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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第29話「出来の良い小娘だ」

 ラヴォンの宣言と同時に、パトリシアが近衛騎士を呼びつけた。


「何をやっているのですか。捕縛なさい、ミルフォード公爵と共に魔女殺害を企てた罪人です。地下牢へ連れて閉じ込めておくのです」


 ハッとしたフロランスが声を震わせながら怒鳴った。


「そんな事できるものですか、パトリシア! あなたのためにここまで尽くしてきたのよ、どうして裏切る事ができるの!? 大体、証拠も証言もなく、魔女が生きていただけで、私の指示だったなんて────」


「できるのですよ、お母様。いえ、フロランス。あなたが罪人であるかどうかなど、たったひとりの証人を呼べばいい」


 近衛騎士のひとりが、フロランスに近寄って兜を外す。


「もう諦めなさったらどうです、王太后様。私も共に償いましょう」


「ク、クリスト……バル……どうしてあなたが」


 兵士長クリストバル。フロランスからの絶対的な信頼を得る数少ない人間。忠義に厚く、心優しさの中に厳しさも抱える男。ナイルズの指揮下で働き、魔女謀殺のために指示を受けた事を後悔して立っている。


「あなたのために何人が犠牲になったのか。そうまでして縋りつく価値が、この玉座にあるというのですか。ヴェルディブルグ王家は神ではないのに。────ミルフォード公爵のもうひとつの遺書を、まだ見ていないでしょう」


 折りたたまれた紙が握りしめられてくしゃくしゃだ。クリストバルはずっと今を待ち続けて、このタイミングだと晒す。


『女王の命令を受け、私は魔女を殺す。最初は黙ってもいたかったが、どうかこれを見つけるのが私の想いを汲む者である事を祈る。事の発端はパトリシア王女殿下が即位を拒絶した事による。そこで、まずは────』


 レティシア王女暗殺の計画が立てられた。最初に使われたのはパスカル・リランド。リベルモントでの暗殺によって罪を他国へ擦り付ける計画であった。だが計画は失敗に終わった。フランシーヌ王女の介入があり、魔女が手を貸した事が原因だ。その後に、ナイルズは自らが任を受けた事を仔細に記した。


 魔女モナルダおよびレティシアの殺害。その計画の後に、自身は罪を償うために自害を決意した。五十年来の親友を裏切るのだ。であれば自らも命を絶つ以外に償う方法などない。────全ては公爵家に仕える者のために。


「……以上が今回の件の全容です。私もまた罪を背負い、加担した男として立ちましょう。そして、証人には被害者としてカーライル男爵。アーサー・カーライルの名を挙げましょう。彼は生きております」


 何人もの証人が立ち、フロランスの罪を暴くという。白日の下に晒された真実は国民の不興を買うだろう。それでも、許してはならない邪悪をそのままにしておけばヴェルディブルグは根本から腐ってしまう。


 これが、最初で最後の親孝行だとパトリシアはフロランスを連行させる。その場にいる者たちも、すぐには外へ出さない。他にもフロランス派の人間を特定するためにカトレアが同行する。残った者は近衛騎士隊によって封鎖された場所で、誰が協力者なのかと違いを煽り合う。


 それでも、一件落着といえば落着だ。全ては魔女の掌で転がされた事。これがモナルダという魔女の人生において、人々の前に姿を現す最後になるだろう。


「……あなたは誰なのです?」


 パトリシアが尋ねる。モナルダのような誰かの遠くを見つめる視線が気になった。かつて遠巻きに見た事のある魔女とは雰囲気が違ったから。


 ラヴォンは、それでもモナルダを演じ続けた。


「誰でも良いだろう。重要なのは、やっと長い旅が終わったという事だ。それより、お前はこれからどうするつもりなんだ。即位したばかりでなんだが、このままだと国民からの非難は避けて通れないんじゃないか」


 自由を手にする良い機会。カトレアに言われた事を振り返った。


「そうですね。確かに、非難されるでしょう。ヴェルディブルグ王族としての地位も名誉も落ちていく。ですが構いません。罪は背負うもの。首を捧げろと言われるのならばそれも良いでしょう」


 血まみれの自分の手を見て、クスッと笑う。


「私が欲しかった自由とはなんだったのか、今になると、考えていたものとは違ったのですね。こんなにも今は清々しい」


 全身に繋がった糸の全てがプツンと切れていく。今になってすべてを理解した。本当に欲しかったものは、どこへでも羽ばたいて行ける自由ではない。束縛からの解放だったのだ。ずっと囁かれ続けてきた王族としての立場を守る事。母親へのささやかな抵抗も虚しく妹を失う形で遮られた。


 何もかもが疎ましかった。母親の言葉が、周囲の期待が、前ではなく下を向かせ続けてきた。操り人形として生きるしかないのだと。だからフランシーヌもレティシアも嫌いだった。自由な姿が羨ましかった。────だが、彼女たちもまた、期待に応えられず捨てられた哀れな者たちであったと知るのが遅すぎた。


「壊れるのなら壊れてしまえばいい。ヴェルディブルグ王家の歴史が潰えるのなら、それもいい。国を本当に支えてくれる国民の選択ですから」


「……そうか。では私からひとつ」


 封鎖された会場でも、彼女(モナルダ)なら立ち去れる。ふらりと歩き、彼女は肩越しに振り返って────。


「モナルダならこう言うと思うぜ。『中々に出来の良い小娘だ』ってな」

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