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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅱ章 暗闇から光へ
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第3話 双子


乙は神殿の庭園を歩いていた。

この広い庭園を散策するのが日々の日課となりつつあった。


午後の傾いた日差しがさんさんと降り注ぎ、程好く吹き抜ける微風が木々の梢や花々を揺らしていく。

…気持ちいいな。

のんびりと散策していると、ささやき声が聞こえてきた。


…キノト、キノト、キノト

…キイテ、キイテ、キイテ


「ん?何?どうかしたの」


それは乙のそばにある草花たちの心配そうな囁き声だった。


乙は日本にいる際には“意識”して草花たちと神語を使用して会話していたのだが、この世界に来てからは日常的に神語を使用しているため、知らず知らずのうちに“意識”せずとも草花と会話をすることができるようになっていた。だから今のような小さな囁きにも反応することができ、さらに言葉に浮かぶ感情さえも読み取ることができるようになっていたのだ。


…アノネ、アノネ

…ムコウニイルノ、イルノイルノ、カナシソウ

…ダイジョウブカナ

…カナ、カナ

…シンパイ

…シンパイダ、シンパイダ


…キノト、キノト、キノト

…アノヒトダイジョウブカナ


「………」


乙は困ってしまった。こんなにも切実に悲しげに訴えてくることに。

その人のことが余程心配なのだろうと思われた。

だから「大丈夫。見に行くからね」と、少し微笑んで草花たちが導く方へと歩き出した。


…コッチ、コッチダヨ


少し歩いたところで、木々の間から白く輝く何かが見えた。


「?」


ぴょこっと木々の間から顔を出しそれを垣間見た。


「あれは…」


そこにいたのは…ニース神官長だった。



この世界に舞い降りた最初の頃に、3人の神官長をトトゥロより紹介された。その中で最も若かったのがニース神官長だった。聞くところによれば、彼はワーグナー国中央神殿史上、最年少の25歳で神官長に就任した若手のホープでありルシカの師でもある人なのだ。(現在35歳、他の神官長はともに50歳。トトゥロは60代…?)

…ちなみに中央神殿において、トトゥロ大神官長の次に位が高いのが神官長であり、その次が第一神官、第二神官、第三神官と続き以下は神官見習いとなっている。したがって24歳という若さで第一神官を務めるルシカもまた若手のホープといえる。


乙の身の回りの世話をしてくれたルシカとその師であるニース。

彼らは1カ月間、ひっそりと人に知られないように生活をしていた乙にとって、数少ない“接してもいい人”で色々なことを教えてくれたのだ。そういう経緯から、ルシカは勿論のことニースとも大変仲良くなったのだ。



その彼が陽光を背に佇んでいた。


線の細い痩身を纏う衣は、薄い灰色の長衣と白地に金糸の刺繍が施されたゆったりとしたローブ。曇天を思わせる長い髪は腰まであり絹のローブの上でさらさらと風に揺れ、瞳は閉じられ長い睫毛が母性を感じさせる美しい顔に影を作っていた。

悲しげな表情で俯き、今にも儚く消えてしまいそうな様子だった。


「ニースさん?」


心配になって思わず駆け寄ると、今気付いたようにはっとして顔を乙に向けた。


「…どうかしました?」


ニースの顔を覗き込むと先ほどまでの儚く消えてしまいそうな危うさはなく、おかしそうに口元に笑みを浮かべていた。だがその笑みは少し自嘲を含んでいた。

人の存在に気付かなかったばかりか、自分の表情が容易く読み取れるほど思考に耽っていたということに…。


「…いえ。…キノトは。…今日も庭園を散策ですか?」

「…あ、はい。さっき礼拝に参加してきたんです」

「礼拝ですか。今日の午後は確か…ルシカが担当でしたね」

「そうです!私、ルシカの声のファンなんです。ルシカの聖書を読む声は優しくて…本当にきれい!」

「ふふふ。ルシカに伝えておきましょう。喜びますよ。」


にこりとやわらかく微笑むニースに、先ほどまでの自嘲するような笑みは浮かんでいなかった。


「あ!そういえば、ニースさんは礼拝で聖書を読んだりしないんですか?きっときれいなんでしょうね!いつか聞いてみたいです」


にこっと破顔した乙を見て、クスクスとニースは笑い出した。

その様子に安堵した乙はニースに言った。


「は―。良かったです!」

「?」

「何だが、元気なかったから」

「………」

「でも、今は元気になったみたいだし。…皆もすごく心配していたんですよ?」

「…皆とは?」


皆…それほど多くのものに先ほどの自分が見られていたのか?と思い苦笑した。

しかし乙がもたらした答えは、予想と全く違っていた。

はい!この子たちが心配して―――と示した先には…


「植物?」


思わず聞き返してしまった。

そうです!と嬉しそうに微笑んでいる乙を見て、そう言えばと思ったのだ。この方は植物と話ができるのだと。


乙は一つの花を手折っていた。


「…この子が、すごく心配しています。悲しそうだって。心配だって。…この子があなたの傍にいたいから、自分を摘んで渡してほしいって。…受け取ってくれますか?」


小さな小さな白い花。


「はい」


手を伸ばし乙から“自分を心配している”という小さな花を受け取った。

そっと顔に近づけると、やわらかく広がる花の香りが鼻腔をくすぐった。


「…ありがとうございます」


ぽつりとニースからこぼれた言葉は囁くように小さくて…そのことに不安になった乙はニースの顔を見上げる。

彼は今にも儚く消えてしまいそうな、それでいて酷く悲しげな表情をしていた。

大丈夫だろうかとニースの顔を見ていると、その視線に気づいたのか乙に顔を向けた…瞳は閉じられたままで。


フッと微かに頬笑み再び乙に「ありがとう」と言った。


…聞かずにいてくれて。

乙は相手が聞かれたくない踏み込んでほしくないということには、決して踏み込んでこない。そればかりかこうして傍にいて相手を無条件で包み込む。そのことがどれほど人の心を救い穏やかにしているか…自覚はないだろう。いや、だからこそ良いのだ。

だからこそ…多くの者が乙に心を許し無防備になってしまう。

…ニースもその中の一人である。


ニースはふと思い少し躊躇いながら乙に言った。


「…私は、この通り生まれつき目が悪く、物を見ることが叶いません。…貴女のそのお顔も姿もなにも」


そう、ニースは生まれつき目が見えないのだ。だからニースの瞳は常に閉じられている。

そのことを乙は初めて会った時に教えられた。

しかし目は見えないが日常生活には全く問題なく、第六感が通常の人よりも鋭く優れているためモノを感じ見分けることができるのだという。


「…失礼なこととは思いますが、貴女の、そのお顔を…この手で拝見させていただきたいのですが…」


ニースはより具体的に見たい時、触診のように手で直に触れる。そうすると、不思議と頭の中に色彩を伴って見ることができるのだという。

乙はニースの問いに頬笑みながら頷いた。

ニースは少しほっとしたように口元を緩め、一歩乙に近づいた。


一呼吸おいてスッとニースは手をあげ、乙の頬を包み込んだ。




細く繊細な指が乙の陶器のようにすべらかな頬を撫でる。

くるくると円を描くように指を這わせ、目元に行きつく。

中指で瞼をなぞるようにス―と移動させ、目じりを軽く押す。


それに刺激されて乙の閉じた瞼がピクピクと震えた。


スッと通った美しい鼻梁を撫でる。

そのまま顔の輪郭に沿うように上から下へと指先が這う。

乙の小さな顔ではすぐに下へと行きついてしまった。


ニースはその細い頤を何度も確かめるように指を行き来させる。


そしてふと指を止め、乙に囁いた…目を開けてくださいと。


その言葉に素直に従い瞼を押し上げる。

漆黒に彩られた瞳は、顔を触れられる心地よさにとろんと潤んでおり、何とも言われぬ艶やかさを湛えていた。


ニースはそんな乙の艶やかさに気付いたのかはわからないが、心もち緊張した様子で指を這わせる。


―――唇に。



薔薇色に染まる唇は瑞々しい果実のように熟れている。


そっと親指でゆっくりとなぞる。


最後に人差し指でぽんと軽く唇に触れる。




…ありがとうございました。


そう言ってさっと一歩後退し乙と距離をとる。

乙も、どういたしましてとにっこり笑う。


クスクスクスと2人で笑っていると…




ガザガザガザ―――




後ろの茂みから草をかき分ける音が聞こえた。


「?」


乙は振り返りだんだんとこちらへ向かっているような音の正体を確かめるように、目を凝らしじっと見据えるとそこに現れたのは…

陽光を浴びて一際強く輝く燃えるような朱い髪が見えた。その印象的な髪は短く切られ、精悍な顔立ちに鋭く輝く瞳は深い森を思わせる深緑色で、日焼けした褐色の肌が無駄なく鍛え上げられた逞しい男性であった。

そして一睨みで獲物を捕らえられそうなほどの、凄みのある存在感を漂わせていた。


するとその男性はこちらに気付き驚いたように声を発した。

…ニース。

そしてすぐ背後からも同様に驚いたような声を発した。

…ミハ。


知り合いだろうかと思わず2人を交互に見ていると、ニースがその男性を気遣うように声をかけた。


「…ミハ。休んでいなくてよろしいのですか」

「………あぁ」


そう言いながらミハと呼ばれた男性は少しずつ近づいてきた。右手に松葉杖をつきながら。

怪我でもしているのかな?と、ちらっと足を見たがズボンではなく長い衣を着ていたので、足の形もはっきりとはせず足元さえも見えなかった。

再び視線を彼らに戻しじっと見つめた。

…何か、2人って―――

乙のじっと見つめる視線にニースが気付き彼を紹介した。


「キノト、こちらはワーグナー国の大臣であられる方です。先日のお披露目の際には出席しておりませんでしたから、会うのは初めてとなりましょう?」

「はい。初めまして、私は速水乙といいます。ええと…トトゥロ大神官長の遠縁の娘ということで、今神殿や王宮で御世話になっています。…今後とも御厄介になるとは思いますがよろしくお願いします」

「…あぁ。事情は聞いているから、そう改まらなくていい」

「あ!そうですか。…では、私に対しても普通に接してください。キノトと呼んでくださいね」

「………了解した。…私の名はミハ・ロード・ガーバントだ。ミハと呼んで構わない…今療養中でな、神殿で厄介になっている」

「療養中?」

「…足がな」

「………そうですか」


ミハが言いにくそうにしているのでそれにはもう触れないでおこうと思い、先ほどから気になっていることを口にした。


「…あの~。なんだか2人は、似てますよね…雰囲気が!それに、良く見ると顔立ちも似てますよね。御親戚か何かですか?」

「「!!!」」


似てると言われた2人は驚いたように目を見開いた。

初対面でそう言われることは、今ではもうほとんどないからだ。

…纏う雰囲気は全く違う。

一言で言うならミハは鋭く、ニースは柔和。

それにミハは燃えるような短い朱い髪に深緑色の瞳で、逞しく鍛え上げられた褐色の身体。

ニースは曇天を思わせる長い灰色の髪に瞳は常に閉じられていて、痩身で線の細い身体。

2人の容姿は全くと言っていいほど似ていない。

それなのに、乙は2人の雰囲気も容姿も似ているというのだから、2人が驚くのも無理はない。

ミハは思わずどこが?と不思議そうに聞くと、乙は至極当然とばかりに言った。


「確かに身に纏う色彩とかは全然違うんですけど…ほら!身長は全く一緒だし」

「…身長って……」

「あはは。そう!そういう“素”の時の表情は全く一緒ですよ。とっても穏やかで、優しそうな。…それに顎のラインとか目元とか鼻とか、顔の造作は全く同じのようですし!やっぱり2人は似てますよ!」


ニカッと破顔すると、ミハとニースは驚いて互いの顔を見合わせた。

そして少し複雑そうな表情を浮かべ、確認をし合うように目配せしていた。

何だろう?と不思議そうに乙が2人を見ていると、ミハが意を決したように乙に向き直って言った。


「私とニースは…兄弟だ。………双子の…」

「え!?」


親戚かと思ったら実は双子と言う事実に驚いて思わず声をあげると、2人は明らかにビクッと身体を震わせ緊張したように見えた。

しかし乙はそんな2人の様子には気付かずに、おもしろそうにクスクスと笑っていた。

予想外の乙の反応にミハとニースは互いに顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。


「…クスクス。ふふふ。…双子?もしかして一卵性双生児?」

「「………」」

「う―ん。…やっぱりよく似てるから二卵性っていうより、やっぱり一卵性って感じかな?」

「「………」」

「それにしても双子って見えませんね、親戚くらいかと…ふふふ。私の双子の兄たちはそっくり同じなのに!コピーしたように同じなんですよ!…双子って、羨ましいな~」


クスクスとおもしろそうに笑いながら言う。その笑顔は晴れやかで、それ以外の意味は含まれていないように見える。そして少し懐かしそうな眼差しでミハとニースを見上げた。

そんな様子の乙に驚きつつ、ミハは“私の双子の兄たち”という言葉に引っ掛かっていた。


「…キノトの兄も…その…双子なのか?」


恐る恐るミハが聞くと、はい!とっても似てますよ!と嬉しそうに言った。

無邪気に言う乙に、ミハは答えを急くように聞く。


「き、気味悪くないか?…双子は似すぎていて……」

「?」

「良く言うだろう…双子は、凶兆の、前触れ…なんて…」

「??」


思わず乙は、キョトンとしてしまった。さらに凶兆の前触れなんて…聞いたこともなかったから。

この世界ではそうなのかな?と思いながらもあっさりと言った。


「私はそう思ったことは一度もないですし、確かに双子って似てるけど…違いますから。それぞれ自分らしく生きてる一個人だから」



―――ただの兄弟と同じでしょ?



事も無げに言った乙に、ミハとニースは息を呑んだ。

…ただの兄弟だと。


今まで、双子と言うだけで周囲の人間から侮蔑にも満ちた目で見られてきた。

2人は“双子”という呪いにかけられていたのだ。

だから2人は…“双子はやめよう”と思ったのだ。

性格や容姿…変えられるところはすべて変えた。

だから今、双子とは全く思えないような対照的な見た目になっているのだ。


…それなのに目の前にいる乙はそんなことお構いなしで、「2人は似てる」「双子は羨ましい」とまで言う。

こちらの価値観などお構いなしで、無邪気にあははと笑っているのだから…。


不思議なヤツだ。


ミハはやわらかく微笑む。

その隣でニースもまたやわらかく微笑んでいる。


ミハは思う。

乙は相手を無条件で包み込む。

そしてそのことがどれほど人の心を救い穏やかにしているか!…自覚はないだろう。いや、だからこそ良いのだ。

だからこそ…多くの者が乙に心を許し無防備になってしまう。

ミハはニースを見る。

人と距離を取りがちなあのニースが、乙と馴染んでいることに驚く。


不思議なヤツだ。


ミハはおかしそうに乙を見る。

…もうミハもニースと同じく、乙に心を許す一人となっていた。




ミハとニースが乙に対し同じような思いを持ったことは言うまでもない。










ミハ出てきました~

大人の色香を出していきたいな。


これから立て続けにでてきます。


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