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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第10話「もし先に死んだら」

 レスター親子は、すっかり田舎暮らしに馴染んでいる。まだ住み始めて日は浅いものの、日陰で生きてきたからか、今はなんでも楽しんだ。家事はもとより、頼まれれば他人の家まで駆けつけて、屋根の修理もやった。


 そんな事もあってか、村では信頼も厚い。流石はモナルダの友人だと褒められて、ラヴォンは尻尾を振り回して喜ぶ大型犬のようだった。魔女の友人という肩書だけでも嬉しかったし、自分達の行いでまたひとつモナルダ・フロールマンの評判が良くなった気がした。貢献ができた、と自信になった。


 当然、モナルダも『紹介してよかった』と思うくらいに信頼は寄せており、家では余計な事はせず与えられた暮らしに満足して、むしろ以前よりも綺麗に使ってくれるので、たまには労いのひとつでもしてやらねばとキッチンに立った。


「なあ、レティ。もし近い将来、私が死んだらどうする?」


「ボクも死ぬかも」


「……冗談でもそんな事言うのはやめてほしいんだが」


「んーん、冗談じゃないよ。本気で言ってる」


 棚から取ったカップの縁を指でなぞりながら、寂しそうな顔をする。


「ボクはね、モナルダ。全てに於いて君が優先だ。君がいなければ食事も摂らないし、旅行はもってのほか。睡眠だって取りたくないほど、今は君と全てを共有したい。小娘が何をって言うかもしれないけど、本心だよ。何もかもね」


 自分でも何を言っているのだろうと思い、思わず笑みがこぼれた。


「でも、君はボクを愛してくれなくていい。……初めて連れて行ってもらったとき、言ったよね。騎士のようにありたい。今でもそう思ってる。そうなれないとしても、そうなれるように努力する。それが今の生き甲斐だから」


 真っ暗な部屋の中、ぽつんと取り残された感情は、ある日に明るい場所へ出た。ずっと憧れていながら進めなかった扉の向こう側へ抜けた。差し伸べられた手を握りしめ、やっと暗い世界に別れを告げた。


 その日から、レティシアの名は捨てた。レティ・ヴィンヤード。世界でただひとりの魔女の付き人。モナルダ・フロールマンの隣に胸を張って立てるよう、おとぎ話の世界で活躍する騎士に憧れて、愛する人を守りたいと誓った。


 全てを捧げられる。全てを擲てる。全てを捨てられる。たとえ命であっても。それほどに愛してしまった。とても褒められた話ではない。王族が世継ぎもなく、身分さえ捨てて、一介の庶民として暮らすなど。


────でも、誰に褒められる必要があるの。たった一度の人生なのに。


「ボクはボクの思った通りに生きて、ここまで来た。君のためであり、ボクのために。だから死ぬよ。君がもし世界からいなくなってしまったら。……でも、その代わりひとつだけ約束してほしいな」


 カップを運んでモナルダの隣に立ってカウンターに並べながら。


「ボクが先に死んだら笑って欲しい。お疲れ様でした、って」


「……もちろん。約束するよ、お前のために」


 小指を絡め、見つめ合う。沈黙の中で距離が縮まっていく。


「すみませ~ん。私のいないところでイチャイチャしてもらえますぅ?」


 二人の間に割って入るように、何の音も気配もなく、ぬるりとした動きでシトリンが顔を出す。恥ずかしそうに二人は大慌てで離れた。


「帰って来てたならさっさと言え、馬鹿!」


「あっはっ、は、なんだろね、ごめんね、シトリンさん!」


「えー。なんですか、この空気。もしかして私が悪者ですか?」


 わざとらしく口に手を当ててオホホと楽し気なシトリンを引っ叩いてやろうかと思ったタイミングで、レスターとラヴォンも「疲れた~!」と大きな声をして帰ってくる。なんとも、今日は間が悪い日だとがっくり肩を落とす。


「……ったく。もういい、ケーキ買ってきたなら切り分けろ。ちょうどコーヒーと紅茶を淹れるところだった。休憩にしよう」


「知ってたから帰ってきたんですよ。それと裏庭のアレ見たんですね」


 耳打ちされて、モナルダはため息をつきながら頷く。


「積もる話は後だ。とりあえず今はゆっくり────」


 どんどんどん、と玄関を誰かが叩く。次から次へと誰だとうんざりしながら「開いてる。何か用か」と声を掛けた。申し訳なさそうに開かれた扉の向こうに立っていたのはクライドだ。レティとシトリン以外が嫌そうに彼を睨んだ。


「あ~、うん。俺が嫌われてるのは分かったんだけど、今日はなんつーか俺の用事じゃなくて……。村長さんが魔女様とレスターさんたちに話がしたいから呼んできてくれって、たまたま俺が手が空いてたから。ごめんね、なんか」


 これからティータイムだったのだろうと思い、平謝りをするクライドに、モナルダは何も言わない。呼ばれたのなら行くしかないし、彼が自ら来ようとしたわけではないのなら責める理由もなかった。


「わかった、すぐ行く。レティ、お前はどうする? どうせ大した話じゃないから、ここで待っていてくれてもいいぞ。先にケーキを食べても」


「ううん、ボクも行くよ。ひとりで食べるケーキは寂しい味がしそう」

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