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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第19話「覚悟は決まっている」

 そうして、ナイルズが十分を待つ間、モナルダはひたすら走った。今まで、ずっと誰かのために命を懸けようと思った事はない。だがレティが現れてから人生は大きく変わった。自らの死を受け入れながらも、縋り続けた。


 永遠に続くはずなど無い。分かってはいた事だ。それでも。


「────モナルダ!」


 目の前に見えた馬車に力が抜ける。名前を呼ばれてホッとしたと同時に悲しくなった。そうだ、これは終わりに向かうための物語だ、と。


「レティ。どうしてここに戻ってきた?」


 御者台に座るのはレティ本人だった。レスターも、ラヴォンも乗っていない。ひとりで馬車を操ってモナルダの危機的状況に駆け付けた。


「クライドと会ったんだ。でもひどい怪我で話せる状態じゃなくて。君に何かあったらと思うと、いてもたってもいられなかった」


 肩で息をするモナルダに手を差し出す。


「さあ、乗って。君も酷い怪我だから王都へ急がないと。レスターとラヴォンが抜け道を用意してくれてるから心配ない」


「……ああ、そうだな。お前が来てくれて嬉しいよ」


 まだ痛みはない。だが肉体が限界を迎え始めている。とても王都までは保ちそうにないと分かりながらも、モナルダは何も言わずに乗った。


「クライドは無事なのか」


「うん、ぎりぎりだけど。ボクたちが見つけなかったら死んでたと思う」


「そうか。お前たちのところへは辿り着いたのか」


「凄いね、彼。脇腹に銃創があったのに君の事をずっと話してた」


 アーサーが無事だったと分かってホッとする。もしかしたら死んだかもしれないとさえ思っていた。自分のせいで巻き込んだようなものだ。助かる命がひとつでも多くあるのなら、それに越した事はない。


「レティ。少し話でもしようか」


 黒い服に闇夜では、平原へ出て月明かりが差しても、レティがモナルダの体にいくつもの穴が開いて血を流している事に気付かない。普段の気さくな声が「いいよ、話して」と笑って言った。温かく、優しく、そして今何よりも欲しかった声。魔女が生涯でただひとり愛した者の声だ。


「私は幼い頃、不出来な母親によって、何人ものロクデナシの男を見てきた。そのせいもあってか男嫌いになってね。この人生で、おそらく恋と呼べるものとは永遠に関わらないんだろうなって思ってた。実際、そうだった。百年以上も、どんなに優しい男でも靡いた事は一度もなかった」


 こほっ、と咳をする。口端からぽたぽたと血が垂れた。


「だけど、この百三十年でたった一度だけ恋をした。そいつは私の前に現れて、臆病だったくせに強く育って、いつも優しい声と笑顔を見せてくれた。そのうち、そいつのためだったら命を捨てても構わないと思うほど愛おしくなったんだ」


 視界が霞んでくる。腕に力が入らなくなり始めた。もう時間がない。


「────愛してるよ、レティ。この世の誰よりも」


「えっ。ははっ、いきなり何言うのさ、モナルダったら」


 ぐらりと体が傾いたモナルダが馬車から落ちる。血を流しすぎた。限界だ。地面に激突しても痛みはないが、もう動く体力がなかった。


「モナルダ! 大丈夫、モナルダ!?」


「……う、うう……。止まるな、行け。もう私に構うな」


「無理だよ! 君を置いて行けなんて!」


「フ……そう、そうだよな。お前はそういう子だ。本当に困った子だ」


 レティが弱った体を抱いて起こすが、モナルダは死人のように動けない。ぴくりとも。もうじき命の灯火が消える。最愛の女性の涙が、ぽたぽたと頬に落ちて伝うのが悲しくて、寂しくて、申し訳なくて────。


「泣くんじゃない。ちょっと休むだけだ、ちょっと休むだけ」


 目を瞑り、深呼吸する。あと数分は生きてられるかと思ったが、生憎ながら意識を保つのは厳しいな、と微笑みが零れた。


「モナルダ……。やだよ、このまま死ぬなんて。どうやって馬車に乗せてあげればいいんだ、ボクじゃ何もできない……」


 誰かを呼びに行っている間にモナルダが襲われたら。そう思うとそばを離れられず、そしてその考えはおおよそ正しく、そして残酷に作用する。


「十分とは言ったが、まあ、その傷では無理だったようだな」


 馬を駆って追ってきたナイルズが、憐れむような視線で見下ろす。


「公爵……。どうして、自分の友人にこんな事ができるの?」


「それが使命だからだよ、王女殿下。残念ながら、私には権力も覚悟もない。全ては見たまま、ありのままの情けない男がいるだけだ」


 馬を降りて銃を構える。不本意だ、本当は。心の底から敬愛するフロランスのためにと邪悪を被っても、本来の心までは変えようもない。ただ食いしばって、自分の醜悪さに耐えるだけの男がそこにいた。


「今なら魔女の首だけで済む。どいてくれないか、レディ。どうせ放っておいても死ぬ命だ。ここから先、あなたが戦う理由はなかろう」


「……ないわけないだろ。ボクは彼女の騎士になると誓ったんだ」


 ナイルズがぎょっとする。突き刺すような鋭い視線。フロランスにも負けない、その性格の強さが現れた瞳が睨んだ。銃口を掴んで、額に当てながら。


「撃てよ、公爵。彼女のいない世界にボクは興味なんてない。死ぬ事さえ怖くない。首が欲しいなら持っていけばいい。たとえどうなろうとも、魔女の騎士として最期を迎えるのがボクの誇りと知れ。さあ、何をしている────撃て!」


 叫びと慟哭。掴んだ銃で押され、勢いにナイルズは引き金を引く。


 穏やかな夜空の広がる平原に、悲しみを抱いた銃声が遠くまで響いた。

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