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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第16話「命を燃やして」

 割って入ったのはヴァージルだった。彼は青ざめて全身を恐怖に震えさせながらも、誰も殺させまいと逃げ出したい気持ちを握り潰した。目の前にいるのが、たとえ公爵家の人間といえども、もはや看過できなかった。


「わ、私はヴィンヤードの人間だ……! あんたの駒じゃない!」


「よくも裏切ってくれたな。貴様だけは許しておかん」


 立ち上がり、砂を払う。放り出された銃を拾うには、アーサーとの距離を縮める事になる。そうなれば劣勢どころか、殺されてもおかしくない。それだけの実力差は、騎士隊長相手に知恵でどうにか出来る範疇を超えている。


「武器をなくしたあんたに勝ち目はないでしょう、公爵。大人しく通してもらいたい。ヴァージルさんも見逃してもらう。それでチャラだ」


「でかい口を叩くな、ミスター・アーサー。英雄にでもなったつもりか」


 二人を視界に捉えつつ、僅かに距離を取りながら────。


「こうなるのも想定済みだ。もう一本くらいの用意はあるとも」


 隠し持っていた拳銃を構えて、また睨み合いが始まる。今度はヴァージルも容易に動けない。二人で掛かれば十分に勝ちの目はあるが、どちらかが怪我をするか、あるいは死ぬ可能性も考えられる。アーサーが額に汗を滲ませた。


「なぜそうまでして女王陛下に従うんだ。どう考えても彼女が間違っているというのに、魔女を敵に回すのか。あの人が悪くないのは、あんたが最も理解しているんじゃないのか?」


「くどい。今すぐ跪け、でなければどちらかを殺す」


 ナイルズが深呼吸をしながら、ヴァージルに狙いをつける。撃てばアーサーに対する手段はない。制圧されるだろう。だが、村民を守る事を優先した彼が、そうまでして強行突破を狙う事など出来るはずもない。


 しかし、彼の言葉通りに跪けばアーサーが殺される。ヴァージルではとても太刀打ちできる相手ではない。そうなれば全てが水の泡だ。


「(どうすればいい……? 公爵は本気だ、俺たちを両方とも殺すか、あるいは時間を稼いで仲間が来るのを待てばいい。だがこっちは────)」


 打開策を考える間もなく、ひとつの咆哮が響いた。怒りにも思える声の主はヴァージル。意を決して飛び出した。自分の命を捨てる覚悟で。


 それが結果的にナイルズの思考を霞ませ、『他に選択肢はない』と銃口を向けて引き金に指を掛けさせた。その隙をアーサーは見逃さない。ヴァージルの身を案じながらも彼は『その場での最善』を即座に選択できた。


 銃声が響く。ひとりの男が命を落とす。それをも乗り越えて騎士は身を賭した男の勇姿を目に焼き付け、好機を逃さずナイルズの体にぶつかった。


「ぬあぁっ! くそ、どこまでも邪魔ばかりしおって!」


「邪魔をしてるのはそっちだ。自らの正義のために誰かを犠牲にするのは、もはや俺の忠道ではない! 人の痛みも知らないあんたに誰が従うものか!」


 まだ時間はある。ナイルズに馬乗りになって強く殴りつける。抵抗を受けても、体格良く鍛え抜かれたアーサーを押し退けるのは無理だ。何度か殴られて意識が朦朧として力が入らなくなっていく。


「……殺しはしない、公爵。たとえ友人が死のうともレディ・モナルダはそうしないと分かるからだ。命がある事に感謝しろ、俺には俺の仕事がある」


 蹴りつけてやりたい気持ちを堪え、倒れているヴァージルを道の端に寝かせる。臆病者と呼ばれても、最後は村のために、敬愛する魔女のために戦ったのだ。なんと素晴らしい男だろうかと悔しさに唇を噛んだ。


「(そろそろ行こう。ヴァージルさんが助けてくれたのを無駄にしてはいけない。魔女からの任務を遂行しなくては)」


 馬に乗って、焦らずに進みだす。後はレティたちが村に戻らないよう伝えて、再び村に戻ってくる。命を懸けて魔女を助けに────。


 銃声がした。体がよろめき、落馬しそうになるのを堪える。表情を険しく、冷や汗を全身にどっと溢れさせながら振り返った。


 頭に血が昇っていて、最初に握っていた拳銃の存在から注意が逸れてしまった。そのせいで、這う這うの体で粘ったナイルズの一射が、奇跡にも等しい弾道を描いてアーサーの脇腹を貫いたのだ。


「くそっ……。最悪だな、これは」


 どくどくと血が流れていく。馬が走れば、そのたびに体が揺れて激痛に顔を歪めたた。だが、彼はうめき声ひとつあげない。背負った責任が命を燃やす。


「(あぁ、馬鹿なふりしてれば、こんなことにはならなかったんだろうな。でも気に入っまったんだから仕方ない。あの村の人たちが苦しむ姿は見たくない。きっとこれは正しい選択だ。俺らしい最期になる)」


 馬は走った。森を抜け、平原を駆け、遠くに見える町を目指す。王都からやってくる兵隊の目を逃れるために、やや遠回りをする。丁度そこへ見覚えのある馬車が町から出てくるのが見えた。


「……あぁ、良かった。会えた。後少しだ。後少しで……」


 ぐらりと体が倒れていく。地面に頭から激突する。意識は半分失われ、傷の痛みも、もう半ば分からない。息も小さくなっていった。


「はは、ごめんなぁ……。もう帰れそうにないよ」

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