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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅰ章 二つの故郷
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回想録 ~誕生から旅立ち~



「美咲さん、美咲さん」

「なんですか?誠司さん」

「あの…お話したいことが…」

「…まあ。実は…私もお話したいことが…」

「あ。なら、先にどうぞ…」

「いえいえ。誠司さんこそお先にどうぞ…」


………。

互いに無言で見つめ合う。

そしてどちらともなく目をそらし、ぽっとほほを染める。

コホンッと気まずい雰囲気をごまかすように誠司は咳払いしつつ、なら…と言葉を続ける。

「なら…。同時に言うってことでどうでしょうか」

第三者が聞いたら突拍子もない提案に思えるが、美咲は「それはいいかもしれませんね」と笑顔で答えるのだった。

互いに話したいことを同時に言う…

この手法で、互いの話す内容がシンクロする確率は極めて低いようにも思うが…特に拘っていないようで「名案だ!」と2人は面白そうに笑うのであった。


「では…せ―ので、いきますよ?」

「…はい」

幾分か2人は緊張をしながら、相手を見つめ返す。

「「せ―の」」



「「今晩、子づくりしない(しませんか)」」



………。


互いに目を丸くし相手を見つめる。

“まさか相手も同じことを思っていたなんて…”


普通であれば今頃“羞恥”に顔を染めるであろう。なにせ、互いに“今晩子づくりしたい”ということを口にしたのだから。しかし当の2人は神妙な顔つきで相手をじっと見つめていた。


…あぁ。やっぱり。


互いに妙に納得した顔をしているのだった。

それというのも、今日一日中感じていたことなのだ。

「今日、子づくりしないと…」と。なぜかはわからないが、そう感じて仕方なかったのだ。


神妙な顔つきでどちらからともなく歩み寄り、仲良く手を取りつつ夫婦の寝室へと向かった。

2人が一晩中愛し合ったことは言うまでもない…




速水誠司と速水美咲は近所でも評判のおしどり夫婦である。

誠司の家は平安時代まで遡ることのできる由緒正しい神社の家系であり、そしてその分家の子でもある昔からの幼馴染の美咲と恋愛結婚で結ばれたのだ。結婚した当時は互いに高校を卒業したばかりの18歳という大変な若さだったが、周囲の不安をよそに結婚生活は順調そのもので、翌年には待望の赤ちゃんも授かった。赤ちゃんは一卵性双生児の双子の男の子で、喜びも2倍であった。夫婦は双子の兄を透、弟を遥と名付けた。

双子はすくすくと育ち、もちろん夫婦仲も円満。

周囲もうらやむ、絵に描いたような家庭であった。



そして時は経ち、夫婦が29に、双子が10になったとある日。

突如として異変は起こった。

いきなり「今晩、子づくり!」と思ったのだ。

はて?なぜか…?

夫婦仲はとてもいい。毎晩…とはいかないが、やることもやっている。

なのに、突然そう思ったのだ。しかも“今日でないとだめ!!!”と強く思ったのだ。

そして相手にその旨を告げると…相手もまた同じ気持ちでいるのだから、ますます不思議であった。

とても…不思議ではあるが、難しいことはあまり考えずに「では、愛をはぐくみましょう」と2人は一晩中愛し合ったのだった。


そして10日ほど経ったころ、美咲は自分の体の異変を感じ取った。

「???」

なんだか…お腹が…変。―――変と言うか…温かい?

無意識に下腹をさする。そして漠然と理解するのであった。


―――子どもができた…。


「!!!」

すぐさま妊娠検査薬を使うが、反応は陰性だった。

しかし美咲はわかっていた。絶対に妊娠していると…確信を持っていた。

実際、1週間ほど経ったのちに再び検査し直すと陽性だったのだ。


それを確認すると、すぐさま夫である誠司にそのことを告げた。

すると誠司は美咲と全く同じ考えを持っていた―――やはり…あの夜の…子どもだろうか?と。

そう。美咲もそう感じていたのである。

…突然あの日に感じた思い。

…そして今妊娠しているという現実。

もしや―――神のお告げ…

夫婦は確信を持っていた。


あぁ。この子はきっと…



そして10ヶ月後。

赤ん坊が初めてこの世で産声をあげる。

とても元気な声だった。

家族4人で生まれたての赤ちゃんを囲んだ。

新しい家族が増えたことに双子の透と遥も大変喜んだ。


それと同時に…家族全員が感じた―――


この子は、違うと。

何が?

命の輝き…?まとう空気…?

はっきりとは誰もわからなかったが、家族皆が感じたのだ。


そしてきっとこの子は―――

この子は?

きっとこの子は…いつか旅立っていくだろう。

この世界から。

どこへ?

わからない…けど。きっと、いつか。いつの日にか…


だから、それまでは。その時までは―――持てるだけの愛を捧げよう。



家族はそう思った。そして誓ったのだ。


一生分の愛を、と。




◆◆◆




速水家に誕生した女の子は、(きのと)と名付けられた。

乙と言う名は、なんと陰陽五行説からつけられているのだ。

五行説の木火土金木水の“木”。その陰陽である甲・乙の陰の“乙”を名としたのである。

神社の子でありながら、陰陽道の基本ともいえる陰陽五行説から名が付いているということは、かなり異例なことであったが両親は全く気にしていなかった。

なぜなら心のどこかで確信していたからだ。

この子は、“乙”という名があっていると…

そしてこの子は、神社の子だからと言ってそれに縛られることもないのだと、もっと広く世界を見ることが必要なのだと…


乙は両親や双子の兄の愛に包まれ、自由にのびのびと成長することとなる。


乙が中学3年生の時。

高校の進路は?という時に、家族の期待通りに広く世界を見る決断を自らで下した。

「私、クリスチャン系の高校に行きたい」と。

もともと神社の子だったため、そっち方面の知識は幼いころから自然と身についていた。だからこそ乙は、違う世界のことも学んでみたいと思ったのだ。

そのことに家族は応援こそすれば、反対などしなかった。


だが、“自由に”と言っておきながら、特に父と双子の兄はあることを画策していた。

それは…乙を女子高に入れることだった。もともと乙は小中一貫の女子高に通っていたのだが、実はこれも彼らが画策したことであった。

というのも「かわいい乙を狼のなかにやることはできない」と猛烈に反対したためである。

幼いころからずば抜けてかわいらしい子どもであったことから、父や双子の兄は心配して「学校は女子高だ!」と乙を小中一貫の女子高に入れたのだ。

そしてさらに美しさに磨きがかかった乙に、さらに不安を募らせ「高校も女子高だ!」と、さりげなく乙に「この高校なんか、いいんじゃない?」とすすめたのだ。


さらに、乙が高校3年の時。

大学の進路は?という時に、またまた広く世界を見る決断を下した。

「私、国文学の仏教について学びたい」と。

そしてますます美しさに磨きがかかった乙に、さらに…さらに不安を募らせ「大学も女子高だ!」と、さりげなく乙に「この大学なんか、いいんじゃない?」とすすめたのだ。

よって、乙は自分の意図せぬままオール女子高の学園ライフを過ごしてきた。


父や兄は乙を超~過保護に育ててきた。

それも…まぁ…しょうがないことかもしれない。

全く自分の容姿に自覚のない乙を心配しての行動であったから…。

なにせ幼い時から、女子の中で生活してきたことで御洒落をしたり、男性の目を気にしたり…ということがなかった。そのため、容姿に関してかなり鈍感だった。さらに悪いことに、男性とあまり接してこなかったせいか“世の中の男性=父や兄”という方程式が成り立っており、男性に対する危機感というものがないばかりか“人類みな兄弟”的思考でいた。これでは…危なすぎる。

だから何度となく、乙は変な輩に目をつけられたりしていた。鈍感すぎる行動のせいで…。

しかし乙自身はその事実を知らない。なぜなら、双子の兄が秘密裏に動いていたからだ。具体的に何をしていたのかは…黒過ぎて言えない。ただ、乙に色目を使った輩はまず間違いなく、目が虚ろになってしまったということ…。怖っ!!!


そんな乙を守るため、超過保護に育ててしまったのだ。

したがって父や兄がそうすることも…仕方がなかったのかもしれない。

母も渋々容認していたし…。


大切に大切に育てられてきたのでした。




◆◆◆




乙が21歳の時。


五月晴れのある朝。

父と母、双子の兄があることを感じた。

それは明け方、不意に目を覚ました時に感じたのだ。



あぁ…乙が今日旅立つ………



そしてそれは、生まれたときに感じたことでもあった。

この子はいつかこの世界ではないどこかへ旅立ってしまうと。


もしその日が来たら、いつもと変わらぬ日常のなかで静かに見送ろう。

そして…そのことは言わないでおこうと。

乙が自由に、思うがままに選べるように…


…行くか行かないかを。


だから私たちは、何も言わないし何もしない。

そう、家族で約束したんだ。

だけど、せめて行ってしまう前に乙の大好物を食べさせたい。

朝から、ハンバーグは重いと思うけれど…食べてね?

これが、家族ができるせめてものこと。


…乙が今日旅立つ。


今日一日は、家で家族とともに過ごすものとばかり思っていたら、大学のレポートのために仏像展を見学に行くという。

本当は止めたかった。

いつ旅立ってしまうかわからないのに…出かけるだなんて…

でも、家族で決めたことなんだ。

“変わらぬ日常の中で”と。



「行っておいで」

―――うん。

「でも、怪我とか病気とかしないでね」

――――うん?

「心配し過ぎ。だって俺の自慢の妹だぜ」

「そうそう。乙は乙だもんな。かんばれよ」

―――――う…ん?



乙は不思議そうな顔をしていたが、構わず言う。

仏像展を見に行くくだけなのに…と、会話が成り立っていそうで成り立っていないことに困惑しているようだった。


旅立つ乙に言えるのは、この言葉くらい。

本当はもっと言いたいことは一杯あったけど、これ以上言ったら…きっと何かあるってわかってしまうから。

ごめんね。

それに、笑顔で送り出したいから。

しんみりしちゃダメだから。

ごめんね。


愛してる。

愛してるよ乙。


ずっと、ずっと。私たちは家族だから。


いつでも帰っておいで。


ここは、あなたの家だから。



いってらっしゃい。



そう、笑顔で送り出すよ。





笑顔で送り出された乙は、自らの意思で選びこの世界を旅立つこととなる。


家族の愛を胸一杯に感じながら。








きのとの温かな家族です。

そんな中できのとは育ってきたのです。


今後、どのような行動を起こしていくのでしょうか?

もう双子兄がいないから、悪い輩が来ても守ってくれないぞ!!!

生き抜いて!きのと!!

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