第28話「王冠なんて要らない」
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戴冠式の日はすぐにやってきた。次の女王が決まり、引き継がれる大切な儀式。何度も行われ、今や王室内では当たり前の光景。現女王フロランスから次代のパトリシアへ王冠が受け継がれたら、玉座に腰掛けて、フロランスが傍に立ち、パトリシアが何代目の女王であるかを宣言する事で終わる────はずだった。
「おめでとう、パトリシア。あなたが次の女王よ」
拍手に包まれる中、相変わらず無愛想な表情。何を誇れるものかと言いたげに冷めた視線が、王室の人間たちを酷く見下す。
「……下らない」
掻き消えた声。魔女が死んでも、それが自分たちの得になるのならば気にしない。ヴェルディブルグの落ちに落ちぶれた血族だと恥じる。
「どうしたの、暗い顔をして。あなたのために皆が讃えてくれているのだから、女王として最初のひと言くらいはあっても良いんじゃないかしら」
「そうですね。────では、良い機会なので」
席を立ちあがり、拳をギュっと握りしめる。上手く行くかは分からない。ただ、今ここで声をあげなくてはならないと思った。そうでなければ何も変わらない。嫌悪した女王となったのなら、今度も逃げずに戦わねばならない。
「皆様は、何を喜んでおられるのでしょうか」
突然の言葉に拍手が止まり、誰もが驚きに呆けた顔をした。慌てたフロランスが止めようと「ちょっと、何言ってるのよ」と腕を掴んだが、パトリシアはそれを振り解いて突き飛ばし、転んだフロランスに見向きもしない。
「私は王族の歴史を学びました。その中で魔女の存在は大きく、なによりヴェルディブルグ領内出身である事が他国にない我々の誇りであったはず。にもかかわらず、その死を悼み、罪を後悔するどころか、なぜ拍手喝采で新たな女王の誕生を喜べるのでしょうか。あまつさえ遺体探しとは恥知らずにも程がある」
王冠をそっと手に取り、強く握りしめる。先端が手に喰い込んで血が流れてもパトリシアは表情ひとつ変える様子もなく続けた。
「魔女モナルダが凶弾によって斃れ、小さな村で悲しみにくれているであろう臣民の想いを蔑ろにしてまで得る王冠に何の意味があるのです? 我が子さえ手に掛けた母親から授かる血塗られた称号のどこに価値があるのですか!?」
足下に叩きつけた王冠を、今日のためにと用意された靴で踏んで壊す。悲鳴とざわつきが広がり、怒りに震えるパトリシアが口端を噛んだ。これが王族の姿。繁栄を望み、国ではなく自分たちを見つめた者たち。誰であろうと傀儡にして我が侭な子供のように自分たちを守ろうとし続けた大人たちの姿。
「贖う事さえ烏滸がましい。あなた方は自分たちが魔女殺害の一端を担っている自覚がない。全てをミルフォード公爵に押し付けて見て見ぬふりをするフロランスに、些かの疑念を抱きながらも繁栄を選んだ。繁栄を望んだ。ですが、私に言わせれば王族など国を担うための飾り。なにも自分たちが贅沢に生きる理由にはならない。腐った王政など、次代のヴェルディブルグには必要ない」
広い玉座の間。騒ぎを打ち破って、大きな二枚扉が蹴破られた。
「おや、これはすいません。勢いが強すぎましたね」
シトリンがスカートの裾を持ちあげて蹴った扉は鍵が壊れていて、少々気恥ずかしそうに埃を手でぱんぱんと払って一歩下がった。
「構わないよ、シトリン。これくらいの方が奴らも話を聞いてくれる」
黒いローブを纏う女性が、ゆっくりフードを脱ぎながら歩く。人々の動揺が声に現れた。目を剥いて驚き、そこに立っている人物を見て恐怖する。
フロランスさえも顔を青くして、口をぱくぱくさせるだけだ。
「初めまして。新たな女王陛下、パトリシア」
「……そう、初めまして。ここへは何をしにきたのでしょう、モナルダ・フロールマン。それから、新しい魔女のカトレア・フロールマンも」
実際にはモナルダに扮したラヴォンだが、似た顔立ちと深紅の髪に深碧の瞳は誰の目も欺く。耳に飾られた髑髏のピアスはモナルダのものだ。演技は一流とさえ呼べるほど魔女そっくりで、カトレアの魔法によって声さえも本人と変わらない。
「私は私の成すべき事をするために此処へ。そうだろう、カトレア?」
「ええ、そうよ。後は任せてもいいのよね」
ゆっくり深く頷き、ラヴォンは頷いて視線をフロランスに向けた。
「そうさせてもらおう。ここにいる連中が、罪人と共に在る事を選んだのは分かった。なあ、フロランス。どんな気持ちだ、私を殺したのは?」
「……っ! ぁ、あなたがなんで生きてるの……!? 死んだはずでしょう、ミルフォード公爵は、ナイルズは嘘を吐くような男ではないわ!」
顔を青ざめさせて慌てる女を見つめて、フン、と小馬鹿にして鼻を鳴らす。
「自分で確認しないからだろう。あの男は抜け目がない徹底主義者だが、相手が魔女であったのが災いしたな。まさか、そんな事はないだろうとあえて尋ねてやるが────奴の遺書を確認したのがお前だけだと思ったか?」
ゾッとするような冷たい瞳。体が凍りつきそうになる。
「ちっ、違う! 確認する間なんて────っ!」
しまった、と両手で口を塞ぐ。ナイルズとの接触は限られた数人しか知らない話だ。自ら罪を告白したようなもので、フロランスに集まった視線は疑念と動揺。それから軽蔑だった。
「フッ、愚かな女だ。頭が悪いくせに頭が良いふりをする。だが、お前は鷹や鷲のように偉大ではない。ここまでだ、お前の座る席はもうどこにもない」