第1話 お披露目
Ⅱ章スタート!!!
速水乙21歳。
乙がこの世界、リリーネルシアに舞い降りてからちょうど1カ月が経った。
その間、神殿内で人目を避けてひっそりと生活してきた。
というのも乙は至高神ホロの唯一の愛し子であり、“漆黒の愛し子”と呼ばれる神の次に尊い稀有なる存在であり、おいそれと存在すら明かすこともできない。そのため、今まで一部の極限られた者と接し限られた範囲内で生活してきたのだ。
制限される生活は窮屈で息が詰まることには違いないが、本人は特にそう感じることもなく「日々を有効に有意義に過ごそう!」と自ら希望して言語習得に向けて日々勤しんだのだ。
なぜかというと、乙は“神語”を話すことができるため意思疎通に関しては何の苦もなかったのだが、読み書きに関しては…やはりだめだった。よってこれから生活していく上で必ず必要となってくるであろう読み書きを習得しようと決め黙々と勉強してきたのだ。
乙の学習意欲が高いことやルシカやその上司であるニース神官長の教え方が大変上手であったこと、さらには元々ワーグナー国で使われる文字は英語のアルファベット表記によく似ていたことも相まって、メキメキと上達していったのだ。
そのため今では簡単な本なら、そう時間をかけずに読むことができる程にまで上達していた。
また1カ月みっちりと言語を勉強したことで乙に更なる学習意欲がわいたことは言うまでもなく、もっともっとワーグナー国ひいてはこの世界について学びたいと強く強く思ったのだった。
このように乙は大変充実した日々を過ごしてきた。
また何日かに一度は必ずトトゥロ大神官長自ら会いに来ては、他愛無い話はもちろんのこと乙の処遇についても色々と話しながら楽しく過ごしていた。
以前はそのようなことに関して全く何も話してはくれなかったが、だんだんとこの世界に馴染み乙の心にも余裕が出てきたことで、話してくれるようになったのだ。
「この国で自由に思いのままに生きることができるように…」
トトゥロは乙の今後のことを鑑み、神殿上層部や国王や大臣らと慎重に協議を重ねたのだった。
その結果、乙は表向きにはトトゥロの遠縁の娘ということとし、至高神ホロの愛し子である“漆黒の愛し子”であるという事実は神殿や国の上層部に位置する極限られた者のみが知ることとし、またいずれ時が来たらその他の者たちへも知らせるようにすると決めたのだ。
ちなみにその“極限られた者”というのは…
中央神殿では大神官長、神官長3人(ドロリア、パル、ニース)、第一神官15人(ルシカ、他)。
ワーグナー国では、国王陛下と王太子殿下、宰相と大臣10人である。
ようやく正式に乙の処遇が決まり、乙の心も安定してきたということで、ずっと先延ばしにされていた神殿や国の上層部に位置する者たちとのお披露目の日を今日迎えることとなった。一応表向きには、トトゥロの遠縁の娘である乙を国王陛下に目通りさせるというものだった。
また乙の事情(漆黒の愛し子であるということ)をくみ、お披露目は非公式ということで進められる手筈となっていた。
しかしなぜ、非公式にも関わらず“表向きの理由”をわざわざ作りこんな回りくどい方法をとるのか…疑問も湧く。
…だが仕方がなかったのだ。
なぜなら国や神殿の上層部に位置するものが王宮に“一堂に会する”ということは嫌でも人の目を引く。なんせ彼らは公人であり「王宮に行く」という行動一つでも、大勢の使用人たちや王宮の者たち他の貴族連中に“バレる”し、王宮でそれも非公式で“何か”をするとなれば噂が自然と広がるわけで…日々の生活に刺激を求める使用人たちの良いカモである。また妙な噂も立ちかねない。
例えば、「非公式で国や神殿の上層部が集まってた…内容は秘密らしいよ!」「これはなにか悪い知らせ?」「もしかして…また戦争とか?」「私、○○様が真っ青な顔していたの見た」「じゃあやっぱり!」「○○って噂本当だったの?」「そうそうこの国経済状況悪いらしいよ」「うっそ!」「私の御主人がこのごろ景気悪いって言ってた」「やっぱり?非公式で何かとんでもないことやってたんだ!」…云々。
非公式ということで関係者以外を締め出すことはできても、どのような関係者が集まったのかという事実を消すことは容易でないし、またどのような内容なのかも表向きにでも知らせておかないと、逆に変な噂も立ってしまうのだ。
よって一番簡単にこの場を収めるために、“トトゥロの遠縁の娘の目通り”という理由を出したのだ。
だがここでまた一つ疑問が…その理由で本当に大丈夫なの?ということ。
しかしこれが意外に大丈夫なのだ。
なにせトトゥロは大神官長となって久しく、その名声は各国にまで轟いている。そのため色々と“探り”を入れられたりもする。彼の出身は?家族は?血縁者は?…それを盾に脅すことはできるか?といった具合に。
だがトトゥロについての情報はそう易々とは入手できない。それというのも彼自身が“力”を用いて誰にも探りを入れられないように強力な目くらましをかけているからだ。また以前にも今回と同じようにトトゥロの縁者を紹介したこともあった(もう少し小さい規模ではあったが)
だから乙を遠縁の娘としてもばれることはないし、国や神殿の上層部へ“お披露目”という理由でも特に怪しまれないのだ。
そしてその非公式という場でも一応表向きの内容に乗っ取って皆が“演じる”ということも決まっていた。
関係者以外締め出すというのだからそこまでしなくともいいのではないかと思われる。
しかしこれも…仕方がなかったのだ。
ここは陰謀渦巻く王宮。どんな者たちが潜んでいるとも知れない魔窟。
非公式といえども、どこからか覗かれるとも限らない。特に間者たちに。
だが本当に誰にも聞かれたくないとするなら“力”を使って部屋自体に結界を施し外部から干渉できないようにすこともできる。(ちなみに“力”というのは、至高神ホロより生まれいでた“木火土金水”の力の片鱗のことで、神官であれば程度の差こそあるが修行によって全員使用することができる)
しかし残念なことに“結界を施した”とわかる者には気付かれてしまうので、これまた余計な詮索を招くこととなる。噂以上に厄介なことに…。
そう、渦中の乙の身が危なくなるのだ。結界を施すほどの重要な人物だと…。
よって、もし覗かれたとても大丈夫なように念には念を入れて皆が“演じる”こととしたのだ。
この様に言うに言われないもろもろの事情がある中で“お披露目”が行われるのである。
「………」
「ふふふ。…キノト、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私が付いていますから」
「………」
「それに、今回はそう形式ばったモノではないですし。まぁ、人数も30名ほどですし気負わないでください」
「………」
「国王陛下も大変気さくな方ですから。それに神殿の者なら見知った顔もありますでしょう?」
「………」
「…キノト?聞いていますか?…キノト!」
「…は…はぁい」
緊張のためかルシカの呼ぶ声に思わず変な声を出して返事をしてしまった。
今、乙とルシカはこれからお披露目が行われる王宮の広間へと続く、重厚で優美な装飾の扉の前に立っている。
…というのも今を遡ること5日前。
トトゥロから「ワーグナー国の国王陛下や大臣、神殿上層部の者たちにキノトをお披露目する」ということを話のついでとばかりに言われたのだ。
突然のことに驚き乙は「無理です―――!!!」と焦った。
何せ国王だとか、国の上層部に位置する人だとか…今まで生きてきた中で聞いたこともないような“すごい人たち”に自分が“お披露目”されるなんて…
日本でごくごく普通の一般市民として生きてきた乙にとっては、考えすら及ばない未知の事柄であった。
しかしそんな乙の反応を見越してか、トトゥロは淡々と「あなたは神殿に籍を置き、国王陛下を後見人としておられるのじゃぞ?それなのに挨拶もしないとは…まさか言わんじゃろうのぅ???」からかいを含んだ優しい眼差しを乙に向けた。
そう言われてしまえば「はい」としか言えず、渋々ながらも了承してしまった。
…まぁ、挨拶はしないとね。日本人としての基本だし…とぶつぶつ独り言を言っていた。
そんな2人の様子を見ていたルシカは「大神官長のあの顔には気をつけないと…」と心の中で身を引き締めたのだった。
…本来ならば神の次に尊い乙に脅しまがいの言葉を投げかけることは不敬に当たるだろう。だが乙たっての希望で「普通の人と同じように接してほしい」と頼んだのだ。もちろんトトゥロも無闇矢鱈と傅かれ敬われ、息も詰まるような生活をさせたいとは思っていないし、乙の自由に生活させたいと思っている。だから乙の希望を受け、そう接しているのだ。…愛しい我が子のように愛情を持って。
了承した乙はその後、一通りの作法などを教わりつつ、お披露目のためのドレスの採寸などを行ったりと常とは違うめまぐるしい日々を送ったのだった。
そして本番を迎えた今、大いに緊張しまくりの乙は扉の前にルシカとともに立っていた。
そんな緊張する乙を見て、ルシカはそっと乙の頬を両の掌で包み込んだ。
「大丈夫ですから…さあ、私を見てください」
ふふふっと乙を見て微笑み、大きな漆黒の瞳を覗き込んだ。
緊張に揺れる双眸の中にルシカが映り込んでいた。
「…そう、そうです。何も緊張などする必要はありません。…ありのままのあなたで」
―――大丈夫。
優しく微笑むルシカを見て、頬を包み込む温かな掌を感じて…
乙は少しずつ落ち着いていった。
漆黒の瞳と蜂蜜色の瞳がやわらかく絡み合う。
「…うん。ありがとうルシカ」
固い花がほころぶようにやわらかく微笑んだ乙にルシカは一瞬見惚れてしまった。
今の状況を忘れてしまうほどに…。
思わずふにゃけてしまった顔をあわてて引き締め、少し名残惜しそうにしながら薔薇色に染まる頬から手を離した。
「…では、いきましょう」
「はい」
しっかりと前を見据え、歩き出す。
重厚な扉がそれに合わせ音もなく開く。
パッと開いた瞬間乙の目に飛び込んできたのは、奥へと一直線に伸びる目にも鮮やかな緋色の絨毯とその少し離れた脇に居並ぶ人々。
向かって右側に宰相と大臣たちが、左側には神官長と第一神官たちが。
そして緋色の絨毯の向かう先には、悠然と椅子に腰かける…国王陛下とその脇には、トトゥロ大神官長が。
臆することなく真っ直ぐ歩き、乙は国王陛下の前で止まり優雅に一礼する。
その所作に合わせ、麗しいドレスがさらさらと動く。
今日の乙の装いは、淡い空色のシンプルなドレスで首元はレースに覆い隠され腕も長袖という大変露出度の低いものであり、閉塞感ある固さを漂わせていたがそれが逆に“尊さ”や“不可侵”といったイメージを湧かせ、乙がただの“娘”でないことを言外に物語っていた。
…もちろんこの広間にいる者は、乙がただの娘でないとわかっている。
また、乙は5日間という短い間で身につけたとは思えない、皆が見惚れるほどの完璧な礼をして見せたのだ。
練習では乙の呑み込みが大変早かったことや元々備わっていたのだろうと思われる洗練された身のこなしにより、難なく完璧な所作の礼を身につけたため指導をしたニース神官長やルシカを大いに唸らせた。「まさかここまで!!!」と。
まぁ、それはそうかもしれない。
何せ乙は由緒正しい神社の子として育ち、幼いころから礼儀や作法に関しては大変厳しく躾られてきた。その甲斐あって、全く知らないこの国の所作にも意外にも早く対応することができたのだ。
礼をし終え、スッと瞳をあげる。
…なんと国王陛下を正面から見据えたのだ。
「!!!」
普通であればこの様な場で、国王陛下ともあろう御方の目を見るなどあってはならないことである。(まぁ、今は演技中ではあるが…)しかし乙はそのことをすっかり忘れた…のではなく、あえて目を合わせたのだ。
―――瞳を見たかったから。
のちに乙はこう語った。ただ瞳を見たかったのだと…。
フッ。
その様子を見た国王は、口元を緩めた…おもしろいと。
本来であれば、上座に国王が座することは間違いなのである。なにしろ乙は神の次に尊い“神の愛し子”なのだから。しかし今皆が演技中で、乙も国王より低い身分の役を演じているはずなのだが…それを無視して興味本位で目を合わした。
…国王が乙をおもしろいと感じるのも無理はない。乙のために心を砕いて皆が“演じて”いるのに、それをあっさりと当人が壊してしまうのだから。
国王はおかしそうに乙を見据えたまま口を開いた。
「我が名はルドルフ・ウル・ワーグナー、このワーグナー国の王である。そなたのことはトトゥロより聞き及んでおる、遠縁の娘であるそうな。…名を申してみよ」
「はい。お初に御目にかかります。私は速水乙と申します。姓は速水、名は乙です」
「ほぅ、キノトというのか。なかなかに変わった名であるが、良き響きだ」
「ありがとうごさいます」
良い響き…そう褒められ思わずにっこり笑ってしまった。
その様子を見ていたルドルフは、つられるように茶色の瞳を笑みに細めた。
ルドルフは賢君として名高く国内はもとより各国にまでその名声は轟いていた。
また短く切りそろえられた金髪に肥沃な大地を思わせる茶色の瞳、精悍な顔つきで程よく筋肉のついた逞しい体つきの美丈夫であった。そのため御歳48になるが、類稀なる知性と美しさから国内外問わず未だに結婚の御誘いが絶えないという、大変な魅力の持ち主の国王であった。
「フフ。…トトゥロには世話になっておる。その血縁とあらば、我は心から歓迎する。…して、キノトは今何か望むことはあるか?我が叶えてやろう」
「「「!」」」
皆一堂にえっ?と思った。なにせ突然予定に無いことを国王が言いだしたのだから。
「…はい。ええと……」
「遠慮せずに何でも申してみよ」
「…えぇ。………。あ、あの、私はこの国に来てまだ日も浅くて、何も知りません。だから…この国について、この世界について沢山学びたいです。…それが今の望みです」
漆黒の双眸が奥底できらりと輝いた。
…学びたいとな。
ルドルフは驚いていた。今臨むことが勉学とは…と。
女性が勉学に勤しむことは…この世界ではそうそうないことで、この目の前にいる娘は…いや少女は「知らないことばかりだから学びたい」と言ったのだ。
ルドルフはますますおもしろいと瞳を細め、何か閃いたようにクイッと口の端を上げた。
「そうか。なればこの王宮にて学べばよい。教師を付けよう。…そうだ、いっそのこと王宮に住めば良い」
「…えぇっ!?」
「ほほう…。陛下、それは良い案ですな。わしも賛成じゃ。…そう、王宮と神殿に両の居室を用意し好きに行き来できることとすれば―――いかがでしょうかな」
「うむ。トトゥロの案に我も賛成である。良いかな、キノト」
「………」
いつの間にか国王の提案にトトゥロも加わって言った。
2人のキラキラとした視線に押されるように「…はい」と返事をしてしまった。
「おおそうか。では早速部屋を整えさせよう―――」
そう言った瞬間、ドンッと扉が開く音とともにブーツのカツカツという軽快な音が広間に高らかに鳴り響いた。
皆が息をのんで一斉にその方向を向く。まさか誰かが侵入してくるなんて!!!
緊張で張り詰めた広間に、それを打ち破る陽気な声が響く。
「ワリ―、ワリ―。遅くなっちまって」
言葉ほどには悪いとは思っていない風に話すその人は…
「あ!あなた!」
乙は思わず声をあげてしまった。何せそこにいたのは…あの嵐のように過ぎ去る不審青年だったのだから。
一回目は神殿の庭で会い、二回目は乙の部屋のバルコニーで会った…あの青年!
前と同じようにだらしなく着崩した格好で現れた青年は、声を上げてしまった乙の方を振り向きながら近づいてきた。
「ん?お前は……」
「…なんだ、2人は知り合いだったのか?」
ルドルフはそんな2人の様子を見て問うたが、それを慌てて乙は「違います!!」と否定した。
そう特に知り合いということでもなく、ただ2度会っただけなのだからと。
すると青年は乙の隣に立ち、ニヤッと笑いとんでもないことを言った。…広間にいる全員に聞こえるほどの大声で。
「つれないな~俺とおまえの仲だろぅ?真夜中のバルコニーで抱き合った~」
「!!!」
「はぁ。あの熱~い夜を思い出すと…今でも体か疼く」
「…本当なのか?」
うっとりと記憶に浸るように言う青年を見て、半信半疑ながらもルドルフは問うた。
青年の言葉を信じるとすれば…2人はもう男女の関係なのだと、そう言っているように聞こえる。しかし青年の様子を見ると演技だろうと思われるのだが…乙の反応があからさま過ぎる。
なにしろ目を白黒させて、顔をりんごのように真っ赤に染めているのだから…。
「ちちち違います!!!!」
そう乙は叫んだが、それを100%信じる者はいないだろう。
…何せ真っ赤だから。
それに目じりにうっすらと涙も浮かんでいるような…。
プッ。プハハハハハハハハハハ―――
青年はいきなり豪快に噴き出し、乙の頭をぐりぐりと撫でまわし始めた。
「おもしれ―。…んにしても、初心だよな~。てか、ガキだよなお前。ププププププ」
―――からかわれた。
乙は一気に不機嫌になり口をへの字に曲げた。
「…ガキガキってからかって!」
「あぁ?ガキだろどう見ても。こんなくらいですぐ動揺するし」
「ガキじゃありません!」
「いや、ガキだ」
「違います!」
「ガキだ」
「違う!」
「ふうん。…なら、何才なんだ?言ってみろ!」
「21です!!!」
「…………………」
ヒートアップした2人の応酬は突然途絶えた。
それを不審に思い青年をうかがい見ると、目を見開いて乙を凝視していた。
「?」
状況が分からずに、答えを求めるようにそばにいるルシカを見ると、彼もまた同じように目を見開いていた。
ななななんで―――?ますますわからなくなった乙は周りを振り返る。すると、皆動きを止め目を見開き乙を凝視していたのだ。
「へ?」
思わず気の抜けた声が乙の口から洩れた。
どうやら乙は本当に理解できていないようだった。
この広間にいる皆が、乙の21歳という年齢を聞いて「14、15歳じゃないの???」とあんぐりと驚いていることに。
しばらくしてどうにかその衝撃から立ち直った青年は、その動揺を隠すように無理やり口に笑みを刻んだ。
「…へ、へえ。そ、そうか。21か…」
「?そうだよ…。ガキじゃないでしょう」
「……なら…」
「なら…?」
青年はまた何かを閃いたようにニヤッと意地の悪い笑みを乙に向けた。
「なら、大人ってことだ。だったらこのくらいのことで騒ぐなよ―――」
そう言った瞬間、その逞しい腕を乙の細い腰に巻きつかせ自身に引きよせた。
ぴったりとくっついた青年の身体からは太陽の匂いがした。
そして顎をクイッと持ち上げられ、顔が青年に向いた。
漆黒の瞳と碧い瞳が絡まり合う。
乙はその瞳に引き込まれるような錯覚に陥っていた。
自分とは違う碧い瞳に。
その碧く輝く瞳は夏の突き抜ける空のように清々しくて―――ずっと見ていたい、その世界に近づきたいと無意識に思っていた。今の状況を忘れて…。
すると乙の願いが通じたのか、碧い世界が目前に広がった。
………え?
乙は唇に熱くてやわらかい何かを感じていた。
…な、なに?
ピリッと身体が疼いた。
触れた何かを確認する間もなく、その熱は一瞬の後には過ぎ去ってしまった。
そして目の前にあるのは…ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている青年の顔。
「…ごちそうさま」
青年は確かにそういった。
もしや…
―――キスされた。
自分が何をされたのか分かった乙は、羞恥と憤怒で先ほどよりもさらに真っ赤になった。
しかし同時に混乱もしている乙はすぐに青年に言い返すことができずに、口をパクパクと池の鯉みたくさせてしまった。
そんな様子の乙を満足に見やり青年は「それじゃ~なぁ~」と颯爽と扉へ向けて歩いていった。
広間に残された人々は唖然としたまま固まっている。
こんなことが起こるとは…。
その中で、いち早く気持ちを立て直したのは国王であった。
彼は、はぁ~と盛大に溜息をついた。
まさかこんなに大勢いる広間で…
なにも今この場で…
片方の手で顔の半分を覆い隠し、それはそれは申し訳なさそうに乙に言った。
「…………我が愚息がすまないことをした」
そう。
青年はルドルフ国王の第二王子、クロウリィ・ヘルナ・ワーグナーだったのだ。
乙のお披露目は、大波乱の中で幕を閉じた。
お待たせいたしました。
Ⅱ章スタートです!甘くしていきたいな~と思っています。
基本、甘い要素を1話ごといれていきます。
今回文字数8200字いっちゃいました。
最長記録更新!