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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出

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第14話「皆に誇れる自分に」

 魔女の騎士としての使命を胸に、アーサーは道を引き返す。たとえ近衛騎士をやめる事になっても、彼にはもう曲げたくない信念があったからだ。


 近衛騎士隊に入ったのも、人々を守りたいという純粋な気持ちから、他の誰もが嫌がるような仕事でも自ら進んでやり遂げてきた。それが大勢の誰かのためになると分かっているからこそで、今回の任務にはそもそも疑問を持っていた。


「(魔女は犯罪者ではなかった。女王陛下は道を誤った。俺が仕えるべきは、あの方ではない。レディ・モナルダこそが、俺の主君だ)」


 最初こそ崇高な任務だと思った。魔女は王室に反旗を翻した罪人であると言われ、ミルフォード公爵の指揮下に入り、潜入捜査を行った。魔女の故郷ならば、網を張っていればそのうち会えると指示を受けて。


 実際はどうだ。魔女は考えていた人物とはかけ離れていた。少し短気なところもあるが、根っこに優しさを持っている。誰かを想い、常にチャンスを与える。しつこくても突き放さず、冷静に語りかけて諭す。傍には王女までいるときた。


 周囲から愛されるに足る理由があり、逆にアーサーは疑念を抱き始める。本当に自分がやっている事は正しいのか、分からなくなり始めていた。


 村に滞在する間、モナルダを悪く言う人間はひとりもいなかった。内通者であるヴァージルでさえもが彼女を『立派な人だ。他にはいない』と讃えて、断言するほどに。だから話してみたかった。確かめたかった。


「(そんな人間いるわけないと思ってた。俺は何をやってんだ、誰に自分が誇れる。家族にさえ、たったひとりの妹にさえ誇れないじゃないか)」


 仕方ない。仕方ない。自分に言い聞かせながら、淡々と過ごす村での生活は、徐々に彼の冷たく凍りつかせたはずの感情を溶かしていった。その末に、魔女の言葉で目が覚めた。────自分が騎士になった理由はなんだったんだ?


「あれまあ、クライドくん。何そんなに急いでるの」


「グリンダ婆ちゃん……。俺はアーサーだ、クライドは偽名でさ」


 村戻ってきて最初に出会ったグリンダは、御年八十歳になる。いつも石垣に腰掛けて、畑仕事の合間に水を飲みながらゆっくり過ごすのが習慣だ。彼女に素早く会えたのは僥倖だった。


「いいか、婆ちゃん。よく聞くんだ。夜、暗くなったら此処に都市から兵隊が派遣される。みんなの命が危ない。だからモナルダに頼まれて、呼びかけに来たんだ。信じてくれ……。いや、その、信じられないかもしれないけど────」


 グリンダが首を横に振って、にこりと微笑む。


「モナルダちゃんが嘘吐いた事ないもの、ヴィンヤードの人間なら、クレールでもオーカーでも全員が信じるわ。よっこらせ……、ちょっと年寄りには大変だけどねえ。あんたは村で良い子してたから、モナルダちゃんも頼んだのね」


 石垣からひょい、と降りた老婆の体は曲がっているにも関わらず、立派に足で立ってバランスを取っている。とても八十歳とは思えなかった。


「あたしゃあ、昔は駆けっこが得意でねえ。今はあんたほど走れやしないけど、ちょっとくらいは役に立つよ。クライドくんは集会所へお行き。ちょうどモナルダちゃんが帰ってきたのを祝ってサプライズパーティを開くつもりだったの。若いのが何人かいるはずだから、みんな手伝ってくれるわ」


 なんと心強く温かいのだろうと心が震えた。こんな人たちが亡くなるのを見たくない。「俺、アーサーだから」と名乗り直してから、急いで礼を言って集会所へ走った。モナルダの意思を無駄にしないために。


 それからは早いものだ。あっという間に話は村中に広がり、何人かの若手がクレールへ向かい、到着を待ってからモナルダの秘密の場所への道の前に集まってもらった。彼らの命を救う道になるのだ。


「おお、随分と早くに集まってくれたな。アーサー、よくやった」


 がさがさと草木を掻き分けて戻ってきたモナルダが、想定より早い仕事ぶりにアーサーを讃えて腕をバシッと叩いて労った。


「数百人はいるから森へ入っていくだけでも時間が掛かりそうだが、まあそこはそれ。後の事は臨機応変にやってくれればいい」


「はい、レディ。ですが、俺だけで大丈夫でしょうか」


 アーサーは不安だ。自分ひとりで数百の命を守り切れるのか。


「いいや、守る必要はない。森の事は私たちの方がよく知ってる。まっすぐ川まで辿り着けば彼らを追える者は獣くらいさ。兵隊が到着するまでナイルズも簡単には動けないはずだ。お前には危険な仕事を頼みたい」


「お任せを、レディ。たとえどのような任務であろうと遂行してみせます」


 なんとも頼もしい返答だと納得してモナルダは深く頷き、彼の瞳をまっすぐ見つめる。この騎士ならば、きっと模範的な姿を見せてくれると信じた。


「ナイルズは間違いなく、手出しできないと見て買い物に出かけたレスターたちの馬車を見逃してる。お前には彼らが森に戻らないよう伝言を頼みたい。そのためにはナイルズの視界に映る事になるだろう」


 どんな手段を使ってくるか分からないが、徹底主義とはいえ完璧ではないのだ。あえて泳がせて、戻ってきたところを襲撃するくらいはナイルズ・ミルフォードという男にとって難しい話ではなく、その方が確実だと判断する。付き合いの長いモナルダは彼の思考がなんとなく理解できた。


「できます、問題ありません。たとえ公爵閣下が何をしようとも、武力制圧はこちらも本分。棒一本でも制圧してみせましょう!」


「うむ、ありがとう。お前がこちら側についてくれて助かった」


 こほん、と咳払いして、モナルダは集まった村人たちに向かう。


「既に事情は多少理解しているだろう。状況は逼迫している。私のためを思うのなら、すぐに森を抜けて逃げて欲しい。後の事はなんとかできるとも」


 心配そうな村人たちのざわつきに、モナルダは幸福感に包まれる。


「……私が嘘を吐いた事はないだろ。ほとぼりが冷めたら村にも帰れるさ。少しの辛抱だ、辛いかもしれないが耐えて欲しい。以上だ、行動に移ってくれ」

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