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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第26話「姉妹の選んだ道」


 夜は寂しい。何も得られるものがない気がして。


 夜は悲しい。朝、目覚めたら全てが夢のような気がして。


 でもそれで良かった。そうあって欲しかった。何もかも夢から覚めて、何もかも残酷な世界に叩き落して欲しかった。────何もかも持っているから、何もかも得られなくなってしまった。そんな退屈が、この世の中にはあるのだ。




「ハーイ、小猫ちゃん。それともボス猫ちゃん?」


 普段なら人を呼ぶところだが、部屋にいた娘にその気はない。窓からの侵入者。それも良いだろう。だって、見知った顔なのだから。


「何の用でしょう、カトレア・フロールマン」


「あら、実の姉妹なのに敬語って寂しいわ、パトリシア姉様」


「髪の色も瞳の色も違うのに、血縁とはとても思えませんので」


「そ。じゃあ、単刀直入に言うわね。アタシに協力しない?」


 流石はフランシーヌ、いや、カトレアと思うべきか。パトリシアは変わらぬ落ち着きぶりで、テーブルのカンテラを手に持って椅子から立ちあがった。


「こんな夜更けに何の用です」


「そっちこそ、こんな時間に起きてるなんて珍しいわね」


「……城の中が毎日慌ただしくて、イライラするんです」


 普段はあまり喋らないはずのパトリシアが、妙に滑らかに話す。


「あなたが魔女になったとは、もう城内のうわさです。わざと流させたのでしょう。そして私に協力を仰ぐ王家の裏切り者がいるので、内心穏やかではありませんね。こんな事だろうとは、なんとなく想像はしていましたが」


 パトリシアは姉妹の中で最も切れ者だ。母親の執政を傍で見ていただけでなく、それを理解し、進言こそせずとも自分ならばより良くできるという自信さえあった。王位を継げば必ずそうしてやる、とも。


 だから魔女が何を成そうとしているのか。騒ぎが起きてから、ずっと考えていて、もしかしたら自分のところへも来るのではないか、と予測を立てて待っていた。普段なら就寝している時間も、何もせず椅子に座ったまま。


「そう、それで手土産もあるのよ。ほら、くまちゃん!」


 手渡されたぬいぐるみを見て、頬が緩みそうになるのを堪える。


「……こんなもので買収されませんよ。何も聞かないうちから首を縦に振るのは愚か者のする事です。なぜ私に協力を仰ぐのかを言ってください」


「そうねえ。至極単純な話が、アタシたちは皆、お母様が嫌いだから」


 パトリシアは、それを聞くとテーブルにカンテラを戻して、ぬいぐるみを両手に抱えて俯く。至極単純。そう、その通りだった。姉妹揃って、母親であるフロランスを恨みこそせずとも、好きだと思った事は一度もない。寵愛を受けてきたパトリシアでさえ、そうなのだ。


「私は、あなたにもレティシアにも嫉妬していました」


 ぽつりと謝罪するように言葉をこぼす。


「ずっと羨ましかった。英才教育ばかり受けさせられて、朝起きる時間から眠る時間まで全てを管理された私とは違うから……。あなたにしろ、レティシアにしろ、どちらも疎ましかった。私だって皆とお茶会をしたかった。朝の三十分を寝坊するのだって、夜にこっそりケーキを食べたりもしたかった。だけど私には与えられない。私には許されない。政治の道具として扱う、あのお母様の目は本当に嫌だった。だから王位なんて継がないって言ったら、レティシアが死んだ……!」


 たった一度の反抗が大勢を巻き込んだ。それだけなら、大した問題じゃない。死人が出た。自分が殺したようなものだ。ヴェルディブルグの安泰。未来。そんな見えもしない不安定なモノのために、 魔女と血の繋がった妹の命が奪われた。


 起きてはならない話だ。ミルフォード公爵が自害した事も苦しかった。たかが玉座ひとつのために、何人の無関係な人間が犠牲になったのか、と。


「私だってあなたたちと仲良くしたかった。こんな嫉妬心なんて無ければよかったのに、そのせいで皆に迷惑を掛けてしまった……」


 ぬいぐるみを抱きしめながら、ぼろぼろ泣いた。今まで我慢してきた分を全て流しだすかのように。


「ごめんなさい、ごめんなさい……私が王位さえ継いでいれば……」


「そうね。あんたが王位継承を拒まなかったら、こうはならなかった」


 ぴしゃりと言い放ったカトレアが、震える姉の肩を優しく抱きしめた。


「でもいいのよ。どうあれ助かる道はあったのに、それを選ばなかったのもアタシたちだから。お姉様は何も背負わなくていい。ううん、背負うべきはこれからの事よ。アタシだって、見殺しにしたようなものだもの」


 シトリンをすぐに帰らせていれば違ったかもしれない。薬を馬鹿正直にすぐ飲んだばっかりに、魔女は死ぬ事になってしまった。もしかしたら違う方法で、何か助ける事ができたかもしれないのに。そうやって何度自分を責めたか分からない。


 苦しみを拭うには戦わねばならない。亡くした人々のために。


「パトリシア姉様。あんたには王位を継いでもらうわ、お母様を玉座から引きずり下ろすには必要な事よ」


「……私が王位を継いで、お母様を捕らえましょう。ですよね?」


 静かに頷いて返す。それ以外に、フロランスの暴走を止める手立てはない。彼女が玉座を降りたとしても、放っておけば、実権を握ったままと相違ない。パトリシアという傀儡を作って執政に口を挟むのは目に見えていた。


「その後は好きにしたらいいわ、お姉様。王位を捨てても、何をしても。今度こそ自由を手に入れられるチャンスなんだから」

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