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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出

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第23話「魔女を継ぐ者」



 二週間が過ぎた頃の話だ。ナイルズ・ミルフォードの遺体から回収された胸ポケットに隠された遺書が確認されたのもあって、王室と周辺の関係者は実に騒がしい。なにしろ彼の遺書には『自害するときは魔女を殺したときのみ。よって、もしこれが露見し、私が自害していたのならば、魔女は死んだものと思って欲しい』と書かれていたからで、騒ぎの大きな原因には『魔女の遺体が見つかっていない』という現状がある。それだけでなく、レティシア王女の遺体さえも行方不明なのだ。


 騒然とする中で冷静なのは次期女王のパトリシアだけだった。


「────で、ありますからして、現状はヴィンヤードに立ち入る事もできない状況です。道に入ると必ず森の外へ出てしまいますし、かといって焼き払うには周囲への影響が甚大です。魔女はまだ生きているのではないかと囁く方々もいらっしゃいます。如何なさいますか、女王陛下」


 宰相ペトロスの表情は浮かない。魔女の怒りを買ったのだと怖ろしくて、夜も眠れない日々が続いた。人の身にありながら超常的な力を操る存在。世界にたったひとりしかいない。だから魔女と呼ばれる。畏れられる。こうしている今も、どこかに身を潜めて報復の機会を窺っているかもしれないと緊張が解れなかった。


「なぜ立ち入れないのか、調査隊を派遣なさい。それから捜索範囲も広げて。ミルフォード公爵はばかげた嘘を吐く男ではないわ。誰かが遺体を持ち去った以外に考えられないでしょう! きっとヴィンヤードにあるのよ……!」


「は、はい……。ではそのように指示をしておきます、女王陛下」


 近頃はずっとフロランスの怒りに耐える日々だ。謁見室を出た後も息が詰まる。こんな日々をいつまで続けるつもりなのだろう、と肩を落とした。


「ペトロス。ペトロス・ユージーン」


 ふと、廊下を歩く途中で、聞き覚えのある声に呼ばれた。


「……誰かな? 私は今忙しいのだが」


「魔女の行方を知っている」


 どきっとする。そもそも、魔女の遺体がどこへ行ったか分からないといった情報も、王室と限られた人間しか知らない話だ。ただでさえ忙しなく働く心臓が悲鳴をあげそうになるのを必死に抑え込む。


「中庭へ来い。人目につかない場所で話そう」


「わかりました。行きましょう」


 声に従って、周囲の視線を気にしながら中庭に急ぐ。誰かに気付かれてしまえば、きっと好機を逃してしまうに違いないと焦燥感に駆られた。


 そうして中庭の中央、植え込みに隠れた秘密のスポット。貴族令嬢たちが時折、茶会に遣う目立たない静かな場所へ来た。そこで待っていたのは、真っ黒なローブに身を包む小柄な何者かだった。


「あの、あなたは……いったい誰なのです?」

「────フロールマン。他の誰でもない」


 全身が握り潰されると思うほどの恐怖。たったひと言で、今、好機ではなく危機に直面していると分かった。ひねり出す言葉を間違えれば即座に首が飛ぶのではないかと、呼吸すら忘れる。目の前にいるのは魔女なのだ。


「こっ、これは失礼いたしました……! しかし、なぜモナルダ様が此処にいらっしゃるのでしょう。亡くなったとお聞きしていますが……」


「ああ、その通り。あのとき、モナルダは魔女ではなかったのでね」


 魔女がローブを脱ぐ。ツインテールの深紅の髪。深碧の瞳。魔女の特徴をそのままに、しかし外見はペトロスにとってよく見覚えのある女性。


「フ、フランシーヌ王女殿下……!?」


「あはは、なんて顔してんのよ、ペトロス。ちょっと脅かしただけじゃない? 今にも死にそうな、っていうか死んでそうな真っ青な顔ね」


 姿を見た瞬間にペトロスは馬鹿にされたと思った。わなわなと震える手で出来る限りの怒りを抑えながら、こっちがどれほどの苦労を重ねているとも知らずに、と腹を立てて王女の悪戯を叱ろうとした。


「殿下……! このような悪戯は────」


 目を見張った。手には魔導書を持ち、指を鳴らそうとする姿はまさしく見知った魔女そのもの。


「アタシはフランシーヌじゃない。いえ、フランシーヌだった、と言うべきかしら。今は友達から名前を貰って、カトレア・フロールマンを名乗ってるの」


「カトレア……フロールマン……。まさか、本当に魔女に……」


 内心、ホッとしたのは否めない。あの魔女モナルダが選んだ継承者が、よりにもよって王族であるのなら、復讐は起こり得ない。カトレアは自分たちと同じ側の人間だから、敵になる事はない、と。


「何安心してんのよ、ペトロス・ユージーン。あんたも結局は自分の保身が大事ってわけ? 本当に、嫌な奴。あんたも、お母様も」


「な、なんてことを仰るのです? 殿下がレディ・モナルダと懇意になったのは存じ上げておりますが、我々と袂を分かつ理由などないでしょう!」


 ペトロスが苦笑いを浮かべて必死に弁明する。


「魔女は手ずから、その神秘を王族に継がせたのです。これは我々の和解のしるしともなりましょう。世間に公表すれば我が国は安泰。さぞや女王陛下もお喜びになるはずです。あなた様も、今後の事を考えれば────」


「今後がなんだってのよ、お母様の人形風情が偉そうに」


 カトレアが指を鳴らせば、ふわりと紫煙が舞った。同時に、ペトロスは言葉が出てこなくなる。話せなくなってしまったのだ。必死に絞りだそうにも出てこない。さらに顔色を悪くさせ、必死に何かを言おうとする。


「あんた、夜も眠れないって顔してたでしょ。喋れなくしてあげたし、医者にでも伝えなさいな。そうすれば病気だって言ってくれるから」


 くるりと背を向けて、ひらひら手を振った。カトレアは『モナルダならきっと、そうした事だろう』と思いながら、去り際に────。


「アタシは魔女を継ぐ。王族としてじゃないわ。ひとりのフロールマンとしてモナルダの意志を継ぐの。ま、それも飽きるまでの話だけど」

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