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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第15話「背負ったもの」

 モナルダの指示に従って、村人たちは隠れた道へ分け入った。いくらかの食料を持って、その後は川に沿って移動しながら慣れた山道に辿り着き、どこかに隠れて見つからないまま、しばらく過ごす事になる。


 最後の一人が入っていくのを見届けたら、モナルダは時が来るのを待ち、自身が犠牲となるために村に残る決断を下す。


「辛い別れになる、アーサー。お前の事は数日しか見ていないし、大して話す事もなかったが……まあ、良い奴でよかったよ」


「そんな、恐れ多い。俺のせいで、皆が危険に晒されてしまった」


 大義のためと信じた結果がこれだ。このザマだ。騎士道など忘れ、時代に沿った生き方を選んでしまった事で、自分の愚かさが泥濘となって足を引っ張った。世界にただひとりしかいない魔女を。優しい魔女を失う事になるほどに。


「行ってくれ。後はお前に頼るだけだ。救えない命もあるかもしれないが……なに、お前が気にする事はない。それも天命という奴だろう」


「ありがとうございました、レディ・モナルダ」


 深くお辞儀をして、アーサーは別れを惜しむ。


「あなたのおかげで本来の自分らしく生きられる。町に残してきた妹の事は心配ですが、必ず守ってみせます。此処であなたを見捨てても」


「ああ、それでいい。家族を大切に想える奴の方が私は好きだよ」


 もう言葉は交わさなかった。これが最後だと分かっていても、アーサーには彼女に伝えられる言葉が出てこない。自分の所業を考えれば、交わす事さえ烏滸がましいとすら思って背を向けて走った。


「死ぬなよ!」


 その言葉を背に受けて、親指だけ立てて返す。必ず与えられた任務をやり遂げようと村を出る直前、厩に繋がれた馬を見つけて『借りて行こう』と傍にあった馬具を素早く身に着けさせて背に乗った。


「(大人しい、良い馬だ。冷静で物怖じしない。大概は臆病だが、俺でも受け入れてくれたのはありがたい)」


 ぽんぽん優しく馬の首に触れ、手綱を握った。


「魔女のためだ、付き合ってくれ」


 頼まれた伝言を頭に完璧に叩き込み、森を駆け抜ける。しばらく走れば、オーカーとの分かれ道まで来て、胸に込み上げて来る申し訳なさから目尻に涙さえ浮かんだ。こんなバカな俺の事を最後まで皆信じてくれた、と。


「待ちたまえ、そんなに急がなくてもいいだろう?」


 立ちふさがった男を見て、馬を止めた。片手に握っているのは拳銃だ。単発のみで精度も良くないが近距離なら十分当てられる最新式の武器。現段階で大量生産とはいかず、試作品のみが譲られたのをアーサーは知っていた。


「……そんなものまで持ち出すとは意外ですね。どうあっても魔女を仕留めるというのですか。俺をここで殺してまで」


「女王陛下の意向だ、逆らう理由もない。私とて立場があるのだよ」


 顎で馬を降りるように指図されて、仕方なく従った。


「それでいいのか、ミルフォード公爵。いや、ナイルズ。あんたはモナルダと生まれた頃からの付き合いだろ。それを平気で殺せるっていうのか」


「女王に逆らう事が得策ではない。時には諦めも必要だ」


 ナイルズは自分が呆れた事を言っているのは自覚しながらも続けた。


「君のように、庶民から生まれて実力で近衛隊の隊長まで上り詰めた例は少ない。これから華やかな人生が待っているだろう。誰かを愛し、誰かを支え、多くの人々と肩を並べて……。私の屋敷にどれだけの人間がいるか知ってるか?」


 問いかけにアーサーは睨んで返す。ナイルズはフッと笑った。


「そうだ、分からない。君には分からないんだよ、ミスター・アーサー。公爵家と言えど、ヴェルディブルグにおける勢力図としては小さなものだ。女王に逆らえば、家門など吹けば飛んでしまう。私の下で働く大勢が路頭に迷い、命を落とすかもしれない。そのために小さな村を天秤にかけている余裕はない」


 瞬間、アーサーは理解する。公爵家の当主ともあろうものが、と思っていた事が過ちだったと。なぜモナルダが彼を『そういう人間』と評してなおも、ひと言さえ悪く言わないのか。彼にも彼の理屈があるのを知っていたからだ。


「……軽率な発言を謝罪させてください、ミルフォード公爵。ですが、やはり俺は、あなたの言うように守るものが多くない。だから行かせてほしい」


「ならん。私は仕事を全うする人間が好きだ。そうでなければ始末する。私に君を救うつもりはない。もう殺すしかなくなったんだ」


 引き金に掛かった指に力が籠められる。見栄を張ったアーサーも、流石にこればかりは太刀打ちできそうもないとお手上げだ。目を瞑って覚悟を決めた。


「悪いな、ミスター・アーサー。偽名まで使って潜入させたのに、このような結末になってしまうのは寂しい限りだ。先にいけ、あの世で会おう」


 だが、彼は撃つ事ができなかった。突然割って入った何者かの体当たりを受けた事によって阻止され、銃を手から落としてしまった。


「ぬぅっ……!? クソッ、貴様は────ヴァージル、なんのつもりだ!」

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