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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出

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エピローグ『ああ、魔女よ』




「それでアタシには挨拶もなかったってわけらしいのよ」


 屋敷でクッキーを貪りながら、カトレアは心底不満そうに言った。紅茶を淹れながら、興味もなさそうにシトリンが聞き流している。


「大変で御座いましたね。ですが、おかげでヴェルディブルグ王家は存続されるのでしょう。実際、女王陛下は王太后フロランスと、その周囲にいた王族や関係者全員を処断したと聞いていますから」


 新たなヴェルディブルグとして出発するのなら、肉親といえどもフロランスを投獄という形で生かすわけにはいかない。国民の不満を招くだけだ。一斉の処断という異例中の異例ではあったが、それがパトリシアの決意の表れだとして、魔女に後押しされる形で国民も納得した。


 その後、モナルダに関しては、かつてそうであった三代目の魔女スカーレット・フロールマンと同じく『消息不明』という形で幕を閉じた。今はヴィンヤードの静かな場所に墓が建っているだけだ。


「これから時代はどんな風に変わっていくのかしらね。アタシもよく分かんないけど魔女を継ぐ事になったわけだし、ちょっと旅でもしてみよっかな」


「いいんじゃありませんか。私はついていきませんけど」


 程々に貯金も貯まったのもあって、シトリンもまた自分の旅に出ようしていた。特に当てがあるわけではないが「人間観察って楽しいので」と、そう言ったので、カトレアも特に止めはしなかった。


「あ~あ、めんどくさ。魔女ってだけで注目浴びるのって大変なのね。どこいっても昔より声掛けられる気がして大変だわ」


 実際、フランシーヌ時代はあまり顔を知られていなかったので自由が利いた。いつだって表に立たされていたのはパトリシアだったから。


「それならご隠居など如何ですか。ヴィンヤードは魔女の故郷ですから」


「子育てには良いかなって思うわよ? 案外、王都も近いもん」


「結婚に興味おありなんですね。他人に振り回されるの嫌いかと」


「ええ、振り回されるのは嫌いだから、振り回すつもり」


 どこまでいっても魔女カトレアではなく王女フランシーヌのままだな、とシトリンは可笑しくなって、くすくすと笑い声が漏れた。


「にしても、寂しくなるわ。あんたにも色々手伝ってもらったから」


「ええ。私も少し寂しいです。モナルダ様が誰かも分かりませんでしたし」


 結局、記憶は戻らなかった。そのせいか、特に思い出したいという感情が沸々と湧いたりもせず、思い出さない方が良い事もあるだろうと関わらないでいた。縁があればいずれまたどこかで切っ掛けを得るはずだ、と。


「そういえば、ウェイリッジと名付けられた町は、ミルフォード公爵様の管轄でしたよね。彼が亡くなった後ってどうなったのですか?」


「カーライル男爵の所有する領地になったそうよ。何度も主人が変わるから大変よね、あの町。でも、カーライル家は庶民派も庶民派だし、方針的にはミルフォード公爵もそう変わんないから、大丈夫だと思う」


 アーサー・カーライル。魔女謀殺事件の英雄とも称されるほど、カーライル男爵の名は世に知れ渡った。その肉体に銃弾を受けてなおも突き進み、魔女のために戦った近衛騎士。のちに〝魔女の騎士〟と呼ばれるようになった。


「にしても、お母様もなかなかのヤリ手よね。銃まで使ってモナルダを仕留めるよう指示を出していたなんて、本当に馬鹿げてるわ」


「ですが裏を返せば、魔女がそうでもしなければ殺せないという証左にもなります。各国にも、魔女がいかに驚異的な存在かを知らしめたのではないでしょうか。今後は欲しがると思いますよ、どの国も、これまで以上の繋がりを」


 これまで歴代の魔女たちは全員が百年前後を生きながら、ヴェルディブルグ領以外では目立たないほど足を運んだ事がない。良くも悪くも、モナルダ・フロールマンというひとりの魔女の死は、多くの国々の意識を変えたのだ。


「だとしたらアタシはどうすべきだと思う、シトリン?」


「自分でお考えになってください。そこまで面倒見たくないです」


「ケチくさいわねえ。間違ってはないけどさ」


 魔女なんだから、これからは自分で考えて行動していく。特にこれといって従者を雇うつもりもなく、シトリンが来ないのなら誰も連れる気はなかった。


「モナルダの後釜なんて務まるといいんだけど」


「案ずるよりなんとやらですよ。いいんじゃないですか、泥臭い生き方になっても、魔女は魔女。カトレアはカトレアなのですから」


 クッキーを一枚つまんで咥え、対面のソファに座って自分も紅茶を飲む。シトリンとは侍女でありながら、なかなかに自由な女であった。


「人のクッキーなのに堂々と……。ま、あんたの言葉には一理あるわ」


「そうでしょう。あなたはあなたという魔女として生きていけば魔女モナルダの事は忘れたって良い。思い出は足枷になるって誰かが言ってた気がします」


 いったい誰がそんな事を言ったかは分からないとしても、カトレアは『誰かが言っていた』というシトリンの言葉に、悲しく微笑んだ。


「そうね。その誰かさんみたいに立派に生きてみる事にするわ。思い出は思い出だもの。縋りついたって、過去はもう戻って来ないんだから」


 振り返れば、やり直したいと思う事はたくさんある。そんなつもりではなくても、そうなってしまった。正しかったのか、間違っていたのか。答えなんてものは最後まで走り抜いた者にしか分からない。


 ふと窓の外を眺めて、どこまでも清々しい青空に思いを馳せる。


────ああ、魔女よ。お疲れ様でした。


「これで幸せなのよね、あんたたちは」

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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした! ローズの物語にどう繋がっていくのか、ワクワクしながら読ませて貰いました! 後半怒涛の展開で、とても面白かったです! いつも素敵な小説ありがとうございます!
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