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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第9話「私の可愛いモナルダへ」



「……と、まあ、昨日色々あって」


「それでボクが呼ばれたんだね」


「お前に隠し事はしたくないから」


 レスターとラヴォンに前庭の手入れをさせている間、裏庭にレティを連れて来て二人で小さなノームの前に立った。最初こそ興味なかったが、言われた事が頭の中で繰り返されるうちに、どうしても気になってしまった。


「ここに何があるかは知らないんだ。シトリンも言わなかったし」


「でも、そんな大事なものをボクが見ても?」


「いいんだよ。正直、私ひとりで見る勇気もあまりなくてな」


 朝になった頃、シトリンの姿は家になかった。『昨日のキャロットケーキをもうひとつ買ってきます』と置手紙を残してあったので、しばらくしたら帰って来る。それまで、これといって他にする事もなかったモナルダはなんとなくの思いで母親の遺した何かを見ようとしていた。


「さあ、触れてみよう。ジッとしてても変わらない」


 緊張に息を呑み、指先でノームに触れた。直後、庭の番人のような妖精の人形はひかりに包まれ、ぱんっ、と弾けると大きな箱を残していなくなった。


「……開けてみるか」


 蓋を取ると、中には一枚の折りたたまれた便箋と共に、モナルダが見覚えのある品がいくつもあった。全て小さな透明の袋に入っていて、ちぎった紙に名称と日付を書いて張ってある。


「見て見て、モナルダ。どんぐり」


「私が四歳のときに拾った奴……らしい。覚えてないが」


「こっちには玩具の指輪があるよ」


「六歳の誕生日に貰ったものだ。ずっと失くしたと思っていたのに」


 どんぐりには『モナルダからのプレゼント』と書かれた紙。指輪には『庭で見つけたモナルダの宝物。返してあげない!』と書かれた紙が入っている。他の物もそうだ。全てが思い出のひと言と共に保管されてあった。


「……モナルダ。手紙には、なんて?」


「ああ、これには────」


 広げた手紙。持つ手が小さく震えた。


『可愛い私のモナルダへ』


────いかがお過ごしでしょうか。あなたは何歳になって、これを読むんだろう。そのときを見届けられないのが少し残念。もう魔女じゃないから。


 でも、なんとなく想像がつくわ。立派な魔女になって、きっと各地を転々としているのね。私にそっくりかしら。いえ、きっとあなたは私より優秀な魔女になる。小さいときから苦労ばかりさせてしまったものね。


 ごめんなさい。謝って許してもらえるとは思ってないけれど、私は不器用だった。あなたが生まれるよりも前に父親は行方を眩ましてしまって、探したけれど見つからなかった。私には誰かを追いかける才能はないみたい。


 いつか、あなたが手紙を読むときには、多分。多分だけど私は殺されて居ません。もし生きてたら、こんな手紙処分して新しいものを書くから。


 寂しい思いをさせたら悪いって、せめてあなたに父親らしくできるような人を作りたかった。なのに、いつも嫌われた。あなたは他人が嫌いだったのね。ううん、私の事も嫌いでしょう。次から次へと連れて来て、本当にバカだったなって思う。もっとあなたを大事にしてあげる事に時間を割くべきだったのに。


 愛しているわ、心の底から。可愛いモナルダ。私のモナルダ。あなたは強く生きてね。────ヴァネッサ・フロールマン


「……馬鹿な女だ」


 震える手に力が籠って、紙がくしゃくしゃになる。それなら、もっと早くに言ってくれれば良かっただろう。愛してくれれば良かっただろう。こんなものを見つけさせて、なにをいまさら。モナルダの涙が、つうと頬を垂れた。


「結局、私も不器用だったんだ。言いたい事も言わず、腹を割って話していれば違ったかもしれないのに。馬鹿だよな、お互い」


 得られなかった愛情が、確かにそこに詰まっていた。百年を越える時を経て、ようやく母親の本来の姿を知ったモナルダの寂しさが溢れていく。こんなにも残酷な時間の経ち方があるものか、と。


「どう、今は。好きになれた?」


「……さあ。まだよく分からんよ。だが、」


 手紙をそっと折りたたみ、肩をすとんと落として首を横に振った。


「嫌いじゃない。知れて良かったと心から思うよ」


「ふふっ、そっか。なら安心してヴィンヤードで過ごせるね」


 痛ましく仄暗い記憶は、相も変わらずうんざりするものではあるが、ヴァネッサの思い出を辿った事で以前よりはマシな気分だった。


「それよりもさ、シトリンさんが言ってたっていう、その……君の死の未来って、どんなものなのかは分かってるの?」


「いや。私が傷だらけで倒れていたとか。それ以外は分からんらしい」


 実際、どこまで信じていいものかもハッキリしない。シトリン自身が歯痒そうにしていたのを見て事実だとは感じていたが、そこは口にしなかった。


「そろそろ帰って来る頃だろうから、ゆっくり話そう。もし死ぬとしても後悔はないが、できれば死にたくはないしな」


 それはそうだとレティもくすっと笑う。


「じゃあ、庭の手入れをしてくれてるラヴォンたちのために、美味しいお茶でも淹れてあげよっか。モナルダはコーヒーの方がいい?」


「ああ。今日は少し、ミルクを濃い目に頂こうかな」

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