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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅲ章 転がる賽
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第1話 視線の意味

Ⅲ章に入りました。起承転結の”転”にあたり、物語が動き出します。



ルディアン国の王族が、ワーグナー国に留学に来る。


その大義は、大国であるワーグナー国の政治や文化を学ぶためという。

また、両国の和平を大々的に印象付けるため、という意味合いも深い。


よって、ルディアン国の王族――といっても、末席に連なるもの――が、留学に来る。


…はずだった。


しかし実際に訪れたのは、何と…ルディアン国で掌中の珠と秘されてきた、シド・ファーマシー・ルディアン、第二王子であった。


シド王子は、“精霊の加護”を受けた者として、世界中にその名を知られる人物だ。

しかしその実、シドの姿を見たことのある者は、あまりいなかった。

自国の国民でさえも、絵姿でしか見たことがない、という者がほとんどだった。


それほど、王宮の中で大切に大切に、育てられてきたのだ。



その王子が、かつての敵国に留学に来たと言うのだから、騒ぎにならないわけがない。


ワーグナー国の王宮は、その急な対応におわれた。

何せ、変更の連絡が全くなかったのだから…。



――いったい、何の冗談だ!

――何を考えているのだ?ルディアン国は!?

――どんな、裏が!?



様々な情報が、錯綜した。


だか、当の本人は「変更となった」の一言で、それ以上の説明はしなかったのだと言う。





乙はその話を、神官であるザックとデリーから聞いたのだ。

神殿でも、精霊の加護持ちが来たということで、騒ぎになっていると…。


その話を聞いて、乙は思わず駆け出した。


精霊の加護を持った人に会える――!!


その驚きで、神殿から王宮まで一目散に走ってきたのだ。




どこにいるかなんて、もちろんわからなかった。

けれど、王宮を正面から入ってくるとすれば…と考え、乙は二階の回廊に来ていた。

この回廊からなら、木々の隙間から見えるかもしれないと、思ったのだ。


全力疾走したために、乱れる息を整えながら、乙は目の前の木々を見つめた。


「みんな、お願いがあるの!」


…ナニ?

…ナニナニ?ドウシタノ?


木々がさわさわと揺れた。


「少し、枝を移動させてほしいの!」


…イイヨ。

…コウ?コンナカンジ?


「うん!ありがとう!」


乙は声を弾ませ、お礼を言った。

木々も役に立てたことが嬉しいようで、さわさわと葉を擦り合わせた。


乙のいる回廊からの視界が広くなった。


これで大丈夫と、満足げにうなずいて、回廊からシドを探した。



すると、王宮の正面から移動してくる集団があった。

それは乙の読み通り、シド王子の一行だった。


乙は回廊から身を乗り出すようにして、まじまじとその集団を見た。


すると、茶系の髪色の多い集団の中で、一際目立つ髪色の青年がいた。

…それは冴え冴えとした月の光を紡いだ様な、美しい銀色をしていた。


それこそ、シド・ファーマシー・ルディアンだった。




「…銀色の髪」


乙はその美しさに、ほぅ…と息をついて見惚れた。

それほど美しく、珍しい髪色だった。


その様子を、乙が食い入るように見つめていると、不意にシドが顔をあげこちらを見た。


「…え?」


それは、どちらの呟きだったのか。


遠く離れた2人。

その2人の視線が、吸い寄せられるようにからまった。


目を見開くシド。

だが、次の瞬間には何事もなかったかのように、顔を元に戻した。

そうして、一行とともに王宮に入っていったのだ。



「…ッ」


乙はいつの間にか詰めていた息を吐きだした。

ドクドクと、胸が早鐘を打っていた。


(どうしてこんなに…)


不自然な胸の音を、両手で閉じ込める様におさえつけた。




◆◆◆




次の日の夜。

シドの留学を歓迎するパティーが、王宮で開かれた。


乙も出席したかったかが、それは許されなかった。


神の愛し子である乙の存在は、まだ各国には知らされていないからだ。

…その時期ではないと。



乙はひどく落ち込み、早々に自室に引きこもったのだ。


…が、やはりどうしても気になってしまい、王宮の自室からこっそり抜け出し、広間に近い庭園にまでやってきてしまった。

だが、なぜ許されなかったのか、その意味はよくわかっているので、人に見つからないようにと庭園の端にいた。


その場所からでは、広間から漏れ出る光しか見ることはできなかったが…。



「…はぁ、何やってるんだろ」


乙は自身の行動に苦笑した。


無理をしてここまでやってきたのは良いが、シドの姿を垣間見ることもなく、かといってこれ以上庭園に入りこむ無謀さも持ち合わせていなくて…。


(…何がしたかったの?私…)



シドに感じる焦燥感。

精霊の加護を持っているという興味以上の何か。

視線があった瞬間に感じた何か。


それが一体何なのか知りたくて、ここまで来た。


…それなのに。


乙は力なく植え込みにしゃがみ込んだ。

瞳からあふれ出てくる涙を止めるように、膝頭にぎゅっと目を押し付けた。




どのくらいそうしていたか。

肌をなでる風が冷たくなってきた頃、乙はようやく身じろぎした。


そろそろ帰ろう、と思い顔をあげると――。



――カサカサ。



葉に服が擦れる音がした。


…誰かが近くにいるようだった。

乙は緊張で、身を固くした。


そして乙がしゃがみ込む植え込みが揺れたと思ったら、ザッ――と人が目の前に現れたのだ。


「…ッ!!」


息を飲む音が響いた。


からまりあう視線。

そして――、夜風に舞う銀色の髪。


「シ、ド…?」


吐息のように乙が言葉を紡ぐ。


それはまさに、乙が会いたいと願った、シド本人だった。




ザザッ――。


強い風が吹き抜けた。


すると2人は呪縛が解けた様に、目を瞬いた。


シドは、ハッと我に返ったように、眉間にしわを寄せた。

そして乙に近づき、おもむろに膝をついた。


ビクリと肩を震わる乙。

だがその様子を意に返さず、乙の白い頬に指を這わせる。


その柔らかさを楽しむように何度か往復させ、そっと顎に手をかける。


「…やッ」


突然のことに反応できないでいた乙だったが、顎を上向かされその手の危険に少し怯えた。

だが、シドはまじまじと乙の顔を見るだけで、それ以上何かをすることはなかった。


その視線は、何かを確かめる様なそんな色をしていた。

榛色の瞳は温かい色をしていた。




しばらくそうしていたが、やがてシドはフンッと鼻を鳴らした。


「…これがトトゥロの娘?どこが?」


「!」


乙は驚いた。

なぜ知っているのかと。


だがその疑問を問う前に、シドの纏う空気が変わった。


先ほどまで、温かい榛色の瞳をしていたのに、今は燃える様な憎悪の色に染まっていた。


「…ハッ!娘?誰の娘なんだか?」


シドは哄笑し、手に力を入れた。


「…い、痛!」


乙が声をあげた瞬間――。



「――何をしている!」



生垣を飛び越えるようにして現れたのは、クロウリィだった。


「くろう…」


力なく呟く乙。

その姿にクロウリィは、腰の剣に手をかけシドを威嚇した。


「貴様!」

「…」


シドは先ほどまで瞳に込めていた熱を一瞬のうちに霧散させた。

敵意も無く、興味もない様な、透明なガラスの様な雰囲気を纏った。


クロウリィはその様子に目を細めた。


「…何もしてはおりませんよ」


シドは抑揚なく言い、サッと身をひるがえし、クロウリィに背を向けるように広間の方へ歩いて行った。


「…チッ」


クロウリィは、その余裕な姿に悪態をついた。


2人とも、わかっていたのだ。

この場で騒ぎを起こすことが、できないことを。


騒ぎになれば、両国の関係にひびをいれてしまうからだ。



だからこそシドは、剣に手をかける相手に悠々と背を向けたのだ。


何もできないだろうと、挑発するように…。



クロウリィは苦々しく思いながら、シドを見送った。

そして、傍らで座り込む乙に視線を向けた。


「…大丈夫か?」


そう言って手を差し出すクロウリィ。


…久々に聞くクロウリィの声だった。


心配そうにこちらを見つめる碧い瞳は、やはり美しかった。

ぼんやりとクロウリィを見つめていた乙だったが、差し出されたその手を反射的に取ろうとした。


だが、どこからともなく甘ったるい香水の香りが漂ってきた。

乙はつけていない。

ではどこからか。


…クロウリィからだ。


「…ッ!」


その瞬間、クロウリィが女性の腰を抱く光景が目に浮かんだ。

顔を寄せ合い、甘く囁きあい。そして…。


乙は差し出した手をひっこめ、泣きそうな顔をして素早く立ちあがり、踵を返した。


「キノト!!」

「嫌!!」


反射的に乙を掴もうとしたクロウリィだったが、乙が鋭く拒絶の言葉を叫んだ。


「!」


ビクリとクロウリィの手が止まった。

そのすきに、乙は王宮へと走り去ってしまった。


漆黒の髪が揺れ、残像が目に焼きついた。


拒絶の言葉。

クロウリィは、どうすることもできずその場に立ち尽くした。




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