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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第30話「ありえない来訪者」

────かくして『魔女殺し』は王家による謀略として幕を下ろす。




 新たな女王となり、矢面に立ったパトリシアは誠心誠意、すべてを国民に公表。謝罪を述べると共に、今後の王家の進退は国民に委ねた。


 非難は嵐のようだった。何も知らなかった事さえ罪だ。最低な人間たちだ。そうやって責め立てる声は広がっていき、しかし一方で同情的な声も散見された。なにしろ被害者にはレティシア王女もいる。王族全体に責任を追及するのは残酷がすぎやしないかと擁護する事もあった。


 それでもヒートアップし始めた世論の傾きは、やはり王家の排斥に至る。しかし決して、悪い結論ではない。国民たちの導き出した答えは『今後に同様の事が起きてはならない』という、被害者となったモナルダとレティシア、そして巻き込まれただけのパトリシアやフランシーヌたち王女への配慮に他ならない。


 だが、それでは誰が国を支えるのかと擁護派の声も無視できず、二分された意見の狭間で生かされ続けるパトリシアも、徐々に精神的な痛みを訴えるようになる。殺すなら殺してくれて構わないとさえ告げた。


 これまでの魔女たちがどうなったかは多くの者が知る。その中でたったひとりだけが殺されてしまった。その罪の大きさは計り知れず、国民でさえ手に余るほど、どう言葉を捻りだせば良いのか分からなくなっていた。


「おいたわしや、パトリシア様……。俺に何かできる事はありませんか」


「何もありません、アーサー。あなたは既によく頑張っていますから」


 アーサーは近衛騎士長としてパトリシアに仕えて現場復帰したが、被害者といえども世論をひっくり返せるほどの力は持たない。こんな事なら魔女に遺書でも貰っておくべきだったかもしれないと思うほどに。


「国民のないまぜになった感情は、彼ら自身でも御しきれていないようです。いっそ私を罰してくれれば、いくらか気軽でしょう。二分された意見同士でぶつかりあって争う姿は、もう見たくないというのに」


「俺も同じ気持ちです。ですが、徐々に意見も纏まりつつあるので」


 何を励ましにすればいいのかもわからないまま、時間が過ぎていく。そんなところへ部屋に侍従の男が「少しよろしいでしょうか」とやってきた。会いたいと言う人物がいると言うので、待たせているという。


「この状況にいったいどなたです?」


「あ、はい……。それが魔女を名乗る方でして……」


「カトレアではなくて、別の方がですか?」


「はい。眼鏡を掛けた長い髪の女性です。深紅の髪に深碧の瞳を」


「わかりました、すぐ行きます。謁見室へ通してください」


 わざわざ魔女を名乗る意図は分からない。少なくとも数日前に、互いの近況報告のためにカトレアと会っている。だが、名乗るくらいなのだからヴィンヤードから来た使いの可能性もあった。魔女の血縁を門前払いするわけにはいかない。


 だが謁見室で待っていて、程なくやってきたのは、紛れもなく魔女の特徴を持ったガラの悪い女性だ。目つきが異様に悪く、常に喧嘩でも売っていそうな雰囲気で煙草を咥え、当たり前のように煙をフーッと吐く。


 薄い襟の立ったワイシャツの胸元を軽く開け、革のパンツをサスペンダーで吊る女性は、黒い革の手袋をキュッと引っ張って正す。


 魔女とはこんな人物だったか、そんなふうに思えるほどだった。


「なんだ、小娘。私になんか付いてるのか?」


「い、いえ。モナルダ様とは随分違うと驚いただけで……」


「そうか。よかった、私はてっきり喧嘩を売られてるのかと」


 どっちの態度がと言いたい気持ちを胸に押し込む。何か言ったら、その倍以上は言葉が飛んできそうな気配がして、冷や汗がやんわり滲んだ。


「魔女だとお聞きしております。よろしければお名前を伺っても構いませんか、レディ。名も呼ばず会話をする無礼を働きたくないのです」


「スカーレット・フロールマン。第三代目の魔女だ。信じるかね?」


 ハッ、と小馬鹿にするように笑う横柄な態度に我慢ならなくなってきたパトリシアは応戦する構えを取った。


「いいでしょう。ではスカーレット、魔女の証明はできますか」


 にこやかに、あくまで表情は作って。


「確かに私が書庫で見た限り、魔女の歴史の中でスカーレット・フロールマンだけは行方が分かっておりません。ですが次代の魔女が現れた以上、あなたから魔女としての素質は失われ、あまつさえ死亡しているはずの人間なのです」


 問い詰めるとスカーレットは堂々した様子で煙草の煙を吐きながら、さも当たり前の事を聞いてくる奴だと面白味もなさそうに見つめて言った。


「証明すれば土下座でもするか、小娘。貴様のためなんぞに、こっちは本来自分のために遺しておいた魔法を使ってるんだ。感謝こそすれ、偉そうに問い詰める理由などあるものか。魔女をナメるなよ」


 指から弾き飛ばした煙草が、一輪の薔薇になって床に落ちた。


「これから国民の前に立つのだろう。とびきりのゲストを用意しておいてやったから連れていけ。コイツがいれば、国民も納得してくれる」


 隣にはローブを着こんで姿を見せない誰かを立たせていた。


「ところで今日はシトリンとかいうメイドは来てないのか?」


「はい。今はリベルモントでカトレアと一緒に……」


「そうか、面白い奴だと言うから見てみたかったんだが残念だね」


 傍にいた誰かの肩をポン、と叩く。


「あとは貴様だけで十分だろう。せっかくの遺した大魔法が台無しだが、まあいい。せいぜい短い時間で果たしてみせろ、貴様の役目を」


 スカーレットの体が光に包まれ、どこかへ消えた。

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