表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
76/83

第25話「心を開く鍵」

 馬車を停めてから、荷台を振り向くシトリンが不思議そうにする。ここしばらくのカトレアは買い物に興味がなかった。食事は質素で、何を欲しがる様子も見せないでいたのに、急に贅沢をしたがったのだ。


 しかも馬車を停めて共に向かったのが玩具屋ときたのだから驚いた。


「こんなところで何を買われるんですか?」


「ぬいぐるみ。少し小さめがいいわね、両手で抱きあげる感じの」


 きょろきょろと探して、濃茶の熊を見つけて手に取った。


「シトリンってさ、アタシの妹の事は知ってる?」


「……いえ、すみません。よく知らなくて」


「そ。じゃあ聞きなさい。よく知っておくように」


 天真爛漫で、自己犠牲の精神も甚だしく、本来ならば誰からも愛されておかしくない性格の妹。レティシアは最初は暗い子供だった。それは全て母親の贔屓によるもので、カトレアはそれが腹立たしかった。なぜ何も言わないのか。一度くらいは怒らせてやろう。そうすれば、何かが変わるはずだと信じた。


 結局、その想いは届かないし、叶う事はなかった。不器用で馬鹿なやり方だったと今は後悔している。謝罪も、もっときちんとしたかった。先代魔女・モナルダのおかげで、名をレティ・ヴィンヤードと名乗ってからは、どこまでも強く凛々しい姿へと成長した。カトレアにって、それは最も嬉しい事のひとつだ。


 奪われた事が、今も胸に突き刺さっている。どこまで奪えば気が済むのだ、あの母親は。我が子を政治の道具としか考えていないのは、母親なのか。


 許せない。報いは受けさせなければならない。殺された者の想いのためではなく、残された者としての想いのために。


「あんな優しい子はどこを探しても、そう簡単に見つからないでしょうね。だからこそアタシは、フロランスという権力者を排する事に決めた。ひとりの魔女として、ひとりの娘としてね。……このぬいぐるみは、そのための大事な鍵よ」


「鍵ですか。面白そうですね、具体的にはどのような?」


 にやりとして、懐から銀貨を何枚か取り出す。


「こういうのがだーい好きな癖に、表には出せない可愛い女の心を開くの。コイツはきっと役に立つ。ううん、コイツのおかげで、アタシの計画は進む」


 購入したぬいぐるみを持って馬車に乗り込む。出発したら、王都で泊まる予定の安宿に向かった。そこで夜までを待つ事にして、シトリンには「散歩でもしてきたら」と言って、自分は鍵を貰ったら部屋にこもった。


「あ~、疲れた。モナルダったら、アタシにここまでさせるなんて。……馬鹿じゃないの、大して付き合いもないのに魔女なんか任せちゃってさ」


 愚痴をこぼしながら、ベッドに魔導書を放り出す。窓を思いっきり開け放つと冷たい空気を誘い込み、歩いて火照った体を癒した。


「死人に会う魔法とかないのかしらね、まったく。作ればいいったって、まずは魔法に使う文字の勉強までしなきゃならないとか」


 王城で暮らしていた頃は、それこそ裁縫も編み物も練習したし、楽器も好んで手に取った。どれひとつとっても学ぶ事は楽しかったし面倒だとは思った事がない。読書も好きだ。暇なときは一日を費やす事もあった。


 だが魔導書はこれまでの常識を覆す複雑さだ。本当に人間が創ったものなのかとさえ思いたくなるほど難解で、モナルダから受け取った薬によって知識も頭に叩き込まれたが、本人の容量を遥かに超えた代物だった。


「(よくもまあ、魔女のお歴々はこれを皆で昇華していけたものね。アタシは結局、彼女たちの仲間に入れてもらえただけの余所者だから、魔導書をここからより良いものへ、なんてのは不可能だわ)」


 モナルダだけでも魔女として完成された存在だ。魔導書を紡いできた者たちへの敬意が湧く。これほどまでの偉業だったのか、と改めて思い知らされた。


「アタシはきっと、他の魔女に比べて長生きは無理そうねぇ」


 味わったことのない挫折。世界にただひとりの魔女となり、自分は大丈夫だと信じた結果が今だ。大切な人たちを失い、魔女としても半端者。せめて出来るのは、彼女たちの想いを無為にしない事だけ。乾いた笑いが零れた。


「ごめんね、二人共。でも、お母様だけは引きずり降ろしてみせる。絶対に。そのためには一人だけ、協力者がいる。絶対的な権力を持つ協力者が」


 計画の実行は夜だ。何はともあれ、予定通りに事は進んでいる。だったら悩むよりも前に突き進むのみ。それがカトレア・フロールマン。他の魔女たちとは違う、自分らしい手段で戦う女。


「……はあ、暇になったし、ちょっと寝ようかしらね」


 ベッドに飛び込む。バウンドした魔導書を抱えて天井を仰ぎ、ぼーっとする。「これで良いんだよね」と呟いて、そっと目を瞑る。そのうち、緩やかに意識を手放して、すうすうと穏やかな寝息を立て始めた。


「眠られましたか」


 部屋の隅から、すう、と音もなく現れたシトリンが、すやすや眠るカトレアを見つめる。これまでの魔女は皆が同じ血族だったが、その中でひとりだけが外部からの混ざりもの。本来の魔女とは、どれほどの人格者なのか。


「変ですね、なんだか大切な事を忘れているような」


 思い出せない。思い出そうとすると頭が痛くなった。


「隠し事をされるのは好きじゃないんですが、今回は大目に見ましょう。でも、ちょっと寂しいです。忘れてはいけない事があったはずなのに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ