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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅰ章 二つの故郷
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第6話 目覚め




あたたかい…


私を抱く優しい腕。

あなたの胸に抱かれる。

私の体はあなたととろける。

もう離れたくない。

あなたと、ずっとずっとずう―とずっと。

一緒にいたい…。

そういえば、あなたの名前はなあに?

私の名前は、『きのと』だよ。『はやみきのと』っていうんだよ。


光に包まれている。

あなたから溢れだす光に包まれている。


ねぇ…。

私は顔をあげてあなたを見る。

そこには優しいやさしい…光を集めたように輝く金色の瞳が―――



◆◆◆



朝。

やわらかい光が部屋を包み込む。開いている窓からは爽やかな風が吹き、白いレースのカーテンを揺らしている。

ここは、ワーグナー国中央神殿の客間の一室である。

全体的に白を基調とした落ち着きのある部屋である。決して華美過ぎず、しかしとてもセンスの良い調度品が置かれており、洗練された部屋である。

今ベッドには、この客間の主人である少女が眠っている。

昨晩突然この世界に舞い降りた少女である。

そしてこの部屋にはもう一人若い男性がいた。

先ほど部屋に入り、少女の様子を見に来たのだ。

すると彼は溜息を小さく落とし、今だに眠っている少女を見て昨晩のことを思い出すのだった。





昨晩。

ざわざわと胸騒ぎがした。

あぁ。これは何だろうか…。

ベッドに入ったはいいが寝るに寝られず、しかたなくベッドから這い出て、ぐるぐると部屋を歩き回っていた。

少しでもこの胸のざわめきが晴れるようにと…。

しかし晴れるどころか、逆に時間が経つごとに酷くなっていくようだった。

これは、トトゥロ大神官長のもとに行くべきか…と思い、手早く夜着から神官としての装いである白いローブへと着がえ、彼の人のもとへと急いだ。


月の光に反射する大理石の廊下を走りあともう少しで部屋に着く、と思った瞬間………

「―――っ!!!」

押しつぶされるような感覚を味わい、彼は思わず廊下に片膝をついた。


いったい…今のは!?


はぁ、はぁ、はぁっ。と肩で荒い呼吸を繰り返しややあって気付く。

先ほど感じた感覚はほんの一瞬のことだったのだと。

今は全く感じない…。その不可思議さに、思わず眉間にしわを寄せる。

そして、くっ…!と唇をかみしめ立ち上がりトトゥロ大神官長の部屋ではなく“ある場所”を目指した。


きっとあそこから…あの場所から感じるのだ!!!


確信を持って急いでその場所へ向けて走り出す。

そう、「奥の間」へ。



走る走る走る。



重厚な扉が前方に見えた。厳重な封がされているあの扉。トトゥロ大神官長の許可が無ければ開けることの叶わない扉。それが今うっすらと―――開いている!!!

ダンッッ。と体当たりするように扉に突っ込む。


「!!!」


驚愕に目を見開く。これは一体……。


彼は、この「奥の間」にあるモノを以前に見たことがあった。

“休み木”を。

しかし、目の前にあるそれを“休み木”と言っていいのだろうか。今彼の目の前にあるのは、全くの別物であった。

…困惑。

それもそのはず、普段は葉が一枚も無い、ただの白色の木なのだから。何の力さえ感じない、本当にただの木。けれど、今あるのは淡い光を微かに発しているそれであった。少しだが神気さえも感じる。

しかし、本当に彼を驚かせたものは“休み木”ではない。

絡みつくように枝がとらえている―――少女(ひと)であった。


その少女から目を離すことができない。囚われる。あぁ…。


少女の肌はとても白く、遠目から見ても白磁の陶器のごとくすべらかであることがわかる。今は“休み木”から発せられる淡い光に包まれて、珠のように肌が光り輝いている。

それとは対照的に、まるで夜闇を切り取ったかような長い漆黒の髪が枝に散っている。

漆黒…。この世界では珍しい髪色。いや、この世界リリーネルシアにはその色彩を身に宿した者は一人もいない。なぜなら、その色彩は至高神ホロの色彩であるからだ。だから、人である身にその高貴なる色が現れることはない。しかしそれを知る者は少なく、今では神官のみが知る事実ではあるが…。


ぼぅ…と見惚れていた彼を、現実に引き返したのは他でもない、トトゥロ大神官長である。

扉を開けてそのまま固まってしまったルシカへ振り返り、優しく語りかける。

「…ルシカ。ルシカよ。今は何も言うな。わしもはっきりとは分かっておらぬでな。…確認が必要じゃ。確固たるな…。」

重々しい言葉にルシカは我に返る。そして窺うようにトトゥロ大神官長を見て、口から出かかった言葉を呑みこむ。本当は聞きたいことはたくさんあったが、あまりの眼光の鋭さに口を噤んでしまった。

そんな彼の様子を見て「…よろしい。彼の人を、まずは客間へ」と言いルシカを中へと促す。

…わかりました。とルシカは小さく頷き“休み木”へと歩みよる。

そして木の上部で枝に絡みつかれている少女を見上げ、腕を持ち上げる。すると木はそのことを理解したのか、ミシミシと音を立てながら少女を絡め、枝をルシカへと伸ばす。壊れ者を扱うように優しくとても優しく、少女を手渡した。

すると枝は役目を終えたのか一瞬ののちに元の姿へと戻ってしまった。

…ただの木へと。

だからもう枝は蠢いてもおらず、淡く光ってもいなかった。


すっ、と腕に抱く少女を見下ろす。

眠っている。



すぐ近くで見て改めて感じた。


―――美しい、と。






―――バサッ。白いレースのカーテンが風に煽られ、大きい音を立てた。

はっ、としてルシカは意識を戻す。

少女を見下ろしている若い男性は、ルシカであった。

朝方、トトゥロ大神官長からこの少女について聞かされたが、今だに信じられない。

この少女が至高神ホロの愛し子“漆黒の愛し子”であるということを―――。

そのように尊い存在が今ここに在るということに!


…なんと……稀有なる存在であることか―――…。

茫然と少女を見つめる。


すると引き寄せられるかようにルシカはベッドのそばまで歩み寄り、床に膝をつきまじまじと少女を見つめていた。



…美しいと、純粋に思うのだった。



白き肌に漆黒の髪。その対照的な色彩に目を奪われる。

そして美しい顔に咲く一輪の薔薇のごとき色の唇が何とも印象的で、閉じられている瞳の色は何色なのか早く見てみたいと思う。


神官である彼はその職業の特殊性ゆえか、人の美醜に関して特に何を思うこともなかった。また他の神官も同様に、そのような俗物的な考えはしないのが普通であった。

しかし、今彼は生れて初めて思った―――なんと美しいのかと。


少女を食い入るように見つめる。

まただ。目が離せない。


…無意識であった。

彼は吸い込まれるように少女に顔を近付ける。

ルシカの肩口で揃えられた灰色の髪がさらりと流れ、少女の漆黒の髪と混ざり合う。

さらに近付くと、浅い呼吸を繰り返す少女の吐息が自らの吐息と混ざり合う。

その甘美な刺激に身体が震え、思わず熱い吐息を吐きだした。

あぁ、なんて…―――

そして薔薇色の瑞々しい唇を真近に見て思う。

どんな味を…しているのかと…。


気が付けば―――口づけをしていた。


刹那、全身に痺れるような感覚が駆け巡る。

その唇は、思った以上に瑞々しく果実のようで、匂い立つような色香を感じた。


くッッ!とその刺激に耐える。

頭がくらくらする…なにも考えられなくなる。

ルシカは感じた、今まで一度だって感じたことのない“男”としての欲望を。

あぁ。もうこ…れ、以上は…。は…離れな…ければ―――でなければ…

“男”として貪り尽くしてしまう…

そんなことはあってはならない、いや今でさえ何ということをしているのか!!!

…深みにはまりそうな己を律し、ゆっくりと顔を上げる。


その瞬間、少女の長い漆黒の睫毛が震えゆっくりと瞼が開いた。

現れたのは髪と同じ漆黒の瞳だった。よく見ると瞳孔と虹彩が同じ色彩をしていたため、その境目が全く分からず思わず吸い込まれそうになる闇がその瞳に浮かんでいた。

突然少女が目を開けたので、ルシカは固まってしまった。だから今だに…顔が近い。


一方、少女はまだ夢の中にいるようなとろんとした目で、彼を見上げていた。

実際、少女は寝ぼけていた。



―――金色の瞳…?

―――あぁ…。答えてよ。私の名前は『きのと』だよ。

―――ねぇ。あなたの名前は…?



すると少女はルシカに向かって腕を伸ばし、その首に抱きついた。

「!」

驚いたルシカはビクッと体を震わせて、固まってしまった。そんな彼に追い打ちをかけるように、少女は彼の耳元で甘くそれは甘く囁いた。


「…てよ。…答えてよ。あなたの名前は―――?」





男その1はルシカでした。


そんなルシカは…思わず。

変態じゃないです!誤解してはだめです!

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