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漆黒の愛し子  作者: 花垣ゆえ
Ⅰ章 二つの故郷
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第10話 午後の嵐




乙はルシカに聞いた。

「私の“愛し子”としての立場」と「元の世界に戻れるのか」ということを。


その問いを聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ、明らかにルシカの表情は硬さを増した。しかし乙本人は、彼から少し視線を下げていたので、その表情の変化には気付かなかった。そしてルシカもまた、気付かれぬようにすぐに表情を戻し、話しを切り出した。


「…わかりました。まずはあなたの立場についてお話しましょう。あぁ……その前に話の腰を折るようですが朝食をお召し上がりください」

乙の目の前に並べられた朝食を手で示し促した。


その気遣いを嬉しく思ったが、乙はその時朝食を食べる気分ではなかった。

そして…“あること”を心に決めていたため、それを決めるまではいくら勧められても食べる気は全くなかった。だから失礼かとは思ったが、丁寧に朝食はいらないと断った。

ルシカも特にそれ以上は勧めなかった。しかしその蜂蜜色の瞳には、悲しげな色が浮かんでいたのだが…乙は視線を下げていたためそのことにも気付かなかった。


「………では、お話いたしましょう。基本的なことから」

「はい」


漆黒色の瞳と蜂蜜色の瞳がぱちりと合う。

部屋には、静かな緊張感が漂っていた。


「…至高神ホロがリリーネルシアを創造したということは、聞いていますね。“至高神”ということですから、ホロ神がこの世界の“唯一の神”として在られます。ということは、神はホロ御一方(おひとかた)ということになります」

「…はい」

「またこの世界には精霊というものがいますが、これらは至高神ホロがこの世界を創造する際に、自身の躰から生み出した5つの力からやがて生まれたものなのです。この力というのは、木、火、土、金、水の5つのことです。これは至高神ホロが闇から意識を持ち、命をも持つこととなったのと同じく、5つの力がそれぞれに意識を持ち、命をも持つこととなった…それを精霊といいます。精霊は世界に沢山溢れていますが、そのほとんどは自らの属性の近くに在るんです」

―――ほら部屋の外に見える庭園にも、多くの精霊がいますよ。木の中や風の中などにね。

彼は視線を窓の外の庭園へと移した。

つられるように乙も見遣る。しかし今の彼女には、庭園にいるという精霊をゆったりと見る余裕はなかった。なぜなら、先ほどから至高神ホロについて話すばかりで答えを言ってくれているようには思えなかったからだ。


確かに…私が“神の愛し子”と言うなら関係がなくもないのかもしれない。けど―――


早く聞きたかった。

俯く乙の余裕のない表情を見てか、ルシカは軽く息をつき続きを話しだした。


「ここまでは理解できたようですね。では本題に入ります。」

乙は再び顔を上げ、彼の言葉に耳をすませる。

「あなたは、この世界の至高の神であるホロの“愛し子”です。そして…創世神話から現在に至るまで“神の愛し子”は…一人として存在していません」

「!!!」

「また、精霊たちにも極稀に“愛し子”が生まれますが、最近の記録でも今から100年も前のことになります。…それほど“愛し子”という存在は特別ということです。神においても精霊においても…」

「!!!」

「そして“愛し子”ではありませんが、神や精霊から“加護”を受ける人もいますが、これもやはり希少な存在です。わかりますか?只人である私たちが、神や精霊と関わることの希少さを。」

「………。」


ルシカの話は乙の想像をはるかに超えていた。

“神の愛し子”と呼ばれる存在が、どれほど貴重で希少であるか!!!

事の重さに驚愕し、声すら出せずに固まってしまった。

なんということか……


乙の痛ましいほどの姿にルシカはそっと目を伏せる。

そう。“神の愛し子”は尊い。言葉では表しきれぬほどに…。

―――私は、私にはあなたに今かけるべき言葉を持っていない。いや、持ってはいけない。事実のみを伝えるのが、今の使命だから。


さらに追い打ちをかけるようにいう。


「あなたはこの世界の神の唯一の“愛し子”。したがってあなたの立場は…神に次ぐ高貴なる存在です。したがって僭越ながら、あなたの籍は中央神殿に属し、ワーグナー国国王が後見人となることであなたを固くお守りいたします」

「………」

「そして元の世界に戻れるのかとのことについてお話しいたします。…トトゥロ大神官長がおっしゃるには、限りなく不可能に近いということでした」

「………」


「―――その理由としては『あなたが最もその理由をわかって…』」

そうルシカが言葉を続けると、それを遮るように乙は「もういいです!わかっています!」とヒステリックに叫んだ。そして目をギュッと瞑り、手で耳を閉じ何も聞きたくないというように俯いてしまった。

白い顔は青ざめ苦痛に顔を歪めていた。体は恐ろしさからか小刻みに震えていた。



その様子を見て、ルシカは血が出そうなほど唇を強く噛み締めた。

―――ッッッ!!!私は、何も。何もできない…あぁ!!!



ルシカは何も言わずに立ち上がり部屋を後にした。

嘆き悲しむ乙を慰めることもできないから………。




乙がルシカが出て行ったことに気付いたのは随分後のことだった。





◆◆◆





午後の日差しが降り注ぐ庭園。

大樹の木漏れ日の中でぼんやりと芝生の上に座る人影が一つ。

…乙である。


あの後、部屋でぼんやりと考えでいたが何の考えもまとまらず、むしろ余計に頭がぐちゃぐちゃしてしまったのだ。

あぁ。これじゃ駄目…と気分転換がてら部屋の階下に広がる神殿の庭園に降りたのだ。

それに…昼食を運んできたルシカと顔を合わせるのが辛かった、ということもあったが。


はぁ…。

胸の中で溜息をつく。

もう口で溜息をする気力さえもなかった。

それほど、乙は追い詰められていた。自らのもつ貴重さと希少さに…押しつぶされそうだった。そして考えようと思っても何も考えられないでいた。

常ならば漆黒に煌めく双眸も、今は何一つ映してはおらず虚だった。


これほどまでに美しい庭園の中にいながら心動かされることなく、また植物たちと何も話すそぶりを見せない乙は………異常であった。

植物たちも懸命に話しかけているが、そのことに全く気付いていないのであった。




どれほどの時間をそうしていたか。

乙は背後に人が近づいていることに全く気付いていなかった。


「………い。…おい。」

「………」

「…無視か?おいっ。おいっ!―――聞いてんのか!!!こんのガキッ!!!!」

「!!!」


怒声を含んだ大音量が辺りに響き渡る。

ビクッ!と反応した乙であったが、驚いたのは何もその怒声にではない。いきなり目の前に逆さまになった青年の顔が現れたからだ。

ななな何…???驚きに目を見開き、勢いよく身体を後ろに引くが、ドンッと何かにぶつかり身を引くこともできなかった。それもそのはず、青年は乙の後ろに立ち上から覗き込むように上体を曲げていたからである。

どうすることもできずにそのまま固まっていると、ニヤッと意地の悪い笑みを彼は浮かべた。


…してやったり。とでもいいそうな顔で。


すると青年は上体を起こし、乙の目の前に歩いてきた。

そして芝生の上に座っている乙を上から見下ろし、ジロジロと値踏みするかのように遠慮なく見るのだった。

この事態をよく把握できていない乙ではあったが、さすがに見られているということに気付き、少々居心地の悪い思いをしていた。

長身の青年から送られてくる強い視線に耐えかねて、クイッと顔を上げ彼の視線を受け止めると漆黒の双眸と碧い双眸が見つめあった。



青年はだれもが思わず見惚れてしまうほどの容姿をしていた。

太陽の光を集めたかのような輝かしい金糸の髪を持ち、襟足だけ長く伸ばしたそれを一つに束ねていた。

秀麗な顔に浮かぶのは、快晴の突き抜ける空を思わせるような碧い瞳。

また白い肌は健康的に日焼けしており、鍛え上げられた身体をより一層際立たせていた。その身に纏う服装は、白いシャツに濃灰色のベストと濃紺色のズボンとラフな格好だったが、気取らないその恰好が彼の魅力を引き立てていた。


年頃は20代半ばと思われる文句なしの美青年であった。

しかし乙は、異性に対する興味を特に持っていなかったということと、それどころではない己の心理状況から「この人だれ?」くらいにしか思っていなかった。



突然―――ブワッと強い風が庭園を駆け抜ける。

乙の長い漆黒の髪が踊り狂う。反射的に瞳を閉じた乙。


刹那。


額にやわらかい熱を感じた。

何…?乙は瞳を開き確認する――――――っ!!!

声なき悲鳴をあげた。目の前に見えたのは、青年のたくましい首筋と顎のライン。

そして…額に感じたモノは彼の唇であった。


再び驚きのあまり、勢いよく身体を後ろに引き彼から身を離す。

ちゅっと音を立てて額から唇が離れた。


今度は、青年が背後にいないので離れることに成功した。

だが…身を引いたことで、彼の顔を見てしまい失敗したと思うのだった。

彼はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべ、上から見下ろしていた。

―――顔が近い。

身を引ける距離というのには限界があり、まだかなり顔が近かった。ますます硬直してしまった乙を面白がるように、さらに笑みを深くする。


「…なな何するんですか」

顔が引きつるのを感じたが、なんとか抗議することができた。


すると今度は少し意外そうに青年は乙を見た。

それもそうだろう。普通の女子の反応なら、秀麗な顔つきの美青年のドアップやデコチューにまず間違いなく赤面したあげく卒倒すること必死だ。当のやられた本人は、驚いた反応は見せたがそれ以上の反応は見せなかった。


それを青年は…う―ん。意外に慣れてんのか。はたまた意味すら分かってないかのどっちかだな。と一人愚痴るのであった。

そしてその秀麗な顔から笑みを消し、スッと真剣な眼差しで乙を見た。


「お譲ちゃん。な―に悩んでんだか知らないが、根詰め過ぎんなよ」


…えっ?思わぬ青年の言葉に乙は驚いて目を丸くする。


それになぁ…。と一呼吸おいて、再びニヤッと意地悪く笑い言い放つ。

…嫌な予感。


「いくら神殿の中だからって安心しきって今みたいに無防備な顔してると、悪い男に食われちまうぞ」

―――俺みたいな。

「!」


思わずビクッと反応してしまうとそれに満足したのか、青年は乙の頭をまるで子供にするようにぐしゃぐしゃと掻き乱したのだった。呆気にとられていると、ハハハッと快活に笑い乙に背を向けて去っていってしまった。

もう青年の姿は見えない。



…なんだったんだろう。

途方に暮れる乙であった。

神殿の庭園を吹き抜ける風のように、いきなり現れたかと思えばいつの間にかいなくなってしまった青年は、いったい何者だったのか、何のために来たのか…。


謎だらけだった。



そんなことを思う乙は気付いていなかった。

今まで押しつぶされそうになっていた心が少しだけ軽くなっていたことを。






きのとの立場は驚くべきものでした。

呆然とするきのと。


そして…男その2でました~プレイボーイ!

でも、きのとには全く効いていませんでした。…手ごわいなきのと。

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