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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第21話「世界は残酷だけれど」

 シトリンが光となって消える。今頃はリベルモントでフランシーヌの下にいるだろう、と安心して横になり、深呼吸をする。痛みも何もない。今はただひたすら、穏やかだ。何もかもを捨て、何もかもを得た気分だった。


「……ん。此処はどこだ?」


 痛みもない。息苦しさも。意識はハッキリしていて、立ちあがってみると草むらのうえに寝転がっていた。空はよく晴れていて、真っ白な雲が緩やかに流れていく景色がある。周囲を見渡してみると、よく見慣れた光景だった。


「クレール村……。まさか、さっきのが夢なんて事はないよな」


 あちこち歩いてみて分かった。無人だ。クレール村には誰もいない。


「(全員無事だったのだろうか。いや、むしろこれはなんというか……)」


 まるで最初から誰もいないかのような場所。クレール村であって、クレール村でないどこか。そんな雰囲気を感じ取って、自分の家を目指してみる。


 長い坂道を登った先。低い石垣に囲まれた庭のある一軒家は、モナルダの見覚えのある家ではなかった。雰囲気を残しながらも、彼女の家よりも些か小ぢんまりしていて、ぼんやりぽかんと口を開けて眺めた。


「……誰の家だ、コレは?」


 見た事もない家。だが、どこか懐かしさすら覚えた。それでも自分の家でない事は確かだ。立ち去ろうとして敷地から一歩外へ出た瞬間、ころんころん、と青い大きめのボールが転がってきたのを手で止めた。


「誰だ、気を付けないと坂道を転がったら困るだろう」


「ごめんなさい、それは私のだよ」


 とてとて歩いてくる少女の姿に、モナルダはボールを手渡そうとして固まってしまう。「どうしたの?」と尋ねてきた少女は、自分にそっくりだった。深紅の髪はモナルダに比べればやや短めだが、深碧色の瞳と凛々しい顔立ちは、まるで幼い頃の自分でも見ているのではないかと錯覚するほどだ。


「あ、ああ……すまない。ほら、ボールだ」


「ありがとう」


 礼を言って小さく頭を下げたら、少女は家へ戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し聞きたい事が」


「……? いいよ、聞こうか」


 振り返った少女は、少し大人びて見えた。


「私はモナルダ。お前の名前を教えてもらっても良いか?」


「私の名前……。うん、私はローズ。ローズ・フロールマン」


 言葉に詰まった。いつぞやレティと話したとき、娘がいたら付けたいと思った名前。そして直感した。彼女が自分の魂を継いでくれる者だと。


 その場に跪き、泣きそうになるのを堪えながら。


「では、ローズ。この世界は残酷で、生きていくのがとても難しい。だが、その中でお前は多くの出会いと別れを経験する。その中で、お前は出会うべき大切な誰かと出会う。そしていつか決断を迫られるときがくるだろう。そのときは今度こそ……救ってやって欲しい。最愛の人(シャルロット)を」


 聞かされているローズは不思議そうな顔をするだけだ。言っても伝わらないだろうと分かっていても、言わずにはいられなかった。


「ローズ、何やってるの。早く入りなさい」


 家の中から声がして、モナルダはもう行きなさい、と振り返らせて背中を押す。長居は良くないだろうと立ち去ろうとした瞬間────。


「モナルダ・フロールマン」


 呼び止めた声は自分にそっくりだった。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは成長したローズがいる。黒い司祭にも似た服を着て、首からは髑髏のネックレスを提げて、服の趣味まで同じか、と笑いが零れそうになった。


「お前がどのような人生を歩んできたか、私は知らない。これは多分……その、私の夢なんだと思う。だが安心してくれ。────お前の願いは叶う」


「……そうか。そうなんだな、そうかそうか」


 ぼろぼろと泣きながら両手で顔を覆う。きっと今の顔は醜いだろうと、嬉しさと恥ずかしさを隠すように。ひとしきり泣いたら、ふうっ、と息を吐く。


「ありがとう、ローズ。もう会う事はないが、私の魂はお前の中で生き続けるだろう。……どうか私たちの分まで幸せになってくれ」


 別れは惜しい。もう少し話していたい。だが、もう終わりだ。何かにしがみつくのは。十分に戦った後だから、ちょっとだけ休みが欲しくなった。


 背中を向けて歩き、また長い坂道を下っていく。レディ・モナルダという魔女の旅は終わった。ここからは次代の魔女たちによる物語だ。


「おーい、モナルダ! そこで何やってるの、こっちおいでよ!」


「ん? なんだ、レティ。いたなら言ってくれれば良かったのに」


 坂道の下でレティが大きく手を振っているのを見つけて駆け寄った。お互い、自分達がどうなったかは、すっかり受け入れていた。


「お疲れ様。色々と大変だったね」


「お前こそ、先に死ぬなんて寂しいじゃないか」


「フフ。でもいいんだ、これで。ボクは君の騎士だから」


「生まれ変わっても、そうであってほしいものだな」


「もちろん! どこまでもついていくよ。運命が許す限りね」


 手を繋いで、二人で歩く。程なく進めば集会所からにぎやかな声がする。覗いてみると、庭で大きなお茶会の準備が進められていた。見た事もない顔ぶれの女性たちに加えて、よく見知った女性の姿があった。


「あらあら。あんたもこっちに来ちゃったのね」


「────こんなところで会う事になって悪いな、母さん」

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