第十四話 妖精騎士アイギスさんと帰って来たいつもの日々(6)
エルベイムの宮廷を去った後、私達は都市の郊外に停泊していた飛空艇まで浮遊車で戦闘車輌の護衛付きで見送られた。
何分、既に戦時下半歩手前の状況だ。予備役は非常呼集されエルフ軍人と自動機械が都市の至る所に配置されている。
観光できる様子は些かも、ないな。
私とリネーシュは飛空艇に乗り込むとやっと口を開いた。軽口を叩くには森陽王の姫君の機嫌がよろしくなかったからな。
飛び立つ飛空艇の窓から、エルベイムを眺望しながら私はリネーシュに話し掛けた。
「エルフの都には初めて来たが景観はともかく近代都市としての利便性はさほど変わらないようだな」
「……元より観光に来たという訳でもあるまい。書簡の内容を確かめたら、アリーシャさまに早く伝えた方が良いのではないか」
「なに、あいつならとっくに動いてるよ。紫龍帝を口説いてから、あとは四駿連中をどう懐柔するかだな。どのみち森陽王が合意を反故にするなら平和への道筋が閉ざされる。それだけの話だ――」
合意文書を用意してわざわざ調印などどいう手間を掛けても結局、約束が履行されなければ意味がない。
書簡の内容に今までの交渉の経緯と、合意内容についての確認事項を盛り込んだ程度の物をもらえれば十分だ。
今回の騒乱は世界各国の是認が必要という訳でもなく、所詮は地域紛争に過ぎないからな。
「念の為、こちらが援軍に送った部隊の引き上げは書簡の内容を確かめてからにするが」
「それをさっさとやれ」
「ハイエルフの長老が出てくるかと期待したが、来ないようだしな」
極東帝国も武を尊ぶ国だが一般兵の武装が剣、槍、弓と戦国時代だからな。むしろ、徴募兵に小銃を持たせているという、地球の現代文明から来た私にはチグハグな装備だ。
対して相手は魔法文明真っ盛りの時代の現代装備で武装するエルフ。援軍くらい送ってやらねば。
ただ、こちらの世界での大掛かりな現代戦では、強いやつが白兵戦の装備が正解ではある。ある程度強くなると必ずしも銃火器に頼るのは有効でなくなるからだ。
それに引き金を引けば手軽に人殺しができても、アンデッドや魔獣の類には必ずしも有効ではない。
機械兵器に生態兵器、更には召喚魔法でモンスターも戦闘に投入するので銃火器では火力不足になる場面が多々出てくるのだ。
戦車や戦闘車輌に飛空艇も出てくるのでこの世界の地上戦はなかなかバラエティ豊かな戦場の様相になる。
「それほど容易にことが進む筈があるまい。長老らは切り札だ。戦局を打開する必要に迫られなければ出てくる筈がないだろう」
「なに、もしやがあると期待しただけだ。それに小競り合いが極東帝国に不利にならんようにバランスを取らなければ引くに引けんようになるかもしれん。何事も布石を打っておいて悪い事ではない」
「と、言いながら貴様が戦火を広げてるのではあるまいな。怪しい報告を私はいくつも受けているが?」
「現地部隊には臨機応変にやれ、とは伝えてある。民間人への被害には配慮するよう厳命してるしな。…………そう目くじらを立てんでも引かせるさ」
リネーシュの美麗な表情が機嫌急行下という感じになった。心根は聖人君子を範とする人物だしな。
悪魔の軽口に付き合う気はないらしい。口は災いの元だな。アリーシャに告げ口されても面倒なのでつまらん口は閉じるとしよう。
私のやり方に常に異を唱えるのでリネーシュは中々にコミュニケーションを取りづらい相手だ。
「結構だな。ジール卿。そう簡単にことが上手く運ぶと思われんことだ。森陽王にも会えずじまいのようだったしな」
「……その事だが一つ尋ねたい。森陽王の印象についてだ。リネーシュ、おまえの率直な感覚で構わないが」
「…………印象と言われてもな。もう随分前の事で記憶も微かだが」
「それでも構わん。やはり伝聞などで語られるような半神的な印象で言葉数は少なく、冷徹な印象だったか?」
「概ね私もその印象通りだ。王宮の面会の場でしか会わなかったからな。プライベートなど知りようもない。母に会いに来た際は情事に及ぶ時くらいしか見たことがないな」
なかなか返答に困ることを直で言うやつだ。
まだ、心の中では確執が有るのだろう……精進が足りんぞ。その割にはリネーシュは智天使並みの信仰心の高さだから解らぬものだが。
「では、ハイシュケルクは? 奴も母君とは親しかったのではなかったのかな。偶に森陽王の縁戚として代理で出てくるとは聞いてるが」
「卿が実入りのない会談をした通りの人物だ。たまに後宮に訪れていた。……母の元を何度か訪れた事も会ったが……それがどうかしたのか?」
「なら、ほぼ決まりだな。奴が森陽王、本人だ」
「なっ。ばかな。どうしてそれが解る。エピタフの名を出したから、とでも言うまいな」
動揺を隠せないリネーシュ。
まさか、冷酷とも言える男が姿を変えて、母親と逢瀬を重ねていたとは信じられんのだろうな。
「正解はそのエピタフから聞き出せば得られるがな。私にしても確証がある訳ではないが奴の人物像については当然、あらゆる可能性について聖魔帝国で検証してある。そして今日、私が会って得た確信だよ。別に信じなくても構わんさ」
リネーシュは動揺を収める為か沈思黙考と言った次第で表情を真剣な顔に改めた。真面目なやつだ。自分の未熟と私事をすぐに脇に置いたな。
考えがまとまって口を開いた時にはいつもの不機嫌面に戻っていた。
「今、思い出せば母とハイシュケルクの関係はそうだったかも知れない。当時の私には軽薄な男にしか思えなかったが……」
「私事に深入りするようで悪いがそういう関係を疑ってたんだな。なに、良くある話だ。公の顔と私の顔を使い分けるのはな」
「だが、奴が本人だとするのは早計ではないか。エピタフが口を割るとは思えんし、欺瞞工作の可能性もあるだろう」
「可能性の一つとしては十二分に考慮できる。為政者などというのは執務机や玉座に座っていれば何事も為せる訳ではないからな。自分の耳や目で見なければ解らぬこともある。身分や立場を変えて自ら見聞を深める必要性もある。私などはそうだろう?」
「魔女王とは思えぬ他者への洞察だな。しかし、幾つもの時代を渡り歩く為政者ならそうかも知れないが……」
「種族が違えば生き方も別だ。ハイシュケルクが言っていたように"淘汰"の方向性に任せて施政を行えば楽だろうが、それだけでは魔法文明時代を生き残れたとは思えん」
奴の言った淘汰とはつまる所、国民の"思想"の事だ。
この"思想"を為政者とはかくあるべしと定めるか、定まった方向に沿って国政を行うのがもっとも効率がよい。
国民が愚者で、自分とは違う他者を許せないのがもっもやりやすい。だが、情報化社会を遂げたり、考え方の違う他者との共生を強いられる時代や状況ではそう簡単にいかなくなる。
利益相反する連中を纏めるのは至難の技だ。政治とは、多様性が進めば進むほど、その難易度は上がる。
妖精族はむしろ統治するのに易しい種族だが、魔法文明時代はよりにもよって節操なしの人間種族が相手だったからな。連中の志向を理解してなんとかしなければとても生き残りを図れなかっただろう。
「幾つもの顔を持っていても不思議ではないという事だな。私などあまり演技派ではないから使い分けなどそうそう出来んが」
「知れば首尾一貫している悪の権化だ。他者の生命を踏みにじることをなんとも思わんのだからな」
「生命という物の本質に忠実に生きてるに過ぎん。天使王に協力してる分、マシと思ってもらおう」
「貴様は聖下の御心を試しすぎる。私はそれが好かん。……まさか、私を連れて来たのはそれが理由か」
「おや、今頃気づいたのか。もちろん、勝手な期待でな。私がジェラルダインとして動いてるから少しは興味を抱いてるのかという試みでもあったがな。おまえに関しては、次いでだな」
リネーシュから面と向かって睨まれる。
理不尽な。使いどころが合ったのだから喜ぶべき所だろう。天使王に仕えてるんじゃないのか。
奴とは一蓮托生だぞ。
「……では、ジェラルダイン。きさまも魔女王だとバレている可能性があるな」
「その可能性は当然、想定済みだろう。私も経歴の偽装をしてはいるが、見破らていてもおかしくはない。場合によってはアイギスの事もこちら以上に知っている可能性も有り得る」
リネーシュにはそこまで話してないが、最悪、私たちが元はゲーム世界から来たことまで知られてるかもな。知られていないと思うのがおかしい話だ。
闇の王や聖ロクスは確実に由来が私達と同様の元プレイヤーだ。
「…………待て。なら、核兵器を撃ち返されることも森陽王なら想定の内だったのでは……起爆される可能性も含めて」
「……なるほど。その可能性は十分にある。あのハイシュケルクならやりそうだな。一歩考えを踏み込むなら、むしろ核を撃たれるまでが手の内までな」
「馬鹿な。そこまで上手くいかせて何になる。賭けにしても犠牲が大きい。森陽王もタダでは済まんぞ」
「ふっ――」
私は嗤いが漏れた。
例えば、危機的状況を演出して国民の意思統一を行う。
この状況を脱することができれば、やりようなどいくらでもある。悪行に手を染めていればいくらでも考え付くものだ。正当派の考え方のリネーシュには、それが体感的に解らない。
それが少し可笑しくてな。
「何がおかしい?」
「いや、なんでも。ただ、今回は長老相手のデモンストレーションだ。森陽王もその人徳で奴らを率いてる訳ではないらしいからな」
「逆効果だとしか……神祖の妖精王か!」
「ご名答。敵視戦略を成立させてしまったな」
もっとも重要なのは権力を維持するためのハイエルフ連中の総意という訳だ。
神祖の妖精王と敵対してしまったという事実は奴らには重く伸し掛かるだろう。
しかもアイギスには情け容赦がない。
"前"のアイギスもそうだったのではないか。プレイヤーとしての印象しかないが、クラン内で揉め事起こしてたしな。
「私達の行動も想定の内。すべて奴の掌で踊らされた可能性すらあるな。まぁ、良く出来た罠とはそういうものだ」
「我が父ながらそこまでの相手か……」
「難敵だな。ただ、神祖の妖精王も奴に勝るとも劣らない強敵だが」
大陸の文明一つ滅ぼした喰食王に、聖ロクスすら手を焼き、倒しきれなかった腐海王もアイギスに恭順を誓うくらいだ。
しかも、神祖の妖精王の臣下とは公に知られていないが、二千年前の魔法文明の終末期に現れて、現在にいたるまでこの世界に侵略を企てる三神に続く最後の一人までいるからな。
他にも姿を現してないのが居ると聞いたぞ。
灼岩王とか浮月王だとか。
ゲーム世界ではレベル最高のNPCは通常プレイヤー一人につき4体の縛りがあったが、この世界ではレベルの上限の縛りはないらしいな。
本来はもっとレベル下の連中がこの10万年以上かけて、凶悪な強さになっているようだが?
杜妖精が思ったよりしぶとく生き残っている。他のエルフは当時からの連中は流石に死に絶えたらしいが。
と、いうことをゲームの話を除いて私はリネーシュに教えてやった。
「……きょ、虚魔王まで神祖の臣下なのか」
「奴は妖精という種族とは完全に別種だから信じられんかも知れんがこれは確証付きの事実だ。だが、アイギスが現れたことでなんとかする方法が見つかったな。……代わりに私達でも手を付けれん一大勢力が誕生しそうだが……」
「きさまっ。それを解っていて」
「なに、敵対しなければ問題がない。仲良くできるさ」
アイギスの居残った連中を集めてうちの連中とやり合うとなかなか良い勝負になりそうだな。
代わりに確実にこの世界が滅ぶからまともにやり合う訳にはいかんだろうが。
さて、森陽王が何処までこの事実を知っているのか……。古代魔法文明に止めを刺した、六大災厄の内半数が神祖の妖精王が由来だ。そして本人のご登場だな。
森陽王と幻想王との対決という訳だ。
頭脳戦のサポートにアスタロッテも付けて対応すれば、森陽王相手でも後れはとるまい。
まあ……なんとかなるだろ。ただ、あのコンビに敵対されるとこれ以上ないくらいに厄介なのが難儀だな。……敵対は本当に避けたい所、まだ森陽王を相手にした方が楽だ。
つまりこちらも敵視戦略は成功した。
今回は痛み分けと言った所だな森陽王。




