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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅱ章 暗闇から光へ
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閑話「君のためなら――」



月の光も星の光も届かぬ朔の夜。

夜の闇に溶け込みながら表れたのは、マースであった。


コンコンと窓を叩く音で乙はハッと顔をあげた。


「マース!」


嬉しそうに声をあげた乙に、マースは可笑しげに笑いながら口元に指をあて、「シー」と言った。

それを見て乙は慌てて口を噤んだ。


「…こんばんは、マース。今日はいつもより遅かったけど、何かあった?」

「うーん?別に何でもないよ。それより、こんばんはキノト、今日はお土産もあるよ」

「え?お土産?」


小声で話しながら、マースはピンクのリボンで包まれた、これまた可愛らしい包みを取りだした。


「ありがとう!開けてもいい?」

「もちろん、そんな高いもんじゃないからね?あんまり期待しないでよ」


マースは柄にもなく照れくさそうに言いながら、乙が包みを開けるのを横目で見た。

ピンク色の愛らしいリボンの包みから取り出されたのは、美しい銀細工でできた髪飾りだった。


「すごく、綺麗――」


ほう、と息をつきながら乙はその髪飾りに見入った。


繊細かつ複雑に装飾された銀細工は、幾重にも重ねられた花弁を模しており、その中央には月の雫と言われる、大変貴重な輝石が据えられていた。

この月の雫という輝石は、色は無色透明なのだが、その中に砂金がちりばめられており、特に月の光に反応しキラキラと輝くのだ。


残念ながら、今宵の夜空に月は浮かんでおらず、その輝石の美しさを十二分に発揮できていなかったが、その淡く輝く月の雫はそれだけでも大層美しかった。


また、マースは「高いもんじゃない」と言っていたが、実際は驚くほど高価なものだった。


「すごくきれいだよ。ありがとうマース」

「ん。どういたしまして。そうだ、せっかくだからつけてあげるよ」


マースは照れ隠しのためか、そう早口に言い、ずいっと手を差し出した。


「ええ?でも、なんだかもったいない気がするよ?」

「ククッ…。もったいないって、キノトにあげたんだからキノトが身につけないことの方が、もったいないんじゃないの?」

「…ん~。それもそうか、な?」


マースはにかむ様に笑う乙にそっと近づき、流れる様な漆黒の髪にその飾りを付けた。

その姿を見て、マースは満足そうに笑った。


「ああ、綺麗だ。すごく綺麗だ…」


それはさながら、夜闇とそれにぽっかりと浮かぶ月の様だった。




◆◆◆




「じゃ、いつもみたいに寝台に寝て」


2人は乙の寝室に移動した。


乙の傷ついた背中をマースが治癒するためだ。

そしてそれは、常の日常だった。


乙はうつ伏せに寝ころがり背中を肌蹴させた。

暗闇の中に真っ白の肌がぼんやりと浮かび上がるが、その華奢な背中には不釣り合いなほどの、大きな傷跡があった。


だが、傷跡自体は塞がっており、痛みはほぼないという。


と言うのも、ニース神官長とマースの2人が毎日の様に治癒を施したため、短期間でここまで回復したのだ。

…が、その痛々しい傷跡ははっきりと残っていた。

2人の治癒の“力”をもってしても、傷跡は消えることがなかった。

まるで、『忘れるな』との戒めであるかのように…。




マースは後ろから乙に覆いかぶさる様な姿勢で、その柔らかな肌に唇を這わせた。


そして掌に“力”を纏わせ、慎重に傷の治癒を施した。

すると、乙の身体が、徐々に熱を帯びていった。


時折、乙の唇からは、はぁ…という熱い吐息が漏れた。

身体の内部から細胞が活性化する様に、治癒が行われるからだ。




しばらく治癒を行っていると、乙がおもむろに「そう言えば」と呟いた。


「…ッ…ん。…マース」

「ん?」

「前から…聞きたかったこと、が、…あるんだけど」

「…んー?」


乙は汗を薄っすらかきながら、背中の治癒をしているマースに尋ねた。


「あの、ね。…なんで、その…舐め、るの?」


「…」


口ごもるマース。


「…マース?」


「…」


「おーい…」


「…はぁ」


マースは大きく脱力した溜息を吐いた。

…え?今?今、やっと疑問に思ったの?と。


「…はぁ」


先ほどよりも大きな溜息を吐いた。


思わず治癒も途切れてしまった。




***




そもそも、マースが治癒の時に、舌で舐め、唇を這わせ、手で撫でる…と言うことをしているのは、今に始まったことではない。

それこそ、一番最初の治癒からだ。


しかし、今聞くあたりが『乙らしいんだよな…』と内心苦笑するマースであった。


「ねぇ、キノト~」

「なぁに?」

「うん。…『なんで、舐めるの』って言われると、とっても僕が変態みたいなんだけど…?」

「えっ!ちがうよ?そういう、意味じゃなくて…」

「…まぁ、言いたい事はわかるよ。ニース神官長の治癒の時は掌をかざすだけなのに、なぜ僕の時はそうじゃないのか、ってことが言いたいんでしょ?」

「そう!そう言いたかったの!」


ピタリと乙の言いたい事を的中させるマースに、乙は目を丸くした。



…実は、マースの言った通り2人の“力”による治癒の施し方は違った。


もともと“力”というものは、至高神ホロより生まれいでた“木火土金水”の力の片鱗のことをいい、神官が修行を積むことで使用できるものだ。

よって、ニース等神官たちは、“力”を扱えるようになるために修行を行い、習得しているのだ。

これが正規の方法と言える。


マースは、再び乙への治癒を再開させながら、掻い摘んで説明した。


「まず、“力”っていうのは、神官のみ扱えるものなんだ。で、それを暗部の僕等が扱うんだから、正規の方法ではまず無理」

「それはどうして?」

「だって、僕、神官みたいに“力”を扱うために修行してないからね」


そうなのだ。

マースは“正規の方法”ではなく、独自に暗部があみだした方法で治癒を行っているのだ。


「だから神官じゃない僕等が“力”を扱うためには、自らを媒介として“力”を発現させる必要があるんだ」

「媒介って、もしかして…?」

「そう、唾液とかだね。だからキノトの背中を舐めてる。…これで、なぞは解けた?」


そう言うと、スッ…と、乙の背中から唇を離し、最後の治癒を終了させた




その瞬間、くらりと、マースの身体が傾いだ。

…いつもより多くの“力”を使ったからだ。


そのためマースは、ゾッとするほど青白い顔をしていた。


だが、今宵は朔の日。


闇夜に覆い隠されたその顔を、乙ははっきりと見ることはできない…。


そのことに安堵しつつ、小さく息をつき呼吸を整えた。


「…ッ」


そして何度か深呼吸をし、呼吸を整えると何やら感慨深げに、治療を終えた乙の背中をゆっくりと撫でた。

何度も何度も、傷跡を確認するかの様に…。


「…マース?終わったの?」

「うん」


…といいつつも、マースは乙の背を撫で続けた。

乙はくすぐったいのか、微かに笑った。


「マース?…ふふッ」

「んー」

「マース、ありがとう」

「…え」


思わぬ言葉に、傷を撫でていた指が止まった。


「マースのおかげで、すごく早く治ったよ。お医者さんもすごく驚いてた」

「…ッ。ありがとう、なんて――」

「ううん。私は心から感謝しているの。だから本当に、お礼を言うよ。ありがとうマース」

「!!!」


その瞬間、マースの喉が引き攣った。


――そもそもの原因は自分にあるのに!!



だから己が、乙に治癒を施すのは当たり前のことなのだ。

それにもかかわらず、乙は治癒のたびに“ありがとう”と言う。


そう、心から。


マースは思った。

なんて、もったいない言葉なんだと。

闇の一族と言う、“個”というものを持たぬ自身には!


乙は初めから“マース”を“個”として認識し、名を呼ぶ唯一の人だった。

そしてそれが、どんなにか心ふるえる言葉であるか、乙は知らない。


…いや。知らなくてもいい。


不意に、あの夜、流した涙が再び溢れてきた。

もう一生分流したと思った涙が!


しかし、マースは奥歯をグッと噛み締め、それを耐えた。


乙は、急に静かになってしまったマースを心配して、どうしたの?と後ろを振り向いたが、その顔を見せまいとしたマースに背中から覆われてしまった。

ビクッと驚く乙。

マースは、乙の華奢な背中にぴったりとくっつき、優しく抱きしめた。


「マース?どうかしたの?」


何も言わないマースに乙はそっと問いかけたが、返事は返ってこなかった。


「…マース?」


躊躇いがちに乙はもう一度呼びかけた。

すると幾ばくか後に、マースは吐息に乗せて言葉を紡いだ。



“君のためなら――”



そう、一言。




***




マースは、言った。


“君のためなら”と。


誓いにも似たその言葉を。

唐突に。


そう、君のためならどんなことでもできると。


――例えそれが、自らの命を賭すことになろうとも。



マースは、この度の不祥事により乙の護衛を辞し、他国で危険な隠密行動をする任を与えられていた。

そして今日が、乙の護衛の、最後の日なのだ。


乙からの側から離れたくはなかった。


しかし、それでもこの危険な任務に就くことで、ゆくゆくは乙の益になるのならば…。そう思えば、どんなに危険な任務だとしても、完璧に遂行しようと思った。



“君のためなら――”




***




微かに聞こえたマースの言葉に乙は小さく震えた。


マースはいったい何をしようとしているのか、と。


しかし、乙はそれを問う言葉を持っていなかった。

“君のためなら――”と決意をしたマースに一体何が言えるのかと…。


守ってもらうだけの無力な自分に。


乙は縋る様なマースの腕を優しく撫でた。

今の乙にはそうすることしかできなかった。


何度も何度も撫でることしか…。




夜闇の静寂の中、2人の息遣いだけが唯一の音だった。




おまけ回、マースのターンでした。

舐める理由が解明!

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