表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅱ章 暗闇から光へ
20/48

第4話 不思議な青年1


乙はルドルフ国王が言ったように、王宮にも正式に居室をいただき王宮と神殿とを行き来しながら生活していた。

主に王宮では教師に国のことや世界のことについて学び、神殿では礼拝に参加したり神学を学んでいる。


また乙には、3名の優秀な侍女が付いた。本当は10名ほど付けるという話だったが、乙がいらないと断固拒否したため3名で落ち着いたのだ。

ちなみに乙に仕えることとなったこの侍女たちは、王宮に仕える侍女の中でも1位2位を争うほどの優秀な侍女であり、護衛としての能力もあわせ持つ生え抜きの侍女たちであった。




―――ある日の昼下がり。

乙は王宮の3階にある自室を目指して歩いていた。


後ろに古参の侍女マリーを連れながら。

彼女は今年40歳になったばかりだが、子供3人を育て上げた包容力からか「私のお母さんみたい!」と乙が最も懐いている侍女であった。



そんな乙は上機嫌に、礼拝で歌われた讃美歌のメロディーを口ずさんでいる。


ただの遊びで口ずさんでいるだけなのに…それはとても凛とした響きをもっており、乙の形の良い唇から溢れ出る歌に耳を傾けていたマリーは、ほぅと感嘆しながら聞いていた。

「お戯れで口ずさんでいるだけなのに、なんてきれいな声なんでしょう」と…。




…マリーは大変よくできた侍女である。

例え乙の歌声に、少し注意力が低下していたとしてもだ。


だが、そうでなくとも次に起こることに対処できた者がいるとは思えない。




上機嫌で歌っていた乙が、階段を登りきったまさにその時―――


上から…


「!」


マリーが眼の端で何か降ってきた?と確認した時には既に遅く。



おわぁあ!!!

きゃああ!!!



二つの悲鳴と体がぶつかった鈍い衝撃音。

そして階段をガタガタと縺れ合いながら転がり落ちる音。


「キノト様―――!!!」


マリーが真っ青になり悲鳴をあげる。



階下を見ると…

上から降ってきた何かにぶつかって階段を転げ落ちた乙と、その上に覆いかぶさるように乗っかる何かが…。

その何かは白い外套にすっぽりと覆われているため、マリーからはそれが何であるかは判別できない。


「う~んんぅ…」


乙のうめき声が聞こえて我に返ったマリーは、すかさず乙の元へかけ下りる。


「キノト様―――!!!大丈夫ですか!!!」


転げ落ちそうになりながら駆け寄り、乙を覗き込む。


だ、大丈夫~と弱々しく言いながら、未だに自分の上に覆いかぶさっているものをチカチカする目で見る乙。


「?」


その何かは白い外套にすっぽりと包まれていたが、乙は自分の体に伝わる感触から…たぶん人?と思った。

なぜたぶんなのかというと、乙の胸にもふっと顔を埋めているからで…顔が見えなかったからだ。


乙は恐る恐る、あの~と声をかける。

…そろそろどいてほしいな~。


そんな乙の探るような声を聞いてか、それはもぞもぞと動きつつ、いきなりガバッ!と顔をあげた。


「…」

「…」


2人は互いに見つめあった。


乙の上に乗る何かは、予想通り人だった。

目深に被るフードの中から見える顔から推測するに、10代後半くらいの青年に見えた。

だが乙は幾分か疑問に思った。


「それにしては、随分と幼さの残る顔をしている気が…」と。


しかし乙に覆いかぶさっていることから予想すると…やはり乙の身長160㎝よりも10㎝くらいは大きいと思われたし、何よりも男性の平均身長からするとやはり10代後半くらいの年齢と思われたのだ。



…それにしても、と。

はぁ、と心の中で溜息をつく乙であった。


なぜなら青年は乙を無言で凝視したまま動こうとしないのだから。

…そろそろどいてくれないと、潰れるよ~。

それに階段から滑り落ちたときに、軽く頭を打ったようで右耳の上あたりがズキズキしていた。


「…あの~。…どうかしました?」

「………」

「…もしも~し。聞こえてる?」

「………」

「…どこか打った?」

「………」

「…あ~。あなたのこと言ってるんだけど…?」

「………え?」


何度目かの問いかけのあとで、やっと青年は気付いたようで思わず素っ頓狂な声をあげた。


「ぼく??」

「…そうだよ。…私の上に乗ったまま、動かないから」


目を真ん丸にしながら乙に問う青年に、思わず苦笑した。

内心「わかってなかったの…?」と思いながら。


すると青年は周囲をキョロキョロしながら上を見上げ、次に階段を見て、最後に乙を見た。

まるで、落ちた経緯を確認するかのように…。

それを優に3回も繰り返した。

そしてようやく自分がなぜ乙の上に乗っているのかを納得したようで、驚いたようにあわあわと狼狽しながらやっと乙の上から降りたのだった。


青年が降りてくれたことでやっと身体の上から重みが無くなり、ふぅと息をつきつつ上体を起こした。

ズキンッ。

起きた弾みに頭が揺れたためか、落ちる時に打ち付けた頭に痛みが走った。


痛ッ―――。

右耳の上あたりに手を当て、顔をしかめる。

すると青年は心配そうに乙の顔を覗き込んだ。


「だ、だ、だ、だいじょうぶぅ?おねぇしゃん」

「?」

「ぼ、ぼ、ぼぼくのせいだよね」

「!?」

「あの…ご、ご、ご、ごめんなしゃいいぃ。」

「………」


そう必死に話す青年に乙は愕然とした。


なに、今の、話し方……。


乙が思うのも無理はない、何しろ、その話し方はまるで…


幼児。



っっっなぜ…?

彼は、こんな幼い喋り方をするの…?


乙は突然のことに目を大きく見開いて青年を凝視した。

一方その青年は乙の反応がないことに不安になったようで、その大きな茶色の瞳にうっすらと涙を浮かばせていた。

だがそんな泣きそうな様子には乙は全く気付かず、ひたすら「なんでなんでなんでなんで―――?」と疑問をループさせていた。

乙はこの時かなり動揺していたのだ。


「お、お、お、おねぇぇしゃ、しゃん。…ヒック。ねぇ、だいじょう、ぶぅ?ヒック…うぅ」

「………」


泣くのを我慢するように青年がしゃっくりをあげながら再度問うた。

だがやはり乙は、疑問をエンドレスにループさせていた。


すると青年は涙を我慢できなくなったのか…


うわぁぁぁああああんんん!!!!


と大声をあげて泣き出してしまった。


「えぇ!?」


そのあまりに大きな泣き声に、はっと意識を戻した乙は…やはりまた目を大きく見開いて青年を凝視した。

…ちょ、ちょっと―。やっぱり、子ども!?こんな泣き方するなんて…。


えぇぇぇぇええええんんん!!!!


どんどん青年の泣き声は大きくなっていく。


乙は、どうしよう…と困惑した。

だけど、あまりにも青年が悲しげに大声をあげて泣くものだから―――。


…無意識に身体が動いていた。



そっと青年に腕を伸ばす。


きゅっと抱き締める。


その白い外套に覆われた、大きな背中を優しくさする。


そして耳元にそっと囁きかける。


…それはまるで子どもにするように。



ごめんね。

心配かけたよね?

大丈夫だから。

…もう、泣かないで。



優しく優しく―――。

すると青年が泣きながらも甘える子どものように、乙に自身の身をすり寄せてきた。


そしてグズグズと泣きじゃくりながら、


だいじょうぶ?

おねえしゃん、だいじょうぶぅ?


と聞いてくる。


健気な姿に優しく微笑みながら、乙はあやすように背をさすり「大丈夫だよ」と優しく囁いた。

何度も何度も―――。



…どれほどの時間が過ぎたか。

ヒックヒックと身体を揺らしながらも、落ち着いたのか徐々に泣きやんできた。


乙が様子を見ようと、青年から少し身体を離し顔を覗き込んだ。

やはり青年は泣いたためか少し目が腫れていた。

未だに大きな茶色の瞳をうるうるさせていたが、涙がこぼれ落ちることはなかった。


そのことに安心し、にっこりと笑いながら青年に言った。


「お姉ちゃんは大丈夫だよ。君は大丈夫?怪我ない?」

「うん。ぼくはぁ、ないよ」

「そっか、良かった。…あ、でも廊下を走ったらだめだよ。誰かにぶつかって怪我をしちゃうかもしれないからね」

「うん。わかったぁ~。もう、はしりゃないぃぃ!」

「うん。いい子ね」


くしゃくしゃと頭を撫でると、青年はキャッキャッとうれしそうに笑った。

少し2人でじゃれていると、その拍子にはらりと青年の外套のフードが後ろに落ちた。

すると眩いばかりの金色に輝く髪の毛が顔を出した。

さらさらと肩口で切りそろえられた柔らかそうな髪が、少し不健康そうな青白い顔にかかった。幼さが残るものの、やわらかい端正な顔立ちをしていた。


「………」


乙は現れた青年の顔にドキッと胸を高鳴らせた…のではなく、「誰かに似てる」という感想をもっていた。

普通の女性の反応としては、いささかずれている乙であった。


誰だろ?と思いながら青年を見ていると突然、あっ!と青年が声をあげた。

「?」と思い小首を傾げ青年を見ると、少し慌てたように階段の上を仰ぎ見た。

つられるように乙も上を見上げるが、そこには誰もいなかったが微かに人の足音がこちらに向かってきているのが分かった。

…そういえば、マリーはどこにいったんだろう。

先ほど、マリーは階段から落ちた乙の側に駆け寄った…それは気付いたが、いつの間にかいなくなっていたのだ。

あれれ?と疑問に感じていると、青年は慌てたように立ちあがった。


「あ、あ、あ!ぼく、ぼくいかなきゃ!」

「そうだね、誰か心配してるかもね?」

「うん。…あ!そうだぁ~!ねえねぇ、おねえしゃんのなまえはぁ?ぼく、ぼくねえ、カサルアだよ!」

「カサルアね。私の名前は乙だよ」

「…キ、キ、キノト?」

「そう。キノト」

「キノト!」


良く言えましたというように、ニコッと笑った乙に嬉しくなったカサルアは、キノト、キノトと満遍の笑顔で何度も名前を呼んだ。

乙はクスクス笑いながら立ちあがり、カサルアと目線を合わせる。

やはり、カサルアの方が乙よりも少し背が高いようだ。少しだけ顔をあげながら、キノトと名前を連呼するカサルアに問うた。


「…行かなくても平気?」


すると、あっ!と声をあげて「いかなきゃ!!」と慌ただしく身体を反転させ、階段を駆け上がっていった。


…あ―。また走ってる―。

と苦笑しながら青年を目で追った。

すると青年は勢いよく階段の中ほどで止まり、乙に振り返った。


ジッと乙を見つめる。


何だろう?と乙も青年を見つめていると、青年はニカッと笑いながら階段を下りてきた。

パタパタと乙に近寄り、嬉しそうに言った。


「キノト!またぼくとあってくれる?」

「…えぇ。私でよければ」

「ほんとにぃぃ!やったぁ!ぼく、ぼく、うれし―!ぜったいだよ!ぜったいだかりゃね!!!」

「ふふふ。はい、絶対ね?」


嬉しそうにニコニコ笑うカサルアに、乙の頬にも自然と笑みがこぼれる。

じゃあね!とまた元気よく走り出そうとしたカサルアであったが…

予想外の行動をした。

…なんと。


チュ。


乙の頬にキスをしたのだ。


え?突然ことに乙が目を真ん丸にしていると、悪戯が成功した子どものようにカサルアは無邪気にニコニコと笑っていた。

そして乙が何かを言う前に、ばいばい!!!と手を振りながら階段を駆け上がって行ったのだった。


目をぱちぱちしながら呆然とする乙。


そして、やはり普通の女性としてはこれまた違う反応をしていた。


…子どもって、イタズラ好きだな~と…。



のほほんとした感想をもっていた乙は、ふと背後から視線を感じ振り向いた。


さっと何か黒いものが眼の端に映った気がしたが、そこには何もなかった。


なんだろう?と思いながら、得体の知れない奇妙な何かに体の底がジリジリと疼く感覚を味わった。






カサルア登場!

彼がだれかは、次までのお楽しみです。

誰だかわかってしまう人もいると思いますが(笑)


そして以前言ったように、もう一人の登場人物が・・・

誰でしょう~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ