第二話 妖精騎士アイギスさんと闇妖精の暗黒騎士(0)
残念ながら、アイギスさんは今回出てこないぞ。
聖魔帝国首都バビロンシティ――
その中心部に位置する巨大建造物バビロンタワーはビル群が立ち並ぶ近代文明の都市にあっては異質な様相を呈している。
直径20キロ高さ1000メートル以上、の"塔"と言うには太すぎる外観。赤熱するように塔に走った赤い線が脈動し、黒色の外観がより一層際立つ。
そして初めて目にする者に、その圧倒的な質量により畏怖を抱かせる。その"塔"こそ聖魔帝国の政治中枢にして軍事拠点。そして、異世界より来たりし悪魔たちの女王にして絶対悪の女王。汎ゆる生命の敵対者たる"魔女王"の居城である。
尚、現地で暮らしてる人曰く、最初は不安に思うが以外に慣れる。住み心地は悪くない。との概ね高評価を得ていた。
†
――魔女王の執務室。
飾り気はないが全てが一流の職人によりコーディネートされたその部屋では、聖魔帝国の"政治"を司り、あらゆる政治権限を持つ"執政"魔女王が職務に就いていた。
彼女は書類の一つに目を通すと、少しの間、思案し決裁書類に判を押す。神々のような能力を持ち、世界を滅ぼせる悪魔の女王であっても一国家の運営を行うのであれば、他の国の執務を執り行う国家元首とやる事に変わりがない。
優秀な部下でもいれば任せきりにする事ができるが、形式的には部下は魔女王の方で、天使王こそがこの国の国主。魔女王はその伴侶という事になっていた。
「まあ、あいつに任せる訳にも如何しな……」
いくつか書類を決裁しながら、なんで私がこの案件を始末しなければならないんだ、と事案処理に不服を唱えながらつい出て来るのが例の言葉だ。
しかし、聖魔帝国の天使と悪魔を率いる組織が一緒くたにピラミッド型であると齟齬が出るのは明白――悪魔と天使という相反する性格の軍事勢力を一つの国家に纏めるのであれば明確に役割の分担をする必要があったのだ。
つまり、"政治"と"司法"に。
そして、政治を司るのが魔女王であった。尚、部下共は政治能力がない者が大多数で、現地の人間(亜種族含む)で行政組織を構築して国家運営を行っている。つまり、悪魔どもは内政に対してはほぼ無力だ。魔女王様頼みである。
魔女王陛下が政治判断能力ができる部下が欲しい。
仕事を少しは減らしたいと歎息してると、執務室に呼んでいた部下が来訪してきた。いちいち来訪を告げなくていい、ノックの返答も面倒――私の時間を一秒でも削るな。と命じてあるので部下たちはいきなりやって来る。
「失礼いたします。魔女王陛下」
「結構ルイン。呼ばれた理由は分かっているな?」
よって、挨拶も無しにいきなり本題が始まる。
ルインと呼ばれたのは妖精族のブラウニー、その上位種族のハイブラウニーの小人の男だ。魔女王の配下の中で数少ない優れた政治判断能力を持つ部下だ。
魔女王が外交政策の立案や重要な他国との外交折衝を一任できるほどの人材である。
「やはり神祖の妖精王の一件でございますか」
と、数ある聖魔帝国の重要事案を任されているにも関わらず即座に正答を答える。これができなければ魔女王の片腕は任せれられない。
「結構。上手くやれば森陽王を失脚させる事もできるだろう。それにこちらとしても敵対は避けたい、それに……」
「僭越ながら……魔女王陛下や天使王聖下と同じ"プレイヤー"の可能性がある」
魔女王は不敬にも言葉を遮りながら、正鵠を射ったルインに微笑で答えた。
そう、魔女王や天使王は元々はとあるMMORPGゲームのプレイヤーでしかない。プレイしていたゲームキャラクターの強さと能力でこの異世界にやって来たのだ。
そしてNPCの配下達を呼び出し、この世界で聖魔帝国を築き上げたのだ。ルインも悪魔や天使ではないがNPCの一人だ。
「それが私の最大の懸念だ。解ってるなルイン」
「お褒め頂き恐縮です」
と、ルインは腰を曲げ頭を下げる。その動作には優雅さがある。身長100cm足らずの小人だが、女性に騒がれるくらいには顔立ちも良い。
「では、人選だな。居るというなら探し出す必要がある。ロルムンドに先を越される前に尻尾くらいは掴みたい」
この問いに関してはルインは即答を避けた。主人は相手が自らと同格の可能性を考慮している。
その上で交渉能力、判断能力のある人材で、しかも神祖の妖精王に戦闘能力面でもある程度、対抗できる人材を欲していると瞬時に悟ったからだ。
聖魔帝国に於いて、戦闘力という点では魔女王と天使王に次ぐのは魔女王の直接の配下たるNPC、魔神王、妖魔王、悪魔王、堕天使。
そして天使王の直接の配下たるNPC、熾天使2人に智天使の長(熾天使クラス)、大天使……。
この者達は主人自らが創造した特別な存在だ。中でも魔女王と天使王お二人によって創造された"娘"というべき魔大公は主にもっとも近しい能力を持つ実力者だ。
しかし……今回の件で動かすには戦闘能力という点では合格でも交渉能力では些かの疑問が付き纏う。
大天使マンセマットのみはほぼ適任と言って良い人材なのだが……
「魔神将のアステラ閣下は如何でしょうか。戦闘能力という点では次席では有りますが」
「奴はダメだ。艦隊を率いてロクス教国の連中に対処させてある。休戦中だが小競り合いも有ると聞いてる。抑えに奴は必要だ。下手を打てば紛争が再燃しかねん。現地に精通して軍政もできる現場司令官を動かすのにはリスクがあるな。……後任が居るというなら話は別だが?」
「いえ、これは私の浅慮でした。ロクス教国は世界条約に参加する列強。再度、艦隊戦が行われる可能性が有るなら動かせません。しかし……そうなると…」
ルインはやや言い淀む。
おそらく大天使マンセマットは最善の人選なのだが、主人たる魔女王はそう思っていない事も理解しているからだ。NPC達の中では誰しもがマンセマットに信頼を置く。何せ創造した天使王が「できる男」として称え、「あの者なら一晩でやってくれる」と最大限の評価を下している。
実際、その実力と実績は諜報工作面に於いては絶大だ。戦闘能力では一線級に一歩劣るが天使王に「奇襲が成功すれば万が一、私に勝てる」と最大限の賛辞を送られている。はっきり言ってこれ以上ない人材なのだ。
「……では、マンセマット閣下は如何でしょうか。私には閣下以上の適任は居られないかと……」
「奴か……」
と、魔女王の優美な顔が露骨に嫌悪感を示した。
「しかし、奴には重要な案件をいくつか任せてる筈だ。諜報ネットワークの構築が済んでるのなら動かせない事もないだろうが……」
「問題はありません。現在、神祖の妖精王ほどの重要案件はないと断言できます。大天使マンセマット。あの方であれば陛下のご期待に必ずやお応えできるかと」
この際、ルインはマンセマットを全力で推す。
魔女王は優秀すぎるが故にマンセマットを警戒している節があるが、彼の忠誠心に揺るぎはない。
魔女王本人にではなく、正確には創造主たる天使王にマンセマットの忠誠が捧げられているが、二人が手を結び、伴侶となっている以上、裏切りの心配は皆無と言って良いのだ。
「……お前達がマンセマットに絶大な信頼を於いているのは解っている。実際やつは実績を上げている……今回の件も奴の構築した諜報網から仕入れた情報だな?」
「はい、その通りです。」
「なら、駄目だ。奴は使えん。例え能力的には最善でもだ」
「……恐れながら陛下。理由をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか」
「考え方が逆だな。奴ほど優秀な手駒を万が一にでも失うリスクを考えろ」
「……!」
と、ルインは盲点に気づかされた。
「奴を信頼するのは構わん。優秀な点も認めよう。……実際に奴は実績を上げ続けている。だが、次に失敗しないとは限らんぞ。今度の相手は誰だ? 私と同格と考えるべき相手だぞ」
「申し訳ございません。これは私の不明の至りです」
「お前達は奴を信頼しすぎている。私は奴を信用はしているが、信頼はしていない。明確な、その違いの判断だ。どう言われようとこの判断を覆す気はない」
「いえ、今回ばかりは重ねて私の判断ミスです。陛下の御思慮に異を唱える事などとてもできません」
ルインは完全に失念していたその可能性を問われて自らを恥じる。マンセマットへの絶大な信頼が、自らの判断能力を曇らせていたのだ。
「しかし……そうなると人選は如何いたしましょう。諜報部隊を送り込み当座は発見に努めますが」
「悪手だな。場合によっては、その場で交渉する事も考慮に入れればある程度、強い奴を送り込む必要がある。まず、私なら虫けら共を相手にせん」
ルインは口淀む。そうなると適任となる人材が思いつかないからだ。そのルインの様子に魔女王は口の端を吊り上げ、笑みを見せた。
「私なら心当りがある。適任の人材が一人いるぞ」
「それはどのような人材でしょうか。私では皆目見当も付きません」
「何、発想の転換だ。そもそも配下から選ぶ必要もあるまい。ではそちらに関しては任せて貰おう。……なんだ不服そうだな」
「いえ……」
ルインにはその人材に思いたる節がない。外交に勤しむ傍ら、聖魔帝国発展の為に世界中での人材の発掘とスカウトを任されているので、あらゆる人材に精通しているという自負がある。だと言うのにまるで思いつかないからだ。
「強いて挙げるなら太古森龍王の娘、あの御方でしょうか。陛下」
「……奴に交渉能力を期待するのは無理がある。国内にいるが、うちの国の為にそこまでせんだろう。天使王と仲は良いようだが」
在野、最強の人物でも協力を求める事ができる人材ではない……もはや、ルインにはお手上げだ。
「何、答え合わせはしてやる。それよりも、だ」
「はっ、重ね重ね申し訳ありません」
「最悪、神祖の妖精王が確実にこちらに敵対する可能性が出てきた場合だ。当然やるぞ。総力を挙げて、しかも全力で。天使王軍にも応援に来て貰う。熾天使アポリオンにも状況を通達しておけ」
「総力戦でしょうか。陛下」
「当然そうなる。可能であれば芽は早く潰しておくに限るからな」
そして、魔女王は既にそこまでこの事態を考慮に入れていた。利用できず、しかも敵対までされるようなら抹殺あるのみ。
例えそれが元は同じプレイヤーであってもまるで関係がない。自分達と同格であるなら尚更だ。
「まだ、奴がこの世界に来たばかりだと言うなら、自分の強さに"気づく前"に倒すのがベストだ。洒落にならんからな」
しかし……
伝承通り奴が既にこの世界に大昔に来ていた場合だ。そうなるとどうなるか解らないが……
「まぁ、なるようにしかならんだろ。最悪は世界の滅亡だ。大した問題じゃない」
極論、全世界の人間が死に絶えた所で自分達が生き残ればなんの痛痒もない。既にその可能性への準備を整えつつあり、もはやこの世界に必ずしもこだわる必要もなかった。
既にこの世界は、魔女王に取っては必要不可欠では無くなっていたのだ。
……汎ゆる生命に対して自己の都合のみ優先し、必要とあらば当然のように踏みにじる。
これが魔女王が絶対悪たる所以である。




