第27話 災咎日
次章へとつなぐ回です。
災咎日。
それは神が咎めとして下す災いのことを言う。
今から21年前、リリーネルシアは未曽有の天変地異に見舞われた。
突然、天に眩いばかりの光が溢れ、一瞬にして人々の視界を奪った。
次に人々の目に視力が戻り、一体何だったのかと辺りを見渡すと、世界は一変していたのだ。
空はよどみ、嵐を巻き起こした。
大地は揺れ、地に亀裂ができた。
草木は枯れ、死の土地ができた。
人々はあまりのことに、呆然と立ち尽くすしかなかったという。
ある者は、世界の終りだとも言った。
当然の如く、人心は乱れた。
それは、国内にとどまらず、各国同士の争いにも発展してしまった。
その結果、大地も人も極限まで疲弊していった。
その様な中、このままではいけないと、いち早く神殿は動き出した。
これは、神の怒りであると。
そして、この難局を乗り越えるためには、他者を害するのではなく、共に手を携えていくことが大切なのだと。日々清廉に生きよと、根気強く人々に語りかけたのだ。
その甲斐あってか、人心は落ち着きを取り戻し、少しずつ世界は回復していった。
***
「これが、21年前に起こった天変地異の概要です。そしてその日を、災咎日と呼び、人々の戒めの日としています」
静かな口調で、ニースは言った。
温かい日差しの降り注ぐ乙の部屋で、その講義は行われた。
それは、リリーネルシアで起こった天変地異の話だった。
21年前に発生したそれは、今もなお爪痕を残し、人々の心に絶望を植え付けているのだと言う。
…もし再び、神の怒りを受けたらと。
乙は目を瞑り思う。
それはどれほどの恐怖なのかと。
しかし、乙が出会った人々からそのような話は聞いたことがなかったし、また出会う人々からも絶望を感じたこともなかった。
それは、皆心の奥底に絶望や恐怖を持ちつつも、希望を持って日々を生きているから。
もう二度と、神の怒りを買わぬようにと。
「…大変なことがあったんだね」
「はい。それでも皆、明日を信じ、ここまできたのです」
ニースは柔らかく微笑みながら頷いた。
その笑みを見て、乙は『もうきっと大丈夫なんだな』と思った。この世界は苦難を乗り越えたのだと。
乙は、ほっと息をつき、そう言えばと、気になっていたことをニースに質問をした。
「そうそう。さっき、ニースは各国同士の争いもあったって言ってたけど、それはどの国同士が争ったの?もしかして、ワーグナー国にも争いはあったの?」
「…ええ、キノトは察しが良いですね。…どの国も少なからず国内外にて争いがおこりました。それはわが国も例外ではありません」
ニースは地図を広げて指し示した。
「この地図の北にある広大な大国が我が国、ワーグナー国です。その我が国に接しており、西に位置する小さな国が――何だかわかりますか?」
「…ルディアン国?」
「正解です。そう、このルディアン国と我が国の間で争いはおこりました」
ニースは当時のことを思い出しているのか、紡ぐ言葉は重かった。
天変地異で大地は荒れた。
そして各国は、国民を守るために食料の輸出を制限した。それは自国民にとっては賢明な判断と言える。が、しかし、ルディアン国の様に食料を輸入に頼る国にとっては死活問題だった。
広大で肥沃な大地を持つワーグナー国は、ルディアン国等の国々に食料の輸出を多く行っていた。だからこそ、ワーグナー国が輸出の制限を行うとあっては、ただでさえ自国の生産では間に合わないルディアン国は抗議し反発した。
そして、それは小さな火種だった。
国境付近での民同士の小競り合いから、一気に国同士の争いへと発展してしまった。
ルディアン国は小国とはいえ、武に優れた軍事国家だった。大国であるワーグナー国と互角に渡り合うほどに。
…それゆえに、決着がつかず、争いはさらに混迷するかと思われた。
「――ですが、そこに第三国の介入がありました。ルディアン国と国境を接する、南の大国ザウント国です」
そう言って、ニースは海沿いにある大きな国を指し示した。
「この国です」
「本当に大きな国だね。海に沿う様にある」
「ええ、しかし広大な国ですがそのほとんどは砂漠に覆われているのですよ」
「砂漠かぁ…。なんだかすごくファンタジーだね」
「ふぁんたじーですか?」
それはいったい…。と真剣な顔つきで悩むニースに、ついつい笑ってしまう乙であった。
「ううん!何でもない!それで、ザウント国が介入って…どちらかに加勢したとか?」
「いいえ、そうではなく和平調停を取りまとめたのです。それにより、ようやく両国の争いは終結したのです。またそれが引き金となり、各国でこの難局を乗り越えるための協定が結ばれたのです」
「ええ!?すごいね!」
「はい。ザウント国のその鮮やかな手腕は、今でも誉めたたえられています。さすが“精霊の愛し子”の生まれた国は格が違うと。それゆえザウント国は、他国からも神聖視されている国なのです」
「!」
“精霊の愛し子”…!?
乙は声も無く驚いた。
以前に“精霊の愛し子”と呼ばれる存在が極稀に存在することは聞いていたが…。
まさかそれが、ザウント国にいたなんて、と。
「…ニース。…愛し子って?」
「実はザウント国には、以前王族に、精霊の愛し子が誕生した稀有なる国なのです。…そう、今から100年ほど前の話になりますが」
「え?100年も前なの?」
「ええ。現在のザウント国王の2代前の兄君、つまり伯祖父にあたる方です」
「…今の国王の、おじいさんのお兄さんってことかな」
「ええそうです。しかし、その御方は年若くして亡くなられたと聞いています」
「…そうなんだ」
『亡くなられた』…。その事実に乙は酷く落胆した。
もしご健在であれば、話してみたい事がたくさんあったのにと。
気落ちした乙を元気づけるかの様に、ニースは「そう言えば…」と続けた。
「キノト、“精霊の愛し子”ではないですが、ルディアン国には“精霊の加護”を与えられた王族がいると言います。そしてこの度、ルディアン国の王族の方が留学として我が国においでになるのですよ」
「ええと、“精霊の加護”を受けた人が?」
「いいえ、残念ながら。…ですが、留学されるのは王族の方ですし、王族同士色々身近に知っているでしょう。何か聞きたい事があればお話しされるのも良いかもしれませんね」
「そう、だね。…うん、そうだよね!色々話ができたらいいね」
「ええ、是非そうなさったらよろしいでしょう」
包み込むようなニースの表情に、少しだけ元気を取り戻した乙だった。
乙は地図に描かれた国に視線を戻した。
ルディアン国にザウント国。
一体どんな人たちが住んでいる国だろうと、そっと指で撫でた。
***
自室に戻った乙は、夕闇に沈む空を見上げた。
乙の顔は酷く青ざめ、今にも倒れてしまいそうな程だった。
「…ホロ。…どうして――」
力なく呟く声は誰の耳にも届かなかった。
…21年前におこった争いに疲弊した大地と人々。
その状況を作りだしたのは――至高神ホロ。
ああ、ホロはなぜ21年前に天変地異を起こしたのだろうか…。
だが、乙はわかってしまったのだ。
21年前は…、と。
そう、私が、私が――生まれた日!
ああ!!私が、私こそが、元凶――!?
私が、私は――!!
なぜ、この世界に生まれてこなかったのか――……。
顔を覆い蹲る乙。
だが、その問いに答える声はなかった。
重たいですが、これも次への伏線です。