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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅰ章 二つの故郷
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第3話 異世界へ

いよいよです。




フン、フン、フフン―

陽気に鼻歌を歌う声が公園から聞こえてくる。


あぁ。仏像展楽しかったなぁ~。


乙は仏像展の見学を終えて国立美術館の近くにある公園のベンチに座り、遅めの昼食をとっていた。実は、夢中になるあまり仏像展を4時間も熱心に見学していたのだ。


現在午後2時を過ぎたころなので、公園にはあまり人はいなかったが…しかし、屋外でしかも人前で陽気に鼻歌を歌うとは……今の彼女はよほど興奮しているのだろう。チラチラと通行人や公園で寛ぐ人たちに見られていることに全く気付いていなかった。


あぁ。あの阿修羅像。かわいい顔してたな。こっちに、笑いかけているみたいだった…


ベンチに座りサンドウィッチを頬張りつつ、時折鼻歌を織り交ぜそんなことを思い出しては頬をふにゃりと緩ませるのだった。

すると、先ほどからチラチラ彼女のことを見ていた人たちは「はっ!」と息を呑み、皆もれなく顔を赤く染めるのだった。




そう。

彼女は、とても美しいのだ――皆が息をのむほどに―――

肌は白く輝き白磁の陶器のごとくすべらかで、長い漆黒の髪は優雅に腰まで伸び艶やかな輝きを放ち、長い睫毛に縁取られた大きくこぼれんばかりの瞳は、瞳孔と虹彩が全く同じ色でどこからが境目なのかわからない闇夜を思わせる漆黒の双眸は濡れるように煌めいていた。


薔薇色の瑞々しい唇も、細く長い指の先も、均整のとれた四肢も―――


どれもこれも美しかった。

しかし、彼女の美しさはそればかりではない。


心―――がとても美しいのだ。


だからその身の内からあふれ出る美しさが、より一層彼女を美しく際立たせていた。

また今日の服装は柔らかな膝丈まである白地のワンピースに、淡いたんぽぽ色のカーディガンという装いで清楚でやわらかい印象を彼女に与えていた。

ちなみに、今日の服は双子の上の兄透の許嫁さんからの贈呈品だった。「着てくれなきゃいや」と、かわいく迫られたため着ているのだが…。乙本人は、どんな服でもよかったのだが…。

実際、本人に服装に対するこだわりはあまりない。そればかりか、全く容姿について正しい理解をしていなかった。

人の目を惹き付けてやまない美しさを持つことに…。


しかし、それもそのはず。

実は小学校、中学校、高校、大学とすべて“女子高”だったのだ。

意図してそうなったのかは分らないが、少なくとも父や双子の兄たちは「かわいい乙を、狼の中にやることはできない」と言っていたという。本人の、全くあずかり知らぬところでの話ではあるが…

だからずっと、異性の全くいない中で青春時代を過ごしてきた。そのため、男性の目を気にしたり、奇麗に着飾ったり等々…普通の女の子が通る道を歩んでこなかった。

だからその手のことに関して、とてもとても鈍感だった…。




自身が周囲の人の目を惹きつけているのにも関わらず、全く彼女は気付いていなかった。

相変わらずフンフン―――とのんきに鼻歌を歌っていた。

そしてこっそりと小声で、周りにある植物たちとも会話していた。



―クスクスクス。

―ヨカッタネ。タノシソウダネ。

―クスクスクス。

―ソウナンダ。



囁くように小さな声が乙へとかえってくる。


ふふふ。


それはそれはうれしそうに、とてもうれしそうに。

乙と植物との密やかな会話はその後も続いた。




◆◆◆




いつの間にか時間は過ぎて、夜の足音がひっそりと近付いていた。


―――そろそろ帰らないと…


真っ青の空が夕焼けに染まりだしたのを見て、乙はベンチから腰を上げた。

それじゃ、みんなまたね。

にこりと笑い、植物たちと別れの挨拶をした。



・・・・・サヨウナラ。サヨウナラ。サヨウナラ。



植物たちは別れを惜しんでいるのか…しかし何か感情を押し殺したような声音で言った。

その様子を感じ取って「あぁ。まただ…」と朝の家族との会話を思い出すのだった。

『行ってらっしゃい』と言われた時に感じたモヤモヤするこれ…

何だろう。

思考の海に再度潜りつつ、歩き出す。家に向けて。…結局わからなかったけど。





いつの間にか夜の色が濃くなっていた。

見上げた黄昏の空は焼けたように色づいていた。


家の神社の近くまで来て、ふと感じる。



さわ、さわ、さわ…



微かにざわめくような音が聞こえてきた。

この音はどこから―――?

その音を確かめるように、首をめぐらせる。

そして気づく。

――――裏手の森だ…。


神社の裏手にある森からそれは聞こえてくるのだ。

たぶん、植物の声が。しかし、ここからでは距離が遠いのか何を言っているのかまでは聞こえない。

乙は、躊躇うことなく歩き出した。

森の奥へ向けて。

声のする方へ。



ガサッ、ガサッ、ガサッ―――



森の奥へ奥へと、吸い込まれるように歩く。

何のためらいもなく。


まるで、何かに誘われているかのように。


さわ、さわ、さわ―――ザワ、ザワ、ザワ―――


奥へと進むにすれて、声が大きくなっている。

しかし何を言っているのかは聞き取れなかった。なぜなら植物たちが口々に話しているため、どれか一つの会話を聞こうとしても他の会話が大きくて聞きとれないのだ。

…でもわかることもある。

彼らはとても―――興奮しているということ。

それだけは感じる。肌で。



しばらく歩いていると、突如として鬱蒼と茂る森から開けた場所にでた―――


え?


そこにあったのは、大きな大きな巨木であった。

そして、それは淡い白い光で輝いていた。


それを見た瞬間、美しいと感じた。同時に、懐かしいような思いも込み上げてきた。


植物たちはというと、乙がその場所にたどり着いた瞬間水を打ったように静かになってしまった。まるでこれから起きることを目に焼き付けようとするように。しかし、乙はそんな植物たちの行動に全く気付いていなかった。

ただ茫然とその巨木の光を見つめていた。だから、肩からバッグがずり落ちたことにも気付かなかった。


しばらくしておもむろに歩き出す。

その淡く光輝く巨木に吸い込まれるように一歩一歩近づいていく。

やがて傍まで来て、反射的にツイッと手を伸ばし触れようかとしかけた瞬間―――

「!」

光の中から人の腕が伸びてきたのだ。


乙は突然のことで、思わず固まってしまった。


すると、光の中から今度はやわらかい面差しが垣間見えた。

それはそれはやさしく乙に笑いかけるように、またさらに腕を伸ばしてきた。



―――愛しい子。



………そう聞こえたきがした。


すると考えるより先に身体が動いていた。抱きつくように、捕まえるように、すがるように。

光の中の人に夢中で手を伸ばした。

手が触れ、引き寄せられ、その胸に抱かれた。


あぁなんて…あたたかいのだろう。


あたたかい…そう感じた。

そしてそれは長年乞い願ってきたものだとなぜか分かった。

その拍子に頬に一滴の涙がこぼれた。

美しい涙であった。

ギュッと力を込めて抱きつく。

すると乙はその胸に抱かれ、だんだんと意識が遠のくのを感じた。

親鳥のもとで眠る雛のような安心感とともに。

眠るように―――。






突如、2人を包んでいた光が闇夜に一気に溢れた。

その瞬間、2人は忽然と姿を消していた。



………この世界から。



そして後に残ったのは、光を失い枯れ果てた巨木だけだった。







トリップ…してしまいました。


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