幕間その一 妖精騎士アイギスさんと異世界事情
魔法都市国家ロルムンド。
二つの大陸間の小島にあるこの都市国家は"人類守護の最後の砦"とも呼ばれる。
現状この世界では世界の国々や文明が、滅亡する要因が枚挙に暇がないほどある。
それらの要因を分析し、状況次第では介入。世界平和と守護を目的にした、国家運営を行う組織。それがロルムンドであった。
私、ミシェル・ハーヴェイは妖精族の国から監察官としてこの国に派遣されて来たエルフだ。
本来の私の仕事はこの監察官の職名が示す通り、この魔法都市国家ロルムンドの活動が条約に抵触しないか、監視することを職務とする。
が、現状そちらの職務は放り出しており、むしろロルムンド側に協力しての、世界情勢の分析、その対処法に対してのアナリストとしての仕事に専念していた。
しかし……知れば、知るほど現在の世界情勢は対処が困難な事柄ばかりで絶望的になって来る。
様々な理由で世界全体の文明が滅亡する確率は低下してるのだが……
「駄目だ。やはり聖魔帝国の活動が世界情勢に影響を与えすぎている。完全にこちらを手玉に取ってるな、魔女王め」
目下、最大の懸念事項がこの聖魔帝国問題だ。この国が出来てから、この世界の滅亡確率はむしろ低下した。しかし、一時的に、である。
聖魔帝国は異世界からやって来た、天使たちの創造主たる"天使王"と悪魔たちの創造主たる"魔女王"が建国した国だ。
建国当初こそついに世界の滅亡かと恐れられたが、以外にも連中は周辺国を一部侵略しただけで、平和的外交による世界列強勢力との共存の道を模索して来たのだ。
が、今となってはその外交政策が罠だったと思うしかない。
そもそも世界全体と戦っても勝てるような軍事勢力が、こちらの要求を鵜呑みにするような条約を締結しようとした段階で、もっと警戒すべきだったのだ。
星間航行能力持つ艦隊を保有する天使と悪魔の軍勢なぞ冗談にもほどがある連中を、だ。
「悪魔の女王など信じたのが馬鹿だったという事だな。クソっ。初期交渉に出てきたのが天使だったから天使王が手綱を握ってるのかと思わされていた」
何より、悪魔や天使と云った存在が、こんな現実的な方法で世界を侵略して来るとは誰も思わなかったのだ。
つまり……世界全体に対しての、産業復興による工業技術と資本主義による経済侵略を。
この事態は当時、私は一応懸念はしていたのだ。
しかし…
「まさか、魔法技術を使わないで、工業化による近代化文明を構築できるなんて思わないだろう……」
この世界の歴史上、確認できるかぎり二度ほど技術躍進による全世界的な近代文明社会が築かれた事がある。そのどちらの文明も魔法技術を基礎とする文明であった。
しかし……そのどちらの文明も社会の不公正や種族格差などの問題を解決できなかった。
両文明とも人間種が支配的な文明であった。
その為、過去の魔法文明崩壊後のこの世界では、種族間の均衡を保つ為、魔法技術の拡散を禁止。
列強勢力による世界条約で国際平和を保っていたのだ。
そして当然のように聖魔帝国はこの条約に参加する。参加した上で……
奴らは魔法技術を使わない"化学技術"で工業製品を大量生産し始めたのだ。国内に鉄道網を整備し、機関車を走らせ、石油で動く自動車を大量生産しモータリゼーションを達成。
資本の蓄積により投資がなされ、各地に次々に生産工場が作られていく。その工場で作られた生産品が自国内のみならず他国にまで輸出され始めた。
今や奴らの首都では高層ビル群が立ち並び、かつての近代国家を彷彿とさせる状況になりつつある。
しかも奴らはそれをこの世界に来てから20年足らずでやり遂げてしまっていたのだ。
「機関車を石炭で動かしたり、石油で自動車動かしたり……核融合炉……こいつは条約違反じゃないのか? 電気で動く映像を受信する箱……? 電波を変換するやつか」
聖魔帝国の工業生産品の一覧は私に取って未知のものばかりだ。資料には一応稼働原理が載っており、読めば理解できるが……
「こんな物を未だ中世時代の後進国にばら撒き続ければ確実に技術が流出する。当然、連中はその結果を考慮した上でやってる。目的はなんだ?」
経済的な権益を得始めてるのは確実だ。しかし、その先が読めない。この状況を続ければ、かつての魔法文明の歴史をなぞり、国家間での経済格差が広がり、地域戦争が頻発しかねない。
その状況を利用した上での経済支配。現状ではそれが聖魔帝国の目的と考えるのがもっとも妥当だが…
「しかし、果たして魔女王がそんな解り易い手を打って来るか……? 確実にこの状況を良しとしない列強国と衝突するぞ」
既にここまでの状況が出来上がってしまっているので、魔法文明時代の技術遺産を継承する列強諸国も危機感を持ってる筈だ。
聖魔帝国は核兵器すら魔法技術に頼らずに生産してしまった。つまり化学技術のみでもある程度、魔法技術に対抗できる事を示したのた。
はっきり言って頭痛がするレベルで頭が痛い。
後進国の地域戦争だけならともかく列強諸国との衝突は世界滅亡危機に直結しかねない。
核戦争ではこの世界は滅びないが、追い込まれた列強がこの世界に"神"を召喚する事態になれば、神話の時代の"神々の戦い"の再来になりかねない。
それこそもっともロルムンドが懸念する世界滅亡危機だ。どうなるかわからんぞ。
「ハーヴェイ監察官。情報局のベクスター・スワローズです」
「空いてる。入っても構わない」
執務室の扉を開いて、入室して来たのは世界各地で入手した情報を私に届けてくれるロルムンド情報局の若い士官だ。ベクスターはいつもより固い表情で書類を私に手渡した。
「ハーヴェイ監察官。樹木妖精のアーパ・アーバ翁をご存じでしょうか?」
「ああ、知っている。若い頃に会った事もあるぞ。何せ妖精族では世界最古の人物だからな。気難しい方だったが私には良くしてくれたよ。アーパ・アーバ翁がどうかしたのか?」
「……大変申し合げにくいのですが……お亡くなりになりました」
「馬鹿なっ!」
私は立ち上がって、自分で思う以上に声を張り上げた。アーパ・アーバ翁は生きる伝説だ。森司祭の私にしてみれば信仰対象のような存在だったのだ。
「齢十万年以上の太古の存在だぞ! 誰が倒せる。太古の真龍とさえ戦える存在を」
「……ですが情報局で死亡を確認してます」
「……ッ……!」
私は書類を乱暴に開くと報告書に目を通した。案の上その内容はアーパ・アーバ翁の遺体の調査報告書だった。
「……一撃だと。誰がやったかは分からないのか」
「報告書の通りです。過去視の魔法や追跡魔法の類は全て通用しなかったようです。……状況的には天使王や魔女王が降臨した時と似た状況です」
「連中か?」
「いえ、おそらく考えづらいかと」
そして、ベクスターはもう一つの報告書類を私に手渡した。私はその書類にも一通り目を通す。今度は比較的冷静に居られたが……
「こんな馬鹿な話しがあるか……いや、クソっ」
「アーパ・アーバ翁の遺言かと思われます。星幽界に帰る際、妖精族に向けて発した言葉かと。現地の情報員が偶然、通信機で傍受したものです」
そこに書かれていた内容に私は再度目を通す。
『――子らよ。我ら…子らよ。神祖にし…真祖の妖精王が、我らの王が御戻りな…れた。幻想より出で虚無の…が……も……樹……言祝』
「…………」
「ミシェル・ハーヴェイ監察官。現地では"因果律は捻じ曲げられて"いました。状況的には神話的存在の関与が疑われます」
「言われなくても分かっている。今すぐにこの情報を第一級の機密情報に指定しろ」
「お言葉ですが、監察官にはその権限はありませんが……」
私はベクスターを睨みつける。この士官は真面目で冗談をあまり言う男ではないが生真面目すぎるのも勘に障るものだ。
「だったら何故この情報を私に渡したんだ? 手続なぞどうとでもできるだろ。それよりもこの情報が魔女王に渡る方が不味い……」
「やはり利用してきますか……しかし、森陽王陛下には如何いたします?」
「わざわざそれを確認しに来たのか。勿論、口外できん。陛下にもだ」
とてもではないが報告できない。
神祖の妖精王は、妖精族にしてみれば創造主に等しいのだ。
神に信仰心を抱く人間が、その神を目にして反旗を翻すことができるだろうか。それと同じ事である。場合に依っては妖精族同士での内紛状態になりかねないほどの危険性があるのだ。
「了解です。手続きに関しては私の一存でなんとかしましょう。しかし、第一級に指定すると肝心の調査を進めるにも支障をきたしますが」
「だろうな。私が直接出向く。隠蔽工作を頼む」
この言葉にベクスターは頬を引きつらせる。
「ちょ、直接ですか……魔女王陛下と合間見えた方は違いますね」
「奴にビビる人間には無理だろうな」
この言葉にベクスターは両手を上げて降参の意を示すとさっさと自分の仕事に戻った。魔女王に陛下の敬称をつける男など軟弱者だ。
「しかし……私も魔女王と会うのは勘弁して欲しいが……神祖の妖精王か」
一体どんな存在なのか……伝承では太古、この世界を救う為に召喚され、配下の裏切りにより星幽界の彼方へと去ったとされている。
私たち、妖精族や精霊という存在の根源存在。
そんな存在が居たとして今の妖精達の現状を見ればどう思うか……
人間達のようにいがみ合う事はないが積極的には世界に関わろうとはしない。
我が国のハイエルフを気取って役立たずの老人連中なぞ八つ裂きにされても文句は言えんな。
「最悪、魔女王や天使王と争わせる方法を考えねばならないか……」
戦わせるなら、それが最善。しかし、おそらくあの魔女王も同じ事を考えてくる。私たち妖精人の王、森陽王とぶつける方法を。
「居るならさっさと見つけないと話しにならん。せめて話し合いができる存在だと願うしかないな」
私は不敬にもそう覚悟するとさっさと旅路の準備に取り掛かった。考えても仕方ない。
全ては神祖の妖精王次第だ。
しかし、頭痛薬だけは持っていこうと決めていた。
天使王(幼女)「フフフっ。わたし達の国には全てがある。スーパーマーケット、映画館、銭湯、郵便局、そしてコンビ二。雜誌や漫画ももちろんある」
魔女王(美女)「漫画雜誌を売る為にコンビ二を作るという逆転の発想ができるのは天使王だけだ」




