第十三話 妖精騎士アイギスさんと報復戦艦のお仕置き。と、花園城塞の秘密の封印(3)
目の前の、艦橋に繋がる通路を封鎖してたゲートが開いた瞬間。
わたしは背後に気配を感じて、振り向いた。
シルクハットに英国紳士風の衣装の若い男。
二十代くらいの誠実そうな優男って風の奴が、極自然な物腰でやって来るのよ。
そいつの気配の一切が人間のそれ。このわたし妖精騎士アイギスさんに危険性を想起させるのには充分よ。警戒して身構えるよ。なに、この醸しだされる強者感ってやつ。
この地獄と化した戦艦内で口許に微笑まで浮かべてる奴が只者のはずないんだし。
「おや、丁度良いタイミングでしたか。……失礼。お初に御目に掛かります。神祖の妖精王アイギス聖下。私、アモン・ベリト・バルバトスと申します。お見知り置き頂ければ幸いです」
と、シルクハットを取り頭を下げながら気障な挨拶をする悪霊紳士。わたしはアスタロッテを横目で見る。誰よ、コイツって、ね。
「あら、公爵。まさかお出でになるとは思いませんでしたわ。……呼んだ憶えが有りませんけど」
「はい。殿下。呼ばれた憶えは確かにございませんね。何分、急用でしたので先触れも出さず申し訳ない」
「……御用は当然お有りなんですよね。何かしら。良いお知らせだと嬉しいですわ」
とアスタロッテが言ってるけど口調の端々から白々しさが感じ取れるよ。本当にコイツが来るのは予定外なんだね。そして微かに不愉快って感じだね。
女の子のこういう機微、わたし解るぞぉ。
「いえ。悪い知らせです。ハイエルフの長老の一人が粛清されました。こちらが気づいて動きだす前には殺られていたようでして」
「……失態。公爵。言い含めていたでは有りませんか。おそらく裏切り者が居ると」
アスタロッテの不満気な言葉に公爵と言われたバルバトスは目を閉じて首を左右に振った。
「……殿下。裏切り者がだれか判らぬことには接触のしようも有りますまい。まさか、全員に裏切ってませんか? と聞いて周る訳にも参りませんし」
「マンセマットならやってのけたでしょうしに。不甲斐ありませんね、公爵。……それでわざわざ自分の木偶さを申し開きに来た訳ではないでしょうね。……あまつさえパーティー参加希望ですか」
「饗宴には参加したいので、手土産くらいは用意しておりますよ。では、細やかながら殿下の機嫌直しを。不信の種くらいは蒔いておきました。事の次第に先に気づけたのは僥倖でしたから」
「……公爵。大魚を逃すからと確実に小魚を狙いましたね? 堅実なのはよろしいんですけど。種からでは実を結ぶのに時間が掛かりましてよ」
「元々は種蒔きが狙いでは有りませんか。それに小魚も育ち次第でいずれは大魚に育ちますとも。……魔女王陛下も事を性急には動かしたくはないご様子。――アイギス聖下もおわしますれば、上々の仕儀かと」
話しの途中で真面目そうな青年の表情をわたしに向ける優男紳士風、悪霊系公爵。なにこの見た目と肩書が合わなすぎる奴は。情報量も多いな。
「てか、今回のことに関係してそうだけど……わたし話し付いて行けないよ。わたしが居るからなんだって?」
「では、ご説明させて……頂いても?」
と、バルバトス公爵が茶化してるのか真面目なのか分かりづらい物言いでアスタロッテに聞くの。
貴族のご令嬢って感じのアスタロッテがなんとも言えない表情で先を促した。仕方ないって感じで。
「つまり、今回どうしてデュヌージュペ殿下が核兵器まで充てがわれてこの地に来たのか、その種明かしですね。まさか、花園城塞の秘密を解き明かしに、という訳ではないのは聖下もお気づきになられてる筈」
「完全にデュヌーが嵌められてるよね。……その責任をハイエルフの長老に、ってこと?」
「いえ。事の次第が逆でした。発端はそのハイエルフの長老の方です。どうやら森陽王陛下に花園城塞の秘密を解き明かすよう進言したらしく……」
「…………? それがどうして殺されることに?」
「謀反の疑い有り。と、見做されたようですね。ただ、相手は流石に長老の一人。進言を無下にはできませんし、殺るにはそれなりに理由が要る……」
「それで馬鹿息子に核兵器満載戦艦とか与えて送りだして、核兵器撃たせてその責任を取らせるって理屈通らなさ過ぎない? 他の長老それで納得するかなぁ、普通」
「その理屈を通らせる為に森陽王も抜け目なく、工作を諸事万端整えていたという事です。デュヌージュペ殿下が勝手に兵まで募って古代の禁忌の戦艦まで持ち出すまでを……そのハイエルフの長老ベルンベストの責任に擦りつけれるようにですね」
「……芸術を見てるような気がする。むしろ良くやれたね、それを」
「まさか、森陽王がそこまでやるとは誰も思いませんから。しかも寄りによってデュヌーにです。ことを成すなら大胆に、とは申しますがここまでやるとコレを森陽王の陰謀だ。とは誰も考えにくい。まさしくアイギス聖下がそう思われたように」
確かに妖精の国の王さまが、裏切り者のハイエルフの長老始末する為に馬鹿王子に核兵器付き戦艦与えて核兵器をぶっ放させましたとか話がぶっ飛び過ぎだよねー。良く考えたら誰が信じるんだ、こんな話。
「デュヌーの馬鹿が勝手にやって、それを長老にそそのかされた。と言った方が納得しやすいのね。あの馬鹿なら長老が言ったこと以上のこともしそうだとか」
「ベルンベストの長老も、まさかデュヌーに任せっきりと言う訳ではないが、奴を出して来ることに疑問には思ったでしょうな」
アスタロッテが公爵とわたしの話しを聞いて、その目を不穏な感じに細めた。
「そして疑問に思ってる内に殺られたのですね。しかもベルンベストの長老が黒幕とは……失態ですよ公爵」
「むしろ、こちらが気づいた瞬間には手の打ちようが有りません。辛うじて今回の件の次第を他の長老に先に漏らすのが精一杯ですとも。アイギス聖下もそうお考えになられませんか? ちなみに命を受けたのは戦艦が確認されてからですよ」
「時間が無かったのは理解できる……てか、裏切り者探してるとか聖魔帝国もやることやってんじゃん」
「諜報工作も外交の一部ですよ、アイギスさま。今回は、公爵がしくじったおかげで暴虐非道な森陽王の陰謀を暴く手がなくなってしまいましたし」
「まったくです。森陽王の行為は、天使王聖下に楯突くが如き傍若無人、冷酷非情の行いです。我が身の非才を恨みますとも正義の行いのその一助すら成せぬとは。その点については叱責を受けても致し方ありますまい」
おっと。悪霊達がなにか良いこと言ってる感じになってるぞ。騙されねぇぞ、このアイギスさんはよぉ。悪魔を信じるほど馬鹿じゃねぇぞ。
「もしかしてさ……核兵器ぶっ放して来たの聖魔帝国の責じゃないの?」
「まさか。我らが核兵器を撃つよう唆したと、そうアイギス聖下は我らを疑われておいでに?」
「……いや、そこまでは。ただ、核兵器撃たれたら、聖魔帝国の責任にされそうとか言ってなかったっけ、アスタロッテが」
「ええ。核兵器満載のこの戦艦出して来たのは、聖魔帝国が干渉して来る可能性があるからなのは否定できない事実ですね」
「やっぱり廻り廻ってオマエらの責かよぉ……」
存在そのものが大迷惑な奴らっぽいな。
コイツらを信用しちゃならねぇ。結局、国同士の諍いで、罪のない人達が被害者になってるよね。
やったのはデュヌーの馬鹿やろうなのは変わりなさそうだけど。
ただ、悪魔の公爵の野郎が何かに気づいたように急に納得顔になるの。
「なるほど。つい、我らの本懐を遂げてしまったと……悪を行い、人々の善性を試すのが我ら悪霊の存在理由……最悪の形で結果を出してしまったのか」
「いけませんわ。お父さまに怒られそうです。何もしてないのにお仕事してしまって」
「悪魔だわー。この話しをそれとなくデュヌーの野郎に聴かせてる点も含めて、な」
と、わたしは気配に気づいて通路の一角に視線を移す。この戦艦、監視カメラとかないけど魔法で艦内の様子見れるんだよね。わたしが端末で艦内の様子を自由な角度から見れてたし。
「聴こえてるか、デュヌー。貴様が死ぬ理由を最後に教えてもらえて良かったな。おまえのクソな人生の締め括りにしては極上だろうよ」
返事は……ない。が、見られてるのは確かだな。
生き意地の汚いやつだ。自決なんぞはしてないとは思ったぜ。
「では、私はこの辺で。伯爵に、今晩の饗宴について相談したいことも有りますので」
「あら、伯爵に任せて於けば最高の出来のものをアイギスさまにご用意して下さるのに。……何か変わった事を為さるおつもりですか公爵は」
「いえ、むしろ。余り我々が出しゃばり過ぎては妖精の方々にご迷惑かと。やはり主役は神祖の妖精王聖下であられますれば。それに、相応しい饗宴と言うものもありましょうし」
「ああ、なるほど。……わざわざその為に。ご苦労さまです、公爵。バアル・ゼブル伯には良しなに。と伝えておいて下さいね」
アイギスさんがコレから決戦だ。って時に泡々と段取りしないでくれるかな。デュヌーとの戦いが消化試合みたいによぉ。しかも、オマエらの趣味に突き合わされるの確定かよぉ。
「では、アイギスさま。お待たせ致しました。参りましょうか」
「オーケー。ブチ殺しに行くぜ。テンション上げてなぁ! 悪霊どもに可愛いがられるかはオマエ次第だぜ」
どうせ奴を見たらプッツンだぜ。その上で悪霊どもと悪妖精コラボ作品見せられるとか最悪以外の何物でねえ。地獄に落としてやるよ、オマエがメインディッシュだ。デュヌー!




