表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅰ章 二つの故郷
8/48

第7話 この世界




なぜ神官ともあろう自分が、いたいけな少女に口づけをしてしまったのか…。

しかもだ。少女は眠っていた。

あぁ…寝込みを襲うなんて……自分はケダモノだ。


神に仕える神官は、その神聖さゆえに多くの規律や制約、禁忌の中で日々を生活している。それを順守することで己をより高みへと極めていくのだ。(ちなみに男性のみ神官になれる)

例えば、『酒を飲んではならない』―――→酒に溺れ道を踏み外すな。

『その手を血で穢してはならない』―――→神の言葉を伝え人々を導くものが、人を殺めるなど言語道断!

といったように、他にも色々とある。

そして…

『神にその清らかたる身を奉げる』ともあるのだ。

これは解釈の仕方によっては、生贄!?とも捉えることができるが、実際には“ある行為”を何重にもオブラートで包んだ言葉である。それを簡単に言ってしまえば…情事を重ねてはいけないということである。つまりは、女性と肉体関係を持ってはならない、ということを美しい言葉で表現しているのである。

女性に溺れ欲することなく、日々を清廉に生きよ!というものだ。

したがって、神官たちは皆俗に言う………「童貞」である。

またそれを破ったものは、破門というかたちで追放される。しかし「愛する女性ができた。結婚したい!」といったときは、神官の職を辞するというかたちをとる。そのことに関する、お咎めなどはなく自由に生きることができる。つまり神官という職に就いている限りは、その行為は認められないということだ。


だのにだ…。


なぜ。なぜあの時…。

眠る少女に、口づけなどという行為をしてしまったのか。


あぁ…。

日々清廉に生きる神官たる私が…。これでは、“あの男”と一緒ではないか。



口づけをしたら、目を覚ました少女。

一瞬「ばれた!」と、どきりとしてしまったが、本人はまだ眠りの中にいるのかとろんとした目をしていた。

罪悪感に苛まれながらも「ばれていない…?」と卑怯にも安堵した瞬間、ほっそりとした腕に抱きつかれてしまった。

「!」

ルシカの肩口に顔を埋める少女。漆黒の髪からほのかに匂い立つ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

その香りに酔いしれつつ突然のことに固まっていると、耳元で甘く囁かれてしまった。

…名を聞かれた。

私の…名だろうか?しかし、いやきっと少女はまだ夢の中にいるのだろう。その続きを―――しているのだろうと思われた。では、いったい誰にしているのか…。そう思うと微かに胸がざわついた。


―――永遠にも感じられる時間。実際には、数分だろうか。しばらくすると夢と現がはっきりしだしたのか、それとも返答がないことに焦れたのか…少女はようやく腕を緩め、ルシカの顔を正面に捉えた。


………。


無言。

思わず吸い込まれそうになるほどの漆黒色の瞳は、先ほどのような夢の住人の目ではなかった。

しっかりとルシカを見据え、懸命に事態を把握しようとしているそれであった。


………。


無言。

ルシカと少女は、互いに見つめあった。


そして、ようやく少女はその美しい薔薇色の唇を動かし「…はちみつ色の目」と小さな声でぽつりとこぼした。


蜂蜜色の目。そう、ルシカの瞳の色はとろんとした蜂蜜色なのだ。

光の加減によっては、光り輝く金色の瞳にも見える。

そのため、夢の中に出てきた金色の目の人と、現で目の前にいたルシカの蜂蜜色の目を間違えてしまったのだ。

そうと理解すると少女は焦ったように、ルシカに絡みついていた腕を解き「ええと…。あのぅ…」と何事かを言おうとするが何と言って良いかわからないという顔をした。

ちなみに顔はりんごのように真っ赤だった。


ルシカは意外にも顔を赤らめる初心な反応を見て思わず笑みをこぼしそうになったが、なんとか顔を引き締め神官然りといった顔を作った。

「…少々お待ちください。説明は全て私の上官である者がいたします。…不安かとは思いますが、今呼んできますのでもう暫しお待ちください」

フッ。と安心させるように、やわらかい微笑みを少女に向けた。


もし、このルシカの表情を貴族のご令嬢方が見たなら、卒倒しただろう。

なぜならルシカは、やわらかな目元にとろける蜂蜜色の瞳に、甘く端正な顔立ちで、高い身長に細身ではあるが程よく筋肉のついたしなやかな身体をしていた。さらに物腰柔らかで誠実な人柄とくれば…文句のつけようもなかった。しかし当の本人には、全くその自覚が無いのだった…神官であればしょうがないのかもしれないが…。


安心させるように向けた頬笑みは普通であれば卒倒ものであったが(ルシカはその破壊力には気付いてません)、少女もさることながら、その微笑みに対して何の反応も見せなかった。ただ「…あ。…はい」と不安げに瞳を揺らしすのだった。


ルシカはすらりと立ちあがり、少女を残して部屋を立ち去った。

本当は何も説明せずに、混乱もしているだろう少女を一人残していくことに不安を感じたが、トトゥロ大神官長の命ならばしかたがない。『ルシカは何も説明はしてはいけない』と言われている。そして起きたら知らせに来るようにと…だけ。

少女に何を伝え、伝えないのかはトトゥロ大神官長が決めるのだというのだから…自分は余計なことを言ってはいけない。




バタンッ。

扉を閉じ、軽く溜息をつく。

そして少女に出会ってからの自分の行動を振り返り、自己嫌悪に陥るのだった。


まるで、ケダモノだ…と。


はぁ…もう一度溜息をつき、トトゥロ大神官長のもとへと足取り重く向かうのだった。





少女は灰色の髪に蜂蜜色の目をした優しそうな青年が出て行った扉をしばらく見つめていた。

この少女、いやこの女性は何を隠そう、乙である。

少女と思われてはいるが、乙は立派な21歳の成人女性である。しかし今現在、日本人特有の童顔さから14、15歳の少女に見られていた。

乙の年齢が発覚するのは、もう少し先のことであった…。



…なんだかとんでもないことを彼にしでかしてしまった気がする…。

はぁ…。と、乙は溜息をつき「まずは落ち着け!」と自分に言い聞かせた。


そして周囲を見回し改めて思う。ここはどこ?


あの青年の顔立ちは日本人ではないし、服装もいつの時代の人なのか…理解に苦しんだ。そしてこの部屋も、随分と贅沢な造りをしていることに気付いた。わからないことだらけだが、まずは自分の記憶を整理することにした。ちなみに今の自分の服装はあの時のままだった。


えぇと。昨日は…仏像展にいった。よし、憶えてる。それで公園に行ってサンドウィッチを食べて…植物と話していたらいつの間にか夕方で。家に帰ろうと思ったら…思ったら…?

神社の裏手の森が、ざわめいていて…。


ごくっと唾を飲み込んだ。


これ以上思い出すのが、怖くなった。…なぜ?あぁでも、思い出さないと…。

ふぅ。と呼吸を整える。


…そう。ざわめいていて、誘われるように―――入っちゃたんだ。奥へ。それで、見つけた。巨大な光り輝く木を。そうだ…それで思わず触ろうとしたら…

―――人がいた。光り輝く人が!!!

そう。で、抱きついたんだ、私…そしたら、眠くなって………

気が付いたらここにいたんだ。


はぁ…と大きな溜息をつく。結局、なぜここにいるのかはわからない。唯一、原因としてあげられるのは…あの光の中の人だろうか?今考えると常識を超える、摩訶不思議な出来事だった。

う―ん。と考え込んでいるとノック音が聞こえた。


「はい」返事をすると、品の良い60代くらいだろうか?老人が一人姿を見せた。ちなみに先ほどの青年はいなかった。


老人はベッドの傍まできて、近くにあった椅子に腰かける。そのゆったりとした上品な仕草に、乙の警戒心は自然と薄れた。

おもむろに、そして優しく話し出す。

「ご気分はいかがですかな。」

「…はい。大丈夫です」

「それは上々。さて、色々と聞きたいことがあると思いますがな。まずはわしの話を聞いていただきたい」

「………はい」

老人は微笑むように、目をやわらかく細めた。

彼の瞳の色は曇天を思わせる灰色で、髪の色も同じ灰色であった。前髪は後ろに撫でつけられており秀でた額には銀のサークレットが光輝いていた。そういえば、あの青年の髪色も灰色だったなと思い出しながら、老人の言葉を聞いた。



彼が言うには…

この世界はリリーネルシアといい、至高神ホロが創りだした世界なのだという。異世界???そしてここは、ワーグナー国にある中央神殿の客間であること。目の前にいる老人は、その中央神殿の神官でトトゥロという名で、ここの神官の長らしい…。そして、私は昨晩突然この世界に舞い降りたのだという。木を媒介?としてやってきたのだと。う―ん。確かに、私は光る木を触ろうとしたらここにいたし…あの木が媒介?というものなのかな。そしてさらに驚くべきことに、私はこの世界の至高神ホロの愛し子なのだという…。どういうことなのか。ぶっ飛び過ぎて頭が痛くなった。


今だに納得はできないし聞きたいことも沢山あったが、先ほどからずっと気になっていたことを尋ねた―――言葉について。なぜだか彼の話は聞き取れるし、私の言葉も彼は理解できているようなのだが…彼の話す口の形をみると、どうしても日本語を話しているようには思えなかった。

この摩訶不思議な現状について問うと、彼はあっさり「そのことですか」と、特に驚く様子もなく丁寧に話してくれた。


それは、あなたが「神語(しんご)」を話しているからです。


「神語」…?とは…?

彼は簡単な例え話を交えて、話してくれた。

簡単に言うと、私の話す言葉は誰にでも通じて、どの言葉も聞き取ることができる耳を持っているのだという。つまりは、(地球風に言うと)アメリカ人とフランス人とイタリア人の3人に同時に私が話しかけても、3人に正確に通じるし、彼らが話す英語も仏語も伊語も聞き取ることができるのだという…。

俄かには信じられなかった。

がしかし、それについては思い当たる節があった。


…そう。

私は“意識”をすれば、植物や動物と会話ができるのだ。今も彼の話を“意識”しながら聞いているし、もしかしてこのことが…その言葉が「神語」なのではと―――

そしてその推理は正しかったようで、神の愛し子だからこそ…なのだという。


今、乙の頭の中はパンク寸前だった。一度にこんな不思議な話をされて、信じられるはずがなかった。

苦しそうに顔を歪めた乙に、トトゥロは穏やかに言う。

「全てを一遍に理解する必要はないんじゃよ。時間をかけて…な」と。


おぉ!と何かを思い出したのか声をあげた。

何事かと見やれば、彼はやわらかい笑みを乙に向けて言った。

「わしとしたことが、失念しておった。名を、そなたの名を聞いておらなんだ。お聞かせ願えるかの」


―――そういえば…。

乙も今更ながら気付いた。彼は最初の段階で名乗ってくれたのに…失礼だったかな?と思いながら、無意識のうちに背筋を伸ばした。


「私の名前は、速水(きのと)です。速水が姓で、乙が名です」

はっきりと乙は言う。

その凛とした涼やかな声は部屋に響いた。


漆黒に輝く瞳が、奥底でキラッと強く煌めいたことにトトゥロは気付いた。


あぁ…強い光を感じる。


きっと―――きっとこの少女は、真っ直ぐに己の道を歩んでいくのだろう。

確信にも似た思いがしたのだった。


きっと大丈夫だと。






ルシカの言う”あの男”とは・・・?

はい。男その2ですね!もう少し先で出てきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ