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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第24話「魔女の遺言」

 カトレアは誰に見つかる事もない。いや、そもそも見えていない。悠々と城の中を歩いて隣を過ぎても、勘の良い者でさえ『何かいた気がする』程度だ。まるで風。通り抜けて、誰かが気に留める事はまずない。


 王城を出れば、美しい前庭を眺めながら気侭に外へ出た。待っていた馬車のところまできて、ようやく人々は彼女に気付く事ができる。


「おかえりなさいませ、お嬢様。首尾は如何(いかが)でしたか?」


「ただいま、シトリン。もうバッチリよ、びっくりするくらい」


「そうですか。……それにしても、お嬢様が魔女になられるなんて」


 頭の天辺からつま先までじろっと見て『よくもまあ先代の魔女は、彼女を選んだものだ』と褒めたくなった。カトレアは実に才能に溢れていて、その性格も、やや強硬的なところはあるが、魔女には十分相応しい。


 遠い昔、魔女に出会った事があるというシトリンは、カトレアもそれなりに様になっているのではないだろうか、と意外そうにしながら納得する。


「改名するとは驚きましたが……。その、モナルダ? という魔女から頂いた名前だったりするんですか?」


「ううん。アタシの新しい友達が使ってた名前をもらったの」


 幌馬車の荷台に乗り込んで、シトリンに御者を任せる。走り出した馬車から見える王城の、気品溢れる世界を思わせながら、どろどろと腐り果てた中身に舌打ちする。自分も彼らとそう変わらないなんて、と呆れた。


「ところで、先代魔女が王族に殺されたのでしたら、フラン……失礼。カトレア様はなぜ魔女に選ばれたのですか」


「ん。まあ、色々あんのよ。あんたは詮索しなくていいの」


 懐から取り出した一枚の紙を広げる。その始まりは『親愛なる我がフランシーヌへ』とある。レディ・モナルダ。偉大な魔女からの最後の手紙だ。


 くしゃくしゃで、少し涙の染みがあるのは、フランシーヌだった者の痕跡だ。魔女を継いでから、何度も読み返した最初で最後の手紙。また会おうと約束した大切な人たちは、もうどこにもいない。


『────こんな事を願うのは間違っているのかもしれない。だが私の後継者として誰かを選ぶとしたら、お前しかいないのではないかと思った。どうか私の頼みを聞いて欲しい。この手紙を読んだら、まずは薬を飲んでほしい。それを飲むだけで、私から魔女の力は失われるだろう。全てが引き継がれるはずだ』


 手紙には多くの事情が綴られていた。おそらくフロランスは刺客を差し向ける事。ナイルズ・ミルフォードがそれを担うであろう事も。ヴィンヤードが死地となるのなら、他の人々が巻き込まれないようにしたかった。


 そのためには自分の首が必要だ。魔女を討ったとする証明が。彼らの標的が失われればヴィンヤードに留まる理由はなく、一旦は引き返すだろう。その後は自らの遺体をカトレアに回収させ、魔法でヴィンヤードへの道を塞いでしまえば、容易に手は出せない。その間にカトレアがやるべき事が、ずらりと書かれていた。


『王城で自身の存在をわざと知らせろ。特に口が軽く保身に走りやすい者が良い。そうすればフロランスは必ず、お前を追う。そうすれば、奴らの意識は王城の外へ向かうだろう。その間に王城内の、ある人物を懐柔する事。フロランスの失脚こそがヴェルディブルグを正しき道へ紡ぐための必要事項だ』


 カトレアひとりでは出来る事など限られている。だが、フロランスを失脚させるに相応しい人物がいる。『女王に不満を抱きながらも、それを一切表に出さない者』である。それが、計画の最もたる鍵だ。


「ところでさあ、シトリン。アタシの友達のお墓は順調?」


「はい。ラヴォン様から既に埋葬が済んだと聞いておりますよ」


 シトリンは不思議そうに指を顎に添えて、小さく首を傾げた。


「ただ、絶対会わせてもらえなかったんです。どんな方か見てみたかったのですが、カトレア様の許可がないと駄目だと言って」


「……。ま、別に会わなくてもいいわよ。大した奴じゃないから」


 モナルダの二つ目の願いは、シトリンを自身から遠ざける事。明記を避けつつ『魔女と似て非なる存在だから深入りしない事』を前提にして、まずは薬の服用に加え、届けにきた彼女を出来る限り引き留めた。


『シトリンは優しい奴だ。大した信頼もないはずの私の為に、命さえ捨ててくれるだろう。だがそれは駄目だ。こちらの感情で振り回してしまうのは絶対に許されない。その果てに死が待っていても変わらない』


 引き留められたとしても、必ずシトリンはモナルダの下へ行く。だが、そのくらいは想定された話だ。当然、魔女はその後の事も記していた。


『もし、シトリンがお前のところに戻ってきたら、私と出会ってからの事は綺麗さっぱり忘れてる。『屋敷で雇われる事になったメイド』として迎えてやって欲しい。それから、私の姿はもう見せないでやってほしい。もし思い出してしまったら、シトリンがあまりにも可哀想だから』


 手紙を折りたたむ。何度読み返しても胸が締め付けられる。これが、あのレディ・モナルダの最期に遺した手紙なのか、と悔しかった。


「(必ず遂げてやるわ。アタシたちが味わった苦しみは、いまさら取り返しのつかないものだと教えてあげなくちゃね。そうでしょ、レティシア?)」


 手紙を懐にしまい込み、はあ、とため息を吐く。


「このあたりでいいわ、降ろして。後は夜を待つだけだから、ちょっと買い物していきましょ。とびっきり贅沢にね」

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