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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅱ章 暗闇から光へ
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第13話 日常と友人2




俺は何をしているのか。

こんなところで一体何をしているのか。


なぁ…、誰か教えてくれよ。

わからないんだ。


俺には―――。




そっと目を開くと、ドギツイ色をした天井が見えた。

夢か…。

吐息とともに絞り出すように呟く。

苦しい夢だった。

どんな夢だったかはもう覚えていないが、誰かが泣いていたような気がする。そんな夢…。


はぁ…、と再び吐息を吐きだし目を瞑ると、ポロリと何かが頬を伝った。

…それは、一筋の涙だった。


そんなことはあるはずないと、悪い夢でも振り切るように頭を振りながら身体を起こす。

ギシギシと軋むベッドには、裸体で横たわる女がいた。

しかし男はその存在すら忘れているかのように、さっさと服を着て部屋から出るのだった。



男はいつもそうだ。

金で上等な女を買い、自らの欲を吐きだす。

果てた後はさっさと部屋を去る。

パタンと部屋の扉が閉まれば、どのような女と寝たのかももう忘れている。否、女と寝たことすら忘れているのかもしれない。

後腐れのない女ばかりを買う。

その様な女は皆、吐き気のするほどに大量の香水を振りかけていた。

…花の様にやわらかい香りのする――とは違って。



花街を出ると、夜風が急に身にしみた。

酒を片手に夜道を歩く。

どこへ向かっているのか…。男にはその意識はない。

ただ、導かれるように足を動かす。


そう。

いけ好かないが、こんな自分を唯一見せることができるアイツのところへ…。




◆◆◆




夜明け前。

あと一刻もすれば空は白み始める。

未だに空は深い夜闇に覆われている。


満月か…。

ルシカは神殿での夜通しの祈りを終え、そろそろ自室に引き上げようかと思いながら窓に浮かぶ大きな月を見ていた。


満月は人の心をさらけ出す、美も醜も全て―――そう言ったのは誰だったか。


つらつらと止めどもなく考えていたが、もういい加減帰ろうと神殿から出ようとすると…ルシカの足が不意に止まった。

やはり気になってしまう…。

もう大分前からその気配を神殿の外に感じていたが、あえて無視していたのだ。

言外に、会う気はないと、招かれざる客だとでも言うように…。

しかし、はぁ――と溜息をつく。

そして部屋に戻るのではなく、神殿の外へと向かうのだった。

…結局は、自分は甘い。神官だからか?と自嘲気味に浅く笑い、アイツのもとへと足を運ぶ。




カサリ…。

下草を踏み分けて歩く。少し行くと…やはりいた。

眩いばかりの月光を全身に浴び、この世の祝福を余すことなく受けているようにも見える。が、じっと佇むその顔には何の感情も浮かんではおらず、瞳は虚空を彷徨っていた。


「…クロウリィ」


ルシカは、男にそっと声をかけた。

そうでもしなければその場から消えてしまいそうなほどに、存在が淡く儚く見えたからだ。


名を呼ばれたことに気付いたようで、振り返りじっとルシカを見つめた。

無言でクロウリィへと歩み寄ると、夜風に乗って酒気とキツイ香水の匂いが漂ってきて、うっと顔をしかめた。


そんなルシカの様子を眺め、面白そうに喉を鳴らしてくつくつと笑いながらクロウリィは思う。

…いつでも、どんな時でもこいつは変わらない。


「…ルシカ。…お前は変わらないな。昔も今も」

「そうか?君こそ変わってないよ。昔と同じ、真っすぐで心根の優しい…昔から、それが羨ましくもあった」

「クククッ…お前からそんな言葉を聞けるなんてな。…明日は雨か?」


からかう様に笑うクロウリィに、幾分か真剣な顔をしてルシカは言った。


「…だけど、最近の噂は酷いぞ。…らしくない、何をそんなにイライラしているんだ?」

「!」


ハッとして目を見開く。

そんな所も相変わらず変わらないと思いながら。

昔から、クロウリィは人に考えを読み取られないようにと訓練されてきた。それは王族として生きるために必要なことだった。今では、条件反射の様に表情は自分の意思に反して勝手につくられ、本当の表情というのは分厚い仮面の下に隠されてしまっている。


だれも気付くことはない、本当の自分。自分の中の思い。


…しかし、ルシカにだけは仮面の表情は全く通じない。

ルシカだけが、本当の素顔を暴く。それが嬉しくもあるし、鬱陶しくもあった。

もう、わかって欲しいというほどガキでもないからだ。


「…何が言いたい?俺がイライラしてようが、お前には全くカンケーないだろう!」

「カンケーあるさ。…あるに決まってるだろ」

「…ッ!なぜ!なぜ、そんなことを――!!」


知ったように言うのか!!

目は怒りに吊りあがり、静かに佇むルシカを睨めつけた。


怒り。

クロウリィは知らず知らずのうちに素顔をさらけ出してしまっていた。

…そう、いつもそうなのだ。ルシカといると途端に、作り上げてきた強固な仮面がミシミシと音を立てて剥がれ落ちてしまうのだ。

本当に厄介だ。


そのまま眼光鋭く睨み付けていると、水面に揺らめく波紋のようにはちみつ色の瞳が揺れた。

そして囁くように、



友人、だから…。



と言ったのだ。


友人…。

それはクロウリィにとって、特別な言葉だった。



クロウリィとルシカは古くからの友人なのだ。生まれたその瞬間からと言っても過言ではない。

と言うのも実は、クロウリィの乳母はルシカの実母であったからだ。

そのため、小さい頃から2人は兄弟のように遊びまわっていたし、互いに唯一無二の友人でもあった。

特に、クロウリィの依存度は高かった。

なぜなら、クロウリィはワーグナー国の第二王子として生まれてきたため、同年代に友人と呼べる者は殆どいなかった。しかも、母親はクロウリィが3歳の時に流行り病で亡くなっている。だからずっと幼くも懸命に生きようとする心の支えがルシカでありルシカの母親であったのだ。

だからこそ、今でもルシカという存在はクロウリィの心を大きく占めているのだ。


…大切な友人として。



しかし面と向かってそんな言葉は絶対に口になどしない。

クロウリィは、フンッと鼻を鳴らし不機嫌さを露わにするが、先ほどまであった怒りはなりを潜めていた。


「友人?笑わせてくれるぜ。…それにな、『最近の噂は酷い』って、そんなもの昔っから言われ続けてきたことだ。今さらだろう?」

「…そんなことはない。それは君が作り上げた、虚構の姿だ」

「なっ!何言って――」

「私が気付かないとでも思ったか?君は昔から…いや、あの時からだ。あの事件から君は、偽りの君を演じてるんだ」

「だまれ!ルシカ――ッ!」


クロウリィは一気に距離を詰め、ルシカの胸ぐらをつかみ迫った。

しかし、ルシカは怯むことなく真っすぐにその瞳を見つめ、嘘を暴いていく。


「知ってるよ。私だけは知ってるよ。…君が、わざと素行悪く愚弟を演じることで、ある人を…君の兄を守――」

「だまれ!!」



ガッ―――!!



クロウリィは激昂し、ルシカの横面を殴り飛ばした。

殴られた拍子にバランスを崩し、地面にドシャッと倒れこむ。


……ッ。

左ほほがじくじくと痛み、口の中にイヤ―な鉄錆に似た味が広がった。

少し口の中を切ったみたいだが歯は折れていないようだった。


終始無言でそれらのことを確認し、口の中に溜まった血を不快そうにペッと吐き出す。

およそ品行方正な神官らしからぬ行いではあったが、今はそんなことに構ってはいられない。

そして、まるで見せつけるかのようにゆっくりと地面から立ち上がり、ひたりとクロウリィの瞳を見つめた。


クロウリィは眉間にしわを寄せ険しい表情で、「これ以上何か言ったらただじゃおかない」と、危険で猛々しい視線を送りつけていた。



2人の間には、緊迫した空気が流れる。



しかし、フッ――とルシカが息をつき、諦めた様に少し微笑した。

すると途端に先ほどまでの緊張感はどこへやら…。周囲にいる虫や小鳥たちまでもが、何かほっとしたように見守っていた。


「はぁ~、…まぁいい。それ以上は言わない。このことに、口を噤もう…」

「……」


そう言って、静かに瞳を閉じた。

まるで、溢れる思いをこれ以上言わないように箱に詰め、それを心の奥底の引き出しにしまう様な…そんな瞬間だった。そして今一度瞳を開いた時には、仄暗い色をした冷たい炎が瞳の奥底で静かに揺れていた。


「…だけど、一つだけ言いたいことがある」

「……なんだ」

「君がイライラしていることに関してだ」

「……」

「最近は女性関係で浮ついた話なんて聞かなかったのに、この頃また酷くなったそうじゃないか。…今日だってその帰りだろう。…いったい何があったんだ?」

「…お前に何か関係があるのか?そんなことを一々なぜ報告しなければいけない?」


馬鹿馬鹿しい…と吐き捨てるがルシカは引かない。


「関係も大ありだ。いったい何があったんだ?」

「だから!なにも――」

「キノト」

「…!」

「キノトに何をしたのかと聞いている」

「…」

「…キノトが最近気落ちしている。いや、王宮の宴の後くらいからだ。それに君も、そのころから女性関係の話が聞こえてきたからな。…何かあったんだろう?」

「…勝手にそうと決めつけるな」

「いや、間違ってないよ。…一昨日だって、君が女性と歩く姿を見てキノトがとても苦しそうな顔をしていた」

「…!」


しっかりと確実に獲物を捕える様に、淡々と事実を突き付けてくる。

これでは流石にクロウリィでさえ簡単には反論できない。しかも、最後に突き付けられた事実に酷く動揺した姿をしっかりと見られてしまった。


…まさか、キノトに見られていたなんて。


自身が思っている以上に動揺しているクロウリィ。

その様子を見て、ルシカは少しの安堵とともに見ていた。…乙を他多数の女性と同じ目で見ていないということに。


「クロウリィ…、これだけは言わせてくれ。キノトを悲しませるようなことは、しないでほしい」


何時になく真剣な表情で、懇願するかのように訴える。

その必死な様子にスッと目を細める。


「…なんだ、それは。…神官としての忠告か?」


少し馬鹿にしたように尋ねる。

だが、ルシカは口を固く引き結びきっぱりと言い放った。


「ルシカとしての忠告だ。…キノトを想う一人としての」

「!」


クロウリィは突然のルシカの告白に目を見開いて驚いた。


…当然である。

神官として長年歩んできたルシカが、まさか一人の女性をどんな形でさえ“想う”ことなど今までなかったからだ。いや、驚くのはそこではない。神官が“想う”などといった発言をしてもいいのか…。

神に仕える神官は、その神聖さゆえに多くの規律や制約、禁忌の中で日々生活している。それを順守することで己をより高みへと極めていくのだ。

それなのに、今の発言はどうだ。場合によっては命取りともなりかねない、それほどに重い言葉だ。


どういうことなのか、正気なのか?とルシカの瞳を覗き込むが、感情の窺い知れないガラスの様に無機質な瞳が見つめ返していた。


ゴクリと喉を上下させながら、その言葉の持つ重みを感じた。


「…善処しよう」


クロウリィはそれだけ言って、彼から視線をそらした。

まだ、自分自身の事がわかっていないのだ。だから、ルシカの言葉に誠実に答えるには、これ以上良い言葉が思いつかなかったのだ。



ルシカはそっと瞳を閉じる。


私たちの心はいったいどこへと向かうのか。


少し白んできた空に向かって無言で呟く。



ピチチッ――。

小鳥が一羽白む空に向かって飛んで行った。



あぁ、もう夜明けはすぐそこに…。








男同士の友情が副題です。

常に丁寧口調のルシカが、クロウリィと話すときはそれをやめています!

友人の仲なので~


それに、クロウリィが殴ったときにルシカは応戦しませんでした。やはり、彼は神官なので暴力行為はしません♪

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