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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第31話「新たな導き手に」

 ローブの人物は一切喋らない。どこの誰かも分からず、パトリシアもアーサーも訝しんだが、消息不明として知られるスカーレット・フロールマンの特徴そのままに現れられると、言葉を嘘だとは思えなかった。


 ともかくとして時間がない。今日も国民の前に出て信を問わねばならない。選択権は全て彼らに委ねた。王城の前でいつまでもデモを行っているわけにはいかないのだ。座っているだけでは生きていけないのだから。


「どなたかは存じませんが、見て下さい。このテラスから見える臣民の多くは私たちを呪っています。ヴェルディブルグ王家の最期を感じているでしょう。新たな未来には必要ない、と」


 民の声は罵声に塗れている。二分化された世論の中でも、特に声を大きくしているのが王政への不信感を抱く人々だ。魔女殺しを行い、その事実を隠蔽しようとした者がいたのなら、これからを頼るに相応しくない。王家は最早これまでと国を担うためには自分たちを主権とした政治構造を作る必要があると感じていた。


 だが、そんなもの、王家を頼って生きてきた人々にはまだ不可能だ。特にアーサーは、パトリシアが王家の腐った根幹を覆したというのに、なぜ少しも信用しないのかと唇を噛んだ。


「魔女殺し! 魔女殺し! おまえたち王家が、いつまでそこで贅沢に暮らすつもりだ! 俺たちにも弾圧を仕掛ける日は近いんじゃないか!?」


 扇動する何人かの男たちを見て、ローブの誰かがぽつりと言った。


「政治屋気取り風情が、主導権を取りたがるか」


「……? あなたはいったい誰なんです、そろそろ教えてくれても」


「まあ、落ち着け。せっかくだ、連中を驚かせてやろう」


 スッと小さくあげた手が、ぱちんと指を鳴らす。紫煙が舞い、ローブの誰かにまとわりつく。それからフードを両手でそっと脱ぎながら────。


「聞け、国民共。特に先頭にいる政治屋気取りの連中はな」


 どこまでも響くような声。するりと脱いだフードから見える、肩まで伸びた深紅の髪。美しく吸い込まれるような深碧の瞳。凛々しく整った顔立ち。王都に暮らす者であれば、その殆どが姿をよく知っている。


「腐った王政など既に潰えた。今、此処にあるパトリシアは新たなヴェルディブルグの導き手となる。────このレディ・モナルダが保証しよう!」


 誰もが言葉を失う。パトリシアも、アーサーでさえも。ラヴォンの擬装によるものではない。そこに立つのは紛れもないモナルダ・フロールマンだ。


 魔女の言葉は、その信頼性は、多くの人々に根付いている。初代を除き、今に至るまでの全ての魔女は人々に畏れ敬う感情を持たせてきた。どれほど優れた王の言葉よりも、どれほど言葉巧みな政治屋よりも、彼女のたったひと言が人々の感情を大きく揺れ動かす。死んだはずの魔女の復活は、まさしく奇跡だ。ましてや、その不死鳥もかくやの復活劇を見せてくれた魔女に対する喝采は巨大で、王都中に響く。俺たちの魔女モナルダが帰ってきた、と。


「モ、モナルダ……本物ですか?」


「パトリシアだったか。紛れもない本物だよ、期間限定の」


 国民に向けて手を挙げてからローブを翻して城内に戻る。パトリシアもアーサーを連れて慌てて後を追った。


「待ってください、あなたは間違いなく亡くなっているはずです。だからこそ戴冠式では本物のあなたは現れなかった。妹もあなたの遺体を……」


「ああ、その通り。だから言っただろう、期間限定だと」


 喧騒から離れて、広い廊下を途中で立ち止まった。


「さっきのスカーレット・フロールマンは本物だ。たったひとり、あれが創り出した魔導書にもない、『大魔法』によって私は少しだけこちら側に干渉できる状態とでも言おうか。具体的な事までは聞けなかったが」


 元々はスカーレットが『たった一度だけ現世で心残りを果たすため』に用意したものだ。いつか我が子に会うための魔法だったが、結局は使わなかった。それをモナルダのために発動させたのだ。


「では、あなたの遺体はやはりヴィンヤードに」


「そうなる。フフッ、中々に良い場所みたいでな」


 ヴィンヤードの墓。秘密の場所に埋められたモナルダとレティの遺体。歴代のフロールマンが名を刻む場所とは違う。


「アーサー、お前には礼を言わねばならない。あのとき、もし命を懸けてくれなければ、こうはならなかった。本当にありがとう、魔女の騎士よ」


「……いえ、俺は……あなたを助けられなくて……!」


 再び会えた魔女の笑顔に、アーサーは膝をついて泣き崩れた。


「申し訳ありません、せめて愛された方だけでも救いたかったのに」


「ハハッ、泣くなよ。おかげで色々上手く行ってるじゃないか」


 頭にぽん、と手を置いて首を横に振った。


「すべては未来に繋がった。正しい事をしたんだから悔やむ必要はない」


 足下からモナルダの体が緩やかに輝きを放ち始めていく。


「何かが生まれ、何かが途絶え、世の中とはそうして繰り返しながら巡っていくものだ。私たちの死は無駄じゃないんだ。騎士ならば誇れ、私のくれてやった名誉を胸に抱き続けろ。……それから、元気でな」


「っ……はい! もちろんです、我が主!」


 もう時間か、とモナルダは残念そうに笑みを浮かべた。


「これで本当にお別れだな」


「良かったのですか、魔女様。他の者に会わなくても……」


「いいんだ。会うわけにはいかない奴がいるのさ」


 パトリシアと軽い握手を交わして、最後に────。


「後は頼んだ、パトリシア。ヴェルディブルグの繁栄を祈っている」

「ありがとうございます。魔女の名のもとに誓いましょう」

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