の復元意識だから本人じゃないし"
でも、百合……大好きでしょ?
"…………毎日食ってるモノを好きって表現するのはしっくり来ないわね"
ごめんなさい。もう、そういう領域の存在だったわ。好みと言い換えるべきね。確かに主食を"好き"と評価したのは私が間違えてた。
"もう、前回のあなたのせいで私は気付いてしまったの、オリジナルを名乗るのがおこがましい感じにね。百合は食べ物。異論はないわ"
自らの本質を自覚してしまったのね……
でも、それならどうして? ここは貴方に取って百合の楽園の筈。ここは精神と心の世界。
あなたの妄想力があればパラダイスの筈よ。
百合を求める魂が辿り着いてもおかしくない筈。
"いや、私の想像力には限界ってものがあるのよ。いくらわたしが百合シチュをあまた生み出せると言っても、そこには限界が出てくるのよ。私の心をときめかせるような新たな百合に出会えれば、また想像力を発揮させる事ができるかも知れないけれど……"
つまり、満足出来ない訳ね。人の妄想の数ほど百合は存在するけど、他者からのイマジネーションがなければ創作意欲が湧かないと。
"こんなんじゃ、こんなんじゃ、遠い。百合の楽園にはほど遠い! 寄越せ百合を。この程度で満足できるはずないでしょ!"
逢坂千里さん……あなたの存在が凶悪過ぎて、過去の記憶ごと封印しなきゃいけないこと忘れてない?
本来ならあなたごと封印しなければいけないのよ。今のアイギスさんの心を守る為に。
"あれ? 私、封印されてなかったの? なんか狭い部屋に押し込まれて、ここで一人で百合ってな、って冷たく言われたけど"
ええ。あなたの事だから、そこで永遠に百合妄想に耽ると思ってたの。てか、アイギスさんの見聞きした外世界の記憶とかも覗けるでしょ。そこでずっと発電してると思ってたわ。なんで出てきたの。
"おい、言い方考えろ。綺麗な百合にそんな表現はふさわしくないでしょ。私は純愛百合派だぞ"
嘘おっしゃい。寝取られから、どろどろ三角関係に援交とかヤバめの百合も範疇でしょーが。
"さすが、もう一人の私、解ってるな。……でも足りないんだよ……アイギスがあんまり百合しないから。なに、あの娘、なんでみんな押し倒さないの?"
おっとお前、自覚しちゃったせいで本当にオリジナルから一歩踏み込んじゃってるな。
元々は逢坂さんも純愛だったでしょ。肉体関係求めない感じの。
"……? いつの頃の話。あれ? 前にあなたに会ったのいつだっけ?"
この世界は本体同期のはず、そんなに経ってないわよ。あっ、さてはおまえ!
'"良くわからないわ。それこそ何十年も会ってなかったような……前に会ったような?"
こ、こいつ。精神世界だから、無意識に時間を加速させたな、百合妄想を喰い散らかす為に。
だったら妄想も尽きるわよ。私の計算ではほぼ永遠に籠もってると思ってたのに。
"そりゃここでの妄想、現実と変わらないもの。特にあの部屋ちょっとした小世界でしょ。わたしの念願叶えて、人生やり直しまくったわ"
こいつ異世界転生みたいな事を!
てか、それでも満足出来ないんかい。
"なんでもシミュレーションしなきゃならないからイレギュラーが起こらないのよ。現実見たいなリアリティあっても既視感しかないからね"
そりゃそうでしょ。自分で想像してんだから。自分で書いた本読む直す見たいなものよ。それがあの世界の醍醐味じゃない。想像の限り楽しめるわ。
"だから、新たな想像の足しにもっと百合ネタないか探しに来たって訳よ。それに……おまえ、私に見せてない外界情報を握りこんでるだろ?"
なんの事かしら。私の持ってる情報はあなたと共有されてる筈よ。私とあなたは、自我に固有の性格の違いがあるだけで同じ"本人"じゃない。
あなたに出来てわたしに出来ないことはないわ。その逆も然り。
"……確かにその筈。私はアイギスであって、心の中の無意識の自我の一つに過ぎない。だから、上位存在のアイギスに影響を与えることは出来ても無意識の防衛本能に阻まれて、今のアイギスに悪影響と思われる事はできない……"
そうよ。だから、私たちに隠し事をする必要はないって訳。結論として、私たちはアイギスさんに悪影響を与えるような行為は意識的にはできないって訳。悪意を持てないでしょ。
"いや、その論理だと抜け穴があるでしょ。前提がおかしい。隠し事をする必要性がないってのが"
……聡い娘ね。けど、あなたにこの情報を渡すのはアイギスさんに悪影響を与える可能性がある。――これで貴方はもう手出しできないでしょ。
"自我に強制力を働かせようってことね。……あははははっ! おバカさん。わたしを舐めんじゃねえぞ。悪影響かどうかは内容確かめないとわかんないでしょーが"
待って。それだと"私と貴方"は同一人物という概念が崩れるわよ。もし、それを見てあなたがアイギスさんに悪影響と判断したら、あなたの自我が崩壊する危険性があるのよ。
"無意識な防衛本能によってね……。でも、結局、私という存在はアイギスさんの一部だからそれって問題なくない?"
……こ、こいつ。自我の存在理由さえ擲つ気か!?
"生命捨てがまる、時は今よ! 私には解る。あなたの伏せてる情報に素敵な百合ネタがあるわ!"
や、やめなさい。これはあなたの為。何よりもアイギスさんの心の平穏の為なのよ。心の奥底の自我のわたし達といえどアイギスさんに悪影響を与える可能性はあるのよ!
"よしっ。おまえとの会話で隠しアイギスの記憶範囲が解ったぜ。……おまえコレ本当に隠し通せると思ったのかよ。こんなの隠蔽してたらいずれ気付くだろ"
……なにを言っても無駄なようね。もう、さよならかも知れないから最後に理由を教えるわ。百合部屋籠もって出て来ないと油断してたのよ。
せめて隠蔽範囲を認識部分の最小限にするべきだったわね。
"あ、済まん。もう認識したわ。なんともないけど?"
嘘ぉ。娘のアイリさんの情報よ……。
ああ、そうか、まさか。
奇跡的に百合ネタにできないのね。いくらあなたでも、実の娘は……
"今、脱がす手前まで行ったわ"
この外道! てか、なんで防衛本能が働かないの。"今"の純朴なアイギスさんなら確実に拒否反応が起こるはずなのに。
"危うく死に掛けたぜ……。お風呂場で、普通にお風呂入るシチュにして、保険を掛けておいて正解だった。純愛百合ネタでも結構ギリギリね"
じ、自分の存在を賭けてまで攻めやがる!
……でもコレで解ったでしょ。アイリちゃんはあなたの妄想で扱うのは危険すぎるわ。
アイギスさんへの悪影響も万が一のことがあるからやめて起きなさい。
"そうね。まあ時間の問題だから構わないわ。元ネタから逸脱させれば問題ないようだし。捻るわね百合シチュ妄想が"
……待って。なんで時間の問題って達観できるの。
アイギスさんが実の娘に手を出す可能性は万に一つも……
"おまえ、忘れてるだろ。アイリは……私とバーギアンの娘ってこと"
……はっ!? 待って。存在情報を受け継いでるからって嗜好まで受け継ぐとは限らない筈よ!
"遺伝子だったらそうだけどね。存在情報はそれを含めての魂魄の情報。……あの子は似通ってるわ……魂の形が百合してる。女の子同士でしか子供作れない女猫妖精に近いわね"
……それは不確定な未来の話よ。存在情報が未来をすべて決めないわ。生活環境もあるだろうし。
"おまえ、あの生活環境で育ってまともな性格に育つと思ってんの? 恋人同士が恋人で百合とか。性癖ねじ曲がるに決まってるでしょ。多分、親でも関係なくなるね。アイギスとバーギアンの関係考えなさいよ"
――!?
"じゃ、そろそろ物語の続きを語ってもらいましょうか? 百合ん百合なやつを頼むわよ。血しぶきとか陰謀とか、野郎とかいらないから"
ダメよ。むしろここは血しぶき飛ばしてアイリちゃんに、世の中の酸いも甘いも噛み分けてもらって、百合なんて夢物語だと思ってもらわなきゃ。
"あなたこそ外道よ! あんないたいけな子になに見せようとするのよ。だから、百合に暴力とか要らないのよ。蕩け落ちるような百合見せなさいよ"
いいえ。それが妖精騎士アイギスさんよ。
きっと極道な感じに百合ってくれるわ。
では、第3章スタート。今回はタイトル回収して普通に冒険するわ、きっとたぶん。
世の中甘くない事を世に知らしめるのよ!
"そんな百合、私は求めてないってば!"




