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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅱ章 暗闇から光へ
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第2話 騒ぎのその後




お披露目の後、控室に戻った乙にルドルフ国王が土下座の勢いで謝ってきた。


「キノト!!!本当にすまなかった!!!」

と蒼白な顔をして膝をつき深々と頭を下げた。

「………」

怒り心頭な乙は無言でそっぽを向いている。

「…皆の前であのような。…我が愚息が、本当に申し訳ないことをした」

さらに深々と頭を下げる。

「………」

「はぁ。…あやつは、少々変わっておってな…。親である我が言うのも気が引けるが…」

「………」

「…そんなことは関係ないな…。貴女の怒りはもっともであり、無礼を働いたのは紛れもない事実。よって、処罰等は貴女の一存にお任せする」

「…え?」

乙は“処罰”という不穏な言葉を聞き思わずルドルフを見た。

するとルドルフは至極当然と言ったように頷いた。

「不敬を働いた責により、愚息にどのような刑を負わすとも構わぬ。それが………死罪でも」

「!!!」


死罪―――すなわち命をもって償うこと。


まさかそんな…大袈裟な…。血の気が引いた顔でルドルフを見る。

ひくっと引き攣った乙の顔を見たルドルフは、その表情を違う意味にとらえた。…手緩いと。


「…もちろん、それだけでは足りぬことは重々承知しておる。…しかしこの国の行く末を憂うと…」

悲痛な面持ちで乙を見上げ、言う。


「…我が愚息の命と我が命2つをもって、償いとしたい…」


それをもってもまだ足りぬかもしれんが…どうか…怒りを鎮めてほしい…。

そう言ってルドルフは両の手を床につき、頭をも床につけ平伏した。


その国王の姿に乙は眼を見開く。

身体がピリピリと痺れ震えた………慄いたのだ。

彼の覚悟に…そして、国を背負うものの責任に。


ピン―――と空気が張り詰めていた。


この控室には、乙とルドルフとトトゥロの3人しかいない。


呼吸さえ憚れるほどの緊張感………。


急すぎる展開にどう言っていいかわからず唖然とする乙は、ギシギシと油の差していない機械のように首を巡らせトトゥロを見た。


…ど、ど、どうすれば…。


蒼白な顔をしてしまった乙や平伏したままのルドルフを見て、トトゥロは助け船を出した。

「…まあまぁ、御二人とも落ち着くのじゃ。ルドルフ国王…キノトがどうしてよいか困っておるぞ…のう?」

乙に確認を取るように言う。

その言葉に首を上下にブンブンと思い切り振り、跪くルドルフに「立ってください」と近寄り手を取った。

予想外の乙の行動に驚いたのと同時に、ルドルフは自身の不甲斐無さに苦笑した。

気遣いをさせてしまった…。

ゆっくりと立ち上がった2人を見て再びトトゥロが口を開いた。


「…さて、キノト。そなたはどうしたいのじゃ?刑を与えるか?」

「!!!」

「そなたにはその権利があるでな…」

「…いえ。あ、あの…私は、そんなこと望んでいません…」

「では如何するのじゃ?」

「………な、なにも?…よくわかりません。あ!でも、クロウリィさん?に…できれば謝ってほしい…かな…?」


自信なさげにトトゥロを上目使いで見る。

…謝ってもらうのって…ダメなのかな~?と思いながら。

その様子にトトゥロは笑みを浮かべ、ルドルフは驚きに目を見張り思わず口に出てしまった。

…そ、それだけ……?と。

彼が思わず発してしまった囁き声を聞いたようで、

「…あ…はい。…あの、そこまで大袈裟なことではないと思いますし。…それに悪いのはルドルフさんではなくて、クロウリィさんですから」

彼が謝ってくれたらそれでいいです―――とにこやかに言った。


すると、乙の頭の中に思い出したくもないのに、先刻キスされたときの映像が勝手に流れだしてきた。



強く引き寄せられる腰。

上向かせられる顎。

迫る碧い瞳。

…そして熱くやわらかい唇。



わっ!!!と真っ赤になって慌ててしまった。

そうかと思えば、途端に不機嫌そうにムッと美しい顔の眉間にしわを寄せた。


乙のころころと変わる表情を見つつ、ルドルフは思った。

…貴女はなんて、心の広い、そして心の美しい御仁なのか…と。

ただ、謝罪してくれるだけでいいと言ったのだから。


「…では、キノト。特に処罰はないがクロウリィ殿下が誠意をもって謝罪することを条件とする、ということで如何かな?」

「はい。…あ、でも“条件”という縛りは無くていいです。やっぱり、自主的に謝罪をもらってこそ意味があると思うし…でないと強制しているみたいで…それじゃ、心がこもらないというか…なんというか…」

「…承知した。我から愚息にきちんと言おう」

「ということで、両名ともそれでよろしいかな?」

「はい」

「もちろんだ」

「では、このことはこれ以上の議論はなし。これより先、如何なる変更も許さぬ。…よろしいな?」

「「はい」」




こうしてお披露目の騒動は幕を閉じたのだった。

乙がルドルフに、ルドルフが乙に好意をもったのは言うまでもない。





◆◆◆





それから3日。

今まで一部の極限られた者と接し限られた範囲内で生活してきた乙だが、もうそんな必要もないため神殿や王宮などを自由に行き来できるようになった。


特に、乙は神殿の礼拝に気兼ねなく参加することができるようになったことをとても喜んでいた。

以前はこっそり隙間から覗いているしかできなかったが、今は堂々と参加することができるようになったからだ。

これほどうれしいことはない。



中央神殿では午前と午後にそれぞれ一回ずつ礼拝が行われる。

その礼拝は、一般の市民も貴族も誰もが参加することのできるもので(席は分けられているが)、多くの人々がそれに詰めかける。

特に中央神殿は王宮に隣接していることからも、時々王族もこっそり参加をするため(しかし王族席に座るからバレる)、滅多に見ることのできない尊い御人をも拝顔することができるとあって、地方からわざわざ拝礼目当てにやってくる程人気なのだ。



今日、乙は午後の礼拝に参加した。

というのも今日の礼拝を取り仕切るのがルシカだと聞いて、急いで参加したのだ。本当は神殿内にある図書館で本を借りようと思っていたのだが…。

ではなぜ急いで参加したのかというと…理由は二つある。

第一にルシカの聖書を読む声は、山より沸き出でる清らかな流水のようにさらさらと心の中に入ってくるようで、聞いていてとても心地よいのだ。初めて聞いた時に即ファンになり、以後ルシカが礼拝を取り仕切る番のときには必ず参加しているのだ。

そして第二に、ルシカの機嫌が…とっても悪いからだ。

このことは他の神官から教えてもらったことで、そのあとで乙も何回か彼の姿を見かけたのだが、決まって不機嫌な様子をしていた。

原因はというと3日前に行われたお披露目会だそうで、ルシカはクロウリィが乙にキスしたことに大層怒っているというのだ。なんでも、ルシカとクロウリィは幼馴染で歳も24と同い年だったため、小さい頃から神殿や王宮で遊びまわっていた仲なのだという。だからこそ、友人である者が起こした暴挙に怒り心頭であると同時に、彼の突発的な行動を起こす癖を知っていながらそれをルシカが防げなかったということにもとても怒っている…というのだ。

で、今ルシカの機嫌がとっても悪いのだ。

さらに間が悪いことに、3日間色々とルシカが忙しかったためまともに話すこともできなかった。

だから、ルシカに…


「私はそんなに怒ってない」

「ルシカは悪くない」


―――と言うことを伝えられなかった。

乙のことを思い怒ってくれるルシカに…。

だからルシカが礼拝を終えた直後に会いに行こうと思い参加したのだ。






―――礼拝終了後。

居室に戻ろうとするルシカに会いにいった。

ルシカは乙が礼拝に参加していたとは知らず、また自分に会いに来たということにとても驚いていた。


…私のためにわざわざ?


ルシカの顔に自然と笑みが浮かんだ。

それを見た乙は、ルシカにはっきりと告げた…。


「私はそんなに怒ってない」

「ルシカは悪くない」


そして


「私のために心配してくれて、ありがとう」


と…。


またお披露目の後、控室でルドルフやトトゥロと話し合った件についてもルシカに話した。

ルシカなら信頼できるから話しても大丈夫だと…


その時のことを(国王が平伏するほど謝ったとか、死刑も厭わないほどだったとか…)話して聞かせたところ、ルシカの顔が見る間に蒼白になっていった。

その様子を見て思わず…話さない方がよかった?せっかく機嫌を直してくれたのに、失敗したかな…と。

乙はルシカに全部知ってもらいたいと思い話したのだが…逆に話をしたことで心配させてしまったことに申し訳なくて悔やんだ。



…まぁ、ルシカが心配するのも仕方のないことなのだが。

何せ一国の王が、自らの命を差し出すというところにまで発展した話なのだかから―――

もしそれが実行されたなら、乙の命が危険にさらされる可能性も少なからずあるだろうから。

あらぬ噂を流されたり、王族信奉者に命を狙われたり等々。

その様な諸々の可能性があることを乙がどこまで分かっていたのか!

…いや、良く分かっていないだろう。

控室での件は、乙が思っている以上に重大で危険性を孕むことだったのだ。



乙から告げられた話に驚き目を見開いていたルシカは、しばらくして震える唇から言葉を紡ぎ出した。


「…そのようなことがあったのですね。私は何も知らずに…一人で腹など立てて。馬鹿らしいです」

「そんなこと!」

「いえ、そうなんですよ…。でも良かった。穏便に事が運んで…」


ルシカの瞳が今にも泣きそうにうるんでいたが、それを隠すように無理やり微笑んでいた。



…あぁ、ルシカは何も悪くないのに、そんな顔しないで。



悲痛に歪む顔はあまりにも痛々しくて…

無意識のうちに手を差し出し、ルシカの大きな手をつかんだ。


「!」


いきなり乙に触れられたことで、ピクッと反射的に身体が動いた。


その様子にクスッと笑い、ルシカを仰ぎ見た。


「ありがとう」


いろいろな気持ちを乗せたありがとう。

いつも支えてくれて。

いつも心配してくれて。

いつも励ましてくれて。

いつも、いつも、いつも、いつも………


晴れやかに微笑む。


ルシカはその言葉の意味を理解したようで、


「私こそ、ありがとう」


と、乙にやわらかく微笑み返した。



その言葉にくすぐったさを感じて、乙はクスクスクスと鈴が転がるように軽やかに笑った。


クスクスクス。


2人は顔を見合わせ笑い合った。


人の掌の温かさを感じながら―――





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