第22話「魔女の集会」
ヴァネッサ・フロールマン。先代の魔女。自由奔放で、不器用で、娘の事を最期の瞬間まで思い続けたモナルダの母親。彼女は、自分の娘が死んだ事を悟ると、一瞬だけ悲しそうにしながら、ふうっ、と肩を竦めた。
「ま、あんたの選んだことだもの。何も言わないわ」
「礼を言おう。ところで、ここは?」
「お茶会の会場。新しく来たあんたたちを労おうと思って」
そのうち、ひとりの女性がひょこっと顔を出す。ウルフカットの黒い髪は内側がしっかり深紅だ。瞳の色は紫紺だった。
「こんにちは、お嬢ちゃん。私はシャノン・フロールマンだ、よろしくしてくれたまえ。ちなみにヴァネッサの母親だから、君のおばあちゃんだよ」
口に煙草を咥えて話すシャノンが祖母と名乗り、随分と若い見た目だな、と感じながらも静かに呑み込む。会場にいるのは歴代の魔女たちだ。全員とはいかないが──生まれ変わった者もいるので──モナルダたちを労うためにやってきた。死者の世界。栄光の国と呼ぶ場所へ。
「あっちにいるロン毛のガラの悪ーい眼鏡の人が三代目の魔女様だよ。スカーレット・フロールマン。煙草をこよなく愛するクズ女」
「誰がクズ女か。アタシは愛煙家で誰よりも優しい最高の女ですぅ」
和気あいあいとした空気に、モナルダもレティもくすくす笑う。
「良い笑顔だねえ、君たち。では他の方々も紹介しよう。あちらの貴族令嬢のような方がセレリア、マカロンをつまみぐいしてるお団子頭がチェルシー。それからこっちの陰気そうなのがフェイスちゃんで……」
魔女の歴々。長く変わらない時代をそれぞれ生きて、自分達に従って過ごしてきたフロールマン。ロン毛で眼鏡を掛けた、明らかに目つきの悪いスカーレットは歴代の魔女の中で、最も多くの魔法を魔導書に刻み込んだ。セレリアはたくさんの人々を救う架け橋となり、チェルシーは天真爛漫で自由に生きた。魔法はあまり増えなかったが、魔女としての役目はよく果たした。フェイスは自分の事を話したがらないので、他の誰もよく知らない。シャノンの人生は平凡ではあるが、魔女としては他の誰よりも既存の魔法の改良に貢献した。
ヴァネッサは、もちろんモナルダのために生きた。なんとか彼女に幸せになってもらいたい一心で戦い続け、その末に殺害されてしまった事だけが心残りであり、心底悔しかった思い出だと語った。
それぞれの人生をお茶会の席で聞くのは楽しかった。自身の人生の終着点がこれなのは中々に悪くないんじゃないか、と。
「そういえばモナルダが来る前に、もうひとり客を呼び込んでいたんじゃあないのかい、ヴァネッサ。あのすかした紳士気取りのオジ様」
シャノンに言われて、ヴァネッサは肩を竦める。
「モナルダたちに合わせる顔がないってさ。残念だわ、憎まれ口のひとつでも叩かれる覚悟くらいしてるかと思ったんだけど」
明らかなヴァネッサの小さな怒りに、モナルダは可笑しくなった。
「おおよそ避けられない運命だった。悪魔に頼るつもりなんてなかったから……。いや、待て。ひとつ聞きたいんだが、ヴァネッサはなぜ此処に?」
本来、悪魔と契約した魂は輪廻に戻れない。所有権を悪魔のものとするからだ。しかし、その後の魂をどうするかは悪魔による。輪廻に返せはしないが、かといって自身の寿命のために取り込まなければ、形だけでも幽界には足を踏みいらせる事ができる。そこで永遠とも言える時を過ごしてもらう事になるところを、消滅してしまうのを嫌がったシトリンが提案したのだ。
『いつか魔女の役目を終えたご息女様にお会いになれるかもしれませんよ。そのときは不器用な言葉ではなく、素直に話してみてはいかがでしょう?』
結果的には望んだ形での再会とはいかなかったが、モナルダが満足そうなので、それはそれでヨシ! と考えるのがヴァネッサである。
「ま、良いじゃない。理由なんて、こうして会えるんだから。ところで私たちの生い立ちは話したんだから、せっかくだし聞かせてよ。ここに来る直前の事しか、私たちは見てないのよね。どうせ来るなら準備しましょ、って話しててさ」
見てたのか、と恥ずかしくなった。今のモナルダにとって百三十年の殆どは記憶にも残らない。だがレティと出会ってからは違う。いつだって華やかで、楽しくて、生まれ変わっても忘れたくない絆を感じた。
「そうさな……。色々あったが、何から話そうか」
ちらと横目にレティを見る。相変わらずケーキやマカロンが大好きで食べたり、飲んだりするのに夢中になっていた。まるでリスだな、と微笑ましくなる。生い立ちというよりは、愛する人との出会いの物語だ。
「ハッピーエンドとはいかなかったが、それもまあ、駆け抜けるように生きたという実感がある。私の人生で最高の相方を見つけたよ」
「……そ。良かったわね、モナルダ」
娘のそんな話が死んでから聞けるとは思わなかった。幸福に満ちたヴァネッサの表情を、他の魔女たちは静かに微笑ましく見つめる。
「だが、しかしだなあ」
スカーレットが煙草をふかす。眼鏡越しにモナルダへ目を細めた。
「お前の友人たちはどうなのかね、お嬢さん。託したんだろう、魔女の薬。よくもまあ、あんなものを作ったものだ。歴代で最も才能に優れた魔女だよ、本当に。だが託した相手が箱入り娘ではね」
突くようなスカーレットの言葉に、モナルダはかぶりを振った。
「あれは箱入り娘なんて軽いものじゃないよ。まあ、それはちょっと眺めてみてほしい。────死してなおも続く魔女の呪いが、仕返しを果たす瞬間を」